身代わり花嫁は俺様御曹司の抱き枕

沖田弥子

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婚前旅行編

シュノーケリングデート

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 この感動の前には、先程際どいところまで日焼け止めを塗り込まれて喧嘩しかけたことなんて、吹き飛んでしまう。

「すごいね……視界の中に海と空しかないなんて、いつもの暮らしなら考えられないよ」
「うん? 海と空だけというわけではないだろう」

 首を捻る瑛司に、微笑みかけながら繫がれた手を振った。
 なぜか瑛司は水平線の方向を見ずに、じっと私に眼差しを注いでいる。 

「そっか。雲と魚も見えるよね」
「そういうことではない。俺の視界の中心に常に存在しているのは、おまえだ。海と空、その他は背景だな」

 真面目な顔をしてそんな恥ずかしい台詞を堂々と言うものだから、本当に瑛司といると赤面させられてしまう。しかも彼は本気なのだから、困ったものだ。

「せっかく遠い南の島まで来たんだから、今くらいは私から目を離してこの素晴らしい景色を見てあげてほしいな」
「景色は見ている。ただ、その素晴らしい景色の中には瑞希がいないと途端に色褪せてしまう」

 瑛司の視界では、私が世界の中心になっているんだ……
 それを知ると胸が熱くなる。

「こうすればいいんだね」

 私は手を繫いだまま、瑛司の前に立って向き合う格好になった。水平線を背にすれば、私を見ながら景色も眺められるんじゃないかな?
 ところが瑛司の目線は随分と下を向いている。彼の視線の先を追うと、どうやら私の胸の谷間に注がれているようで……

「どこ見てるの……? 都会に住んでると水平線を眺める機会は早々ないから、じっくり見ておいたほうがいいんじゃない?」
「そうだな。貴重な曲線だ。じっくり眺めよう」

 見てほしいのは水平線だってば。
 ふいに私が携えていたシュノーケルマスクを手に取った瑛司は、装着してくれた。フルフェイスのマスクに覆われて、反射的に目を瞑る。
 その瞬間、もふっと胸の谷間に突起のある温かなものが押しつけられた。

「えっ?」

 目を開けて自分の体を見下ろすと、瑛司のつむじが透明なマスク越しに見えた。
 瑛司が、私の胸の谷間に顔を埋めている。突起の感触は、瑛司の鼻だ。

「ちょっと、瑛司⁉」

 瑛司は谷間に顔を埋めながら、水着に包まれた乳房を大きな掌で両脇から持ち上げる。
 むぎゅむぎゅと寄せられて、彼の頬は柔らかな弾力に包まれた。

「んっ……」

 指先で擦られた水着越しの乳首が、つんと硬く尖ってしまっているのが自分でもわかる。
 連動するように、きゅんと下腹が甘く疼いた。
 慌てた私の膝から力が抜けて、後ろのめりに倒れてしまう。

「きゃあっ!」

 ばしゃん、と飛沫が跳ね上がる。
 咄嗟に瑛司が腕を出して、私の体を支えてくれた。
 少し海水を被ったけれど、膝丈くらいまでしかない浅瀬なので怪我をすることはないから安心だ。

「あ……ありがと、瑛司」
「そそっかしいな。気をつけろ」

 瑛司のせいで転んだのに、なぜか注意されてしまう。
 ええと……この場合、私が体勢を崩したから、やっぱり私が悪いのかな?
 難しいことを考えるのは、やめにしよう。
 南の島のバカンスなのだから、思いっきりリゾートを満喫しないとね。
 私は手を伸ばし、瑛司の首にかけられているシュノーケルマスクを装着してあげた。

「シュノーケリングしてみようよ! 私、これやるの初めてなんだよね」

 透明な水の下には、ふわふわの白い砂が広がっている。フィンを装着した私たちの足の間を、すいと小さな魚が通り抜けた。
 スキューバダイビングのように深いところへは潜れないけれど、浅瀬からドロップオフのほうへ行けば珊瑚礁の広がる海域だ。

「シュノーケリングの最中は俺と手を離すなよ。この辺りの潮流は穏やかだが、おまえが海の底にある城へ帰ったりしたら迎えに行くのが大変だからな」
「……えっ? 海の底にある城って、どういうこと?」

 島に近いラグーンから、ドロップオフの方向へ赴く。
 急激に水深が深くなるドロップオフでは、珊瑚や魚の群れが見られるのだ。もちろん境界を越えて、断崖のドロップオフへ行ってはいけない。
 瑛司は私の鼻の頭を、ちょんと突いた。

「おまえは俺だけの人魚姫だ。決して離さないぞ」
「……まったくもう。私が人魚姫なら瑛司は王子様……じゃなくて、人魚姫を攫う海賊だね」

 浮き立った声で頬を染めかけた私だったけれど、瑛司の海賊姿が脳裏に浮かんでしまい、冷静な口調になる。
 瑛司はどう考えても王子様ではなく、人魚姫を無理やり攫って花嫁にする、横暴な海賊の船長がよく似合う。

「よくわかってるじゃないか」

 新たな人魚伝説が生まれてしまいそう。
 口端に笑みを刻んだ瑛司に、しっかりと手を繫がれながら、私は静かな海に身を沈めた。
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