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婚前旅行編
シャワールームにて
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シュノーケリングで見た海の中は、色鮮やかな魚たちの群れが織り成す幻想的な世界だった。
見たこともない綺麗な熱帯魚たち、華麗な形の珊瑚、海亀がゆったりとドロップオフを横切っていくさまは壮観だ。
私は初めて見る美しい海の中の光景を充分に堪能した。
対して瑛司は相変わらず私を視界の中心に据えながら、背景として周囲を眺めているようだったけれど。だって、ずっと私から目を離さないんだもの……
気がつけば、太陽は西の空に傾いている。その周りを波のような雲が囲んでいた。夕暮れが近づいてきたようだ。
たっぷりシュノーケリングを楽しんだ私たちはヴィラへと戻る。
海に直接繫がる階段を上れば、そこはデイベッドが置かれた広々としたデッキテラスだ。すぐに隣接するシャワールームへ入れる仕様になっている。
「楽しかったね。お魚もたくさんいたし、海亀があんなに人の近くを泳いでたのは感動したなぁ」
興奮が冷めやらない私は喜びに浸りながら、瑛司と手を繫いだままシャワールームに入る。
シャワールームは、ふたりが同時に入っても充分な広さだ。頭上から湯が降り注ぐレインシャワーと、ハンドシャワーの両方が備え付けられている。
瑛司がコックを捻ると、頭上から温かな水滴が降り注ぐ。
「んん……気持ちいい」
海水で濡れた髪をシャワーの湯に流す。ふたりの手は離れたけれど、肩は触れ合っているので婚前旅行の約束には添っている。
瑛司は、ふっと唇に弧を描いた。
「俺は安心した」
「え。何に?」
彼の逞しい体躯を、水の粒が瑞々しく跳ねた。濡れた髪は艶めいて、額に落ちかかっている。
「おまえが、海の底の城に帰らなかったからな」
真剣な声音に、瑛司が本気でそう思っていることを悟る。
私はどこにも行くわけがないのに。
この体のすべては、瑛司のものなのに。
それなのに瑛司は、私がいつかどこかへ行ってしまうのではないかと恐れているんだ。
「瑛司ったら……人魚姫はお伽話だよ」
「そうか? 案外あの話は、報われなかった女の実話ではないかと俺は思う。王子とは身分差があったから結ばれなかったんだろう」
私は人魚姫のお伽話を思い返した。
王子様を救った人魚姫は、足の代わりに声を失ったので、助けてあげたのは自分だと王子様に伝えられなかった。本当の恩人に気づかない王子様は隣の国のお姫様を好きになり、王子様を殺められなかった人魚姫は人魚に戻れず、泡になって消えてしまったのだ。
人魚という点を除けば、身分差により叶わなかった恋とも捉えられる。
「そうかも……。あのお話、哀しいよね」
「だが、おまえは泡になってしまった人魚姫とは違う。俺という海賊が攫ったんだからな」
瑛司の双眸が愛しげに細められた。
くすりと微笑みを零した私は、傾けられた精悍な顔に背伸びをして唇を近づける。
雨のように降り注ぐレインシャワーの中で、私たちは柔らかな接吻を交わした。
シャワーを浴びたあと、白のワンピースに着替えて海辺を散歩する。
雲間に滲む夕陽が赤々と燃えて、ふたりきりの浜辺に橙色の明かりを散りばめていた。
瑛司の纏っている白シャツが、陽射しに眩く浮かび上がっている。
もちろん、ふたりの手は繫がれている。
なんだかこの状態が当たり前のような感覚になってきたかもしれない。
瑛司の掌は肉厚で頼もしくて、しっかりと私の手を握りしめてくれる。とても温かくて心地好い。
「もうすぐ夕陽が沈んじゃうね……。綺麗だけど、なんだか寂しいな」
「夕陽のあとは満天の星空が見られる。夜が明ければ朝焼け、そしてまた明日は違った夕空だ。しばらくは滞在していられるから、一緒に見よう」
「うん……そうだね」
そう言いながらも瑛司は夕陽を眺めているわけではなくて、やはり私を見つめているのだった。瑛司に満天の星空を見上げてもらうには、浜辺に瑛司を寝そべらせて、私が彼の顔を覗き込むという格好をしたほうが良いかもしれない。
ふたりで暮れなずむ波打ち際を歩いていると、ふと目に入った灯火があった。岬のように長く伸びた道が、煌びやかなキャンドルの灯火に彩られている。
小さな島なので、岬も小道ほどのものだ。まるでこぢんまりとした灯台のよう。
岬の突端は少々スペースがあるようで、テーブルと椅子がセットされている。
瑛司は繫がれた手を握り替えて、紳士がエスコートするように、私の手を胸の辺りに掲げた。
「今夜はロマンティックディナーだ。星を見ながら食べるフルコースは、また格別だろう」
「わあ……海外でロマンティックディナーだなんて、素敵だね」
岬の先端へ向かう小道を通れば、両脇には導くような明かりが灯されている。
見たこともない綺麗な熱帯魚たち、華麗な形の珊瑚、海亀がゆったりとドロップオフを横切っていくさまは壮観だ。
私は初めて見る美しい海の中の光景を充分に堪能した。
対して瑛司は相変わらず私を視界の中心に据えながら、背景として周囲を眺めているようだったけれど。だって、ずっと私から目を離さないんだもの……
気がつけば、太陽は西の空に傾いている。その周りを波のような雲が囲んでいた。夕暮れが近づいてきたようだ。
たっぷりシュノーケリングを楽しんだ私たちはヴィラへと戻る。
海に直接繫がる階段を上れば、そこはデイベッドが置かれた広々としたデッキテラスだ。すぐに隣接するシャワールームへ入れる仕様になっている。
「楽しかったね。お魚もたくさんいたし、海亀があんなに人の近くを泳いでたのは感動したなぁ」
興奮が冷めやらない私は喜びに浸りながら、瑛司と手を繫いだままシャワールームに入る。
シャワールームは、ふたりが同時に入っても充分な広さだ。頭上から湯が降り注ぐレインシャワーと、ハンドシャワーの両方が備え付けられている。
瑛司がコックを捻ると、頭上から温かな水滴が降り注ぐ。
「んん……気持ちいい」
海水で濡れた髪をシャワーの湯に流す。ふたりの手は離れたけれど、肩は触れ合っているので婚前旅行の約束には添っている。
瑛司は、ふっと唇に弧を描いた。
「俺は安心した」
「え。何に?」
彼の逞しい体躯を、水の粒が瑞々しく跳ねた。濡れた髪は艶めいて、額に落ちかかっている。
「おまえが、海の底の城に帰らなかったからな」
真剣な声音に、瑛司が本気でそう思っていることを悟る。
私はどこにも行くわけがないのに。
この体のすべては、瑛司のものなのに。
それなのに瑛司は、私がいつかどこかへ行ってしまうのではないかと恐れているんだ。
「瑛司ったら……人魚姫はお伽話だよ」
「そうか? 案外あの話は、報われなかった女の実話ではないかと俺は思う。王子とは身分差があったから結ばれなかったんだろう」
私は人魚姫のお伽話を思い返した。
王子様を救った人魚姫は、足の代わりに声を失ったので、助けてあげたのは自分だと王子様に伝えられなかった。本当の恩人に気づかない王子様は隣の国のお姫様を好きになり、王子様を殺められなかった人魚姫は人魚に戻れず、泡になって消えてしまったのだ。
人魚という点を除けば、身分差により叶わなかった恋とも捉えられる。
「そうかも……。あのお話、哀しいよね」
「だが、おまえは泡になってしまった人魚姫とは違う。俺という海賊が攫ったんだからな」
瑛司の双眸が愛しげに細められた。
くすりと微笑みを零した私は、傾けられた精悍な顔に背伸びをして唇を近づける。
雨のように降り注ぐレインシャワーの中で、私たちは柔らかな接吻を交わした。
シャワーを浴びたあと、白のワンピースに着替えて海辺を散歩する。
雲間に滲む夕陽が赤々と燃えて、ふたりきりの浜辺に橙色の明かりを散りばめていた。
瑛司の纏っている白シャツが、陽射しに眩く浮かび上がっている。
もちろん、ふたりの手は繫がれている。
なんだかこの状態が当たり前のような感覚になってきたかもしれない。
瑛司の掌は肉厚で頼もしくて、しっかりと私の手を握りしめてくれる。とても温かくて心地好い。
「もうすぐ夕陽が沈んじゃうね……。綺麗だけど、なんだか寂しいな」
「夕陽のあとは満天の星空が見られる。夜が明ければ朝焼け、そしてまた明日は違った夕空だ。しばらくは滞在していられるから、一緒に見よう」
「うん……そうだね」
そう言いながらも瑛司は夕陽を眺めているわけではなくて、やはり私を見つめているのだった。瑛司に満天の星空を見上げてもらうには、浜辺に瑛司を寝そべらせて、私が彼の顔を覗き込むという格好をしたほうが良いかもしれない。
ふたりで暮れなずむ波打ち際を歩いていると、ふと目に入った灯火があった。岬のように長く伸びた道が、煌びやかなキャンドルの灯火に彩られている。
小さな島なので、岬も小道ほどのものだ。まるでこぢんまりとした灯台のよう。
岬の突端は少々スペースがあるようで、テーブルと椅子がセットされている。
瑛司は繫がれた手を握り替えて、紳士がエスコートするように、私の手を胸の辺りに掲げた。
「今夜はロマンティックディナーだ。星を見ながら食べるフルコースは、また格別だろう」
「わあ……海外でロマンティックディナーだなんて、素敵だね」
岬の先端へ向かう小道を通れば、両脇には導くような明かりが灯されている。
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