転生ジーニアス ~最強の天才は歴史を変えられるか~

普門院 ひかる

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第4章 国主編

第129話 第6回十字軍(2) ~エルサレム返還~

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 十字軍が引き返した際、皇帝フリードリヒⅡ世自身も病に罹っていた。しかし、新教皇グレゴリウスⅨ世は教会権力への脅威となっていたシチリアの力を抑えるため、仮病と判断してフリードリヒを破門したのである。

 皇帝フリードリヒⅡ世は、破門を解くべく教皇と交渉を行ったが成功せず、翌年6月に破門のまま十字軍に出発した。この十字軍が破門十字軍と言われる所以ゆえんである。
 これには破門された皇帝による十字軍に抵抗を感じて、帰国する者も多かった。

 9月にアッコンに到着したが、ここでも聖ヨハネ騎士団とテンプル騎士団は従わず、現地諸侯も協力に消極的だった。

 フリードリヒⅡ世は、出立前には既に予備交渉を行っていたが、スルタンのアル=カーミルはこの時シリアの兄弟達と争っており、同盟を条件にエルサレムを返還する意向だった。
 だが、この時期に、対立していた兄弟の1人であるダマスカスの領主が亡くなり、有利な状況になったアル=カーミルとの交渉は難航する。

 しかし、アル=カーミルはモンゴル帝国の脅威を感じており、ダマスカスも簡単には陥落しなかったため、最終的には、エルサレム、ナザレ、シドン、ヤッファ、ベイルートを割譲する条件で10年間の休戦条約を締結した。

 両勢力は宗教的寛容を約束し、キリスト教徒への聖墳墓教会の返還、イスラム教徒による岩のドームとアル=アクサー・モスクの保有、軍事施設の建設の禁止など、双方の宗教に配慮した共同統治的な先進的な取り組みとなっていた。

 皇帝フリードリヒⅡ世は、一切の血を流すことなく平和裡にエルサレムの返還に成功したが、キリスト教徒側における評価は低く、特にローマ教会側は破門皇帝の業績を認めなかった。

 3月に皇帝フリードリヒⅡ世はエルサレムに入城し、戴冠式を行ったが、エルサレム総司教や聖ヨハネ騎士団とテンプル騎士団の総長は出席しなかった。
 妻のイザベルⅡ世は前年、息子のコンラートを生んだ際に亡くなっていたため、王としての正統性も疑わしく、現地諸侯の反応もかんばしくなかった。

 わずかにドイツ騎士団総長などが出席する中で、皇帝フリードリヒⅡ世は自らの手でエルサレム王に戴冠した。
 これをもってフリードリヒⅡ世は、形式的には神聖帝国皇帝、シチリア王、エルサレム王の3つの位を兼ねることとなった。

    ◆

 皇帝に同行していたロートリンゲン公フリードリヒは、スルタンのアル=カーミルに秘密の会談を申し込んだ。
 アルジェの独立の件などでフリードリヒの実力を評価していたアル=カーミルはこれに応じた。

 アル=カーミルの後ろには、全身を黒づくめの服装で固めた人物が控えている。女性用のヘジャブを着けており、顔はうかがい知れない。この人物に、フリードリヒは闇の者の気配を感じた。

 ──なぜ闇の者がこんなところに?

 気になりつつも、フリードリヒは会談を切り出した。

「スルタンにおかれましては、今回の会談に応じていただき、誠に感謝申し上げる」
「面倒な社交辞令は不要だ。それで貴公は予に何を望むのだ」

「お願いしたいことが2つあります。
 まずは、我が国の首都ナンツィヒにモスクを建設することをエルサレム返還の条件に入れていただきたい」

「それはどういうことだ?」
「ヨーロッパにおける教皇の権威は大きいものがあります。他の宗教に不寛容な教皇に対する言い訳を用意したいのです。
 ナンツィヒにはイスラム商人も出入りしており、彼らはモスクの建設を熱望しております。私はこれに応えてやりたいのです」

「なるほど。モスク建設はこちらとしても願ってもないことだが、予を悪者にするとは貴公も悪よのう。まあよい。この件は承知した」
「ありがとうございます。なお、モスク建設に当たっては、建設技術者や聖職者の派遣についてもご配慮いただけると助かります」

「それもできる限り協力しよう。
 それでもう一つの願いとは何なのだ」

「スエズの地を我がロートリンゲン公国に割譲していただきたいのです。もちろんタダでとは申しません。これでいかがですか?」

 フリードリヒが合図すると、従者の者が宝箱を持ってきた。

「なんだ。金貨でも入っているのか?」
「…………」

 フリードリヒは黙って宝箱の蓋を開け、中を見せた。
 そこには大粒のダイヤモンドがぎっしりと詰まっていた。中には握りこぶし大の巨大な物も含まれている。

 アル=カーミルは意表を突かれ、驚いた表情のまま固まっている。

「こ、これは…全部本物のダイヤモンドなのか?」
「もちろんでございます。疑義があるようでしたら鑑定していただいて結構です」

「わかった。後で鑑定させよう。それで、なぜスエズのような不毛の地にこれほどの大金を払うのだ?」
「それは今のところは明かせません。いずれにしても貴国の不利になるようなことはいたしませんので、ご安心を」

 アル=カーミルは黒衣の人物の方を見るが、肩をすくめて(わからない)というジェスチャーをしている。

 アル=カーミルは少しだけ逡巡した後に言った。

「わかった。これでスエズの地を売ろう。後から取り消してもダメだからな」
「もちろんでございます。スルタンの方こそ、後で取り消しはないように願います」

「それはもちろんだ」
「では、これで交渉成立ということで…」

 フリードリヒにとっては、ダイヤモンドなど時空魔法で炭素を操作すればいくらでも作れるため、タダ同然なものだ。
 それでスエズが手に入れば…

 フリードリヒは心の中でニヤリとした。

    ◆

 この時代、東方との貿易は黒海貿易を通じるルートが主流だった。黒海から先は当然に陸路で、そのまま陸路か、又はインド洋まで陸路で運び再び船に積み替えるかのどちらかの形がとられていた。

 南アフリカの喜望峰を回る航路はまだ未開発だった。

 そこでスエズに運河を建設すれば、船積みしたまま地中海と紅海を行き来することができる。
 これは東方との貿易にとって画期的なことだった。

 実は古代から8世紀に至るまで、スエズには幾度となく運河が建設されていた。
 例えば古代エジプトで「ファラオの運河」と呼ばれるナイル川とグレートビター湖を東西に結ぶ淡水の運河が建設されていた。

 だがこれでは貿易に使用するような大型の船は通れない。
 やはりグレートビター湖などの地形を利用しつつ、現代のようなルートで運河を建設することが適当だろう。

 運河建設にはアイダ―運河建設の際につちかった技術が使える。
 フリードリヒは、技術を持った土魔導士を総動員するとともに、悪魔ベリアルとアスモデウスを呼ぶと運河の工事を命じた。

 ベリアルとアスモデウスは「以前に示唆された大規模工事とはこのことでしたか」とうんざりした顔で言った。

 ベリアルとアスモデウスは配下の悪魔を総動員したようだ。
 総勢で百万くらいの悪魔が動員された計算になる。

 アイダ―運河は3月かかったが、スエズ運河は、悪魔の動員力をもってしても、結局1年の歳月がかかった。

 アル=カーミルは、これほどの短期間での大規模工事の遂行能力に舌を巻くとともに、運河の重要性にも気づいたようだ。
 今後、運河の運営に一枚噛めないかと思案している様子だ。

 フリードリヒとてアル=カーミルの意向はできるだけ尊重するつもりだ。
 なにしろ運河はアイユーブ朝国家の真っただ中にポツンとあるのだ。現地の国家と敵対していては安定した運河運営などはできないからだ。

    ◆

 アル=カーミルとの秘密会談の後、深夜にフリードリヒの寝所を密かに訪れた者がいた。

 妖艶な美女だったが、翼を生やしており、明らかに人族ではない。また、それが天使とは違うとわかるのは、その翼の色が漆黒だったからだ。

 フリードリヒは気づいた。
 この気配はアル=カーミルの後ろに控えていた黒衣の人物のそれだ。

「こんな夜更けに何者だ?」
「私の名はリリス」

 リリスは、ユダヤの伝承や古代の神話にも登場する夜の女神であるが、あるいは妖怪や悪霊とも言われその正体は謎に包まれている。
 伝承では子供を害するものと信じられ、人々から恐れられている。

 フリードリヒは意外な人物の登場に興味を惹かれた。

「そのリリスが私に何の用だ?」
「私は昔からこの辺りを縄張りにしていてね。だが、そう遠くない将来にモンゴルとかいう奴らに蹂躙じゅうりんされるおそれがある。私は縄張りを荒らされたくないのさ」

「それがなぜアイユーブ朝に味方している?」
「アイユーブ朝に梃入てこいれして、モンゴルの奴らをはね返してもらおうと思っていたんだが、もっといいことを思いついた」

「それは?」
「あんたを味方に付けることさ」

「バカな。私は神聖帝国の一介いっかいの地方君主に過ぎない」
「私の目は節穴じゃないよ。あんたは本気になれば世界征服でもできる実力を持っている」

「それは買い被り過ぎというやつだ。私はせいぜい神聖帝国をモンゴル帝国から守るだけで手一杯だ」
「あんたはアズラエルの命を取らなかった。本当は優しい人間なんだろ。そのなさけの何分の1かでもこの中東の地の人間に分けてはもらえないだろうか?」

「なぜアズラエルのことを知っている?」
「アズラエルは私が暗殺教団に手配して送り込んだのさ」

 ──やはり暗殺教団の人間だったか…

 暗殺教団は、確かチンギス・ハーンの4男トゥルイの子のフラグ率いるイル・ハン国の物量の前に押しつぶされて滅びる運命だったはず…そう考えると哀れではあるな…

「そうだったのか…
 しかし、アイユーブ朝が暗殺者を送り込んだように、キリスト教国家とイスラム国家は基本的に対立している。手を組むのは難しいぞ」
「なに。手を組む必要はない。あんたが征服すればいいのさ」

「バカな! それでいったい何人の血が流れると思っている」
「モンゴル帝国に蹂躙じゅうりんされるよりははるかにましさ」

「それはあながち間違ってはいないが…それにしても何かやりようはあるだろう」
「征服は極端だとしても、モンゴルという共通の敵の恐ろしさがわかれば同盟もあながち夢物語ではないと思うわ」

「それもそうだな…」
「国同士の同盟はともかく、とりあえずあんたと私は対モンゴルで協力していく。これについては異存ないでしょう?」

「それについては了解した」
「では、そのあかしとして娘のリリムをあなたに預けるわ」

 リリムは、リリスが魔王サタンとの間にもうけた子供である。新生児を襲ったり、睡眠中の男性を誘惑し、夢精させるとも云われるサキュバス的な悪魔である。

「いや。そんな必要は…」
「あら。遠慮しなくていいのよ。リリム。こちらにいらっしゃい」

 床に魔法陣が浮かび上がり、そこから妖艶な美女が姿を現した。漆黒の翼を生やし、姿形はリリスに似ている。

「はい。お母さま」
「あなたはこれからこちらのロートリンゲン公のお世話をするのよ。いい男だから異存はないでしょう?」

 リリムがフリードリヒをじっと見つめている。その視線がなんだか痛い。
 そしてリリムがつぶやいた。
「ソロモン…?」

 どうやらリリムはソロモン王と何やら因縁いんねんがあったらしい。

「ああ。どうやら私はソロモン王の生まれ変わりらしい」

 それを聞くとリリムは嬉しそうな顔をして言った。
「お母さま。承知いたしました」

 そこでリリスはフリードリヒに向き直ると体をすり寄せてきた。
「でも、今夜のところは同盟のあかしとして私が相手をするわ。いいでしょう?」

 リリスが放つ色気が半端ない。甘い女のいい匂いがして頭がクラクラしそうだ。

「ああ。わかった…」

 こうしてフリードリヒとリリスは対モンゴルで協力関係を築くこととなった。
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