転生ジーニアス ~最強の天才は歴史を変えられるか~

普門院 ひかる

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第5章 皇帝編

第195話 モンゴル帝国の分裂(2) ~ベルケ=フラグ戦争~

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 フラグは、ジュチ・ウルスのベルケに対してダーベンドを通って北に進軍した。

 フリードリヒは、セイレーンのマルグリートと配下の鳥たちで上空から敵情偵察に出していたが、報告があった。

あるじ様。フラグの軍はターペンドを通って北進しているわ」

「数はどのくらいだ?」
「3個軍団9万人くらいね。輜重しちょう部隊を入れても10万くらいかしら」
「なるほど」

 早速、ベルケにその情報を伝え、合同の軍議を開く。

 冒頭。フリードリヒが口火を切った。
ちんの配下の報告によると、フラグの軍はターペンドを通って北進している。3個軍団と後は輜重しちょう部隊だ」

 ベルケは、少し意外そうな顔をして言った。
「ほう。意外に奮発してきたな…」

「フラグはあちこちに戦線を抱えている。我々の他にも西からはマムルーク朝に圧力をかけてもらっているし、北のチャガタイハン国とも承継戦争の支持勢力を巡って緊張関係にある。
 更に東のデリー・スルターン朝でカシミールを押さえている辺境鎮戍軍タンマチも動かすことができない。
 その意味では、この数が精一杯ということなのだろう。ここが勝負どころといったとこか…」

 それに対しベルケは余裕の表情で答える。
「我がウルスはフリードリヒ陛下のおかげで、ルーシやヴォルガ・ブルガールから攻められることはないし、承継戦争に関してはチャガタイハン国ともアリクブケ支持で一致しているから、これに対する備えも最低限でよい。
 その意味では5個軍団は動員できるだろう」

「なるほど。では、作戦はいかがしようか?」
「これから我らも行軍を開始するとして、両軍が対峙するのはテレク川の辺りでしょう。
 我らは待ち伏せをして奴らを撃退します故、神聖ローマ帝国軍には撤退する奴らを横腹から攻撃してとどめを刺してもらえますかな?」

「いい作戦だ。承知した。
 そうすると、待ち伏せを悟られぬよう斥候潰しが重要になってくるが、それはこちらに任せてもらいたい」
「陛下の軍の徹底した斥候潰しについては、骨身に染みて存じておりますからな。ぜひともお願いしたい」
「わかった」

 そこでベルケは話題を転じた。
「ところで、陛下に会わせたい男がいるのですが…」
「ほう。ちんにか…いいだろう」

 ベルケが「奴を呼べ」と命ずると壮年の男が進み出て叩頭している。姿形は明らかにヨーロッパ人だ。

「頭を上げよ。貴殿は?」

 男は叩頭していた頭を上げると言った。

「私は、ゲルトラウト・ヴェルフと申します」

「ヴェルフというと、もしかしてオットーⅣ世所縁ゆかりの者か?」
「ご賢察恐れ入ります。私はオットーめの私生児にございます」

「それがなぜモンゴル軍に?」
「私はたまたま魔法の才能があって、近衛魔導士団の筆頭魔導士などをしておりました。しかし、心の奥底では母を虐待した父をずっと恨んでおりました。
 そして、父がこだわっていた神聖帝国をも憎むようになったのです」

「それでモンゴル軍に味方して、帝国を滅ぼそうとした訳か?」
「そのとおりでございます」

「貴殿が例の筆頭魔導士殿だとすると我らが手を焼かされたのも頷ける。今となってはいい思いでだがな…」
「こちらこそ…全く歯が立ちませんでした」と言うとゲルトラウトは自信なさそうに俯いた。

「いや。謙遜することはない。貴殿がいなければ、シャイオ河畔の戦いで我らがバトゥを討ち取っていたかもしれない。その場合、ジュチ・ウルスの命運は大きく変わっていただろう」
「恐縮です」

「で、どうなのだ? 貴殿はまだ帝国を恨んでいるのか?」
「いえ。今の帝国の発展を拝見しておりますと、もはやかつての帝国とは思えなくなりました。帝国は生まれ変わったのです」

「そう言ってもらえると、ちんも嬉しい。で、今回の戦いではどうする?」
「この身はモンゴル軍に拾ってもらったもの故、ジュチ・ウルスの軍に参陣いたします」

「そうか…好きにするといい」

 フリードリヒはゲルトラウトの本音を解釈しかねた。
 フリードリヒに謁見することで心の整理をつけたかったのだと思いたいが、油断を誘って闇討ちにでもする可能性もゼロではない。

 横に控えていた護衛役の女悪魔アスタロトに視線を送ると、配下の悪魔を隠形おんぎょうさせて監視につけることにした。

    ◆

 ジュチ・ウルスと神聖ローマ帝国の連合軍は、テレク川のほとりに到着していた。
 少し離れた丘の上に本陣を構えている。

 そこに翼による風切り音がしたと思うと、セイレーンのマルグリートが上空から降りてきた。

「フラグの部隊を発見したわ。徒歩かちの部隊もいるからあと3日くらいの距離ね」
「わかった。斥候を出しているだろうから、アビゴールと連携して徹底的に潰してくれ」
「わかったわ」

 マルグリートは翼をはばたかせると、偵察に戻っていった。

 フリードリヒは、横に控えている参謀格の悪魔アビゴールに問うた。彼は戦況の行末を見通す力を持っている。

「おまえの見立てではどうだ?」
「奴らはまだ我らと遭遇するとは想定していないようですな。ここまで出張ってくるとは考えていなかったのでしょう」

「では、待ち伏せは成功しそうか?」
「斥候潰しさえ完璧にやれば、必ずや」と自信満々だ。

「わかった。この作戦の成否は斥候潰しの如何による。しっかりと頼むぞ」
あるじ殿。誰に物申しておりますので?」
 アビゴールは不敵な笑みを浮かべた。

 ──相変わらずの自信家だな…


 そして3日後。
 フラグの軍はアビゴールの見通しどおり行動しており、ジュチ・ウルスと神聖ローマ帝国の軍は所定の場所で人を組んで敵を待ち構えている。

    ◆

 フラグは不気味さを覚えていた。

 まだ敵と遭遇するには早いと思うが、念のため斥候は相当数出させている。それが一人として戻ってきていないのだ。
 これは以前に聞いたジュチ・ウルスがキプチャク平原で敗北したときの状況に似ている。

 まさか、宗主国の神聖ローマ帝国がここまで出張ってきているということか?
 しかし、事前の諜報活動では神聖ローマ帝国軍が行軍しているという情報は入ってきていない。
 さすがのフラグも、神聖ローマ帝国の中枢にまでは間諜を潜り込ませることはできないでいた。

    ◆

 フラグの軍はまだ接敵を想定しておらず、人も組まずに、長蛇の列でテルク川のほとりを行軍していた。

 敵を十分に引き付けたところで、ベルケは出陣を命じた。

「軽装騎兵。突撃だ!」

 ジュチ・ウルスの軽装騎兵が襲いかかり、フラグの軍に矢の雨を降らせる。

「くそっ! 待ち伏せか!」
 先頭近くにいたフラグの軍の指揮官は、ひとり愚痴をこぼした。

「弓兵は反撃せよ。その間に後退して陣形を立て直す」
 フラグの軍の指揮官は命令を出すが、既に軍のあちこちでほころびが生じ、混乱が生じている。

 ベルケは、すかさず追撃を命じた。

「重装歩兵。突撃! 敵を川へ押し込め!」

 重装歩兵に蹴散らされ、フラグの軍は何千という兵が切り捨てられ、川に押し込められた。仕方がなく、鎧を脱ぎ捨てて川へ逃走を図った者も多くが溺れ死んだ。

 フラグの軍の前衛は、後退しようにも後続部隊が退いてくれないと動きがとれない。

 ここに至って、ようやく前衛が接敵し、蹂躙されている事態がフラグに伝わった。長蛇の列で行軍していたため、報告が遅れたのだ。

 フラグは直ちに命令を発する。

「やむを得ない。後退して陣を立て直す。急げ!」
「はっ」

 しかし、その矢先。
 フラグの軍の後衛が大規模な爆発に見舞われた。
 神聖ローマ帝国軍の砲兵隊の遠距離射撃だった。

 砲弾は次々と着弾し、激しい爆発音に人も馬も驚き、特に馬は制御を失って多くが走り去っていく。

 着弾位置に近かった者は爆風や破片を浴びて血まみれになって助けを求めている。

 フラグの軍は、砲弾の雨の中を必死に駆け抜ける。

 ようやく砲弾から逃れたと思ったとき、息を継ぐ暇もなく、上空にペガサスに乗った部隊が現れた。
 先頭を行くペガサスには、美の化身化とも思われる美女が乗り、銃を構えていた。

「この期に及んで『ロートリンゲンの悪魔』か!」
 フラグは天を呪った。

 直後、フラグの軍を激しい爆発が連続して襲った。
 爆発から逃れた兵もペガサス部隊が自動小銃で各個に打ち取っていく。

 更に騎馬部隊がダメ押しとばかりに波状攻撃をかけてくる。

 それでもフラグの指揮する軍団は精鋭であり、士気も高かった。
 なんとか混戦を脱出したフラグと精鋭たちは、その先に更なる地獄を見た。

 蛇のように長い巨大な龍と西洋風のドラゴンたちが控えていたのだ。
 ドラゴンらの上空からのブレス攻撃には精鋭たちもひとたまりもなかった。

 精鋭たちは自らを肉の盾としてフラグを守りながら、とにかく馬を疾走させた。

 結果、幸運にもフラグはかろうじて難を逃れた。最後まで付き従っていたのは数十騎の精鋭のみだった。

    ◆

 ゲルトラウトは残敵掃討に勤しんでいた。
 大規模殲滅魔法で一気にやれればいいのだが、敵味方入り混じった混戦の中では、それもままならない。

 仕方がなく、各個に敵を魔法で撃破していると、ふと前方に前線へ出て指揮をしているフリードリヒの姿が目に入った。
 こちらに後ろを見せ、いかにも油断しているようにも見える。

 ゲルトラウトの心の中の悪魔が囁いた。
『神聖ローマ帝国は奴のカリスマあってこそ成り立っている。奴さえいなければ、帝国は瓦解する』

 そして魔法を詠唱しようと手をかが仕掛けたとき、背筋を悪寒が襲った。

『まて、奴がサライに乗り込んできたとき、逆らった兵は隠形した悪魔に首を引きちぎられていたではないか。俺がそうならない保証はどこにある。それに奴の息子はもう青年だ。奴を倒しても息子が引き継ぐだろう』

 ゲルトラウトは、寸でのところで思いとどまった。
 隠形した悪魔は今にもゲルトラウトの首を引きちぎらんとしていたところだったのである。

    ◆

 フラグはその後、アゼルバイジャンに後退し、散り散りになった味方を収容した。
 三々五々集まってくる味方は、最終的に1個軍団3万人に満たなかった。それだけ決定的な敗戦だったのである。

 それに対し、ジュチ・ウルス軍の損害は軽微であり、神聖ローマ帝国軍に至ってはほぼゼロといってよかった。
 ベルケとフリードリヒは、アゼルバイジャンに兵を進めた。
 これ見よがしに軍の全容を隠すことなく、軍威を示しながら緩々と進軍する。

 これに対し、フラグは、アゼルバイジャンから撤退せざるを得なかった。

 その先には、イルハン国の首都、マラーゲがあった。
 マラーゲの町は深い渓谷の中にあり、守りやすい地形ではあるが、彼我ひがの戦力差では、そのアドバンテージも吹き飛んでしまう。

 特に神聖ローマ帝国の航空戦力は地形など関係がないのだ。

 このまま抵抗を続けると、マラーゲが虐殺、略奪りゃくだつの対象になってしまう。
 自らが行ったバクダットの虐殺、略奪りゃくだつの様子がフラグの脳裏をかすめた。

 フラグは、ベルケに休戦の使者を送らざるを得なかった。

    ◆

 フラグの予想に反し、ベルケとフリードリヒはわずかな護衛を連れて自らフラグのもとにやってきた。
 フラグはその豪勇さに驚いたが、ふと漏れ聞いていたフリードリヒがサライに乗り込んできた状況を思い出していた。

 ──これは隠形おんぎょうした悪魔がこの部屋に満ちていると考えるべきなのだろうな…

 ベルケは、開口一番に言った。
「使者などを通してちまちまやっていては埒が明かない。直接話に来た」
「わざわざお越しいただき痛み入る」

「それでだ。休戦の条件だが、ホラズム、アゼルバイジャンとグルジアの正当な支配権を我に認めることは当然として、ここにいる神聖ローマ帝国の取り分もあるのでな。どれだけ上積みできる?」

 いきなり核心を突いた質問にフラグは驚いたが、小手先のやり取りをするよりもいいだろうと思った。こちらとしても譲れるギリギリを提示してみようか…

「それでは、旧アッバース朝の領土を割譲するということでどうだろうか?」
「いいだろう。それ以上を求めては貴国が立ち行かなくなってしまうだろうからな」

 緊張してフリードリヒの言葉を待っていたフラグは、ほっと胸をなでおろした。最初から誠意を示してよかった…

 こうしてベルケ、フリードリヒとフラグの会談はあっという間に決着がついた。

    ◆

 会談の帰り道、フリードリヒはベルケに釘を刺した。

「ホラズム、アゼルバイジャンとグルジアを支配するのはいいのだが、偉大なる賢君サイン・ハーンたるバトゥを見習って、人民に対しては寛大で宗教に対しても融和的な政策を頼むよ」
「もちろんですとも、兄に劣ると言わるのも癪ですからな」

「それはそうと、バクダットはマムルーク朝に亡命しているムスタンスィルⅡ世に統治させようと思っている。カリフを名乗っているからちょうどいいだろう。まあ、当分の間は、マムルーク朝と我が国を後ろ盾とした傀儡国家となるだろうがな…」
「陛下の影響下に置くというのであれば、文句はございませぬ」

「では、そうさせてもらう」

    ◆

 フラグは、イルハン国の首都をマラーゲから移すことにした。
 今回の敗戦により、イルハン国は西側領土をごっそりと失い、往時の半分強の大きさとなっていた。
 結果、マラーゲは領土の西の端に位置することとなり、地政学的に良くないとともに、再度紛争があった場合は、真っ先にターゲットにされてしまう。

    ◆

 モンゴル帝国帝位継承戦争は、初戦からフビライ側が優勢だった。
 フビライの経済封鎖をされたアリクブケは、窮余の策として、チャガタイ家出身の側近であるアルグを同家に派遣し、糧秣をカラコルムに送るように命じた。
 が、アルグはチャガタイ家領に入るとアリクブケに反旗を翻し、アリクブケは東西から挟まれる形となった。

 追い詰められたアリクブケは、チャガタイ家の本拠地であるイリ渓谷を攻めて占領した。
 ここでアリクブケは頽勢挽回を図るはずであったが、捕虜にしたチャガタイ家の人間を殺してしまう。
 この処置に部下たちの多くはアリクブケを見限り、また明らかに劣勢なアリクブケを救おうという勢力はなく、アリクブケは孤立無援に陥った。

 イリ渓谷で飢饉が起こると、アリクブケ軍は完全に解体し、翌年にアリクブケはフビライに降伏し、足かけ4年にわたる帝位継承戦争は終結した。

    ◆

 フリードリヒは、一連の戦争の結果とし、モンゴル帝国が分裂したことにより、ガイア帝国ライヒに大きな脅威を与えるような勢力はなくなったと判断した。

 そしてあと数年で40歳を迎えようとしている今、息子のジークフリートに予告したとおり、皇帝の位を息子に譲り、自らは引退すべく、引退後に居住する離宮をナンツィヒ郊外の山中に建設するよう指示するのだった。
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