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第三話:五十ポイントの革命と、千五百ポイントの優しさ
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ポイントシステムに目覚めた翌日から、俺の日常は「ポイント稼ぎ」という名の壮大な、そして極めて地道なゲームへと姿を変えた。
五歳の子供にできることなど、たかが知れている。主な収入源は、昨日と同じく畑の雑草抜きだ。だが、ブラック企業の理不尽なノルマと非効率な業務プロセスの中で鍛え上げられた俺の精神は、単調な作業の中にすら「最適化」の道筋を見出そうと躍起になっていた。
(雑草抜き十本で1ポイント……つまり一本あたり0.1ポイントか。父さんの邪魔にならない範囲で、最も効率よく草を抜けるルートはどこだ?根が浅く、抜きやすい草が密集しているエリアは……あそこか!)
俺は小さな頭をフル回転させ、畑の隅で一人、自分だけのタイムアタックに挑んでいた。土にまみれ、汗を流す姿は、他の村人から見れば健気な子供の手伝いにしか見えないだろう。だが、俺の内面では、コンマ1秒の無駄をも削り取ろうとする、かつての『ポイントゲッター佐藤拓也』の魂が、家族のために、そして初めて手に入れた温かい日常のために、静かに燃え上がっていた。
「ルークス、無理はしなくていいんだぞ」
時折、父さんが心配そうに声をかけてくれる。俺はそのたびに、「うん、だいじょうぶ!」と土のついた手で手を振り、無邪気な笑顔で返しつつ、内心で固く誓う。
(無理なんかじゃない、父さん。これは、母さんの指を治すための、そしてこの食卓を守るための、未来への投資なんだから)
目標は、救急セットの1,500ポイント。雑草抜きだけで達成しようとすれば、一万五千本。あまりに気が遠くなる数字だった。
(ダメだ、これだけじゃ効率が悪すぎる。他のポイント獲得手段を探さなければ……!)
俺は実験を開始した。家の周りの掃き掃除をしてみる。
――ピロン♪
【家の周りを掃除しました。貢献度:微小。1ポイントを獲得しました。】
(よし、これもポイントになる!だが、獲得量は雑草抜きと同じか……労力に見合わん)
次は、母さんの言いつけで、よちよち歩きのマキナの子守りをしてみる。おぼつかない足取りで庭に出ようとする彼女が、石につまずいて転びそうになるのを、寸前で抱きとめる。泣き出せば、変な顔をしてあやしてやる。
――ピロン♪
【妹の世話をしました。貢献度:小。3ポイントを獲得しました。】
(……3ポイント!?雑草抜きの三倍だと!?)
俺の目に光が宿った。やはりそうか。このシステムは、単なる労働対価ではなく、その行為がもたらす「貢献度」や「幸福度」のようなものを測定してポイントを算出している。より直接的な人助けの方が、評価が高いに違いない。
ならば、と俺はターゲットを母さんに切り替えた。
「かあさん、お水、はこぶ」
「あら、ルークス。ありがとう。でも重たいでしょう?」
「へいき!」
小さな桶に半分だけ水を入れてもらい、小さな体でバランスを取りながら、よろめきながら台所まで運ぶ。
――ピロン♪
【水運びを手伝いました。貢献度:小。2ポイントを獲得しました。】
(よしよし、これも悪くない!雑草より遥かに効率的だ!)
薪を運ぶ。食卓を拭く。マキナに絵本(というより、木の板に描かれた簡単な絵)を読んでやる。一つ一つの行動が、着実にポイントへと変換されていく快感に、俺は前世の記憶を重ね合わせながらも、全く新しい種類の喜びを感じていた。
そうして三日後、俺の所持ポイントは、ついに最初の節目である50ポイントに到達した。
(50ポイント……。救急セットには程遠いが、これで交換できる、試してみたいものがある)
俺の脳裏に、アイテムリストの最上段にあった、あるアイテムが浮かび上がっていた。
『精製された塩 (50pt)』
俺たちの家で使っている塩は、村の行商人から買う、灰色がかった岩塩だ。不純物が多く、舐めればただしょっぱいだけでなく、舌の奥にざらりとした苦味が残る。スープに入れれば、どこか輪郭がぼやけた味になる。だが、この村ではそれが当たり前だった。
(食は、全ての基本だ。そして、塩は味の基本……。前世で渇望した『温かい食卓』を、俺はもっと温かくて、美味しいものにできるはずだ)
それは、壮大なスローライフ計画の、ほんの小さな、しかし極めて重要な第一歩だった。
その日の夕食。メニューはいつもの豆のスープだ。母さんが鍋の番をしている隙を見て、俺はこっそりと懐に隠し持っていた「秘密兵器」を取り出した。
ポイントと交換した『精製された塩』は、小さな革袋に入っていた。中身を指先につけて、そっと舐めてみる。
「……!」
衝撃が走った。苦味や雑味が一切ない、純粋でまろやかな塩味。後から、ほんのりと旨味さえ感じる。これが、本物の塩の味か。
俺は、母さんがいつも塩を入れている年季の入った壺の中身を、自分の塩とこっそりすり替えた。見た目はどちらも白い粉だが、その純度は天と地ほどの差がある。
「ルークス、何してるの?」
「ううん、なんでもない!」
俺は何食わぬ顔で母さんから離れる。母さんは訝しげな顔をしたが、特に気にする様子もなく、壺から一匙の塩をすくって鍋にぱらりと入れた。
そして、運命の夕食の時間がやってきた。
「さあ、みんな。ご飯にしましょうね」
食卓に、豆のスープが並ぶ。見た目は、いつもと何も変わらない。父さんも、何も知らずに使い込まれた木のスプーンを手に取った。
一口、スープをすする。
その瞬間、父さんの動きが、ピタリと止まった。
「……ん?」
父さんは、信じられないというように、もう一度スープを口に運んだ。
そして、いつもは細められている目を、驚きに大きく見開いた。彼は何も言わず、ただ、いつもより一杯多く、黙々とおかわりをする。**その普段は見せない行動こそが、何よりの賛辞だった。やがて、ぽつりと呟く。
「リリア……今日のスープは、なんだか……ものすごく美味いぞ」
寡黙な父さんからの、最大級の賛辞だった。母さんはきょとんとしている。
「え?そうですか?いつもと同じように作ったつもりだけど……」
そう言いながら、母さんも自分のスープを一口。そして、父さんと同じように、ハッと息を飲んだ。
「ほんとだわ……!なんで?豆の味が、すごく濃く感じる……!それに、いつもみたいな舌に残る変な苦さが全くない……」
「おにいちゃん、おいしー!」
まだうまく喋れない妹のマキナまでもが、そう言って、満面の笑みを浮かべていた。
三人の驚きと、喜びに満ちた顔。
俺は、スープの湯気の向こうで、その光景をただじっと見ていた。胸の奥から、じわりと熱いものが込み上げてくる。
たった50ポイントで交換した、一袋の塩。それが、こんなにも家族を笑顔にしている。前世で俺が追い求めた一万ポイントのクレジットカード案件がもたらすのは、通帳に印字される無機質な数字だけだった。だが、目の前にあるのはどうだ。父さんの驚き、母さんの喜び、マキナの屈託のない笑顔。これが、ポイントの本当の使い道なのかもしれない。
俺は、込み上げる感動を噛殺しながら、人生で一番美味しいと感じる豆のスープを、ゆっくりと、大切に味わったのだった。
◇
塩の革命から一週間後、俺の地道な努力は、ついに大きな実を結んだ。
【現在の所持ポイント:1,500 pt】
ウィンドウに表示された数字を見て、俺は畑の隅で土にまみれたまま、小さくガッツポーズをした。長かった。本当に長かった。雑草を抜き、水を運び、妹の面倒を見続け、ようやく貯めた千五百ポイント。それは、五歳の子供にとっては、まさしく血と汗と執念の結晶だった。
俺は少し震える指で、アイテムリストから『救急セット』を選択し、交換を確定した。
すると、俺の手の中に、ふわりと見慣れないポーチが現れた。大きさは弁当箱くらいで、丈夫な麻布でできている。中を開けると、消毒薬の小瓶、真っ白なガーゼ、清潔な包帯、そして、前世ではお馴染みの絆創膏まで入っていた。
(やった……!手に入れた……!)
問題は、これをどうやって母さんに渡すかだ。五歳の子供が、こんな立派な医療品を持っているなど、不自然極まりない。
悩んだ末、俺は一つの言い訳を考えついていた。
その日の夕方、俺は「森で拾った」という設定で、救急セットを母さんに差し出した。
「かあさん、これ」
「まあ、ルークス。これは何?」
母さんは、ポーチを受け取ると、驚いたように中身を検分し始めた。
「すごいわ……こんなに綺麗な布……。このお薬、少しすーっとする匂いがする。一体どこで拾ったの?」
「森の、大きな木の根っこに……。だれかの、わすれもの、かな?」
俺は、精一杯の子供らしい口調でそう言った。母さんは少し訝しげな顔をしたが、まさか息子が異世界のポイントシステムで交換したなどとは夢にも思うまい。「そう……。落とし主の人が困っているかもしれないけど……でも、これは……」
母さんは、ポーチの中の消毒薬を布に少しだけつけ、まだ赤みが残り、硬くなった皮膚のあちこちがひび割れている自分の指先に、そっと塗った。
「……冷たくて、気持ちいい……。ああ、本当に薬なんて使うの、いつ以来かしら……。少ししみるけど、じんわりと痛みが和らぐみたい」
そして、綺麗な包帯を、宝物を扱うかのように、器用に自分の指に巻いていく。その手つきを見ながら、俺は安堵のため息をついた。
これで、もう化膿の心配はない。
手当てを終えた母さんは、俺の前にしゃがみ込むと、俺の頭を優しく、何度も何度も撫でた。
「ありがとう、ルークス。母さんのために、探してきてくれたのね。優しい子ね、あなたは」
その声は、少しだけ震えていた。瞳には、うっすらと感謝の涙が浮かんでいる。
母さんのその笑顔を見た瞬間、一週間分の疲労が、全て吹き飛んでいくようだった。
ああ、そうか。
俺は、この笑顔が見たかったんだ。この温かい手に、撫でてほしかったんだ。
千五百ポイントの対価は、この世界で何よりも尊い、母さんの笑顔だった。
◇
救急セットの一件から数日後。俺は再び、自分の目の前にスキルリストを呼び出していた。
(最初の目標は達成した。だが、これはまだ始まりに過ぎない)
俺の目は、ある一つのスキルに釘付けになっていた。
『鑑定 (Lv.1) [1,000pt]』
(今の俺のポイント稼ぎは、あまりにも非効率な肉体労働頼みだ。だが、もしこの世界の物事の『価値』が分かれば?情報という武器を手にすれば?)
例えば、森に生えている、ただの草。鑑定すれば、それが実は高価な薬草だと分かるかもしれない。道端に転がっている石ころが、希少な鉱石かもしれない。
情報を制する者が、戦いを制す。それは、ブラック企業だろうと、ポイントサイトだろうと、この異世界だろうと、絶対に変わらない真理のはずだ。
(よし、次の目標は決まった)
俺は、再び痩せた畑に視線を戻した。
(まずは千ポイント。この鑑定スキルを手に入れて、俺のスローライフへの道を、本格的に、そして戦略的に切り開いてやる!)
五歳の農民、ルークス・グルトのポイントを極める道は、今、確かな一歩を踏み出したばかりだ。
【読者へのメッセージ】
第三話、お楽しみいただけましたでしょうか?
ルークスの最初のポイント活用は、家族を笑顔にするささやかな奇跡でした。
彼の地道な努力と、その成果に「いいね!」と思っていただけたら、ぜひ下の評価(☆)や感想、ブックマークで応援をお願いします!
次回、ついにチートの代名詞「鑑定」スキルを手に入れる……!?彼のスローライフ計画が、大きく動き出します!
五歳の子供にできることなど、たかが知れている。主な収入源は、昨日と同じく畑の雑草抜きだ。だが、ブラック企業の理不尽なノルマと非効率な業務プロセスの中で鍛え上げられた俺の精神は、単調な作業の中にすら「最適化」の道筋を見出そうと躍起になっていた。
(雑草抜き十本で1ポイント……つまり一本あたり0.1ポイントか。父さんの邪魔にならない範囲で、最も効率よく草を抜けるルートはどこだ?根が浅く、抜きやすい草が密集しているエリアは……あそこか!)
俺は小さな頭をフル回転させ、畑の隅で一人、自分だけのタイムアタックに挑んでいた。土にまみれ、汗を流す姿は、他の村人から見れば健気な子供の手伝いにしか見えないだろう。だが、俺の内面では、コンマ1秒の無駄をも削り取ろうとする、かつての『ポイントゲッター佐藤拓也』の魂が、家族のために、そして初めて手に入れた温かい日常のために、静かに燃え上がっていた。
「ルークス、無理はしなくていいんだぞ」
時折、父さんが心配そうに声をかけてくれる。俺はそのたびに、「うん、だいじょうぶ!」と土のついた手で手を振り、無邪気な笑顔で返しつつ、内心で固く誓う。
(無理なんかじゃない、父さん。これは、母さんの指を治すための、そしてこの食卓を守るための、未来への投資なんだから)
目標は、救急セットの1,500ポイント。雑草抜きだけで達成しようとすれば、一万五千本。あまりに気が遠くなる数字だった。
(ダメだ、これだけじゃ効率が悪すぎる。他のポイント獲得手段を探さなければ……!)
俺は実験を開始した。家の周りの掃き掃除をしてみる。
――ピロン♪
【家の周りを掃除しました。貢献度:微小。1ポイントを獲得しました。】
(よし、これもポイントになる!だが、獲得量は雑草抜きと同じか……労力に見合わん)
次は、母さんの言いつけで、よちよち歩きのマキナの子守りをしてみる。おぼつかない足取りで庭に出ようとする彼女が、石につまずいて転びそうになるのを、寸前で抱きとめる。泣き出せば、変な顔をしてあやしてやる。
――ピロン♪
【妹の世話をしました。貢献度:小。3ポイントを獲得しました。】
(……3ポイント!?雑草抜きの三倍だと!?)
俺の目に光が宿った。やはりそうか。このシステムは、単なる労働対価ではなく、その行為がもたらす「貢献度」や「幸福度」のようなものを測定してポイントを算出している。より直接的な人助けの方が、評価が高いに違いない。
ならば、と俺はターゲットを母さんに切り替えた。
「かあさん、お水、はこぶ」
「あら、ルークス。ありがとう。でも重たいでしょう?」
「へいき!」
小さな桶に半分だけ水を入れてもらい、小さな体でバランスを取りながら、よろめきながら台所まで運ぶ。
――ピロン♪
【水運びを手伝いました。貢献度:小。2ポイントを獲得しました。】
(よしよし、これも悪くない!雑草より遥かに効率的だ!)
薪を運ぶ。食卓を拭く。マキナに絵本(というより、木の板に描かれた簡単な絵)を読んでやる。一つ一つの行動が、着実にポイントへと変換されていく快感に、俺は前世の記憶を重ね合わせながらも、全く新しい種類の喜びを感じていた。
そうして三日後、俺の所持ポイントは、ついに最初の節目である50ポイントに到達した。
(50ポイント……。救急セットには程遠いが、これで交換できる、試してみたいものがある)
俺の脳裏に、アイテムリストの最上段にあった、あるアイテムが浮かび上がっていた。
『精製された塩 (50pt)』
俺たちの家で使っている塩は、村の行商人から買う、灰色がかった岩塩だ。不純物が多く、舐めればただしょっぱいだけでなく、舌の奥にざらりとした苦味が残る。スープに入れれば、どこか輪郭がぼやけた味になる。だが、この村ではそれが当たり前だった。
(食は、全ての基本だ。そして、塩は味の基本……。前世で渇望した『温かい食卓』を、俺はもっと温かくて、美味しいものにできるはずだ)
それは、壮大なスローライフ計画の、ほんの小さな、しかし極めて重要な第一歩だった。
その日の夕食。メニューはいつもの豆のスープだ。母さんが鍋の番をしている隙を見て、俺はこっそりと懐に隠し持っていた「秘密兵器」を取り出した。
ポイントと交換した『精製された塩』は、小さな革袋に入っていた。中身を指先につけて、そっと舐めてみる。
「……!」
衝撃が走った。苦味や雑味が一切ない、純粋でまろやかな塩味。後から、ほんのりと旨味さえ感じる。これが、本物の塩の味か。
俺は、母さんがいつも塩を入れている年季の入った壺の中身を、自分の塩とこっそりすり替えた。見た目はどちらも白い粉だが、その純度は天と地ほどの差がある。
「ルークス、何してるの?」
「ううん、なんでもない!」
俺は何食わぬ顔で母さんから離れる。母さんは訝しげな顔をしたが、特に気にする様子もなく、壺から一匙の塩をすくって鍋にぱらりと入れた。
そして、運命の夕食の時間がやってきた。
「さあ、みんな。ご飯にしましょうね」
食卓に、豆のスープが並ぶ。見た目は、いつもと何も変わらない。父さんも、何も知らずに使い込まれた木のスプーンを手に取った。
一口、スープをすする。
その瞬間、父さんの動きが、ピタリと止まった。
「……ん?」
父さんは、信じられないというように、もう一度スープを口に運んだ。
そして、いつもは細められている目を、驚きに大きく見開いた。彼は何も言わず、ただ、いつもより一杯多く、黙々とおかわりをする。**その普段は見せない行動こそが、何よりの賛辞だった。やがて、ぽつりと呟く。
「リリア……今日のスープは、なんだか……ものすごく美味いぞ」
寡黙な父さんからの、最大級の賛辞だった。母さんはきょとんとしている。
「え?そうですか?いつもと同じように作ったつもりだけど……」
そう言いながら、母さんも自分のスープを一口。そして、父さんと同じように、ハッと息を飲んだ。
「ほんとだわ……!なんで?豆の味が、すごく濃く感じる……!それに、いつもみたいな舌に残る変な苦さが全くない……」
「おにいちゃん、おいしー!」
まだうまく喋れない妹のマキナまでもが、そう言って、満面の笑みを浮かべていた。
三人の驚きと、喜びに満ちた顔。
俺は、スープの湯気の向こうで、その光景をただじっと見ていた。胸の奥から、じわりと熱いものが込み上げてくる。
たった50ポイントで交換した、一袋の塩。それが、こんなにも家族を笑顔にしている。前世で俺が追い求めた一万ポイントのクレジットカード案件がもたらすのは、通帳に印字される無機質な数字だけだった。だが、目の前にあるのはどうだ。父さんの驚き、母さんの喜び、マキナの屈託のない笑顔。これが、ポイントの本当の使い道なのかもしれない。
俺は、込み上げる感動を噛殺しながら、人生で一番美味しいと感じる豆のスープを、ゆっくりと、大切に味わったのだった。
◇
塩の革命から一週間後、俺の地道な努力は、ついに大きな実を結んだ。
【現在の所持ポイント:1,500 pt】
ウィンドウに表示された数字を見て、俺は畑の隅で土にまみれたまま、小さくガッツポーズをした。長かった。本当に長かった。雑草を抜き、水を運び、妹の面倒を見続け、ようやく貯めた千五百ポイント。それは、五歳の子供にとっては、まさしく血と汗と執念の結晶だった。
俺は少し震える指で、アイテムリストから『救急セット』を選択し、交換を確定した。
すると、俺の手の中に、ふわりと見慣れないポーチが現れた。大きさは弁当箱くらいで、丈夫な麻布でできている。中を開けると、消毒薬の小瓶、真っ白なガーゼ、清潔な包帯、そして、前世ではお馴染みの絆創膏まで入っていた。
(やった……!手に入れた……!)
問題は、これをどうやって母さんに渡すかだ。五歳の子供が、こんな立派な医療品を持っているなど、不自然極まりない。
悩んだ末、俺は一つの言い訳を考えついていた。
その日の夕方、俺は「森で拾った」という設定で、救急セットを母さんに差し出した。
「かあさん、これ」
「まあ、ルークス。これは何?」
母さんは、ポーチを受け取ると、驚いたように中身を検分し始めた。
「すごいわ……こんなに綺麗な布……。このお薬、少しすーっとする匂いがする。一体どこで拾ったの?」
「森の、大きな木の根っこに……。だれかの、わすれもの、かな?」
俺は、精一杯の子供らしい口調でそう言った。母さんは少し訝しげな顔をしたが、まさか息子が異世界のポイントシステムで交換したなどとは夢にも思うまい。「そう……。落とし主の人が困っているかもしれないけど……でも、これは……」
母さんは、ポーチの中の消毒薬を布に少しだけつけ、まだ赤みが残り、硬くなった皮膚のあちこちがひび割れている自分の指先に、そっと塗った。
「……冷たくて、気持ちいい……。ああ、本当に薬なんて使うの、いつ以来かしら……。少ししみるけど、じんわりと痛みが和らぐみたい」
そして、綺麗な包帯を、宝物を扱うかのように、器用に自分の指に巻いていく。その手つきを見ながら、俺は安堵のため息をついた。
これで、もう化膿の心配はない。
手当てを終えた母さんは、俺の前にしゃがみ込むと、俺の頭を優しく、何度も何度も撫でた。
「ありがとう、ルークス。母さんのために、探してきてくれたのね。優しい子ね、あなたは」
その声は、少しだけ震えていた。瞳には、うっすらと感謝の涙が浮かんでいる。
母さんのその笑顔を見た瞬間、一週間分の疲労が、全て吹き飛んでいくようだった。
ああ、そうか。
俺は、この笑顔が見たかったんだ。この温かい手に、撫でてほしかったんだ。
千五百ポイントの対価は、この世界で何よりも尊い、母さんの笑顔だった。
◇
救急セットの一件から数日後。俺は再び、自分の目の前にスキルリストを呼び出していた。
(最初の目標は達成した。だが、これはまだ始まりに過ぎない)
俺の目は、ある一つのスキルに釘付けになっていた。
『鑑定 (Lv.1) [1,000pt]』
(今の俺のポイント稼ぎは、あまりにも非効率な肉体労働頼みだ。だが、もしこの世界の物事の『価値』が分かれば?情報という武器を手にすれば?)
例えば、森に生えている、ただの草。鑑定すれば、それが実は高価な薬草だと分かるかもしれない。道端に転がっている石ころが、希少な鉱石かもしれない。
情報を制する者が、戦いを制す。それは、ブラック企業だろうと、ポイントサイトだろうと、この異世界だろうと、絶対に変わらない真理のはずだ。
(よし、次の目標は決まった)
俺は、再び痩せた畑に視線を戻した。
(まずは千ポイント。この鑑定スキルを手に入れて、俺のスローライフへの道を、本格的に、そして戦略的に切り開いてやる!)
五歳の農民、ルークス・グルトのポイントを極める道は、今、確かな一歩を踏み出したばかりだ。
【読者へのメッセージ】
第三話、お楽しみいただけましたでしょうか?
ルークスの最初のポイント活用は、家族を笑顔にするささやかな奇跡でした。
彼の地道な努力と、その成果に「いいね!」と思っていただけたら、ぜひ下の評価(☆)や感想、ブックマークで応援をお願いします!
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