ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第九話:井戸がもたらした笑顔と、救世主の戸惑い

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乾ききった大地に響き渡った、村長ハンスの絶叫にも似た宣言。それは、リーフ村の歴史が塗り替えられた瞬間だった。

「お主こそが、この村の……救世主だ!」

その言葉を皮切りに、俺の周りで爆発した地鳴りのような歓声は、まるで終わりのない祝祭の始まりを告げるファンファーレのようだった。男たちは俺の小さな体を担ぎ上げ、何度も、何度も空高く胴上げする。女たちは涙を流しながら俺の名を呼び、子供たちは英雄の凱旋パレードに付き従うかのように、俺の周りを嬉々として飛び跳ねていた。

俺は、揺れる視界の中で、ただ呆然とその熱狂を受け止めることしかできなかった。

(ポイントのためじゃない……金のためなんかじゃなかった……。ただ、母さんの温かいスープが、また飲みたかった。ただ、それだけだったのに……)

脳裏に、後輩の力ない笑顔と、渇望し続けた温かい食卓の光景が、こみ上げてくる熱いもので滲んで、重なって見えた。



あの日から、数日が過ぎた。リーフ村は、まるで長い冬眠から叩き起こされたかのように、生命力に満ちた活気を取り戻していた。

村の広場、俺が深根草を見つけたあの場所に作られた新しい井戸は、今や村の新たな心臓部となっていた。滑車がキー、コロリと軽やかな音を立てるたびに、澄んだ命の水が次々と汲み上げられていく。

「まあ、本当に楽になったわねぇ。川まで何往復もしてたのが嘘みたいだわ」
「これも全部、ルークス様のおかげだねぇ」

女たちは、楽しげに談笑しながら水桶を満たしていく。その顔には、水汲みの重労働から解放された安堵と、未来への明るい希望が浮かんでいた。子供たちは、井戸の周りではしゃぎ回り、時折飛ぶ水しぶきに甲高い歓声を上げる。乾ききっていた畑という畑には、その命の水が惜しみなく注がれ、枯れかけていた作物が、再び力強く青々とした葉を天へと伸ばし始めていた。

村の空気そのものが、変わったのだ。絶望という名の乾いた土埃は鳴りを潜め、希望という名の湿り気と、土の匂いが村中を満たしていた。

そして、その劇的な変化は、俺、ルークス・グルトへの村人たちの態度にも、色濃く、そして少しだけ厄介な形で現れていた。

「おお、ルークス様!おはようございます!」
「救世主様、昨日はうちの畑にまで水を分けてくださり、ありがとうございました!」

朝、家の外に出ただけで、道ですれ違う大人たちが、皆、揃いも揃って仕事の手を止め、八歳の俺に対して深々と頭を下げてくる。その言葉には、疑いようのない感謝と、そして畏敬の念すらこもっていた。

「ルークスお兄ちゃん、すごーい!みんな、お兄ちゃんのこと『きゅうせいしゅさま』って呼んでるよ!」

好奇心旺盛な少女リサが、俺の後ろを雛のようについて回りながら、目をキラキラさせて言う。子供たちは、俺を遠巻きにしながらも、憧れのヒーローを見るかのような熱っぽい視線を向けてきた。

その状況は、正直なところ、ひどく居心地が悪く、背中がむず痒くなるような感覚だった。

(……救世主様、か)

前世の俺、佐藤拓也は、誰からも感謝されることなどなかった。上司からは罵倒され、同僚からは仕事を押し付けられ、社会からは名もなき歯車として搾取されるだけの存在。そんな俺が、今や一つの村を救った英雄として、崇め奉られている。

それは、とてつもない達成感と、同時に、自分の身の丈に合わない評価を与えられているような、奇妙な罪悪感にも似た感情を俺にもたらしていた。俺は英雄になどなりたかったわけではない。ただ、家族とまた温かいスープが飲みたかった。ただ、それだけのことだったのだから。

「ルークス様。よろしければ、これをおひとつ」

俺が家の前の畑で土いじりをしていると、村の老婆、マーサさんが、にこやかな笑顔で声をかけてきた。その手には、まだ湯気の立つ、甘い香りの焼き菓子が乗った皿がある。

「これは……?」
「井戸のおかげで、こうして粉をこねる水にも困らなくなってねぇ。あまりにも嬉しくて、つい作りすぎちまったんじゃよ。一番に、救世主様におすそ分け、と思ってな」

マーサさんの、皺の刻まれた手が、俺に焼き菓子を差し出す。その純粋な感謝の気持ちが、ずしりと重い。俺は、断ることもできず、おずおずとそれを受け取った。

「……ありがとう、マーサさん」
「いいえ、いいえ。こちらこそ、ありがとう、じゃよ」

マーサさんは、本当に嬉しそうに目を細めると、ゆっくりとした足取りで去っていった。その時、俺の脳内に、あの聞き慣れた電子音が響いた。

【称号『リーフ村の救世主』の効果により、村人からの強い感謝を検知しました。ボーナスとして、10ポイントを獲得しました。】

(……ああ、そうか)

俺は、その場でこっそりとステータスウィンドウを開いた。あの日、新たに追加された『称号』という項目が、淡い光を放っている。俺は、その項目にそっと意識を集中させた。

【称号:リーフ村の救世主】
【効果:リーフ村の住民からの信頼度が最大になる。村人から強い感謝(善意)を向けられると、それを検知しボーナスポイント(例:10pt)を獲得することがある】

「……ポイント獲得量に、ボーナス……」

やはり、そうだったか。このシステムは、俺の功績をきちんと評価し、さらなるポイント稼ぎを後押ししてくれるらしい。前世のポイントサイトも、優良会員にはボーナスレートを適用することがあった。その記憶が蘇り、俺の口元がにやりと歪む。

(合理的だ。実に合理的だ。このボーナスがあれば、次のスキル取得までの時間が大幅に短縮できる……)

ポイントゲッターとしての魂が、効率化の匂いを嗅ぎつけて疼き出す。だが、その一方で、マーサさんの純粋な感謝が、たった『10ポイント』という無機質な数字に変換されてしまったことに、胸の奥が少しだけ、ちくりと痛んだ。

俺は、その思考を打ち消すように、手の中にある、まだ温かい焼き菓子に視線を落とす。この温もりは、ポイントでは換算できない。マーサさんの笑顔、村人たちの活気。これらは、ディスプレイに表示される無機質な数字とは、全く質の違う報酬だ。

ポイントを貯めることは、確かに俺の「力」になる。だが、その力で誰かを助け、笑顔にすること。その時に返ってくる「ありがとう」という言葉や、この焼き菓子のような温かい贈り物は、どんな高額ポイントにも代えがたい、心をじんわりと温める「報酬」になるのだ。

俺は、そのことに、ようやく気づき始めていた。



その夜の食卓は、井戸ができてから、毎日がささやかな祝祭のようだった。

豊富な水のおかげで、母さんの料理のレパートリーは格段に増えた。今日は、たっぷりの水で柔らかく煮込んだ豆のスープと、ふっくらと蒸し上げられた芋が並んでいる。

「まあ、ルークス。マーサさんから、またお菓子を頂いたの?本当に、村中の人気者ね」

母さんが、嬉しそうに、そして少しだけ心配そうに微笑む。

父さんは、相らず寡黙だったが、俺を見るその眼差しには、以前とは違う、確かな誇りの色が宿っていた。それは、息子をただ可愛いと思うだけでなく、一人の人間として認めている、という証のようだった。

「にいちゃん、きゅうせいしゅさまなんでしょ?じゃあ、わたしはおひめさまね!」

マキナが、無邪気にそんなことを言って、家族の笑いを誘う。

この光景だ。俺が、守りたかったものは。

俺のスローライフは、まだ始まったばかりだ。だが、それはもう、俺一人のためのものではなくなっているのかもしれない。この温かい食卓と、村人たちの笑顔。その両方を守っていくことこそが、俺に与えられた、新しい役割なのかもしれない。

俺は、自分のステータスウィンドウをそっと開いた。

【現在の所持ポイント:128 pt】

井戸の一件で、村人からの感謝ボーナスが積み重なり、ポイントは着実に増え始めていた。

(次の、一手は……)

平穏を取り戻した日常の中で、俺は静かに、しかし確かな意志を持って、次なる計画へと思考を巡らせるのだった。

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【読者へのメッセージ】
新章突入!ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
井戸がもたらした平穏な日常と、村の英雄になったルークスの小さな戸惑い、いかがでしたでしょうか?
彼の行動が、ポイントだけではない「温かい報酬」を生んでいく姿に「いいね!」と思っていただけたら、ぜひ下の評価(☆)や感想、ブックマークで応援をお願いします!
戻ってきた平穏な日常。しかし、ルークスの次なる一手は?彼の食卓革命が、始まります!次回もご期待ください!
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