ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第六十三話:絶望に染まる村

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闇夜を切り裂き、俺たちを乗せた軍馬は疾風(はやて)となって北へと駆けた。
耳元をかすめる風の音、荒々しい馬の息遣い、そして背中に伝わるギデオンの、岩のような体温。その全てが、俺を悪夢のような現実へと引き戻し続ける。

(間に合え……!間に合ってくれ……!)

脳裏で、後輩の、日に日に弱っていく姿がフラッシュバックする。あの時、俺は無力だった。金がなくて、力がなくて、ただ、過ぎていく時間と、失われていく命を、指をくわえて見ていることしかできなかった。

(もう、あんな思いは、ごめんだ……!)

俺は、外套の中で、父さんが作ってくれた木彫りの人形を、爪が食い込むほど強く、強く握りしめた。

眠らない夜を二度越え、三日目の朝。
雪解けのぬかるみに覆われた丘の向こうに、見慣れた、そして今は恐ろしいほどに静まり返った、リーフ村の姿が見えた。煙突から立ち上る煙の数が、明らかに少ない。村全体が、まるで呼吸を止めているかのようだった。

だが、村の入り口に差しかかった俺の目に飛び込んできたのは、再会を喜ぶ村人たちの笑顔ではなかった。
村の入り口に立つ、古びた大樹。その幹に、一枚の、粗末な木の板が、釘で打ち付けられていた。

そこに書かれていたのは、子供の拙い字で、しかし、血のような赤い染料で書かれた、たった一言。

『呪いの救世主は、帰ってこないで』

その、あまりにも残酷な拒絶の言葉。それは、俺がこの村にもたらしたはずの希望が、すでに憎悪へと反転し始めていることを、何よりも雄弁に物語っていた。

「……ルークス」

背後から、ギデオンの低い声がした。だが、俺は答えることができなかった。ただ、その看板を、呆然と見つめることしかできない。心臓を、氷の杭で打ち抜かれたかのような、冷たい衝撃。

俺たちは、馬を降りた。村の中は、死んだように静まり返っていた。いつもなら、子供たちのはしゃぐ声や、女たちの井戸端会議の笑い声が聞こえてくるはずの広場には、誰一人いない。ただ、春の冷たい風が、乾いた土埃を虚しく舞い上げているだけだった。

家々の扉は固く閉ざされ、窓からは、まるで俺たちを監視するかのように、怯えた村人たちの視線が、時折ちらりと覗いては、すぐに引っ込んでいく。その目には、かつての尊敬の色はなく、ただ、得体のしれない厄災を見るかのような、恐怖と敵意だけが宿っていた。

俺は、その無数の視線の刃を振り払うように、自分の家へと駆け出した。

「父さん!母さん!」

勢いよく扉を開けると、そこにいたのは、この数日で、まるで十年も歳を取ってしまったかのようにやつれ果てた、父さんと母さんの姿だった。

「ルークス……!帰ってきたのか……!」

母さんが、涙でぐしゃぐしゃの顔で、俺に駆け寄ろうとする。だが、その足は、何かを恐れるかのように、途中でぴたりと止まった。彼女の視線が、俺と、俺の背後に立つ、物々しい鎧姿のギデオンとを、不安げに行き来する。「外」の世界から来た、武装した見知らぬ男。その存在が、今の彼女には、新たな脅威にしか見えなかったのだ。

「……マキナは?」

俺の、絞り出すような声での問いに、母さんは、わっと泣き崩れた。
父さんが、無言で、部屋の隅を指さす。

そこには、小さな寝床に、マキナが横たわっていた。
俺は、おぼつかない足取りで、彼女のそばに駆け寄った。

「マキナ……?」

その顔は、高熱で真っ赤に上気し、額には玉のような汗が滲んでいる。浅く、そして苦しげな呼吸を繰り返すたびに、か細い肩が、小さく震えた。時折、乾いた咳が、彼女の小さな体を激しく揺さぶる。その音は、まるで命そのものが削れていく音のようだった。

俺は、震える手で、彼女の熱い額に触れた。その、あまりの熱さに、心臓が凍りつくようだった。

「にい……ちゃん……?」

俺の気配に気づいたのか、マキナが、うっすらと瞼を開けた。その瞳は、熱で潤み、焦点が合っていない。だが、彼女は、俺の姿を認めると、最後の力を振り絞るように、弱々しく微笑んだ。

「……おかえり……なさい……」

その、あまりにも健気な一言。
それが、俺の中でかろうじて保たれていた、最後の理性の糸を、ぷつりと断ち切った。

込み上げてくるのは、悲しみではなかった。腹の底から燃え盛るような、黒い、黒い怒りの炎だった。
俺が、この手で守り抜くと誓った、かけがえのない宝物。それを、土足で踏みにじり、弄ぶ、顔の見えない敵への、殺意にも似た憎悪。

だが、俺は叫ばなかった。ただ、その怒りを、心の奥深く、最も冷たい場所に、静かに沈めていった。感情で動けば、負ける。前世で、嫌というほど学んだ教訓だ。これは、戦争だ。ならば、俺は、司令官として、冷徹でなければならない。

「……ルークス殿」

騒ぎを聞きつけたのだろう。村長のハンスさんが、杖を突きながら、家の中に入ってきた。その顔もまた、深い絶望と疲労に覆われている。

「……済まない。村の者たちには、きつく言って聞かせたのじゃが……。皆、恐怖で、正気を失っておって……」
「……分かっています。それより、状況を、詳しく教えてください」

俺は、感情を押し殺し、氷のように冷静な声で、尋ねた。

ハンスさんの話は、手紙の内容を、さらに悪夢のような現実で補強するものだった。
病は、村の老人と子供、二十人以上に広がっている。
そして、ハンスさんは、声を震わせながら、最も不可解で、不吉な事実を告げた。

「奇妙なことに、病に倒れておるのは、元々体が弱く、冬の間、お前の家のハウスの野菜を、他の者たちよりも少しだけ多く分け与えていたはずの、老人や子供たちばかりなのだ。……栄養のあるものを食べていたはずの者たちから、順に倒れていく。村の者たちが、これを『呪い』と呼ばずして、何と呼べばいいのか……」

完璧な、心理的な罠。ジルヴァの、歪んだ笑い声が、聞こえてくるようだった。

「最初に倒れた、ゲルトさんのお爺さんの様子は?」
「今も、意識が戻らん。……ゲルトの母親が、一人で看病しておるが……もう、時間の問題やもしれん」

俺は、マキナの、熱い手を握りしめた。

「待ってろ、マキナ。……必ず、助けるからな」

俺は、静かに立ち上がった。その目には、もはや一片の涙も、動揺もなかった。ただ、全てを焼き尽くすほどの、冷たい決意の炎だけが、燃えていた。

「ハンスさん。ゲルトさんのお爺さんの家に、案内してください。……俺が、この呪いの正体を、必ず暴き出してみせます」

俺は、マキナのそばに寄り添う母さんと、入り口で全てを聞いていた父さん、そして、俺の覚悟をその目で確かめるように見つめるギデオンに、一度だけ、力強く頷いてみせた。

絶望に染まる故郷で、俺の、たった一人の静かな戦争が、今、始まった。

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【読者へのメッセージ】
第六十三話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、校閲者様からのご指摘を受け、物語のテンポを再考し、ルークスが故郷で味わう「出口の見えない絶望」を、より深く、丁寧に描くことに注力いたしました。この息詰まるような絶望感が、今後の反撃のカタルシスを、より一層引き立てるものと信じております。
「マキナ、死なないで!」「呪いの看板、ひどすぎる…」「ルークスの静かな怒りが怖い」など、皆さんの感想や応援が、この絶望の中で戦うルークスの、唯一の光となります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
ついに始まった、原因究明のための孤独な調査。スキルを駆使しても、見えない敵の正体は掴めるのか。そして、この村には、さらなる伏線が隠されている…?次回、どうぞお見逃しなく!
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