ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第六十四話:見えざる毒と、焦燥の調査

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ゲルトの家は、春の光が届かない、冷たい絶望の匂いに満ちていた。
部屋の隅の寝床には、骨と皮だけになった老人が、死んだように横たわっている。そのか細い呼吸は、いつ止まってもおかしくないほど、浅く、そして弱かった。

「……あんたが……!あんたさえ、この村に来なければ……!」

俺の姿を認めたゲルトの母親は、憎悪に顔を歪め、呪詛のように呟いた。だが、彼女にはもはや俺を罵る気力さえ残っていないようだった。ただ、再び寝床のそばに崩れ落ち、義父の名を呼びながら、静かに泣き続けるだけだった。

俺は、その痛ましい光景から目を逸らすことなく、彼女たちの絶望を、その全てを、正面から受け止めた。これは、俺が背負わなければならない現実だ。

「ハンスさん。少しの間、席を外していただけますか」

俺の、氷のように冷静な声に、村長は一度だけ戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに何かを察したように、黙って頷くと、ゲルトの母親を伴って、そっと家の中から出ていった。

一人になった部屋で、俺は老人の前に膝をついた。マキナと同じ、苦しげな呼吸。熱に浮かされた肌。
(スキル**『識別』なら、毒の有無が分かるはずだ。だが、人体に直接使えるのか?いや、試すしかない!**)

俺は、意を決して、その骨張った腕に、そっと触れた。そして、意識を集中させる。
(スキル**『識別』!**)

その賭けは、成功した。
俺の脳内に、おぞましい情報が、奔流となって流れ込んでくる。

【対象:人体】
【状態:極度の衰弱、及び、毒性汚染】
【汚染源:不明】
【症状:神経系に作用する、未知の緩効性毒素。体内の生命力を、根から吸い上げるように、少しずつ、しかし確実に蝕んでいる。自然治癒は、不可能】

(……毒……!)

やはり、ただの病ではなかった。それも、即効性のものではなく、じわじわと体を蝕み、まるで寿命が来たかのように見せかける、悪魔のような毒。
だが、情報はそれだけだった。毒の『成分』や『名称』までは、スキルレベルが低いせいか、表示されない。そして何より、肝心の『汚染源』が、不明。

俺は、すぐさま調査を開始した。
老人が使っていたであろう、木の食器。その表面の、僅かな傷の奥まで、俺の『識別』スキルがスキャンしていく。
【結果:毒物反応なし】

部屋の隅に置かれた、水差し。中の、ぬるくなった水を、指先で一滴すくう。
【結果:毒物反応なし】

塩の壺、干し肉の棚、床に落ちたパンくず。家の中にある、口に入る可能性のあるもの全てを、俺は片っ端から調べていった。だが、答えは、どこにもなかった。

「……くそっ」

焦りが、じわりと背筋を伝う。敵は、完璧な仕事をした。食料や水といった、誰もが最初に疑うであろうルートには、一切の痕跡を残していない。

(落ち着け。もっと、視野を広げろ。村全体で流行っているんだ。汚染源は、必ず、村人全員が共有している何かのはずだ)

俺は、ゲルトの家を出ると、村の中央にある井戸へと向かった。俺が、村を救うために掘り当てた、希望の源泉。
だが、その井戸から汲み上げた水を『識別』しても、結果は同じだった。
【結果:毒物反応なし】

俺は、村の共同倉庫に保管されていた、小麦の袋、塩の樽、その全てを調べた。だが、どこにも、毒の痕跡は見当たらない。

時間が、ただ無情に過ぎていく。日は高く昇り、俺の額には、冷たい汗が滲んでいた。
スキルという、万能の力。だが、その力をもってしても、敵の尻尾すら掴むことができない。出口の見えない、暗いトンネルを、ただ一人で彷徨っているかのようだった。

「……ルークス殿」

俺が、共同倉庫の前で立ち尽くしていると、村長のハンスさんが、心配そうな顔で声をかけてきた。

「何か、分かったのか……?」
「……いえ。まだ、何も」

俺の、力ない返事に、ハンスさんは、深く、深いため息をついた。
「そうか……。……そういえば、一つ、奇妙な話があるんじゃが」
「奇妙な話?」

「ああ。病が流行り始める、ほんの数日前じゃったか。村に見慣れん、旅の薬売りが来た、とな。年の頃は若く、いつも深い頭巾(フード)を被っておって、顔はよく見えんかったそうじゃが……。何人かの家に、腹痛に効くという、安い薬草を売って回っておったらしい。……何か、関係があるかのう?」

旅の、薬売り。フードを被った、若い男。
俺の脳内で、警鐘が鳴り響いた。ジルヴァだ。いや、彼本人ではないかもしれない。だが、間違いなく、彼の手先の人間だ。

「その男が訪ねた家は、どこですか!?」
「それが……。病に倒れた家とは、一軒も、重なっておらんのじゃよ。むしろ、その薬草を買った家の者は、皆、ぴんぴんしておる。だから、ただの偶然じゃろうと、皆……」

ハンスさんの言葉に、俺は戦慄した。
(……違う。偶然じゃない。これも、罠だ……!)
奴は、わざと、病にかからない家にだけ、薬を売って回ったのだ。そうすることで、自らのアリバイを作り、そして、村人たちの疑念を、さらに別の方向へと誘導する。
『あの薬を買った家は、病気にならない』
『もしかしたら、あの薬こそが、本物の救いだったのではないか』
『救世主の野菜は、やはり呪いだったのでは……』
村人たちの心に、さらなる分断と、疑心暗鬼の種を蒔くための、あまりにも巧妙で、悪魔的な布石。

俺は、唇を噛みしめた。敵は、俺の想像を遥かに超える、狡猾なゲームマスターだった。



その日の調査は、何の成果ももたらさなかった。
夕暮れ時、俺は重い足取りで、ゲルトの家を、もう一度だけ訪れていた。何か、見落としはなかったか。藁にもすがる思いだった。

「……まだ、何か用かい」

ゲルトの母親の、敵意に満ちた声が、俺を迎える。

「申し訳ありません。……一つだけ、教えてください。ゲルトは……あなたの息子さんは、村を出る前、何か変わった様子はありませんでしたか?」

俺の、唐突な問いに、彼女は、訝しげに眉をひそめた。

「……あの子が、どうかしたのかい」
「いえ……。ただ、気になっただけです」

彼女は、しばらくの間、何かを思い出すように、虚空を見つめていた。やて、ぽつりと、呟いた。

「……そういや、あの子が旅に出る、前の晩だったかねえ。夜中に、こっそり家を抜け出して、誰かと会ってたようだよ。森の方でね。……朝、問い詰めても、何も言わなかったけど……。……ああ、そうだ。その時、あの子の服に、嗅いだことのない、甘ったるい、香の匂いが、染みついていたのを、覚えてるよ」

森で、誰かと。甘ったるい、香の匂い。
その言葉が、俺の脳の、最も深い場所に、鋭い棘のように突き刺さった。

俺は、礼もそこそこに、ゲルトの家を飛び出した。
ジルヴァの影が、ゲルトの失踪と、そして、この村の悲劇の上で、一つの線となって、確かに繋がった。

だが、それが、今の俺に何ができる?
原因は、分からないまま。マキナの、そして村人たちの命の灯火は、刻一刻と、消えかけている。

俺は、自分の家へと、とぼとぼと歩いていた。
圧倒的な、無力感。
前世で、後輩の病室に通い続けた、あの頃と、何も変わらない。
俺は、また、大切なものを、目の前で失うのか。

家の扉を開けると、そこには、父さんが、一人で、黙って薪を割っていた。俺の顔を見るなり、彼は、一度だけ、その動きを止めた。

「……まだ、分からんか」

俺は、何も言えずに、ただ、力なく首を横に振った。

父さんは、それ以上、何も聞かなかった。ただ、再び、手斧を振り上げ、黙々と、薪を割り始めた。
カーン、と。乾いた音が、夕暮れの静かな村に響く。
その、いつもと何も変わらない、愚直なまでの営み。
その音が、なぜか、敗北感に打ちひしがれていた俺の心を、ほんの少しだけ、奮い立たせた。

俺は、マキナが眠る寝床へと向かった。
彼女の呼吸は、朝よりも、さらに浅く、弱々しくなっている。

「にい……ちゃん……」

俺の気配に気づいたのか、彼女が、うわ言のように、俺の名を呼んだ。
その、か細い声。

俺は、膝から崩れ落ちた。
後輩を救えなかった、あの日の記憶。
今、この腕の中にいる、かけがえのない妹の命。
その二つが重なり、俺の心を、完膚なきまでに叩き潰した。

「……ごめん……」

俺の口から、声にならない声が漏れる。

「ごめんな、マキナ……。兄ちゃん、力が、ないばっかりに……」

涙が、止まらなかった。
司令官としての冷静さも、救世主としての自信も、全てが剥がれ落ち、そこには、ただ、愛する者を失う恐怖に怯える、無力な一人の少年がいるだけだった。

---
【読者へのメッセージ】
第六十四話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、校閲者様からのご指摘を受け、ルークスが味わう「出口の見えない絶望」と「焦燥」を、より深く、そして克明に描くことに注力いたしました。万能に見えた彼の力が通じない、本当の苦悩。その絶望感を、皆さんと共有できていれば幸いです。
「ジルヴァの策略、陰湿すぎる…」「ゲルトの母親の証言が鍵か…?」「ルークスの涙に、もらい泣きした…」など、皆さんの感想や応援が、この絶望の淵に立つルークスを、再び立ち上がらせる力となります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
ついに心の折れたルークス。彼は、このまま絶望に沈んでしまうのか。それとも、この暗闇の底で、一筋の光を見つけ出すことができるのか。次回、物語は、反撃の狼煙へと繋がる、重要な局面を迎えます。どうぞお見逃しなく!
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