ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第六十九話:ただいま、もう一つの我が家へ

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漆黒の軍馬が、雪解けのぬかるみを力強く蹴立てる。
俺の背後には、故郷リーフ村の、温かい声援の余韻がまだ残っていた。だが、俺の視線は、もう後ろを振り返らない。目指すは、南。辺境伯の城壁都市ランドール。俺が守るべき、もう一つの場所へ。

隣を駆けるギデオンの横顔は、相変わらず鉄仮面のようだったが、その纏う空気は、リーフ村へ向かった時とは明らかに違っていた。あの時は、辺境伯の命を遂行するだけの、冷徹な騎士だった。だが、今は違う。俺の隣には、共に死線を潜り抜け、互いの覚悟を認め合った、「戦友」がいる。

「……顔色が、戻ったな」

風を切る音に紛れて、彼がぽつりと呟いた。

「はい。少しだけ、眠れましたから」

俺は、前を向いたまま答えた。実際に眠ったのは、ほんの数刻だっただろう。だが、故郷の危機を乗り越え、マキナの回復をその目で確かめられた安堵感は、どんな休息よりも深く、俺の心身を癒してくれていた。

「そうか」

短い返事。だが、その声には、確かに安堵の色が滲んでいた。

二日後、俺たちは再び、あの巨大なランドールの城門の前に立っていた。前回、この門をくぐった時は、未知の世界への不安と恐怖で、心臓が凍りつきそうだった。だが、今は違う。門の向こうには、俺の帰りを待つ仲間たちがいる。そう思うだけで、胸の奥が温かくなるのを感じた。

衛兵たちは、俺たちの姿を認めると、驚いたように目を見開いたが、すぐに敬礼し、重々しく門を開けてくれた。俺が辺境伯の覚えめでたい「救世主様」であるという噂は、この城門の衛兵たちにまで届いているらしい。

「城へ戻り、辺境伯様にご報告を」

ギデオンが当然のようにそう言ったが、俺は首を横に振った。

「いえ、ギデオンさん。先に、農場へ寄らせてください。……心配、かけていると思うので」

俺の言葉に、彼は一瞬だけ虚を突かれたという顔をしたが、すぐに「……承知した」と頷いた。



実験農場の古びた木の扉が見えてきた時、俺の心臓が、故郷の家に帰り着いた時と同じように、ドクンと大きく鳴った。扉の前には、見慣れた人影があった。

「エレナ様!」

俺が馬から飛び降りて声をかけると、彼女は手にしていた小さな鋤(すき)を放り出し、まるで蝶のように、こちらへ駆け寄ってきた。その顔には、ここ数日間の心労と、そして再会への純粋な喜びが浮かんでいる。

「ルークスさん!ご無事で……!本当に、良かった……!」

彼女は、俺の目の前まで来ると、勢い余って抱きついてきそうなのを、寸前で思いとどまり、代わりに俺の両肩を掴んで、その無事を確かめるように、じっと俺の顔を見つめた。その青い瞳が、安堵の涙で潤んでいる。

「ご心配をおかけしました。……村は、大丈夫です。病の原因も突き止め、皆、快方に向かっています」

俺がそう報告すると、彼女は「まあ……!」と、心の底から安堵したように、胸の前で手を組んだ。

「やはり、あなた様は……!」
「いえ、俺一人の力じゃありません。父さんが、母さんが、村の皆が、そしてギデオンさんが、力を貸してくれたからです」

俺がそう言って、隣に立つ騎士を見ると、彼は少しだけ居心地が悪そうに視線を逸らした。

「セバスチャン!ゴードン様も!ルークスさんがお戻りになりましたわ!」

エレナ様が、農場の奥に向かって嬉々として呼びかけると、小屋の影から、二人の男が慌てた様子で姿を現した。

「ルークス様!おお、ご無事で何より!」

セバスチャンが、ハンカチで目頭を押さえながら駆け寄ってくる。その後ろから、熊のような巨体を揺らし、ゴードンが、ぶっきらぼうだが隠しきれない安堵を滲ませた顔で近づいてきた。

「……おう、小僧。死に損なったか」
「おかげさまで。ゴードンさんも、お元気そうで」

俺たちが、無言で拳をこつんと合わせる。言葉は少なくとも、魂で通じ合える仲間。その存在が、たまらなく心強かった。

「それで?村の様子は、どうだったんだ」

ゴードンが、低い声で尋ねる。俺は、病の原因が暖炉の灰に仕込まれた毒であったこと、そして父が見つけた清涼樹の葉によって解毒が進んでいることを、簡潔に説明した。

「……灰に、毒だと……?」

ゴードンの顔から、血の気が引いた。鍛冶屋である彼は、炎と灰を誰よりも身近に感じている。その、日常に潜む悪意の深さに、戦慄しているのだ。

「なんと、卑劣な……!」

エレナ様も、怒りに唇を震わせている。

俺は、彼らの反応を見ながら、静かに告げた。

「敵は、俺たちが思っている以上に、狡猾で、そして非情です。今回の件は、おそらく始まりに過ぎない。俺たちは、もっと警戒を強める必要があります」

俺の言葉に、その場の空気が、ぴりりと引き締まる。穏やかな再会の時間は終わり、俺たちは再び、見えざる敵との戦いの現実へと引き戻された。



重苦しい空気を振り払うように、俺は農場の中を見渡した。

「……すごい。俺がいなかった間も、ちゃんと世話をしてくれていたんですね」

そこには、俺が旅立つ前と変わらない、いや、それ以上に生き生きとした光景が広がっていた。ひまわりたちは、さらに背を伸ばし、その蕾は今にもはち切れんばかりに膨らんでいる。畑の畝には、小さな緑の芽が一面に芽吹き、春の訪れを力強く告げていた。そして、農場の隅に築かれた堆肥の山は、黒々とした絹のような輝きを放ち、豊かな土の香りを漂わせている。

「もちろんですわ!」

エレナ様が、誇らしげに胸を張った。

「わたくしたちは、ルークスさんの『仲間』ですもの。留守の間、この城をしっかり守るのは、当然の務めですわ!」

その言葉に、セバスチャンも「左様にございますとも」と、主の成長に目を細めている。

俺は、彼女たちの、そしてこの農場を守ってくれた全ての仲間たちの想いに、胸が熱くなるのを感じた。

「ありがとうございます。……ただいま、戻りました」

俺が、心の底からの感謝を込めてそう言うと、エレナ様は、**春の日差しのように温かい笑顔を見せた。**

「おかえりなさいませ、ルークスさん。……さあ、休む間もありませんわよ?ひまわりさんたちの収穫も、もうすぐですし、オーギュスト料理長も、プリン教室の再開を、今か今かと待ちわびておられますわ!」

その、いつもと変わらない、太陽のような笑顔。
それだけで、リーフ村で負った心の傷が、少しだけ癒えていくような気がした。

俺は、ゴードンの方を向いた。

「ゴードンさん。ゲルトのことですが……」

俺が切り出すと、彼は、苦々しい顔で、しかし静かに頷いた。その目には、後悔と、師匠としての複雑な想いが渦巻いていた。

「……ああ。あいつが、自分で見つけ出すしかねえんだろうよ、本当の『炎』とやらをな。(俺が、あいつの心の渇きに、もっと早く気づいてやれていれば…いや、言い訳だな。あいつは、俺の槌音だけじゃ満足できねえほど、でけえ『何か』を求めちまったんだ。それがドワーフの炎だろうが何だろうが…)だがな、ルークス。もし、あいつが道を踏み外そうとしてるなら」

彼は、俺の目を真っ直ぐに見据えた。その瞳には、俺という存在への、不器用だが絶対的な信頼が宿っていた。

「その時は、ルークス。お前が、あいつを殴り飛ばしてでも、連れ戻してやってくれ。……それができるのは、もう、お前しかいねえんだ。俺じゃ、あいつの心には届かねえ」

それは、師匠としての苦悩であり、そして、俺への、魂の継承にも似た、重い信頼の言葉だった。

「……はい。必ず」

俺は、力強く頷いた。ゲルトのことは、俺にとっても他人事ではない。いつか、必ず。

遠くで、トーマスさんが、他の農夫たちと一緒に、楽しそうに畑仕事に励んでいる姿が見えた。彼らが手にしているのは、まだゴードンから借り受けた試作品の鋤だろうが、その動きは、以前とは比べ物にならないほど軽やかで、力強い。

俺の蒔いた種は、俺がいない間も、確かに育っていたのだ。



その夜、俺は久しぶりに、実験農場の小さな小屋のベッドで、深い眠りについた。
腕の中には、旅の疲れと安堵感で、すっかり熟睡しているフェンの温もりがある。

窓の外からは、ランドールの街の、遠いざわめきが聞こえてくる。それは、もう俺にとって、異郷の騒音ではない。守るべき、もう一つの日常の音だった。

(スローライフ……)

俺は、自分のステータスウィンドウを開いた。

【現在の所持ポイント:2,624 pt】

故郷の危機を乗り越え、得た信頼の証。このポイントを、どう使うべきか。
答えは、もう決まっている。

(待ってろよ、トーマスさん。そして、この街の、全ての畑)

俺は、スキルリストの、あの項目を、強く、強く見つめた。
『土壌改良 (Lv.1) [4,000pt]』

(まだ、1,376ポイントも足りない。だが、道筋は見えている。このひまわり油が完成すれば、それは大きなポイント源になるはずだ。そして、ゴードンさんがこれから生み出す『疾風』の量産と普及。それがこの街にもたらすであろう、たくさんの『笑顔』と『感謝』を、着実にポイントに変えていけば、必ず…!)

俺は、窓の外に広がる、星空を見上げた。遠い故郷の空と、同じ星が輝いている。

(父さん、母さん。俺の戦いは、まだ、もう少しだけ続きそうだ)

俺は、手の中の木彫りの人形を、強く、強く握りしめた。その温もりだけが、俺がこれから進む、長く、そして険しい道のりを照らす、何よりも確かな、道しるべだった。

【読者へのメッセージ】
第六十九話、お読みいただきありがとうございました!
故郷の危機を乗り越え、ランドールへと帰還したルークス。仲間たちとの再会、そして新たな決意。リーフ村での激闘の後、訪れた束の間の安らぎと、次なる戦いへの静かなる序章を、楽しんでいただけましたでしょうか。ご指摘いただいた点を修正し、キャラクターの心情やルークスの計画性をより深く描写しました。
「おかえり、ルークス!」「仲間たちの絆、温かい…!」「土壌改良スキル、早く取得してほしい!」など、皆さんの感想や応援が、ルークスの次なる一歩を後押しします。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
ランドールに戻り、再び日常を取り戻したルークス。しかし、水面下では、バルザックの陰謀、そしてジルヴァの影が蠢いています。実験農場での穏やかな日々は、いつまで続くのか。次回も、どうぞお見逃しなく!
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