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第八十三話:蛇の舌と、最初の杭
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辺境伯との「魂の契約」から、三日後。
ランドールの南門前には、異様な熱気と、悲壮な覚悟を纏(まと)った集団が形成されていた。
「……全員、揃(そろ)ったな」
集団の先頭に立つトーマスさんが、太い声を上げる。彼の背後には、三十人ほどの男たちがいた。皆、バルザックによる懲罰的な増税によって、このままでは座して飢え死にするしかないと悟った、貧しい農夫たちだ。彼らは、住み慣れた家を捨て、家族を一時(いっとき)街に残し、俺と共に荒野へ挑む道を選んだ「最初の開拓者」たちだった。
彼らの手には、ゴードンが昼夜を問わず打ち続けた、真新しい『疾風(ゲイル)』が握られている。その鈍い輝きだけが、彼らの唯一の希望だった。
「ルークスさん。……どうか、ご無事で」
見送りに来たエレナ様が、気丈に振る舞いながらも、その瞳を潤ませている。
「はい。必ず、黄金の波と共に戻ります」
俺は、彼女に力強く頷いてみせた。この新しい村作りは、失敗が許されない。一年以内に成果が出なければ、俺たちの首だけでなく、彼らの家族の命運さえも尽きるのだから。
「行くぞ!野郎ども!」
ゴードンの檄(げき)が飛ぶ。彼は、頼んでもいないのに「俺の作った道具が、一番過酷な場所でどう動くか見届ける義務がある」と言い張り、工房を弟子に任せてついてきてしまったのだ。頼もしいこと、この上ない。
俺たちは、城壁という名の揺り籠(かご)を背に、未知の荒野へと足を踏み出した。
◇
ランドールから南東へ進むこと半日。
なだらかな丘を越えた先に、その土地は広がっていた。
「……これが、『蛇の舌』……」
誰かが、呻(うめ)くように呟(つぶや)いた。
そこは、想像を絶する不毛の大地だった。赤茶けた土は乾ききってひび割れ、所々に鋭い岩が、まるで地中から突き出した蛇の牙のように露出している。風が吹くたびに、ヒュルル……と奇妙な音が鳴り、それが巨大な蛇の鳴き声のように聞こえることから、この不吉な名がついたのだという。
痩せこけた土地には、雑草一本生えていない。とても、作物が育つ場所には見えなかった。
「……ひでえな。こりゃあ、土じゃねえ。ただの砂利っ原だ」
ゴードンが、顔をしかめて地面を蹴る。硬い音が響き、土煙が舞った。
農夫たちの顔に、動揺が走る。覚悟はしていたはずだが、目の前の現実は、あまりにも厳しかった。
俺は、黙って赤茶けた地面に膝をつき、その土を手に取った。
硬い。そして、冷たい。生命の温かみが、全く感じられない。
(……ひどい乾燥だ。栄養分なんて、ほとんど残っていないだろう。それに、この赤黒い色……おそらく、体に悪い金属の成分が強すぎて、普通の作物じゃ根が焼けてしまう)
俺の背中に、冷たい汗が伝う。
今の俺には、まだスキル『土壌改良』がない。この土地が具体的に何を必要としているのか、正確な「声」を聞くことができないのだ。頼れるのは、前世で得た断片的な知識と、五感だけ。
だが、ここで俺が怯(ひる)めば、全てが終わる。
俺は、顔を上げ、不安げな農夫たちに向き直った。努めて明るく、力強い声を張り上げる。
「……大丈夫です。この土地は、死んではいません」
俺の言葉に、全員の視線が集まる。
「見てください、あそこの岩場。あそこだけ、わずかに色が濃くなっているでしょう?あそこには、地下水脈が通っている可能性があります。まずは、あそこを掘って、井戸を作りましょう」
俺の具体的な指示に、農夫たちの目に、再び光が戻る。そうだ、まずは水だ。水さえあれば、人間は生きていける。
「よし!やるぞ!井戸掘り班はこっちだ!」
「残りの者は、拠点の天幕(てんまく)を張るぞ!日が暮れるまでに終わらせるんだ!」
トーマスさんの指揮の下、男たちが動き始める。
俺は、その中心となる場所に立ち、一本の太い木の杭(くい)を、地面に突き立てた。
ゴードンが、その杭の頭に、巨大な木槌(きづち)を振り下ろす。
ズゴォン!!
乾いた大地に、重く、低い音が響き渡る。
それは、この不毛の地に、人間が初めて「意志」を刻み込んだ瞬間だった。
俺たちの、一年戦争が始まった。
目指すは、この赤茶けた荒野を、黄金色の楽園に変えること。
そのためには、もっと強い力が必要だ。
俺は、懐でこっそりとステータスウィンドウを開いた。
(出発前、万が一に備えて『抗生物質』や『浄水タブレット』などの緊急物資を少しだけ交換しておいた。その分ポイントは減ったが、三十人の命を預かる責任だ。安いものだろう)
【現在の所持ポイント:2,239pt】
(あと、1,761ポイント……。スキル『土壌改良』を手に入れるまでは、絶対に諦められない……!)
俺は、杭を見つめ、強く拳を握りしめた。
風が、ヒュルル……と鳴く。だが、それはもう、俺たちを威嚇する蛇の声ではなく、これから始まる挑戦を祝福する、荒々しいファンファーレのように聞こえた。
【読者へのメッセージ】
第八十三話、お読みいただきありがとうございました!
ついに始まった、不毛の地「蛇の舌」での開拓生活。スキルなき絶望的な状況の中で、それでも知恵と勇気を振り絞り、最初の一歩を踏み出すルークスたちの姿を描きました。
「ここから村を作るのか…!」「土壌改良スキル、早く欲しい!」「みんな頑張れ!」など、皆さんの感想や応援が、開拓者たちのツルハシに力を与えます。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
過酷な開拓作業が始まりました。しかし、荒野には、まだ彼らの知らない危険が潜んでいます。そして、バルザックは、本当にこのまま静観しているのか…?次回、開拓地に最初の危機が訪れます。どうぞお見逃しなく!
ランドールの南門前には、異様な熱気と、悲壮な覚悟を纏(まと)った集団が形成されていた。
「……全員、揃(そろ)ったな」
集団の先頭に立つトーマスさんが、太い声を上げる。彼の背後には、三十人ほどの男たちがいた。皆、バルザックによる懲罰的な増税によって、このままでは座して飢え死にするしかないと悟った、貧しい農夫たちだ。彼らは、住み慣れた家を捨て、家族を一時(いっとき)街に残し、俺と共に荒野へ挑む道を選んだ「最初の開拓者」たちだった。
彼らの手には、ゴードンが昼夜を問わず打ち続けた、真新しい『疾風(ゲイル)』が握られている。その鈍い輝きだけが、彼らの唯一の希望だった。
「ルークスさん。……どうか、ご無事で」
見送りに来たエレナ様が、気丈に振る舞いながらも、その瞳を潤ませている。
「はい。必ず、黄金の波と共に戻ります」
俺は、彼女に力強く頷いてみせた。この新しい村作りは、失敗が許されない。一年以内に成果が出なければ、俺たちの首だけでなく、彼らの家族の命運さえも尽きるのだから。
「行くぞ!野郎ども!」
ゴードンの檄(げき)が飛ぶ。彼は、頼んでもいないのに「俺の作った道具が、一番過酷な場所でどう動くか見届ける義務がある」と言い張り、工房を弟子に任せてついてきてしまったのだ。頼もしいこと、この上ない。
俺たちは、城壁という名の揺り籠(かご)を背に、未知の荒野へと足を踏み出した。
◇
ランドールから南東へ進むこと半日。
なだらかな丘を越えた先に、その土地は広がっていた。
「……これが、『蛇の舌』……」
誰かが、呻(うめ)くように呟(つぶや)いた。
そこは、想像を絶する不毛の大地だった。赤茶けた土は乾ききってひび割れ、所々に鋭い岩が、まるで地中から突き出した蛇の牙のように露出している。風が吹くたびに、ヒュルル……と奇妙な音が鳴り、それが巨大な蛇の鳴き声のように聞こえることから、この不吉な名がついたのだという。
痩せこけた土地には、雑草一本生えていない。とても、作物が育つ場所には見えなかった。
「……ひでえな。こりゃあ、土じゃねえ。ただの砂利っ原だ」
ゴードンが、顔をしかめて地面を蹴る。硬い音が響き、土煙が舞った。
農夫たちの顔に、動揺が走る。覚悟はしていたはずだが、目の前の現実は、あまりにも厳しかった。
俺は、黙って赤茶けた地面に膝をつき、その土を手に取った。
硬い。そして、冷たい。生命の温かみが、全く感じられない。
(……ひどい乾燥だ。栄養分なんて、ほとんど残っていないだろう。それに、この赤黒い色……おそらく、体に悪い金属の成分が強すぎて、普通の作物じゃ根が焼けてしまう)
俺の背中に、冷たい汗が伝う。
今の俺には、まだスキル『土壌改良』がない。この土地が具体的に何を必要としているのか、正確な「声」を聞くことができないのだ。頼れるのは、前世で得た断片的な知識と、五感だけ。
だが、ここで俺が怯(ひる)めば、全てが終わる。
俺は、顔を上げ、不安げな農夫たちに向き直った。努めて明るく、力強い声を張り上げる。
「……大丈夫です。この土地は、死んではいません」
俺の言葉に、全員の視線が集まる。
「見てください、あそこの岩場。あそこだけ、わずかに色が濃くなっているでしょう?あそこには、地下水脈が通っている可能性があります。まずは、あそこを掘って、井戸を作りましょう」
俺の具体的な指示に、農夫たちの目に、再び光が戻る。そうだ、まずは水だ。水さえあれば、人間は生きていける。
「よし!やるぞ!井戸掘り班はこっちだ!」
「残りの者は、拠点の天幕(てんまく)を張るぞ!日が暮れるまでに終わらせるんだ!」
トーマスさんの指揮の下、男たちが動き始める。
俺は、その中心となる場所に立ち、一本の太い木の杭(くい)を、地面に突き立てた。
ゴードンが、その杭の頭に、巨大な木槌(きづち)を振り下ろす。
ズゴォン!!
乾いた大地に、重く、低い音が響き渡る。
それは、この不毛の地に、人間が初めて「意志」を刻み込んだ瞬間だった。
俺たちの、一年戦争が始まった。
目指すは、この赤茶けた荒野を、黄金色の楽園に変えること。
そのためには、もっと強い力が必要だ。
俺は、懐でこっそりとステータスウィンドウを開いた。
(出発前、万が一に備えて『抗生物質』や『浄水タブレット』などの緊急物資を少しだけ交換しておいた。その分ポイントは減ったが、三十人の命を預かる責任だ。安いものだろう)
【現在の所持ポイント:2,239pt】
(あと、1,761ポイント……。スキル『土壌改良』を手に入れるまでは、絶対に諦められない……!)
俺は、杭を見つめ、強く拳を握りしめた。
風が、ヒュルル……と鳴く。だが、それはもう、俺たちを威嚇する蛇の声ではなく、これから始まる挑戦を祝福する、荒々しいファンファーレのように聞こえた。
【読者へのメッセージ】
第八十三話、お読みいただきありがとうございました!
ついに始まった、不毛の地「蛇の舌」での開拓生活。スキルなき絶望的な状況の中で、それでも知恵と勇気を振り絞り、最初の一歩を踏み出すルークスたちの姿を描きました。
「ここから村を作るのか…!」「土壌改良スキル、早く欲しい!」「みんな頑張れ!」など、皆さんの感想や応援が、開拓者たちのツルハシに力を与えます。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
過酷な開拓作業が始まりました。しかし、荒野には、まだ彼らの知らない危険が潜んでいます。そして、バルザックは、本当にこのまま静観しているのか…?次回、開拓地に最初の危機が訪れます。どうぞお見逃しなく!
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