91 / 164
第九十話:荒野の夜明けと、芽吹く絆
しおりを挟む女王の死は、群れ全体に劇的な変化をもたらした。
巣から脱出した俺たちの目に飛び込んできたのは、統率を失い、烏合の衆と化したバッタたちが、散り散りになって逃げ惑う姿だった。絶対的な支配者を失った彼らは、もはや一つの巨大な災害ではなく、ただの混乱した虫の集団に過ぎなかった。
「……おい、見ろ! 奴らの動きが鈍くなったぞ!」
岩陰から這い出してきたトーマスさんが、叫び声を上げる。彼ら陽動部隊は、傷だらけになりながらも、誰一人欠けることなく耐え抜いていたのだ。
「今だ! 反撃だぁぁぁッ! 俺たちの畑から、出て行けぇッ!!」
トーマスさんの檄(げき)が、夜明けの荒野に響き渡る。その声に呼応するように、疲労困憊だったはずの農夫たちが、最後の力を振り絞って立ち上がった。彼らが握りしめる改造された農具は、今この瞬間、未来を切り開くための誇り高き武器となっていた。
「俺たちも行くぞ!」
俺とギデオン、そしてフェンもその列に加わる。
逃げ惑うバッタたちを追い払い、あるいは仕留めていく。それは、悲壮な戦いというよりは、自分たちの土地を取り戻すための、確かな手応えのある作業だった。一匹、また一匹と赤い影が減っていくたびに、荒野に本来の静けさが戻ってくる。
やがて、最後の一匹が赤い空の彼方へと消えていった時。
荒野に、真の夜明けが訪れた。
「……勝った……のか?」
誰かが、信じられないといった様子で呟いた。その声は震えていた。
自分たちが、あの絶望的な数の暴力に打ち勝ったという事実が、すぐには飲み込めないようだった。
だが、目の前には、傷つきながらも確かに生き残った仲間たちの姿があり、そして何より、半分以上が奇跡的に残った、愛おしいライ麦の緑があった。
「……ああ。勝ったんだ。俺たちの、勝利だ!」
俺がそう叫んだ瞬間、堰(せき)を切ったように、歓声が爆発した。
「うおおおおおっ!」
「やったぞ! 俺たちの畑を守りきったんだ!」
男たちは抱き合い、泥とバッタの体液にまみれた顔で、涙を流して笑い合った。昨日までの他人行儀な関係はもうない。同じ死線を潜り抜けた「戦友」としての絆が、そこには生まれていた。
俺も、その歓喜の輪の中で、もみくちゃにされていた。誰もが俺の肩を叩き、頭を撫で、感謝の言葉を口にする。
「先生! ありがとう、ありがとう……!」
トーマスさんが、俺の手を両手で握りしめ、何度も頭を下げる。その手は傷だらけで、血が滲(にじ)んでいたが、驚くほど温かかった。
「皆さんの力です。皆さんが諦めずに戦ってくれたから、俺たちも勝てたんです」
俺は、心からの敬意を込めてそう答えた。彼らはもう、ただの守られるべき弱者ではない。共に戦い、共に未来を勝ち取った、誇り高き開拓者だ。
その様子を、少し離れた場所から見ていたゴードンが、満足げに鼻を鳴らした。
「へっ。湿気(しけ)た面してた連中が、見違えるようになりやがって。……ま、悪くねえ眺めだ」
彼の隣では、この戦いには参加できなかったゲルトが、悔しそうに、しかしどこか羨ましそうに、農夫たちの姿を見つめていた。その瞳には、新たな決意の光が宿っているように見えた。
◇
戦いの後、俺たちは畑の被害状況を改めて確認した。
ライ麦は半分以上が生き残った。クローバーは全滅してしまったが、根についた粒々は土の中に残っている。また種を蒔けば、きっとすぐに元通りになるはずだ。何より、水源は無事だった。
「これなら、いける」
俺は確信した。最大の危機は去った。あとは、この土地をさらに豊かにしていくだけだ。
その夜の宴は、質素ながらも、これまでで一番盛大なものとなった。
バッタの脅威が去ったことで、ランドールから遅れていた補給物資も届いたのだ。久しぶりのまともな食事――温かいスープと柔らかいパン、そして少しばかりの酒が、男たちの疲れた体を芯から癒やしていく。
「カンパーイ!!」
焚き火を囲み、笑い声が絶えない。武勇伝を語る者、家族への想いを口にする者。そこには、生きていることの喜びが満ち溢れていた。
俺は、宴の輪から少し離れた場所で、ギデオンと並んで座っていた。
「……礼を言う」
彼が、不意に言った。その視線は、楽しげに騒ぐ農夫たちに向けられている。
「俺は、騎士として多くの戦場に立ってきた。だが、今日ほど『守るべきもの』のために戦ったと感じたことはない。……彼らの笑顔を守れたことを、誇りに思う」
鉄仮面の騎士が、焚き火の光の中で、微かに微笑んだ。それは、彼が初めて俺に見せた、人間らしい柔らかな表情だった。
俺は、嬉しくなって、大きく頷いた。
「はい! これからも、一緒に戦ってくださいね。俺たちの『革命』は、まだ始まったばかりですから!」
◇
翌朝。
俺たちは、新たな作業に取り掛かった。
食い荒らされたクローバーの種を蒔き直し、生き残ったライ麦に追肥(ついひ)をする。そして何より、畑の周囲に散乱していたバッタの死骸を集める作業だ。
「へへっ、こいつら、硬くて厄介だったが、中身は栄養たっぷりだぜ!」
「転んでもただじゃ起きねえぞ! 全部、砕いて畑の肥料にしてやる!」
農夫たちの声は明るい。彼らはもう、この荒野の脅威を恐れてはいなかった。どんな困難も、自分たちの力で「恵み」に変えていけるという自信が、彼らにはあった。
俺は、作業の手を休め、ふと空を見上げた。
いつの間にか、赤茶色だった空が、澄み渡るような青色に変わっていた。『蛇の吐息』と呼ばれたあの不快な強風も、今は穏やかな春のそよ風となっている。
(……勝ったんだな)
改めて、実感が湧いてくる。
この過酷な土地での最初の、そして最大の試練を、俺たちは乗り越えたのだ。
懐のポケットに手を入れると、あの『古代の遺物』の欠片が触れた。ひんやりとした金属の感触。
封印の岩、謎の金属片、そして異常な生態を持っていた女王バッタ。この土地には、まだ俺の知らない深い秘密が眠っている。
だが、今は焦る必要はない。俺には、頼もしい仲間たちがいるのだから。
俺は、鍬を握り直し、再び土に向き合った。
一振りごとに、大地が応えてくれる。柔らかくなった土の感触が、手のひらを通して伝わってくる。
その確かな手応えが、今の俺には何よりも嬉しかった。
『蛇の舌』の開拓は、第二章へと進む。
黄金の楽園への道のりは、まだ遠い。だが、俺たちの足取りは、これまでになく力強く、そして希望に満ちていた。
【読者へのメッセージ】
第九十話、お読みいただきありがとうございました!
ついに『赤錆飛蝗』との戦いに完全決着がつきました。絶望的な状況から、知恵と勇気、そして仲間の絆で掴み取った勝利。その後の宴のシーン、そして翌朝の希望に満ちた作業風景に、彼らの成長と逞しさを感じていただけたでしょうか。
「勝利の宴、最高!」「ギデオンのデレ(?)、いただきました!」「バッタまで肥料にする逞しさ、見習いたい!」など、皆さんの感想や応援が、次の開拓のエネルギーになります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
一つの大きな危機を乗り越え、結束を深めた開拓団。しかし、彼らの成功を快く思わない者たちが、ランドールで新たな動きを見せ始めます。そして、ルークスが手に入れた『古代の遺物』の正体とは……?物語は、新たな展開を迎えます!次回も、どうぞお見逃しなく!
30
あなたにおすすめの小説
二度目の異世界では女神に押し付けられた世界を救い世界を漫遊する予定だが・・・・。
黒ハット
ファンタジー
主人公は1回目の異世界では勇者に選ばれ魔王を倒し英雄と呼ばれた。そんな彼は日本に戻り、サラリーマンとしてのんびり暮らしていた。だが異世界の女神様との契約によって再び異世界に転生する事になる。1回目から500年後の異世界は1回目と違い文明は進んでいたが神の紋章を授ける教会が権力を持ちモンスターが多くなっていた。主人公は公爵家の長男に転生したが、弟に家督を譲り自ら公爵家を出て冒険者として生きて行く。そんな彼が仲間に恵まれ万能ギフトを使い片手間に邪王を倒し世界を救い世界を漫遊するつもりだが果たしてどうなる事やら・・・・・・。
外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。
しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。
『ハズレスキルだ!』
同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。
そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~
アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる