93 / 164
第九十二話:深き森の監視者、見えざる境界線
しおりを挟むランドールを出発した俺たちの旅は、前回とは違う、張り詰めた空気に包まれていた。
隣を駆けるギデオンは、いつもの鉄仮面をさらに硬くし、周囲への警戒を怠らない。俺の懐にいるフェンも、故郷に近づくにつれて落ち着きをなくし、時折、喉の奥で低く唸るようになっていた。
(……ただ事じゃないな)
[cite_start]フェンは、伝説の魔獣ブラックフェンリルの幼体だ。その鋭敏な感覚は、人間には感じ取れない微細な魔力の乱れや、悪意の気配を敏感に察知する [cite: 238]。彼がこれほど警戒するということは、森で起きている異変が、単なる獣の縄張り争いなどではない証拠だった。
俺は、懐のポケットの上から、あの『古代の遺物』の感触を確かめた。
冷たい金属片。だが、リーフ村の方角へ進むたびに、それが微かに熱を帯びていくような、奇妙な感覚があった。まるで、何かに呼びかけられているかのように。
◇
二日後。俺たちはリーフ村に到着した。
村の様子は、表面的には以前と変わらなかった。井戸からは水が汲み上げられ、『陽だまりの家』では夏野菜の準備が進められている。
だが、村全体を覆う空気は、明らかに重苦しかった。村人たちの笑顔はどこか引きつり、森の方角を見る目は怯えに満ちていた。
「……よく戻ってきてくれた、ルークス」
出迎えてくれた父アルフレッドの顔には、深い疲労の色が滲(にじ)んでいた。
村長の家で開かれた緊急の話し合いには、村の熟練の狩人たちも顔を揃えていたが、皆一様に青ざめた顔で押し黙っている。
「……それで、森の様子は?」
俺が切り出すと、狩人の頭領である古老が、重い口を開いた。
「……今まで、あんな森は見たことがねえ。鳥の声一つしねえんだ。風もねえのに、枝葉がざわざわと揺れる。そして、何より……」
彼は、声を震わせた。
「『視線』だ。森に入った瞬間から、何百もの目で見られているような気がする。獲物を探すどころじゃねえ。俺たちが、いつ『獲物』になるか分からねえような、そんな殺気だ」
歴戦の狩人が震えるほどの気配。
俺は、ギデオンと視線を交わした。彼の目も、ある種の確信を告げていた。
「……高度な隠密技術、あるいは魔法による結界か。いずれにせよ、普通の相手ではない」
「……俺が、行って確かめてきます」
俺が立ち上がると、父さんも同時に立ち上がった。
「俺も行く。お前一人を行かせられん」
「ダメだよ、父さん。相手が何者であれ、人数が多いと刺激してしまうかもしれない。俺と、ギデオンさん、それにフェンだけで行く」
父さんは渋ったが、最終的には俺の目を見て、折れてくれた。
「……分かった。だが、無理はするな。危ないと思ったら、すぐに引き返すんだぞ」
◇
翌朝。俺たちは、張り詰めた空気の中、森へと足を踏み入れた。
村から少し離れただけで、周囲の空気は一変した。
いつもなら聞こえるはずの鳥のさえずりも、虫の音も、全く聞こえない。完全な静寂。ただ、俺たちの足が落ち葉を踏む乾いた音だけが、不気味に響き渡る。
森全体が、息を潜めて俺たちを監視しているような、そんな錯覚に陥る。
「……来るぞ」
ギデオンが、剣の柄に手をかけた。
フェンが、全身の毛を逆立て、前方の茂みに向かって鋭く吠えた。
「ワオンッ!!」
その瞬間。
ヒュッ、という鋭い風切り音と共に、俺の足元の地面に、一本の矢が突き立った。
それは、見たこともないほど美しい、緑色の羽根飾りがついた矢だった。
『――立ち去れ、人の子よ』
頭の中に直接響いてくるような、透き通った、しかし氷のように冷たい声。あたりを見回しても、声の主の姿はどこにもない。ただ、木々のざわめきが、その声を運んでくるようだった。
「……姿が見えない!? どこだ!」
ギデオンが周囲を警戒するが、敵の姿は影すら掴めない。
俺の懐で、あの『古代の金属片』が、カッと熱くなった。まるで、この見えざる監視者の放つ魔力に反応したかのように。
『警告は一度だけだ。この森は、今より我らが管理する。……その懐にある“穢れた遺物”と共に、早々に立ち去るがいい』
(……遺物のことを、知っているのか!?)
姿も見せず、俺の懐の中身まで見透かす相手。これが、伝説の種族エルフの力なのか。
圧倒的な実力差。交渉の余地など、最初からなかったのだ。
「……退きましょう、ルークス」
ギデオンが、悔しげに、しかし冷静に判断を下した。
「姿も見せずにこれだけの芸当ができる相手だ。今の我々では、手も足も出ん」
俺は、ギリリと奥歯を噛みしめた。
故郷の森が、理不尽に奪われようとしている。だが、ここで強行突破しようとすれば、確実に命を落とす。
「……分かりました」
俺は、見えない相手に向かって、深々と一礼した。
「……忠告、感謝します。今は、退きます」
俺たちは、逃げるように森を後にした。
背中に、冷たい視線が突き刺さるのを感じながら。
村に戻った俺は、父さんたちにありのままを伝えた。
当面の間、森へ入ることはできない。狩りも、薪拾いも、制限されることになるだろう。
村人たちの顔に、不安の色が広がる。
「……大丈夫です」
俺は、努めて明るく言った。
「森がダメなら、畑があります。『陽だまりの家』の野菜も順調だし、俺が新しい作物の育て方も教えます。森に頼らなくても、村のみんなが食べていけるように、俺が全力を尽くします!」
俺の言葉に、父さんが力強く頷いた。
「ああ。息子の言う通りだ。俺たちは農民だ。土さえあれば、生きていける!」
村人たちの目に、再び力が戻る。
森の異変は解決していない。だが、俺たちは、新たな覚悟と共に、前を向くことを選んだ。
俺は、ランドールの方角を見つめた。
この謎を解く鍵は、きっと、あの『古代の遺物』にある。
そして、それを知るためには、もっと力が必要だ。
(……帰ろう。俺たちの戦場へ)
俺は、新たな決意を胸に、再びランドールへの帰路についた。
まだ見ぬ世界の深淵が、少しだけ、その口を開いた気がした。
【読者へのメッセージ】
第九十二話、お読みいただきありがとうございました!
姿なき監視者からの警告、そして古代遺物との関連。謎が深まる展開となりましたが、いかがでしたでしょうか。
設定資料集に基づき、エルフの本格登場は温存しつつ、その強大な力の片鱗を描写しました。
「姿が見えない方が怖い!」「遺物、やっぱりヤバいものなのか…」「村のみんな、逞しくなった!」など、皆さんの感想や応援が、ルークスの次なる成長の糧になります。下の評価(☆)やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!
故郷の危機を(一応の)回避し、再びランドールへ。次はいよいよ、あの『ひまわり油』が新たな展開を見せます!どうぞお見逃しなく!
20
あなたにおすすめの小説
二度目の異世界では女神に押し付けられた世界を救い世界を漫遊する予定だが・・・・。
黒ハット
ファンタジー
主人公は1回目の異世界では勇者に選ばれ魔王を倒し英雄と呼ばれた。そんな彼は日本に戻り、サラリーマンとしてのんびり暮らしていた。だが異世界の女神様との契約によって再び異世界に転生する事になる。1回目から500年後の異世界は1回目と違い文明は進んでいたが神の紋章を授ける教会が権力を持ちモンスターが多くなっていた。主人公は公爵家の長男に転生したが、弟に家督を譲り自ら公爵家を出て冒険者として生きて行く。そんな彼が仲間に恵まれ万能ギフトを使い片手間に邪王を倒し世界を救い世界を漫遊するつもりだが果たしてどうなる事やら・・・・・・。
外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。
しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。
『ハズレスキルだ!』
同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。
そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~
アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる