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第九十九話:白日の法廷、崩れ落ちる仮面
しおりを挟む1.欺瞞の玉座と、冷たい視線
辺境伯の城、大広間。
普段は華やかな祝宴や、厳粛な謁見(えっけん)に使われるその荘厳な空間は、今、針一本落ちても聞こえるほどの、張り詰めた緊張感に包まれていた。
高い天井から吊るされたシャンデリアの灯りは、床に並ぶ貴族たちの影を長く伸ばし、その表情を不気味に照らし出している。彼らの視線は一様に冷たく、広間の中央に進み出た俺とギデオンに突き刺さっていた。それは、異端者を裁く法廷のような、排除と断罪の空気だった。
「……申し上げます。開拓地『蛇の舌』にて発生した大規模な魔物災害は、我ら騎士団と現地の開拓民の決死の奮闘により、鎮圧されました」
玉座の前に片膝をつき、報告を行うギデオンの声が、静まり返った広間に朗々と響く。彼の鎧は泥と煤(すす)に汚れ、所々が酸で溶けて変色していたが、その背筋は剣のように真っ直ぐに伸びていた。
玉座には、辺境伯レオナルド。彼は頬杖をつき、表情を読ませぬ瞳でギデオンを見下ろしている。
そして、その玉座のすぐ脇、宰相のごとき位置に控えているのが、文官長バルザックだった。彼は、豪奢な絹のハンカチで口元を拭いながら、まるで汚いものでも見るかのような目で俺たちを一瞥(いちべつ)した。
「ほう。それは重畳(ちょうじょう)。……しかし、騎士団長ともあろう者が、たかが害虫駆除にずいぶんと手間取ったようですな? 報告によれば、開拓民にも多数の負傷者が出たとか。指揮に問題があったのでは?」
バルザックが、薄ら笑いを浮かべて嫌味を口にする。
その言葉に、周囲の取り巻きの貴族たちから、忍び笑いが漏れた。
「まったくだ。泥遊びに夢中で、剣の腕が鈍ったのではないか?」
「農民ごときと馴れ合うから、示しがつかなくなるのだ」
自分の起こした災厄を「害虫駆除」と呼び、被害を騎士団の責任に転嫁する。そして、命懸けで戦った農民たちを嘲笑う。その腐りきった性根に、俺の腹の底でどす黒い怒りのマグマが沸騰する。拳を握りしめ、爪が食い込む痛みで、なんとか理性を繋ぎ止める。
だが、ギデオンは表情一つ変えなかった。彼はバルザックの嘲笑を、そよ風のように受け流し、静かに、しかし力強く告げた。
「……確かに、甚大なる被害が出ました。ですが、それは『自然発生した魔物』であれば、あるいは防げたかもしれません」
「……何が言いたい?」
バルザックの眉がピクリと動く。扇子を仰ぐ手が、わずかに止まった。
ギデオンはゆっくりと立ち上がり、鋭い視線をバルザックに向けた。その双眸(そうぼう)には、戦場で培った本物の殺気が宿っていた。
「あの魔物は、自然に湧いたものではない。……何者かが、古代の禁忌とされる術式を用いて召喚した、『生物兵器』でした」
その言葉が落ちた瞬間、広間がざわめいた。
「禁忌だと?」「馬鹿な、そんな大それた術を使える者が、この領地にいるはずが……」「騎士団長は乱心したのか?」
「戯言(ざれごと)を!」
バルザックが、声を荒らげて一歩前へ出た。その顔には、焦りというよりは、格好の攻撃材料を見つけたという加虐的な色が浮かんでいた。
「自らの失態を隠すために、ありもしない陰謀論をでっち上げるとは! 見苦しいぞ、ギデオン! そのような妄言、辺境伯様への反逆にも等しい! 証拠はあるのか! その『何者か』がやったという、確たる証拠が!」
彼は勝ち誇っていた。
あの魔法汚染地域で儀式を行った際、目撃者はいない。使用した魔石も使い捨てだ。現場は魔物の暴走で滅茶苦茶になっているはず。証拠など、残っているはずがないと確信しているのだ。
彼は、俺たちを「無能な指揮官」と「嘘つきの農民」として断罪し、この場から追放するつもりなのだ。
「……証拠なら、ここにあります」
俺は、ギデオンの背後から、静かに一歩前へ出た。
農民の服を着た子供の登場に、貴族たちが眉をひそめ、「控えろ!」「下郎が!」と罵声を浴びせる。
だが、レオナルドだけは、俺の目をじっと見つめていた。その瞳の奥に、微かな期待の光が灯るのを、俺は見た。
「ルークス・グルト。……申してみよ」
辺境伯の許しを得て、俺は懐から、あの『黒い石』を取り出した。
2.暴かれる罪、凍りつく広間
手のひらに収まる、多面体の黒い結晶。
それは今、俺の怒りに呼応するように、静かに、しかし力強く青白い光を点滅させていた。
「なんだそれは? ただの黒い石ころではないか」
バルザックが鼻で笑う。周囲の貴族たちも、嘲笑を隠そうともしない。
「まさか、それを証拠だと言い張るつもりか?」
「農民のお守りか何かか? けがらわしい」
俺は、彼らの嘲笑を無視し、凛とした声で告げた。
「これは、現場に残されていた魔石の残骸から、残留思念と魔力痕跡を抽出・記録した、『記憶の石』です」
「……記憶の石、だと?」
「はい。この石は、あの場所で起きたことの全てを、見ていました」
俺は、石を高く掲げた。
心の中で念じる。
(再生しろ。こいつの罪を、白日の下に晒せ! 奴が踏みにじった人々の痛みを、その目に焼き付けろ!)
**ブォン……。**
低い駆動音と共に、黒い石から扇状の光が放たれた。
その光は空中に広がり、無数の微細な粒子となって舞い、やがて広間の中央に、一つの巨大な映像を結んだ。
それは、魔法の幻影や不鮮明な記録などではない。
まるで、その場の時間を切り取って持ってきたかのような、あまりにも鮮明な『超高解像度記録映像』だった。
――毒々しい紫色の苔に覆われた、不気味な峡谷。
――地面に描かれた、禍々しい光を放つ魔法陣。
――そして、その中心で、高らかに呪文を詠唱する男の姿。
『……いでおれ、古き時代の『災厄』よ。深淵の底より這い上がり、飢えた牙を研げ!』
映像の中の男が、狂気じみた笑顔で叫ぶ。その口元の歪み、瞳の奥の暗い愉悦、額に滲む汗の一粒までもが、恐ろしいほどの鮮明さで映し出されている。
その顔は、紛れもなく、今そこに立っているバルザックその人だった。
『……そして、愚かな羊どもに、真の恐怖を教えよ! あの小僧を、絶望の淵へと叩き落とすのだ!』
映像の中のバルザックが高笑いし、巨大な泥の怪物が召喚される瞬間。
そして、怪物が這いずり回り、大地を腐食させていく様子までが、地響きのような音と共に再生される。
「なっ……!? あ、あ……あぁ……!」
バルザックの顔から、一瞬にして血の気が引いていく。
手に持っていた扇子が滑り落ち、乾いた音を立てて床に転がったが、誰もそれを拾おうとはしなかった。
広間は、水を打ったように静まり返った。
嘲笑していた貴族たちの顔が、驚愕に凍りつき、やがて恐怖へと変わっていく。
「バルザック殿!? あれは……!」
「禁忌の召喚術……! まさか、本当に……!」
「なんておぞましい……!」
言い逃れのしようがない、完璧な証拠。
それは、彼が「秩序」のために行ったと信じていた行為が、ただの狂気と殺戮であったことを、残酷なまでに突きつけていた。
映像が消え、黒い石が静かに俺の手のひらに戻る。
残されたのは、凍りついたような沈黙と、バルザックの荒い息遣いだけだった。
「……こ、これは……幻術だ! そう、幻術に違いない!」
バルザックが、泡を食って叫んだ。その声は裏返り、無様に震えていた。
「この小僧が! 得体の知れない妖術を使って、私を陥れようとしているのです! 辺境伯様、騙されてはいけません! 私は、私は領地のために……!」
彼は、必死に辺境伯にすがりつこうとした。
だが。
「幻術ではない」
玉座から、地響きのような低い声がした。
辺境伯レオナルドが、ゆっくりと立ち上がっていた。その全身から、ビリビリと肌を刺すような、凄まじい怒気が立ち昇っている。その覇気だけで、周囲の貴族たちが後ずさるほどだ。
「その石が映し出した魔力の波長……。紛れもなく、我が家の書庫の最奥に封印されていた『禁書』のものだ。……バルザック、貴様。いつの間に持ち出した?」
レオナルドの眼光が、バルザックを射抜く。それは、主君としての失望と、裏切り者への激しい憤怒が混じり合った、氷の炎だった。
「へ、辺境伯様……! ち、違います、これは……! 領地の秩序を守るために、やむを得ず……! あの小僧が増長すれば、貴族の権威が……!」
「民を殺し、土地を腐らせることが、秩序だと!?」
レオナルドの一喝が、雷鳴のように広間に轟いた。
彼は、階段を降り、バルザックの目の前に立った。その威圧感に、バルザックはその場にへたり込む。
「私は、貴様に政(まつりごと)を任せた。貴様の冷徹さを、時には必要だと認めていたからだ。……だが、貴様が守っていたのは、領地でも民でもなく、己の保身と、腐りきったプライドだけだったようだな!」
「ひっ……! お、お助け……!」
「黙れッ!!」
レオナルドが、腰の剣を抜き放つ寸前の気迫で叫んだ。
「我が領土を穢(けが)し、我が民を害した罪、万死に値する! ……衛兵! この男を捕らえよ! 地下牢へぶち込め!」
「はっ!」
レオナルドの命により、近衛兵たちが雪崩れ込み、バルザックを取り押さえる。
彼は抵抗すらしなかった。いや、腰が抜けてできなかったのだ。ただ、虚ろな目で俺を見つめ、わなないていた。
「……なぜだ……。たかが農民の分際で……。なぜ、貴様ごときに……」
連行されていく彼の背中に、俺は静かに、しかしはっきりと告げた。
「あなたが『たかが農民』と見下した人たちが、俺の仲間だったからです。……人の想いを踏みにじる者に、未来を作る資格はありません」
扉が重々しく閉まり、バルザックの絶望に満ちた姿が消える。
長きにわたりこの領地を蝕んでいた病巣が、ついに切除された瞬間だった。
3.新たな夜明け、授けられた翼
広間に、再び静寂が戻った。
だが、その空気は、先ほどまでの張り詰めたものではなく、嵐が過ぎ去った後のような、清々しいものに変わっていた。貴族たちは、もはや俺を侮蔑の目で見ることはなかった。そこにあるのは、畏怖と、そして新たな権力者を見るような、媚びを含んだ眼差しだった。
「……ルークス・グルトよ」
レオナルドが、玉座の前まで戻り、俺を呼んだ。
俺は、片膝をついて頭を下げる。隣では、ギデオンも同じように跪いている。
「面を上げよ」
顔を上げると、そこには、いつもの厳しい領主の顔ではなく、一人の父親のような、穏やかで、そして深い感謝を湛えた表情があった。
「礼を言う。お前は、我が領地を、そして我が娘の未来を救ってくれた。……お前がいなければ、私は知らぬ間に、この国を腐らせていたかもしれん」
「もったいないお言葉です。俺は、自分の居場所を守りたかっただけですから」
「ふっ、無欲な奴め。……だが、その無欲さが、この国を変えたのだ」
レオナルドは、周囲の貴族たちを見渡して、高らかに宣言した。
「聞け! 本日をもって、ルークス・グルトを、我が領の『筆頭技術顧問』として遇する! 彼が推進する農業改革は、領主直轄の最重要事業とする! これより先、彼の言葉は私の言葉と思え! 文句のある者は、前へ出よ!」
誰も声を上げなかった。
深々と頭を下げる貴族たちの波。それは、俺たちの革命が、名実ともにこの領地の「正義」として認められた瞬間だった。
そして、その瞬間。俺の脳内に、ファンファーレのような電子音が、かつてない音量で鳴り響いた。
【クエスト『災厄の首謀者を断罪せよ』をクリアしました!】
【領地全体の運命を左右する巨大な陰謀を阻止し、新たな統治体制の礎を築きました。】
【報酬を獲得します。】
【経験値(ポイント):10,000pt】
【『古代の遺物』の解析率が上昇しました。現在:15%】
【新スキル:『嘘見破り(Lv.1)』が解放されました。】
(……いちまん、ポイント……!?)
俺は、桁違いの報酬に眩暈(めまい)を覚えた。
これだけのポイントがあれば、何ができる?
目標としていた『土壌改良』スキルのレベルアップどころか、もっと高度なスキルや、村を発展させるためのレアアイテムだって手に入る。
そして、新スキル『嘘見破り』。この政治と陰謀が渦巻く世界で、これほど頼もしい武器はない。
「ルークスさん!」
エレナ様が、感極まって駆け寄ってきた。セバスチャンも、ハンカチで顔を覆って泣いている。
彼女の目には涙が浮かんでいたが、それはもう悲しみの涙ではなかった。
「やりましたわね……! 本当に、本当に……!」
「はい。……これでようやく、本当の意味で、春が来ますね」
俺は、彼女に微笑み返した。
窓の外には、雲間から差し込んだ光が、ランドールの街を黄金色に照らしていた。市場の喧騒、工房の槌音、そして遠くの畑で汗を流す農民たちの歌声が、ここまで聞こえてくるようだ。
俺たちの革命は、大きな山場を越えた。
だが、これで終わりではない。
この街を、そして故郷の村を、もっと豊かに、もっと幸せにするための、本当のスローライフへの道は、ここからが本番だ。
俺は、懐の黒い石を握りしめた。
その石は、役目を終えたかのように、静かに眠りについていたが、微かに温かさを残していた。
(ありがとう。……お前のおかげだ)
俺は、ギデオン、エレナ様、そして仲間たちと共に、新たな未来へと、力強く一歩を踏み出した。
【現在の所持ポイント:10,689pt】
【読者へのメッセージ】
第九十九話、お読みいただきありがとうございました!
ついにバルザックとの決着がつきました。黒い石が映し出した真実と、悪が裁かれる瞬間のカタルシス。そして、ルークスが得た莫大な報酬と新たな地位。文字数を大幅に増やし、その瞬間の熱量をお届けしました。
「スカッとした!」「一万ポイントは夢がある!」「筆頭技術顧問、かっこいい!」など、皆さんの感想が、ルークスの次なる冒険の原動力になります。
物語は一つの区切りを迎えましたが、世界にはまだ解き明かされていない謎(ジルヴァの動向、黒い石の正体、エルフの警告など)が残されています。
次回、記念すべき第100話! 辺境伯編のフィナーレ、そして新たな旅立ちの予感……? どうぞお楽しみに!
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