ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第百三十話:冬の陽だまりを食らう影

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 ハウスの入り口を叩く、喉を掻き切るような村長ハンスさんの叫び声。
 それは、先ほどまで家族と囲んでいた温かなスープの余韻を、一瞬で凍りつかせるには十分すぎる衝撃だった。

「ルークス! ルークス、いるのか!?」

 俺は、手に持っていた鍬の柄を強く握り直し、ゆっくりと扉を開けた。
 雪崩れ込んできたのは、冷気と、そして絶望に染まったハンスさんの姿だ。
 
「村長、落ち着いて。何があったんですか」
「徴収官だ……! 王都から来たという役人が、広場でとんでもないことを言い始めたんだ! 例年の三倍……三倍の臨時徴収を出すまで、村人を一人も帰さないと!」

 三倍。
 その数字を聞いた瞬間、俺の脳裏に現在のポイント残高が浮かんだ。
 
[ 所持ポイント:142,000 pt ]

 ……ちっ。さっき家族のために『高品質な小麦粉』なんて奮発しなければ、ちょうど十五万の大台に乗っていたはずなのに。
 減った「七千八百ポイント」分、俺の心に小さな、しかし鋭い棘のような焦燥が走る。
 だが、今はそんなことに囚われている場合じゃない。
 
 設定資料集にある通り、辺境伯領の冬は過酷だ。三倍もの徴収を許せば、この村の貯蔵庫は空になり、来春には餓死者の山が築かれる。俺が心血を注いで改善したこの村の食卓が、再び「黒パンをふやかした酸っぱいスープ」すら飲めない地獄に逆戻りするのだ。

「……フェン、行こう」
「グルル……」

 フェンの金色の瞳に、主の怒りに呼応する獰猛な光が宿る。
 俺たちは雪を蹴り、広場へと急いだ。

 広場に到着した時、そこには悪夢のような光景が広がっていた。
 村人たちが兵士たちに囲まれ、雪の上に跪かされている。
 そして高壇の上では、豪華な毛皮に身を包んだ脂ぎった顔の男――徴収官カストロが、勝ち誇ったように羊皮紙を掲げていた。

「――繰り返す! これは王都、宰相オルコ様の名による正式な王命である! 異を唱える者は反逆罪と見なし、その場で処刑も辞さない!」

 その足元には、村の共有倉庫から引きずり出された麦の袋が山積みにされている。
 そして――。

「父さん……!」

 俺の視界の先、雪の上に組み伏せられ、兵士の泥靴で頭を押さえつけられているのは、父アルフレッドだった。
 実直で、寡黙で、誰よりも家族を愛している俺の父親が、家畜のように扱われている。

 胸の奥で、前世の記憶が爆ぜた。
 どれだけ必死に働いても、成果を横から奪い取り、現場を「調整」という言葉で踏みにじるクソ上司。
 救えなかった後輩。
 守りたかった、温かな食卓。
 
 俺は感情を押し殺し、群衆の影でスキルを起動した。
 瞳が一瞬、青白く閃光を発する。

「『鑑定Lv.1』。それと、『識別』」

 カストロが掲げている「徴収令状」に意識を集中させる。
 
[ 鑑定結果:王立徴収令状(?) / 参考価格:0 pt ]

 ……0ポイント。
 確信した。王国の正式な公文書なら、少なくとも歴史的価値や素材の質で数千ポイントはつく。それが「0」だということは、システムがこの紙を「価値のないゴミ」――すなわち偽造品だと判定している証拠だ。
 
 さらに、俺は周囲の状況を『識別』で走査した。

[ 識別結果:中型荷車×3。積載余裕なし。現在の護衛兵数:15名。装備の摩耗度:極めて高い ]

 前世で物流管理の地獄にいた俺の目が、ロジスティクスの矛盾を瞬時に弾き出す。
 三倍の徴収をするつもりなら、荷車の数が三倍足りない。しかも兵士たちの装備は手入れが行き届いていない傭兵崩れ。
 これは「王命」じゃない。宰相の名前を隠れ蓑にした、個人的な略奪――「横領」だ。

「ルークス、お兄ちゃん……」

 足元で、マキナが俺の服の裾を震える手で掴んでいた。
 その瞳に浮かぶ涙を見た瞬間、俺の中で「交渉」の天秤が傾いた。
 
 俺はわざと、怯えた子供を演じながら、よろよろと徴収官の前へ進み出た。
 
「……あの、お役人さま。質問してもいいですかぁ?」

 五歳児特有の、高く、頼りない声。
 カストロが、不快そうに俺を見下ろした。

「なんだ、この小汚いガキは。下がれ、今は公務中だ!」

「でもぉ、その紙……とっても不思議なんです。僕の家にある、昨日お鼻をかんだ紙と同じ『安物の羊皮紙』の匂いがするんです」

 静まり返った広場に、子供の無垢な声が響く。
 カストロの表情が、一瞬で強張った。

「王様は、お鼻かみの紙でお仕事をするんですか? あと、あっちの荷車……」

 俺は広場に並んだスカスカの荷車を指差した。

「三倍の麦は、絶対に乗らないと思います。お役人さまは、魔法で麦を小さくして運ぶんですかぁ? それとも、最初から王様に届けるつもりはないんですか?」

 村人たちが、ざわり、と揺れる。
 カストロの顔が、脂ぎった赤色から、急速に青白く変わっていく。
 
「貴様……! 何をデタラメを!」
「デタラメじゃありません。だって、その紙、売っても『0ポイント』……あ、ええと、一銭の価値もなさそうなんだもん!」

 俺は、カストロの瞳を真っ向から見据えた。
 そこにはもう、五歳の子供の光はない。
 ブラック企業の底辺で、理不尽な契約書の穴を見つけては相手を絶望させてきた、プロの「最適解」を導き出す大人の瞳。

「さあ、お役人さま。お鼻かみの紙に書かれた『王命』の続き、僕たちに詳しく説明してもらえますか?」

 冬の陽だまりを汚した報いだ。
 たっぷりと、利子をつけて返してやる。

---


**【読者へのメッセージ】**
第百三十話、最後までお読みいただきありがとうございました!
校閲の指摘を反映し、ポイント残高の正確な把握や、農民ルークスとしてのリアリティを追求した一話となりました。
偽造令状を「お鼻かみの紙」と切り捨て、物流の矛盾で追い詰めるルークスのロジカルな反撃。
次話、第百三十一話「帳簿の嘘と、鉄槌の代償」。
追い詰められたカストロが暴挙に出た時、ルークスの「力」が本当の意味で解放されます。
評価、ブックマーク、感想をいただけますと、ルークスの次の一手の威力が上がります!ぜひ応援よろしくお願いします!
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