ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

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第百二十九話:雪降る村の温かな緑

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 しんしんと、音もなく降り積もる雪が、辺境のリーフ村を白銀の沈黙で包み込んでいた。
 この時期の辺境伯領は、文字通り「死の季節」だ。家々の軒先には鋭い氷柱が槍の穂先のように並び、吐き出す息は瞬く間に白く凍てつく。本来ならば、農民たちは乏しい備蓄を削りながら、ただ春を待つために身を縮めて過ごすはずの、長く、耐え忍ぶ日々。

 だが、俺――ルークス・グルトの周囲だけは、例外だった。

「よし……。外は猛吹雪だけど、こっちは春爛漫だな」

 俺は、自作の『スライムレザー・ハウス』の中で、額に滲んだ汗を手の甲で拭った。
 ポイントで交換した『スライムレザー』は、透明度が高いうえに魔法的な保温性に優れている。その中に、堆肥の発酵熱を利用した簡易的な温床(おんしょう)を組み合わせることで、この極寒の地においても、ハウス内は二十度近い室温を保っていた。

 視界に広がるのは、目にも鮮やかな緑の絨毯だ。
 冬越し用の小松菜や、寒さに強い品種に改良したカブが、瑞々しい葉を精一杯に広げている。
 前世のブラック企業時代、俺が深夜の満員電車に揺られながら、疲れ切った網膜で眺めていた、あの「キャンプ動画」の楽園。
 自分で育てた野菜を、自分で料理し、温かい室内で大切な人たちと囲む。
 そんな、手が届くはずもなかった「当たり前の幸せ」が、今、確かにこの五歳の小さな手の中にあった。

「クゥン、クゥン」

 足元で、漆黒の毛並みを持つ相棒――フェンが、温かい土の上に寝転んで喉を鳴らしている。
 伝説の魔獣『ブラックフェンリル』の幼体。出会った頃は、密猟者の罠にかかって今にも消え入りそうな命だった彼も、今では元気に駆け回る子犬のサイズまで成長していた。
 フェンは、俺が収穫したばかりの小松菜を籠に入れると、その大きな鼻をひくひくと動かし、満足げに尻尾で「ドカッ、ドカッ」と地面を叩いた。

「フェン、土が舞うから少し落ち着け。……それより、お前も腹が減ったか?」

 俺が声をかけると、フェンは金色の瞳を輝かせ、期待を込めて俺の顔を覗き込んできた。

 現在の俺の所持ポイントは、約十五万ポイント。
 飢饉の兆候を察知して事前に対策を打ち、収穫祭で成功を収めて得た、村人たちからの心からの感謝の対価だ。
 高額な戦闘スキルを覚えればもっと「無双」できるのかもしれない。だが、俺が求めているのは最強の称号ではない。
 この十五万ポイントは、家族の病や、不測の天災から「日常」を守り抜くための、最後の命綱(セーフティネット)なのだ。

 前世で、俺が養護施設で弟のように可愛がっていた後輩が、高額な手術費が払えずに亡くなったあの日。
 「お金さえあれば、理不尽を覆せたのに」という無力感は、今も俺の魂に深く刻まれている。
 だからこそ、俺はこの世界で、ポイントという名の「力」に執着する。
 誰かを失う悲しみを、もう二度と味わいたくないから。

「さて……。今日は母さんとマキナも誘って、ここで昼飯にするか。父さんは村の寄合で忙しそうだしな」

 俺は、ポイントウィンドウを開き、ショップの画面をスクロールする。
 基本の調味料に加え、俺は一つの項目に指を止めた。

『高品質な小麦粉:8,000 pt』

 ……高い。普段使っている安価な粉なら、ほんの数百ポイントだ。八千ポイントもあれば、家族全員の数ヶ月分の石鹸やロウソクが賄える。
 だが、俺は今日、どうしても「特別」を作りたかった。
 吹雪の中で怯えるのではなく、冬を楽しめるほどの豊かさを、家族に味わわせたかったのだ。

「……えい、贅沢は敵だが、今日だけは投資だ」

 俺は葛藤の末に指先で画面をタップした。
 一瞬で手元に現れたのは、これまでの粉とは手触りからして違う、絹のように滑らかな白い粉。
 俺はそれに、貴重な『精製された塩』と『だしの素』を隠し味に加え、竈(かまど)の熱で丁寧に焼き上げた。

「ルークスお兄ちゃーん!」

 ハウスの扉が開き、マキナが元気よく飛び込んできた。
 彼女の頬は寒さで赤らんでいるが、ハウス内の暖気に触れて、すぐにパッと笑顔を咲かせた。

「わあ、あったかい! くんくん……いい匂い!」

「マキナ、走ると危ないわよ。……あら、ルークス。もうお昼の準備をしてくれていたの?」

 後ろから入ってきたのは、母のリリアだ。
 彼女はハウス内の青々とした緑を見て、ふっと目を細めた。

「毎年、この時期は黒パンをふやかした酸っぱいスープしか食べられなかったのに。……ルークス、貴方が来てくれてから、この家には『色』が増えたわね」

 今日のお品書きは、採れたて野菜と干し肉の『滋味あふれるコンソメ風スープ』。そして、八千ポイントを投じた『高品質な小麦粉』で焼いたふわふわのパンだ。

「いただきます!」

 一口、パンを千切って口に運んだマキナが、その柔らかさに目を丸くした。

「お兄ちゃん、これ、雲みたいにふわふわ! 甘くておいしい!」

「……本当ね。こんなに美味しいパン、一生に一度食べられるかどうかだわ。……でも、ルークス。無理はしちゃダメよ。貴方はいつも、一人で背負い込もうとするから」

 リリアの優しい指摘に、俺は少しだけ胸が痛んだ。
 ポイントを稼ぐことも、農法を広めることも、すべては自分のトラウマから来ているエゴかもしれない。
 でも、この笑顔が見られるなら、俺は何度でも泥をすすってポイントを積み上げられる。

 だが――幸せな時間は、無慈悲に遮られた。

 ハウスの外から、雪を踏みしめる多数の、そして統制の取れた「軍靴」の音が響いてきたのだ。
 広場の方からは、村人たちの悲鳴に似たどよめきが風に乗って聞こえてくる。

「……母さん、マキナ。今のうちに、マキナの手を引いて家に戻って、鍵をかけておいて」

 俺は食事を中断し、努めて穏やかな声で言った。

「ルークス? でも、貴方は……」

「大丈夫。ちょっと様子を見てくるだけだよ。フェンもついているしね」

 リリアは俺の瞳の中に宿る「何か」を察したのか、短く頷くと、不安がるマキナを抱き寄せてハウスを後にした。

 二人の姿が吹雪の中に消え、ハウス内に静寂が戻る。
 パチパチという薪の音だけが響く中、俺は一人、冷め始めたスープをじっと見つめていた。
 
 フェンが、低く唸り声を上げながらハウスの入り口を睨みつける。
 足音は、確実にこちらに向かっている。
 
「……せっかくの食卓を、台無しにしてくれたな」

 俺は立ち上がり、隅に立てかけてあった『高品質な鍬』を手に取った。
 父アルフレッドに贈った、銀色に輝く自慢の農具。
 それは、この村を豊かにするための道具であり、今の俺にとっては、理不尽を叩き潰すための唯一の武器だった。
 
 その瞬間、扉が乱暴に叩かれた。

「ルークス! ルークス、いるのか!?」

 村長ハンスさんの、喉を掻き切るような叫び声。
 
 スローライフという名の「戦い」の、第二幕が上がろうとしていた。

---



**【読者へのメッセージ】**
第百二十九話、最後までお読みいただきありがとうございました!
校閲の指摘に基づき、武器設定の矛盾を修正し、農民ルークスとしてのリアリティを高めた決定稿となります。
八千ポイントの高級パンが象徴する「家族への愛」と、それを踏みにじろうとする軍靴の音。
次話、第百三十話「冬の陽だまりを食らう影」。
ついに悪徳徴収官カストロとの全面対決。ルークスが『鑑定』と『前世の分析術』を武器に、どうやって「合法的な略奪」を阻止するのか。
評価や感想、ブックマークをいただけますと、ルークスの鍬の切れ味(と執筆意欲)が上がります!ぜひ応援よろしくお願いします!
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