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多分、おそらくだけどあの晩の翌朝、眠り込んだ私の元から颯爽と去るはずが、置いてけぼりの逆シチュエーションに置かれて、調子が狂ったとかそういう話に違いない。
「あのさ、聞いてる? 俺の話」
「あ、はい。ごめんなさい」
きっとプライドを傷付けてしまったに違いない。
「どうも上の空だよね。そんなに俺といるの嫌なの」
「え? まさか。そんなことないですよ」
確かに車の中で二人きりは緊張するし気まずいけど、一緒に居るのが嫌とまでは思ってない。
そこで初めて顔を上げて彼を見ると、やっと顔を合わせてくれたねと困惑した様子の笑顔の彼と目が合った。
「それって本心? それとも部屋を借りるから、気を遣って言ってる方便かな」
「私はそんなに狡猾でも器用でもないです」
「ごめん、知ってる。意地悪言った」
「意地悪だったんですか」
「だって名前も教えてもらってないのに、起きたら君は居なくなってるし、メモすら残してくれてなかったし」
「いや、それは」
「それは? なんか意味があるの」
「その、あの晩限りのことなんだろうなって。飲んでる時に名前も聞かれませんでしたし」
俯いて呟くように答えると、そんな風に思ってたんだねって言いながら、呆れを含んだような溜め息が聞こえて、心臓の奥がギュッと苦しくなる。
「それはさ、話が楽しくて、単純に聞き忘れてただけなんだけど」
「そうなんですか」
「そうなんです」
「でも、お兄さんみたいな人が、私なんかを気に掛けてるとは思わなくて」
「なんで」
「なんでって」
「君は素敵な子だし、もっと話したかったから起きた時は本当にショックだったよ」
「それは、本当にすみません。でもお兄さんこそ、その、素敵な人なので、まさかそんな風に思われるとは思ってなくて」
私だって別に、好きで逃げるように帰った訳じゃないし、もっとそれっぽい話題が出てたら、僅かな期待に縋ってその場にとどまっていたと思う。
だけどあの時は、そんな気配は微塵もなかったし、やっぱり彼は、立場が逆転したことに対して、自分が置き去りにされて怒ってるだけじゃないだろうか。
「それ、褒められてんのか貶されてんのか分かんないね」
「いや、その。ごめんなさい」
「君は謝ってばっかりだね」
責められてるわけでもないのに、彼のそんな言葉に胸の奥が苦しくなる。
肝心なことは何一つ話さなかったし、一晩限りのことだと思ってたから、こんな風に噛みつかれると困ってしまう。
そうこうしてるうちに見慣れた景色が見えてきて、自宅のマンションが近付いてきた。
「あの、もうこの辺りで大丈夫です」
「ダメ。俺に悪いと思ってるなら、もう少し付き合って」
「はい?」
「マンションの近くに駐車場はないの」
「その先にコインパーキングがありますけど」
このまま道なりに進めば右手に駐車場がある。
彼の真意が分からないまま、コインパーキングに入って車を停めると、エンジンを切って車内が一気に静かになる。
「とりあえず、この前のことはもう良いよ。忘れるから」
突然口を開いたかと思えば、彼がそんなことを呟くので、正直なところ、その言葉の真意を測りかねて困惑してしまう。
忘れるだなんて、あの晩のことはなかったことにしたいということだろうか。
「えっと、それってどうい……」
どういう意味なのか聞こうとして彼の顔を見つめた瞬間、不意に顔が近付いたと思ったら、まだ記憶に新しい彼の唇が私の唇に重なった。
これは、キスだ。キスされてる。
ぼんやりそんなことを考えてると、彼の舌が唇を割って歯列をなぞられる。
貴重とは違うゾクゾクする痺れが全身に走って、くちゆっとした音に油断したように、力の抜けた口の中に舌が入り込んできた。
「んふっ、んん」
抵抗するように力の入らない手で彼の胸を叩くけれど、その手をあっさり掴まれて、指を絡めて握り込まれてしまえば、すぐにあの晩の温もりを思い出してしまう。
彼が舌を搦めようとすると、抗えるはずもなく求めてしまってキスはどんどん深くなっていく。
そしてこの腕の中に抱かれてキスをしていることを自覚すると、スパイシーでエキゾチックな香りが途端に立ち込めて、五感の全てで彼を感じて身体が震える。
「香澄」
とろんと蕩けたような視線で至近距離から見つめられると、どう反応して良いのか分からなくなる。
「あっ、あの」
「香澄ちゃんって名前だったんだね。君」
「そうですけど、あの、こんなところで」
「人目が気になる?」
「当たり前です」
「続き、したくならないの?」
「んぎゃ」
囁いたそばから耳朶を舐められて、変な声が出てしまった。
「あのさ、聞いてる? 俺の話」
「あ、はい。ごめんなさい」
きっとプライドを傷付けてしまったに違いない。
「どうも上の空だよね。そんなに俺といるの嫌なの」
「え? まさか。そんなことないですよ」
確かに車の中で二人きりは緊張するし気まずいけど、一緒に居るのが嫌とまでは思ってない。
そこで初めて顔を上げて彼を見ると、やっと顔を合わせてくれたねと困惑した様子の笑顔の彼と目が合った。
「それって本心? それとも部屋を借りるから、気を遣って言ってる方便かな」
「私はそんなに狡猾でも器用でもないです」
「ごめん、知ってる。意地悪言った」
「意地悪だったんですか」
「だって名前も教えてもらってないのに、起きたら君は居なくなってるし、メモすら残してくれてなかったし」
「いや、それは」
「それは? なんか意味があるの」
「その、あの晩限りのことなんだろうなって。飲んでる時に名前も聞かれませんでしたし」
俯いて呟くように答えると、そんな風に思ってたんだねって言いながら、呆れを含んだような溜め息が聞こえて、心臓の奥がギュッと苦しくなる。
「それはさ、話が楽しくて、単純に聞き忘れてただけなんだけど」
「そうなんですか」
「そうなんです」
「でも、お兄さんみたいな人が、私なんかを気に掛けてるとは思わなくて」
「なんで」
「なんでって」
「君は素敵な子だし、もっと話したかったから起きた時は本当にショックだったよ」
「それは、本当にすみません。でもお兄さんこそ、その、素敵な人なので、まさかそんな風に思われるとは思ってなくて」
私だって別に、好きで逃げるように帰った訳じゃないし、もっとそれっぽい話題が出てたら、僅かな期待に縋ってその場にとどまっていたと思う。
だけどあの時は、そんな気配は微塵もなかったし、やっぱり彼は、立場が逆転したことに対して、自分が置き去りにされて怒ってるだけじゃないだろうか。
「それ、褒められてんのか貶されてんのか分かんないね」
「いや、その。ごめんなさい」
「君は謝ってばっかりだね」
責められてるわけでもないのに、彼のそんな言葉に胸の奥が苦しくなる。
肝心なことは何一つ話さなかったし、一晩限りのことだと思ってたから、こんな風に噛みつかれると困ってしまう。
そうこうしてるうちに見慣れた景色が見えてきて、自宅のマンションが近付いてきた。
「あの、もうこの辺りで大丈夫です」
「ダメ。俺に悪いと思ってるなら、もう少し付き合って」
「はい?」
「マンションの近くに駐車場はないの」
「その先にコインパーキングがありますけど」
このまま道なりに進めば右手に駐車場がある。
彼の真意が分からないまま、コインパーキングに入って車を停めると、エンジンを切って車内が一気に静かになる。
「とりあえず、この前のことはもう良いよ。忘れるから」
突然口を開いたかと思えば、彼がそんなことを呟くので、正直なところ、その言葉の真意を測りかねて困惑してしまう。
忘れるだなんて、あの晩のことはなかったことにしたいということだろうか。
「えっと、それってどうい……」
どういう意味なのか聞こうとして彼の顔を見つめた瞬間、不意に顔が近付いたと思ったら、まだ記憶に新しい彼の唇が私の唇に重なった。
これは、キスだ。キスされてる。
ぼんやりそんなことを考えてると、彼の舌が唇を割って歯列をなぞられる。
貴重とは違うゾクゾクする痺れが全身に走って、くちゆっとした音に油断したように、力の抜けた口の中に舌が入り込んできた。
「んふっ、んん」
抵抗するように力の入らない手で彼の胸を叩くけれど、その手をあっさり掴まれて、指を絡めて握り込まれてしまえば、すぐにあの晩の温もりを思い出してしまう。
彼が舌を搦めようとすると、抗えるはずもなく求めてしまってキスはどんどん深くなっていく。
そしてこの腕の中に抱かれてキスをしていることを自覚すると、スパイシーでエキゾチックな香りが途端に立ち込めて、五感の全てで彼を感じて身体が震える。
「香澄」
とろんと蕩けたような視線で至近距離から見つめられると、どう反応して良いのか分からなくなる。
「あっ、あの」
「香澄ちゃんって名前だったんだね。君」
「そうですけど、あの、こんなところで」
「人目が気になる?」
「当たり前です」
「続き、したくならないの?」
「んぎゃ」
囁いたそばから耳朶を舐められて、変な声が出てしまった。
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