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本編
病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する②
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公務の合間に私の調剤室へやってきて、束の間の休息を取るのはフラムアークの日常だ。
皇子だった少年時代から時折こうして私の元を訪れていた彼に、手製のハーブを調合したブレンドティーを淹れて他愛もないことを語らっていたのは、懐かしい思い出でもある。
時が流れて状況は変わり、彼の休息の得方も代わって、現在は私から癒し成分が出ていると主張する皇帝陛下により、私は彼の抱き枕を務めることが多くなった。そして今この時も、私の胸に顔をうずめるようにした彼に抱きこまれるような形になって、ソファーの上に転がっている。
最近はこんな状況にもだいぶ慣れてきた。
目を閉じたまま、くつろいだ表情で私にくっついている立派な皇帝陛下が可愛くて、私は知らず目元を和らげながら、彼の綺麗な金髪をそっと撫でた。
私だけに見せてくれる、彼のこの無防備な姿が、言葉に出来ないほど愛おしい。
今でこそこうして余裕をもって彼の髪を撫でたり出来るけど、最初の頃はとてもそんな余裕なかったっけ……。
フラムアークとひとつステップが進んだ当時を思い出して、私はほんのり頬を染めた。
―――だって、あの展開はあまりにも急だったんだもの……。
それはフラムアークが正式に皇太子となって少し経った頃のことだった。
私は第四皇子専属薬師の頃の調剤室をそのまま使っていて、そこは現在使っている皇帝直属薬師の調剤室に比べればひと回り狭く造りも簡素で(でも調剤室としては充分な設備と広さ!)、テーブルと椅子はあるけれどソファーはなく、扉続きのこじんまりした仮眠室にベッドが一台という環境だった。
その頃の私は長い療養期間を経てようやく完全復活したところで、皇太子となったばかりのフラムアークは様々なことに忙しく、私達は二人の時間をなかなか持つことが出来ていなかった。そんな最中、忙しい合間を縫って私の様子を見に来てくれたフラムアークの訪問が嬉しくて、抑えなければならなかったのに、私は仕事に戻ろうとした彼の袖を思わず掴んで引き留めてしまったのだ。
すぐにハッとして手を離したのだけれど、その行動がフラムアークにもたらしてしまった影響は大きく、踵を返して戻ってきた彼は私をきつく抱きしめると、これまで抑えてきた熱情を吐き出すように、初めて、深い濃厚なキスをしてきたのだ。
そんな彼に私は驚きながらも、求められる悦びに胸を震わせた。
恋人同士になってからの初めての深いキスに胸が痺れて、身体から力が抜けていく。
そういえば私の体調をずっと案じていたフラムアークは長い間自重して、重ねるだけの優しいキスしかしてこなかった。私がようやく復調してからは環境の変化もあって、なかなか二人でゆっくり過ごせる時間が取れなくて―――……。
これまでの想いを解放するような彼の熱に煽られて、こぼれる私の吐息も熱と色を帯びていく。
「んっ……、ふ……」
心地好くて、幸せで、蕩けてしまいそう……このままずっとこうしていたい―――けれど今は職務中で、フラムアークも仕事に戻らなければならなくて―――……。
熱を帯びた頭の片隅で理性と本能がせめぎ合っていると、突然フラムアークが私を横抱きにした。足元が浮いて驚きに目を見開く私を、濡れたインペリアルトパーズの双眸が捉える。そのまま彼の足は扉続きの仮眠室へと進んでいき、私を抱えたまま器用にそのドアを開けると、流れのままに私をベッドの上へ横たえたのだ。
―――えっ……、えっ……!?
唐突な展開に私は動揺を露わにしながら、フラムアークを仰ぎ見た。
そこにはいつかの夜に見た、匂い立つような男の色香を湛えたいつもとは違う雰囲気のフラムアークの姿があって、そんな彼の様子に、私は自分の心臓がドクンッと反応するのを覚えた。
「あっ、あの、フラムアーク様っ―――」
「敬称いらない。二人の時はフラムアークって呼んでって言った―――」
あせる私の言葉を遮るように、つい最近二人の間で交わされた要望を口にしながら、フラムアークは私の兎耳に口づけてきた。
「あっ……」
湿り気を帯びた温かな感触にビクッと反応する私に覆い被さるようにしたフラムアークは、軽いリップ音を立てながら長い耳に唇を滑らせるようにして這わせていく。時折甘噛みされて、くすぐったいようなゾクゾクする刺激に背中が震えた。
「あ、ま、待って待って―――」
自分の体温がたちまち上昇していくのを覚えながら制止の声をかけるもののフラムアークは止まらなくて、もう一方の耳も同じように愛撫されて、脳が甘い疼きに溶かされていくのを感じる。頬を染め、情けないくらい兎耳をくったりとさせながら、私は彼に懇願した。
「待って、あっ……ダメ、フラムアーク、待って……」
私に触れる彼の手は止まらないのに優しくて、こちらに体重がかからないように気を遣ってくれている。これが職務中でなくて、いつ誰が来るかも分からないこんな場所でなければ、このまま身を任せてしまいたくなるような状況だ。
甘美な誘惑に飲み込まれまい、となけなしの理性で抗う私をフラムアークは熱のこもった眼差しで見つめ、頭の芯を蕩けさせるような甘い口調で、上辺だけの抵抗をいなしていく。
「ずっとずっと、こうして君に触れたかった―――ユーファ。君に触れて君を感じていたい、もっともっと―――」
私を見つめる彼の視線に、男らしい艶を感じさせる低い声に、控えめな香水の入り混じった彼の匂いに、私に重なるたくましい質感と体温に―――五感が過剰なほど反応して、私の心拍数を跳ね上げる。
―――っ、心臓が高鳴りすぎて、壊れてしまいそう……!
大切そうに、愛おしそうにキスを繰り返されて、その間も彼の指はまるで繊細な壊れ物に触れるように私の首筋や耳の付け根を優しく撫でていて、私は甘い熱にぐずぐずに溶かされてしまいそうになりながら、首筋から下りてきた彼の手が肩から鎖骨に及んだところで、どうにか蕩けかけた理性をかき集めると、彼の両頬を自分の両手で挟み込んで制止した。
「待って、フラムアーク……!」
これはもう年長者としての使命感、それに尽きた。
思わぬ制止を受けて瞬きをする端正な顔を潤んだ瞳で見つめながら、私は真っ赤な顔で言い募った。
「も、求めてくれるのは嬉しいんだけどっ……、まだ、明るいし……! いつ、誰が来るかも分からないし……! 今はまだ、妙な憶測を呼ぶわけにはいかないし……! そもそも職務中だし、ここでこれ以上は、まずいと思うのっ……! あ、貴方をあんなふうに引き留めてしまった私がそもそも、全部悪いんだけど……!」
必死にそう訴える私をじっと見つめていたフラムアークは、やがておもむろに自分の顔を両手で覆うと、私の横のわずかな空きスペースに突っ伏すようにして倒れ込んだ。
「~~~っ、ごめん……! うわ―――……、オレ、今、完全に理性が飛んでた……! ユーファが可愛くて、もうそれしか頭に入ってこなくて―――、あ―――、本当にごめん……!」
そんな彼の様子に、何だか私の方が申し訳なくなってしまった。
「わ、私こそごめんなさい……! 貴方は仕事に戻ろうとしていたのに、離れがたくなってしまって、引き留めてしまって……こんなふうに会えたのが久し振りで、スゴく嬉しかったから」
フラムアークはずっと忙しくて、最近はろくに触れ合えていなかったから―――欲求不満だったのは私の方かもしれない。驚きはしたものの、彼があんなふうに求めてくれたこと、それ自体はとても嬉しかった。
「ユーファ、ごめん……今ちょっと可愛いこというの、禁止……」
「え? はい……」
今の台詞(セリフ)のどこが可愛いのかよく分からなかったけど、とりあえず彼の要望通り黙ってみる。するとフラムアークの方もそこから押し黙って、その場は奇妙な沈黙に包まれてしまった。
「…………」
「……? フラムアーク……?」
突っ伏したまま動かない彼を心配してその顔を覗き込もうとすると、それを察した彼からこんな言葉が返ってきた。
「……ごめん。治まるまで、このまま少し待ってもらっていい?」
「……? はい」
言われた直後はピンとこなかったけれど、それが何を示すのかすぐに察した私は、内心大いに動揺し、赤面することになった。
えっ……ええ―――っ……!?
恋人同士なんだからそれは考えてみればごく当たり前のことで、彼のそれは自然な男性の反応だったんだけど、幼い頃から知っているフラムアークが自分に対してそういう欲求を抱いたのだということが何だか不思議な感じがしてしまい、恥ずかしいというか戸惑ったような、何とも言えない気持ちになった。
だから、しばらくして気持ちを鎮めた彼がベッドから起き上がった時、思わずそちらに視線が行ってしまい、フラムアークに気まずい面持ちで注意されてしまった。
「ユーファ、そんなあからさまに確認しないで。ホントいたたまれないから」
「! ご、ごめんなさい。貴方が私に対してそうなることが、何というか不思議に思えてしまって」
「? 何で?」
怪訝そうなフラムアークに、恥ずかしさもあって、私はついまくし立てるような口調になってしまった。
「いや、頭では分かってるのよ!? 分かっているのだけれど! でも、幼気(いたいけ)で可愛らしかった幼少期の貴方の記憶がある私からすると、何だかそれがとても不思議な感じがして―――」
「その後の成長も見てきたのに?」
「そ、それはそうなんだけど―――」
「オレ、健全な若い男で聖人君子じゃないし、普通にやらしいこと考えたりもするけれど。……こんなこと言ったら引かれるかもだけど、夢の中でさっきみたいにユーファのこと押し倒して、何度もキスする夢も見たこともあるし」
子ども扱いされた感じがして嫌だったのか、少しすねた表情になったフラムアークの告白を聞いた私は、ずっと言い出すタイミングがなくて心に秘めてきたあのことを伝えるチャンスだと思った。
「……夢じゃないです、それ」
意を決してそう口にした私に、フラムアークはインペリアルトパーズの瞳をまん丸に瞠った。
「……。え?」
「夢じゃくなくて、現実です。さっきみたいに押し倒されて、何度もキスされたの……二回目です」
「!? ええっ!?」
相当な衝撃だったらしく、自身の口元を片手で覆うようにしたフラムアークは、愕然とした面持ちになった。
「えっ……、本当に……!? いや、確かにだいぶリアルな夢だとは思ったけど、まさか―――えっ……?」
「あの時のフラムアーク、かなり酔ってましたもんね……」
「―――うわ、本当に!? オレ、以前にもやらかしてるんじゃん……! えっ、でも、あれ、本当に……? だってあの時のユーファ、怒ったり逃げたりしなかった―――」
「……驚きすぎて、とっさに反応出来なかったんです。それに……その、されて、嫌じゃなかったので……」
「えっ……そうなの?」
思わずという感じで身を乗り出したフラムアークに、私は頬を染めながら頷いた。
「実は……それがきっかけで貴方に対する自分の気持ちにも、私に対する貴方の気持ちにも気が付いたようなものなので……」
「……! そうだったんだ―――って、え……? あれ? じゃあユーファは、その頃からオレの気持ちを知っていたってこと?」
戸惑うフラムアークに私は少し困り気味に眉を垂らした。
「異性として私を好いてくれているのだろうな、とは察しましたけど……でもその頃、フラムアークはアデリーネ様と偽装交際中でしたし、私には真実を確かめる術もなかったので……。皇帝を目指す貴方にはアデリーネ様のような名実共にふさわしい伴侶が必然だと理解していましたし、だから、例え私のことを女性として好きでいてくれたのだとしても、貴方はきっと、このまま私に気持ちを伝える気はないのだろうな、というふうに思っていました」
それを聞いたフラムアークは額を抑え込んだ。
「うわ……そこだけ切り取ったら最悪じゃん、オレ。よく好きでいてくれたね!?」
「うーん……冷静になって貴方の性格を考えてみたら、二心を持つような行動は絶対に取らないと思ったんですよね……。だからおこがましくも、もしかしたらアデリーネ様との関係はカムフラージュなのかなと思ってみたり……でもそれを確かめようもないので、ちょっとしたことで一喜一憂したりして、気持ちの浮き沈みが激しかったですね」
当時の心境をそう語る私の後頭部をそっと引き寄せたフラムアークは、申し訳なさそうに謝罪した。
「―――変に悩ませちゃってごめん。しかもオレ、その時のことは断片的にしか覚えてなくって―――現実には起こるはずもない、自分の願望が見せたリアルで幸せな夢って、今の今までそういうふうに思い込んでいた―――。
そうか……あの頃からユーファはオレの気持ちに気が付いて……。なのにそれを知らないオレはその後も理由を告げないまま、ずっと演技を続けてて……。あっぶな……。変に誤解されたまま見限られなくて良かった……」
冷や汗をにじませながら深い吐息をついたフラムアークは、腕の中の私を覗き込んでこう言った。
「でも……嬉しいな。あの時点でオレに押し倒されてキスされても、君が嫌じゃなかったっていう事実は。……さっきはまだ明るいからって止められちゃったけど、それって職務後の暗い時間帯だったら問題ないってこと?」
期待を込めた色っぽい眼差しで見つめられた私は、赤面しながら言い淀んだ。
「えっ……そ、それは」
問題ないって……えっ、どういうこと? いや、そういうことよね? フラムアークは、どこまで? どこまでを想定してそう言ってるの!?
それが最後までを指しているのなら、お肌のお手入れとか下着の用意とか、全然準備足りていないし、色々問題アリアリなんですけど!?
ぐるぐると頭の中で自問自答を繰り返す私の返事を待つフラムアークの背後に、ぶんぶんと勢いよく振られる尻尾の幻影が見える気がする。
私は昔から、フラムアークのこういう少し甘えた感じの、ねだるような雰囲気に弱かった。
格好いいのに可愛いの、ずるい。普段理性的に振舞っている分、こういう時の破壊力が半端ないのよ……。
心臓がきゅうっと反応するのを覚えながら、私は彼の胸におでこをくっつけてこう言った。
「あ、明日の仕事に、差し障りのない範囲でしたら……」
私だって本心では、フラムアークともっと触れ合っていたいもの。
ただ、突然今日そういう流れになってしまうと、色々と準備不足で困るというだけで―――……さっきだって、許されることならそのまま流れに身を任せてしまいたかった。
「本当!? オレこの後、滅茶苦茶仕事頑張って、今日は絶対に早く終わらせるから!」
私の返答を聞いたフラムアークはこれまでにないくらいの熱量でインペリアルトパーズの瞳をキラキラと輝かせ、それを見た瞬間、これは言葉の選択を誤ったかもしれない、と私は思った。
フラムアークのおねだりに弱い時点で、絆されてしまいがちな私の未来は決していたのかもしれない。
そしてその予感通り、私達はその夜、一線を越えることとなったのだ―――。
皇子だった少年時代から時折こうして私の元を訪れていた彼に、手製のハーブを調合したブレンドティーを淹れて他愛もないことを語らっていたのは、懐かしい思い出でもある。
時が流れて状況は変わり、彼の休息の得方も代わって、現在は私から癒し成分が出ていると主張する皇帝陛下により、私は彼の抱き枕を務めることが多くなった。そして今この時も、私の胸に顔をうずめるようにした彼に抱きこまれるような形になって、ソファーの上に転がっている。
最近はこんな状況にもだいぶ慣れてきた。
目を閉じたまま、くつろいだ表情で私にくっついている立派な皇帝陛下が可愛くて、私は知らず目元を和らげながら、彼の綺麗な金髪をそっと撫でた。
私だけに見せてくれる、彼のこの無防備な姿が、言葉に出来ないほど愛おしい。
今でこそこうして余裕をもって彼の髪を撫でたり出来るけど、最初の頃はとてもそんな余裕なかったっけ……。
フラムアークとひとつステップが進んだ当時を思い出して、私はほんのり頬を染めた。
―――だって、あの展開はあまりにも急だったんだもの……。
それはフラムアークが正式に皇太子となって少し経った頃のことだった。
私は第四皇子専属薬師の頃の調剤室をそのまま使っていて、そこは現在使っている皇帝直属薬師の調剤室に比べればひと回り狭く造りも簡素で(でも調剤室としては充分な設備と広さ!)、テーブルと椅子はあるけれどソファーはなく、扉続きのこじんまりした仮眠室にベッドが一台という環境だった。
その頃の私は長い療養期間を経てようやく完全復活したところで、皇太子となったばかりのフラムアークは様々なことに忙しく、私達は二人の時間をなかなか持つことが出来ていなかった。そんな最中、忙しい合間を縫って私の様子を見に来てくれたフラムアークの訪問が嬉しくて、抑えなければならなかったのに、私は仕事に戻ろうとした彼の袖を思わず掴んで引き留めてしまったのだ。
すぐにハッとして手を離したのだけれど、その行動がフラムアークにもたらしてしまった影響は大きく、踵を返して戻ってきた彼は私をきつく抱きしめると、これまで抑えてきた熱情を吐き出すように、初めて、深い濃厚なキスをしてきたのだ。
そんな彼に私は驚きながらも、求められる悦びに胸を震わせた。
恋人同士になってからの初めての深いキスに胸が痺れて、身体から力が抜けていく。
そういえば私の体調をずっと案じていたフラムアークは長い間自重して、重ねるだけの優しいキスしかしてこなかった。私がようやく復調してからは環境の変化もあって、なかなか二人でゆっくり過ごせる時間が取れなくて―――……。
これまでの想いを解放するような彼の熱に煽られて、こぼれる私の吐息も熱と色を帯びていく。
「んっ……、ふ……」
心地好くて、幸せで、蕩けてしまいそう……このままずっとこうしていたい―――けれど今は職務中で、フラムアークも仕事に戻らなければならなくて―――……。
熱を帯びた頭の片隅で理性と本能がせめぎ合っていると、突然フラムアークが私を横抱きにした。足元が浮いて驚きに目を見開く私を、濡れたインペリアルトパーズの双眸が捉える。そのまま彼の足は扉続きの仮眠室へと進んでいき、私を抱えたまま器用にそのドアを開けると、流れのままに私をベッドの上へ横たえたのだ。
―――えっ……、えっ……!?
唐突な展開に私は動揺を露わにしながら、フラムアークを仰ぎ見た。
そこにはいつかの夜に見た、匂い立つような男の色香を湛えたいつもとは違う雰囲気のフラムアークの姿があって、そんな彼の様子に、私は自分の心臓がドクンッと反応するのを覚えた。
「あっ、あの、フラムアーク様っ―――」
「敬称いらない。二人の時はフラムアークって呼んでって言った―――」
あせる私の言葉を遮るように、つい最近二人の間で交わされた要望を口にしながら、フラムアークは私の兎耳に口づけてきた。
「あっ……」
湿り気を帯びた温かな感触にビクッと反応する私に覆い被さるようにしたフラムアークは、軽いリップ音を立てながら長い耳に唇を滑らせるようにして這わせていく。時折甘噛みされて、くすぐったいようなゾクゾクする刺激に背中が震えた。
「あ、ま、待って待って―――」
自分の体温がたちまち上昇していくのを覚えながら制止の声をかけるもののフラムアークは止まらなくて、もう一方の耳も同じように愛撫されて、脳が甘い疼きに溶かされていくのを感じる。頬を染め、情けないくらい兎耳をくったりとさせながら、私は彼に懇願した。
「待って、あっ……ダメ、フラムアーク、待って……」
私に触れる彼の手は止まらないのに優しくて、こちらに体重がかからないように気を遣ってくれている。これが職務中でなくて、いつ誰が来るかも分からないこんな場所でなければ、このまま身を任せてしまいたくなるような状況だ。
甘美な誘惑に飲み込まれまい、となけなしの理性で抗う私をフラムアークは熱のこもった眼差しで見つめ、頭の芯を蕩けさせるような甘い口調で、上辺だけの抵抗をいなしていく。
「ずっとずっと、こうして君に触れたかった―――ユーファ。君に触れて君を感じていたい、もっともっと―――」
私を見つめる彼の視線に、男らしい艶を感じさせる低い声に、控えめな香水の入り混じった彼の匂いに、私に重なるたくましい質感と体温に―――五感が過剰なほど反応して、私の心拍数を跳ね上げる。
―――っ、心臓が高鳴りすぎて、壊れてしまいそう……!
大切そうに、愛おしそうにキスを繰り返されて、その間も彼の指はまるで繊細な壊れ物に触れるように私の首筋や耳の付け根を優しく撫でていて、私は甘い熱にぐずぐずに溶かされてしまいそうになりながら、首筋から下りてきた彼の手が肩から鎖骨に及んだところで、どうにか蕩けかけた理性をかき集めると、彼の両頬を自分の両手で挟み込んで制止した。
「待って、フラムアーク……!」
これはもう年長者としての使命感、それに尽きた。
思わぬ制止を受けて瞬きをする端正な顔を潤んだ瞳で見つめながら、私は真っ赤な顔で言い募った。
「も、求めてくれるのは嬉しいんだけどっ……、まだ、明るいし……! いつ、誰が来るかも分からないし……! 今はまだ、妙な憶測を呼ぶわけにはいかないし……! そもそも職務中だし、ここでこれ以上は、まずいと思うのっ……! あ、貴方をあんなふうに引き留めてしまった私がそもそも、全部悪いんだけど……!」
必死にそう訴える私をじっと見つめていたフラムアークは、やがておもむろに自分の顔を両手で覆うと、私の横のわずかな空きスペースに突っ伏すようにして倒れ込んだ。
「~~~っ、ごめん……! うわ―――……、オレ、今、完全に理性が飛んでた……! ユーファが可愛くて、もうそれしか頭に入ってこなくて―――、あ―――、本当にごめん……!」
そんな彼の様子に、何だか私の方が申し訳なくなってしまった。
「わ、私こそごめんなさい……! 貴方は仕事に戻ろうとしていたのに、離れがたくなってしまって、引き留めてしまって……こんなふうに会えたのが久し振りで、スゴく嬉しかったから」
フラムアークはずっと忙しくて、最近はろくに触れ合えていなかったから―――欲求不満だったのは私の方かもしれない。驚きはしたものの、彼があんなふうに求めてくれたこと、それ自体はとても嬉しかった。
「ユーファ、ごめん……今ちょっと可愛いこというの、禁止……」
「え? はい……」
今の台詞(セリフ)のどこが可愛いのかよく分からなかったけど、とりあえず彼の要望通り黙ってみる。するとフラムアークの方もそこから押し黙って、その場は奇妙な沈黙に包まれてしまった。
「…………」
「……? フラムアーク……?」
突っ伏したまま動かない彼を心配してその顔を覗き込もうとすると、それを察した彼からこんな言葉が返ってきた。
「……ごめん。治まるまで、このまま少し待ってもらっていい?」
「……? はい」
言われた直後はピンとこなかったけれど、それが何を示すのかすぐに察した私は、内心大いに動揺し、赤面することになった。
えっ……ええ―――っ……!?
恋人同士なんだからそれは考えてみればごく当たり前のことで、彼のそれは自然な男性の反応だったんだけど、幼い頃から知っているフラムアークが自分に対してそういう欲求を抱いたのだということが何だか不思議な感じがしてしまい、恥ずかしいというか戸惑ったような、何とも言えない気持ちになった。
だから、しばらくして気持ちを鎮めた彼がベッドから起き上がった時、思わずそちらに視線が行ってしまい、フラムアークに気まずい面持ちで注意されてしまった。
「ユーファ、そんなあからさまに確認しないで。ホントいたたまれないから」
「! ご、ごめんなさい。貴方が私に対してそうなることが、何というか不思議に思えてしまって」
「? 何で?」
怪訝そうなフラムアークに、恥ずかしさもあって、私はついまくし立てるような口調になってしまった。
「いや、頭では分かってるのよ!? 分かっているのだけれど! でも、幼気(いたいけ)で可愛らしかった幼少期の貴方の記憶がある私からすると、何だかそれがとても不思議な感じがして―――」
「その後の成長も見てきたのに?」
「そ、それはそうなんだけど―――」
「オレ、健全な若い男で聖人君子じゃないし、普通にやらしいこと考えたりもするけれど。……こんなこと言ったら引かれるかもだけど、夢の中でさっきみたいにユーファのこと押し倒して、何度もキスする夢も見たこともあるし」
子ども扱いされた感じがして嫌だったのか、少しすねた表情になったフラムアークの告白を聞いた私は、ずっと言い出すタイミングがなくて心に秘めてきたあのことを伝えるチャンスだと思った。
「……夢じゃないです、それ」
意を決してそう口にした私に、フラムアークはインペリアルトパーズの瞳をまん丸に瞠った。
「……。え?」
「夢じゃくなくて、現実です。さっきみたいに押し倒されて、何度もキスされたの……二回目です」
「!? ええっ!?」
相当な衝撃だったらしく、自身の口元を片手で覆うようにしたフラムアークは、愕然とした面持ちになった。
「えっ……、本当に……!? いや、確かにだいぶリアルな夢だとは思ったけど、まさか―――えっ……?」
「あの時のフラムアーク、かなり酔ってましたもんね……」
「―――うわ、本当に!? オレ、以前にもやらかしてるんじゃん……! えっ、でも、あれ、本当に……? だってあの時のユーファ、怒ったり逃げたりしなかった―――」
「……驚きすぎて、とっさに反応出来なかったんです。それに……その、されて、嫌じゃなかったので……」
「えっ……そうなの?」
思わずという感じで身を乗り出したフラムアークに、私は頬を染めながら頷いた。
「実は……それがきっかけで貴方に対する自分の気持ちにも、私に対する貴方の気持ちにも気が付いたようなものなので……」
「……! そうだったんだ―――って、え……? あれ? じゃあユーファは、その頃からオレの気持ちを知っていたってこと?」
戸惑うフラムアークに私は少し困り気味に眉を垂らした。
「異性として私を好いてくれているのだろうな、とは察しましたけど……でもその頃、フラムアークはアデリーネ様と偽装交際中でしたし、私には真実を確かめる術もなかったので……。皇帝を目指す貴方にはアデリーネ様のような名実共にふさわしい伴侶が必然だと理解していましたし、だから、例え私のことを女性として好きでいてくれたのだとしても、貴方はきっと、このまま私に気持ちを伝える気はないのだろうな、というふうに思っていました」
それを聞いたフラムアークは額を抑え込んだ。
「うわ……そこだけ切り取ったら最悪じゃん、オレ。よく好きでいてくれたね!?」
「うーん……冷静になって貴方の性格を考えてみたら、二心を持つような行動は絶対に取らないと思ったんですよね……。だからおこがましくも、もしかしたらアデリーネ様との関係はカムフラージュなのかなと思ってみたり……でもそれを確かめようもないので、ちょっとしたことで一喜一憂したりして、気持ちの浮き沈みが激しかったですね」
当時の心境をそう語る私の後頭部をそっと引き寄せたフラムアークは、申し訳なさそうに謝罪した。
「―――変に悩ませちゃってごめん。しかもオレ、その時のことは断片的にしか覚えてなくって―――現実には起こるはずもない、自分の願望が見せたリアルで幸せな夢って、今の今までそういうふうに思い込んでいた―――。
そうか……あの頃からユーファはオレの気持ちに気が付いて……。なのにそれを知らないオレはその後も理由を告げないまま、ずっと演技を続けてて……。あっぶな……。変に誤解されたまま見限られなくて良かった……」
冷や汗をにじませながら深い吐息をついたフラムアークは、腕の中の私を覗き込んでこう言った。
「でも……嬉しいな。あの時点でオレに押し倒されてキスされても、君が嫌じゃなかったっていう事実は。……さっきはまだ明るいからって止められちゃったけど、それって職務後の暗い時間帯だったら問題ないってこと?」
期待を込めた色っぽい眼差しで見つめられた私は、赤面しながら言い淀んだ。
「えっ……そ、それは」
問題ないって……えっ、どういうこと? いや、そういうことよね? フラムアークは、どこまで? どこまでを想定してそう言ってるの!?
それが最後までを指しているのなら、お肌のお手入れとか下着の用意とか、全然準備足りていないし、色々問題アリアリなんですけど!?
ぐるぐると頭の中で自問自答を繰り返す私の返事を待つフラムアークの背後に、ぶんぶんと勢いよく振られる尻尾の幻影が見える気がする。
私は昔から、フラムアークのこういう少し甘えた感じの、ねだるような雰囲気に弱かった。
格好いいのに可愛いの、ずるい。普段理性的に振舞っている分、こういう時の破壊力が半端ないのよ……。
心臓がきゅうっと反応するのを覚えながら、私は彼の胸におでこをくっつけてこう言った。
「あ、明日の仕事に、差し障りのない範囲でしたら……」
私だって本心では、フラムアークともっと触れ合っていたいもの。
ただ、突然今日そういう流れになってしまうと、色々と準備不足で困るというだけで―――……さっきだって、許されることならそのまま流れに身を任せてしまいたかった。
「本当!? オレこの後、滅茶苦茶仕事頑張って、今日は絶対に早く終わらせるから!」
私の返答を聞いたフラムアークはこれまでにないくらいの熱量でインペリアルトパーズの瞳をキラキラと輝かせ、それを見た瞬間、これは言葉の選択を誤ったかもしれない、と私は思った。
フラムアークのおねだりに弱い時点で、絆されてしまいがちな私の未来は決していたのかもしれない。
そしてその予感通り、私達はその夜、一線を越えることとなったのだ―――。
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