病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

プロローグ

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 窓の外に、真っ白な粉雪が舞っている。

 冬の匂いを纏った空気は凍てつく冷気を帯び、手足の先から身体の芯まで熱を奪っていくかのようだ。

 うっすらと雪化粧を施した荘厳で広大な宮廷内、皇族達の住まう皇宮二階の北側にある、日当たりの悪い角部屋。

 室内に響くのは苦し気な喘鳴ぜんめいと、乾いた咳の音だ。

 この部屋の主、誉ある大帝国の第四皇子に当たるよわい五つのフラムアークは生まれつき身体が弱く、次期皇帝候補になることはないと早々に両親から見限られ、体面だけ取り繕うように専属の宮廷薬師きゅうていくすしと側用人を一人だけ与えられて、見舞客が来ることのないこの部屋でせっている。

 彼が最後に両親の顔を見たのはいつになるのか―――兄弟達は陽の光もろくに入らないこの部屋に寄りつくことをせず、いつ亡くなっても構わない形だけの皇子として、彼はこの強大で冷たい宮廷の隅に存在している。

 私ユーファは、そんなフラムアークに宮廷薬師として仕える兎耳族の亜人だ。

 腰の辺りまである柔らかな雪色の髪に、ピンと立った同色の兎耳。サファイアブルーの瞳をして、宮廷薬師の証であるゆったりとした白の長衣ローヴを身に纏っている。

 数年前、私達の種族は大規模な自然災害により絶滅寸前となったところを大帝国の皇帝の計らいによって宮廷で保護されることになり、以後、宮廷内の仕事に従事することで生活を保障される運びとなった。

 けれど、保護された私達は種の保存という名目で一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化している。皇帝の恩情という名の下、事実上の軟禁生活を強いられているのだ。

 自由のない生活に不満を抱く半面、こうして皇帝の庇護を受けなければ、残された私達に待っていたのはどういう運命だったろうかと考えた時、それは想像にかたくない悲惨なもので―――現状、私達は感謝こそすれ、不満など言える立場ではないのだと、己をわきまえるしかなかった。

 そんな私と共に側用人としてフラムアークに仕えるのは、緩いクセのある黒髪に眼光鋭い黒い瞳が印象的な人間の少年スレンツェだ。彼は大帝国に攻め滅ぼされ今は帝国の領土の一部となったかつてのアズール王国の王子で、多くの国民からの助命嘆願により処刑を免れた、王家唯一の生き残りだ。

 曰くつきのこの面子メンツを見ても、フラムアークがどれだけ冷遇されているかが分かるというものだろう。彼の兄弟達には血統書付きの宮廷薬師と何人もの側用人が与えられ、何不自由ない生活を送っているのだから、その差は歴然だ。

「フラムアーク様、薬湯ですよ。飲むと少し楽になりますからね。こぼさないようにお気を付けて」

 そんな私の声に、傍らに控えていたスレンツェがベッドのヘッドボードに大きなクッションを立て掛けると、やせ細ったフラムアークの身体を抱き起こして、それにもたれかからせるようにした。彼の身体が冷えないよう、私に言われなくとも厚手の肩掛けをきちんと羽織らせてあげている。

 ベッドの上にしつらえた台に置かれた盆の上に薬湯の入った椀を乗せると、それを小さな手に取ったフラムアークがこけた頬に柔らかな笑みを浮かべた。

「あったかい……」

 儚げな、優しい声。細くて綺麗な金色の髪に、橙味を帯びた大きなインペリアルトパーズの瞳。整った可愛らしい顔立ちをした第四皇子に、私の目元も自然と和らぐ。

 少し苦みのある薬湯をゆっくりと時間をかけて、けれど文句を言うことなく全部飲み干したフラムアークを私は褒めた。

「偉いですよ。残さずに飲んでもらえて、薬湯も喜んでいます」
「ふふ……。ユーファが僕の為に、なるべく苦くないよう、ごほっ、工夫して作ってくれたものだって、前にスレンツェが教えてくれたから」
「まあ……そうだったのですか」

 ここ最近、薬湯を全部飲んでくれるようになったのは、そういうわけだったのね。

 スレンツェを見やると、切れ長の瞳をすがめた彼は「ちっ」と舌打ちして空になった椀を持ち、部屋を出て行ってしまった。

 フラムアークとスレンツェは滅ぼした国の皇子と滅ぼされた国の王子という複雑な間柄で、第四皇子付きを命じられた当初、少なくともスレンツェの方は穏やかでない感情を持っていたようだけど、フラムアーク自身の置かれた境遇と彼の素直な人柄を知ってからは、フラムアークに対してはそういう感情を見せなくなったように思う。

「薬湯を飲んだら、ポカポカしてきた」
「爪先から手指の先まで温まるはずですよ。さあ、今のうちにお眠りなさいませ」
「うん……」

 息苦しくならないよう枕の位置を高く調整してやりながら促した私に、フラムアークは微笑んだ。

「薬湯は、ユーファとスレンツェみたいだね。あったかくて、少し苦いけど、僕を助けてくれる」
「まあ……嬉しいお言葉です。スレンツェが戻ってきたら、彼にもそれを伝えてあげて下さいね。照れ屋で素直じゃありませんけど、心の中ではきっと喜ぶと思いますから」
「けほっ……そうかなぁ? じゃあ、言ってみる」

 微熱を持ったフラムアークの額に手で触れて熱が上がっていないことを確かめると、その私の手をゆっくりと握った彼が、ぽつりと寂しさを吐露した。

「……ねえ、ユーファ。お母様はいつ、僕のところへ来て下さるんだろう……?」

 第四皇子はまだ五歳だ。体調を崩してなおのこと、母親の温もりを求めている。

 私は何度か見たことのある彼の母親―――皇后の整った、けれど硬く張り詰めた表情を思い出し、胸を詰まらせた。

 不敬だとは思いながらも、せめてもの代わりに腕を伸ばし、やせた小さな身体をそっと抱きしめる。

「……分かりません。皇后様は、お忙しくて……。でも、フラムアーク様のことを気にかけていらっしゃいましたよ。あせらず、じっくりと身体を治して、元気になった姿を見ていただきましょうね」
「……っ。ごほっ……。ん、うん……」

 それが自分をおもんばかっての私の方便だと分かったのだろう。

 私の背に精一杯伸ばされた細い手がきつく長衣ローヴを掴み、彼の顔が押しつけられた胸の辺りが熱を持った湿り気を帯びていく。

「ユーファ……ユーファは、ごほっ、傍に、いてくれる……? 僕の、傍に……」

 寂しいという言葉を必死で飲み込む第四皇子に、私はなるべく穏やかな声音を返す。

「はい。ずっといますよ、ですから安心してお休み下さいね」
「ユーファ……大、好き……」
「私もフラムアーク様が大好きですよ」
「っふ、うっ……あり、とう……」

 愛されたい。

 まだ五歳なのに声を押し殺して泣くフラムアークから、言葉にならない慟哭が聞こえるようだった。

 私はそっと睫毛を伏せ、彼が泣き止むまでずっと、その幼い身体を抱きしめていた。

 ……私達はみんな籠の中の鳥ね、フラムアーク。

 立場は違えど、宮廷という冷たい檻に囚われて、その中で、感情さえも自由に出すことがままならない―――。
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