病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

十九歳⑲

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 数日後、熱の引いたフラムアークの元へ意外な来訪者が現れた。

「虚弱な兄の見舞いに来た。加減はどうだ?」
「エ、エドゥアルト様……」

 ノックの音に対応にあたった私はまさかの訪問客に驚いた。

 第五皇子エドゥアルトが二人の腹心を伴ってフラムアークの見舞いに来たというのだ。

 過去、病にせっているフラムアークの元へ彼の兄弟が見舞いに訪れたことは一度もない。

 アイワーンとの一戦以来、他の兄弟達に比べればエドゥアルトとの関係は良好にあると言えるのかもしれなかったけれど、飄々ひょうひょうとした第五皇子は油断のならない人物でもあり、私は彼の真意を計りかねた。

 けど、わざわざ見舞いに来たという皇族を追い返す選択肢はない。

「ご来訪ありがとうございます。既に熱は下がりまして、大事を取っているところです。どうぞお入り下さい」

 第五皇子一行を室内へ迎え入れると、それまで従者然としていた護衛役のラウルの雰囲気が急激に和らいだのが分かった。

「ユーファ久し振り、アズールへベリオラを封じ込めに行ってきたんだって? 大変じゃなかった!?」
「え、ええ……お久し振りですラウル、それはもう大変でした」
「スレンツェも一緒に行ってきたんでしょ? あれ、今日はスレンツェは? どこ?」
「今はちょっと業務で席を外していて、ここにはいませんが……」
「ええー、いないのかぁ、残念!」

 手合わせの約束でも取りつけたかったのだろう、心底残念がるラウルにエドゥアルトの雷が落ちた。

「くだらんことをベラベラと……だからお前はついてこなくていいと言ったんだ!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないですかぁ!」

 言い合いに突入しそうな勢いの二人に、見舞い用の花束を持った男性の側用人がこれ見よがしに「ん゛ん゛っ」と咳払いをする。分かりやすく諫められた二人は居住まいを正し、エドゥアルトはきまりが悪そうな顔で私に言った。

「繋いでくれ」

 フラムアークにエドゥアルトの来訪を伝え、彼を寝室へ通すと、ベッドの上で半身を起こして書類に目を通していたフラムアークは驚きを隠さずに一歳下の弟を見やった。

「エドゥアルト。どういう風の吹き回しだ?」
「人聞きが悪いな。心優しい弟が虚弱な兄上を心配して来てやったというのに」

 来客用の椅子にどっかりと腰を下ろしたその尊大な態度からは、そんな様子は一切窺えない。フラムアークは良く晴れた窓の外へと視線を向けて、こううそぶいた。

「明日は嵐か……」
「ふん。そんな皮肉が言える程度には回復したらしいな」
「兄としては冗談と受け止めてもらいたいところだけどね。―――それで、お前がわざわざ皇宮の辺境へ来た本当の用向きは? 見舞いついで、何を聞きに来たんだ?」

 見舞いの方がついでだと分かった上でのこの切り返しに、エドゥアルトは口角を上げた。

「話が早いな。見舞いついで、あんたの真意を確かめに来たのさ。どうして危険を冒してまでベリオラの渦中にあるアズールへあんた自身が出向く必要があったのか―――それを聞きに」

 男性の側用人から渡された見舞いの花を花瓶へと生けながら、私は二人の会話が気になって落ち着かなかった。

「そんなことを聞く為にわざわざここへ? これが知れたら皇太子達からの風当たりもきつくなるだろうに」
「子どもの時分からの幼稚な優劣ごっこにいつまでもこだわっているような人達のことはどうでもいいよ」
「言うね」
「先に言っておくが、スレンツェあの男の故郷の惨状を黙って見ていられなかったとか、人道的観点うんぬんの薄っぺらな戯言たわごとを聞きに来たわけじゃないからな」
「ひどい言いようだな。人としてのオレの美徳は全否定か」
「僕的にはそこはどうでもいいことなんでね」

 エドゥアルトは鼻で笑った。にべもない弟の回答にフラムアークは苦笑をこぼす。

「何がそこまで引っ掛かった?」
「単純に違和感だね。あんたがあの男をことほか大事にしていることは知っているが、疫病の支援にお抱えの薬師を送るだけならまだしも、あんたが自身の命を危険に晒してまで今回の対策に当たる必要性が見いだせなかった。

 油断のならないトパーズの瞳が、値踏みするようにフラムアークを見やる。

「アズールはあの男の故郷だが、あんたが命を張る程の縁者は今あの地にはいないはずだ。ということはアズールという遠方の一領地に、そこまでこだわる何かしらの理由があったんじゃないかとそう思ってね」
「オレ達の主従関係がお前の想像も及ばない強い絆で結ばれているからと、そういうふうに思ってはくれないのか?」
「そういうふうに考えている連中は多いと思うよ。反吐へどの出る仲良しごっこだと、皇太子あにうえのようにね。だがあいにくと僕はそういうふうには考えられないんだ。あんたが柔和そうに見えてなかなかにしたたかな男だということはもう知っているから」

 口調こそ穏やかなものの、探り合う兄弟の視線は得も言われぬ鋭さを帯びて、室内の緊張感を高めていく。ラウル達は寝室のドア付近に控えてそれをじっと見つめていた。

 私はお茶の準備に取り掛かりながら、心臓がひりつくような思いに囚われてその状況に耳を傾けていた。

 エドゥアルトは何を言わんとしているの?

「アズールでは領主関係者はおろか、民衆の間にもだいぶ広まったんじゃないか? 第四皇子フラムアークの名は」

 含みを持たせたその言い方にドキンッ、と心臓が音を立てた。

「ああ、現地ではもっと違う広がり方を見せているかもしれないな? 皇子の下で頑張った連中の名も、顔も、実際に関わった領民の胸にはきっと深く刻まれたことだろう」
「……実際に皆、極限の状況下でよくやってくれたよ」
「ふぅん。壮大な未来を見据えた種まきは成功、といったところかな?」

 それは、どういう―――?

 エドゥアルトの言葉の真意を汲み取りかねる私の視線の先で、フラムアークは薄い笑みを湛える弟を諦めたように見やった。

「うーん……。お前が何を聞きたがっているのかは察しがつくけど、それを言ってオレにメリットはあるのかな?」
「さあね……でもまあ、そう構えるなよ。僕は単純に自分の指針としたいだけなんだ。前にも言ったけど僕は出来るだけ楽をしたいから、どう動くのが効率がいいか自分なりに早目早目で考えておきたいんだよ。それがあんたのメリットに繋がるかどうかは、今は何とも言えないな」
「それはまた……ずいぶんと都合のいい話だな」
「そうだね」
「で―――オレがそれに応えてやる義務はないよね」
「それはそうだね。どうするかはあんたの自由さ。僕がどう動くかは僕の自由だし」

 エドゥアルトはあくまで飄々とした姿勢を崩さない。フラムアークは吐息をついて彼をねめつけた。

「……それがどう転ぶかは全部オレ次第、ってことか」
「まあそういうことになるかな」

 のらりくらりと取り留めのないエドゥアルトにフラムアークは渋面になった。

「見舞いに来たと言いながら、病み上がりの兄に対して優しくない弟だ」
「見舞いはついでだからね。僕達の間に兄弟の絆なんてないようなものだろう?」

 あっけらかんと言ってのける、自分をヤンチャにしたような顔立ちの弟を前に、フラムアークはじっと考え込む表情になった。

 ハラハラする私の前で、全てを見透かすようなインペリアルトパーズの瞳と、それを読み取り飲み込もうとするトパーズの瞳とがぶつかり合う。しばらくして、ゆるゆると息を吐き出したのはフラムアークだった。

「……おおむねお前の考えているとおりで合っていると思うよ」

 告げられたその内容に、エドゥアルトはゆっくりと笑みを刻んだ。

「……へえ」

 椅子から少し身を乗り出して、その真意を確かめるようにジロジロとフラムアークを眺めやる。

「ふーん……そうか。そうじゃないかとは思ったけど。へえ……」

 面白そうに呟きながら、やがて一人納得するように頷いて椅子から立ち上がると、エドゥアルトはフラムアークに向かってこう言った。

「どうも、兄上。応えてくれた見返りにひとつ忠告してやろう。僕が勘付いたように、それとなく勘付いている奴は他にもいるぞ。フェルナンド兄上には気を付けるんだな」

 フェルナンドというのは、第三皇子の名だ。

 フラムアークより三つ年上で、母親似の秀麗な顔立ちをしている。頭が良く見た目の物腰は柔らかいけれど、自分の手を汚さずに他者を貶めることに長けている印象があり、私的には怖いイメージのある人物だった。

 幼い頃、フラムアークは彼のせいで何度ひどい目に遭ったか分からない。階段から突き落とされた時も、突き落としたのは皇太子のゴットフリートだったけれど、彼をそそのかしたのは第三皇子のフェルナンドだった。

「滅多なところでこんなことを口にするわけにいかないからな。フェルナンド兄上の間者がどこに潜んでいるか知れん。今日はあんたが応えてくれたらこれを伝えたいと思っていたんだ。忠告出来て良かったよ」

 晴れやかな顔でそう告げるエドゥアルトにフラムアークは尋ねた。

「どうしてオレにそれを教えてくれようと思ったんだ?」
「言っただろ。僕はなるべく楽をしたいんだよ。ずっと気を張って生きていくのはしんどいし、常に背中を警戒しながら生きていく未来よりは、出来ればのんべんだらりと過ごせる未来の方を願いたい。そう思ったまでさ」

 私は小さく息を飲んだ。

 ―――エドゥアルトは、やっぱり気が付いている。フラムアークの秘めた野望に。彼が皇帝を目指して動き始めていることに。

 そしてエドゥアルトの言葉を額面通りに捉えるなら、彼の中で次期皇帝候補と目しているのはフェルナンドとフラムアークの二人に絞られていて、どちらの才も認めている彼は様子見に回ると暗に告げているのだ。状況次第で敵にも味方にもひるがえると。

 無論、その二人が共倒れにでもなれば、その後釜には自分が座ることを考えているに違いない。彼は「出来れば皇帝にはなりたくないが、それ以上に自分より無能な者の下に付くつもりはない」とかねてより断じているのだから。

「フェルナンド……か。やっぱりそこが出てくるよな……」

 予想外の見舞客が帰り静けさの戻った室内で、フラムアークはポツリと呟いた。

 彼の中で予測はしていたことながら、この時、すぐ上の兄を自らの前に立ちはだかる障壁として、フラムアークは具体的に認識することとなったのだ―――。
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