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番外編 第五皇子側用人は見た!
bittersweet3①
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その日、時間を調整して第五皇子専属の宮廷薬師ティーナと共に久々に帝都の城下町へと繰り出したラウルは、最近出来たばかりの評判のカフェを訪れ、大好きな甘味に舌鼓を打っていた。
「んー、このケーキ、美味しーい! 今日来れて良かった!」
「見た目も華やかで可愛いわね。甘みと酸味が絶妙」
ラウルの正面の席で優雅に微笑むティーナは二十代後半の人間の女性だ。褐色がかった長い髪を緩く巻いて背の中程まで流し、薬師の証である白い長衣を少し着崩して、どこかしどけない色気を醸し出している。やや目尻の下がった大きなエメラルドの瞳は長い睫毛に縁取られ、蠱惑的な光を放っていた。
健康美溢れるラウルとは対照的な見た目の女性だが、二人は何となく馬が合い、甘いもの好きという共通点もあって、こうして時折予定を合わせては至福の時間を共有しているのだった。
「あ~……甘いものって、本当に幸せな気持ちにしてくれるよね。仕事が忙しくてもここからまた頑張れるぞ! って元気をもらえるもん。この魅力がどうしてエドゥアルト様とハンスには伝わらないかなぁ」
「好みの問題だからこればっかりはね。あ、そうだ。エドゥアルト様といえば、ちょっと前に結構ひどい怪我してなかった?」
「えっ、怪我? エドゥアルト様が?」
ティーナからもたらされた情報に、そんな心当たりのなかったラウルは驚いて青灰色の瞳を瞬かせた。
「あれ、ラウル知らない? 二~三ヶ月前の話になると思うんだけど」
「知らない。怪我って、どこに?」
「左前腕部。何か強い衝撃を受けたみたいなのよね。折れてはいなかったけどパンパンに腫れあがってて」
「ええ!? ウソ、全然気が付かなかった。私鼻が利くけど、消炎剤使っているような匂いも全くしなかったよ。てか、怪我の原因は!? 強い衝撃って何!?」
勢い込んで尋ねるラウルにティーナは綺麗に整えた細い眉を少し寄せてみせた。
「それがさあ、私も結構しつこく尋ねたんだけど、頑として理由を言わなかったのよ。でもって極力匂いのない薬で治療しろって言うから、私はもしかしたらラウル絡みなんじゃないのかなーと思っていたんだけれど」
窺うように顔を覗き込まれ、話の矛先が自分へ来るとは思っていなかったラウルは仰天した。
「えっ、私!? ないない、全くないよ!」
「違った? じゃあ、単純にあなたに怪我をしたことを知られたくなくてあんなこと言ったのかしら」
「だって、二~三ヶ月前の話なんでしょ? そんな覚え……だいたいそんな怪我してて私に気付かれずに済むなんてこと、有り得る? 護衛役で狼犬族の鼻を持つこの私に!」
亜人は概ね人間よりも優れた嗅覚を持つとされるが、中でも狼犬族の嗅覚は格段に鋭い。
「それはそうなのよねぇ……人間の嗅覚では感じないほぼ無臭の薬とはいえ、あなたが気が付かなかったっていうのは変よね。護衛役のあなたが一定期間エドゥアルト様と必要以上に距離を置いているってこともないと思うし」
小首を傾げるティーナの前で、それまで第三者然としていたラウルの表情が変わった。
唐突に思い出したのだ。意識的にエドゥアルトと距離を置いていた時期があったことを。
―――ホワイトデーの後だ。
とある事故があって、すぐに和解はしたものの、ラウル的にしばらくどうにも気まずい状態が続き、普通に接することが出来なくなってしまって、その間は意識的にエドゥアルトと距離を置くようにしていたのだ。
確か一週間程だったと思う。
もちろん何かあればすぐに駆け付けられる位置にはいたし、彼女が微妙な距離を置いていることにエドゥアルトもハンスも気付いてはいただろうが、彼らからそれについて指摘を受けることはなかった。その間はエドゥアルトに剣の稽古を申し付けられることもなかったから、あちらも気を遣っている……というかやはり気まずいのだろう、というふうにラウルは解釈していたから、それを特別おかしなことだとは思わなかった。
今から二~三ヶ月前の話だ。
「や……やっぱりそれ、原因、私かも……」
突然思い当たってしまった事案に冷や汗でだくだくになるラウルをティーナはどこか面白そうに見やった。
「あらぁ? 何か心当たりでもあった?」
青ざめて額を押さえているラウルは、そんな彼女の様子に突っ込んでいる余裕などない。
「うわ……えー、マジ? ヤバい、全然気付かなかった……まさか怪我させてたなんて」
「いったい何があったの? お姉さんに話してごらんなさい?」
素敵な笑顔で促すティーナにラウルは言いにくそうに口を開いた。
「じ……実は、ちょっとした事故があって―――。私、とっさに、本気の掌底ぶっかましちゃったの……」
「えっ? エドゥアルト様に?」
さすがに驚いて大きく目を瞠ったティーナは、二度確認をした。
「エドゥアルト様に、ぶっかましちゃったの? あなたの、全力の掌底を?」
「……うん」
ショートボブの髪色と同じ銀色の獣耳をしゅんと伏せてうつむくラウルを見やり、ティーナは吐息をついた。
「……だとしたらエドゥアルト様、よくあれで済んだわね」
「とっさに腕でガードしてた。その時怪我したんだと思う。直後に思いっきりぶっ飛んで地面に転がってたし」
「ちょっと待って、想像出来ない。私の想像の域を超えているわ、その光景」
「ハンスが蒼白になってエドゥアルト様に駆け寄ってた……」
「ハンスもその場にいたの? そりゃ目の前でそんなことがあっちゃそうなるわよ。というか、まさかそんなことがあったなんて……。今ここであなたとこうしてケーキを食べていられることが、スゴーく不思議だわ……」
ティーナはしみじみとそう言った。
どんな理由があれ、皇族にそんな真似をすれば普通はただでは済まない。厳しい沙汰が下りるのが定石だ。
「そりゃエドゥアルト様が理由を言わないわけだわ。いったいどうしてそんなことになっちゃったの」
「あ~、うー……それは……」
ラウルの話をひと通り聞き終えたティーナは、想像の斜め上を行く内容に宝玉のような瞳をキラキラと輝かせた。
「あらあら、うふふ。そうだったのー。災難は災難だったけど、ふふ、何だか甘ーい。せっかくだから開き直ってキスのやり直しをしてもらえば良かったのに」
「は!? いや、キスじゃないから事故だから! 私の中ではノーカウント!」
真っ赤になって全力で否定するラウルをティーナは微笑ましげに見つめた。
「そんなに頑なにならなくても。ファーストキスが皇族となんてむしろ自慢出来るじゃない。なかなかないことよ~」
「いや、ちょこんってなっただけだから! 触れたか触れないかぐらいの微妙なのだから!」
「私のファーストキスは七歳の時、幼なじみの男の子とよ。ちょこんって重なるだけの可愛いものだったわ~。そんなもんよ、ファーストキスなんて」
「そんな可愛らしいのと一緒にしないで~! 気持ちの込もってるちょこんとは違うんだって!」
テーブルに肘をついて頭を抱えるラウルにティーナは整った顔をほころばせた。
ああもう、可愛いわねぇ。この娘は。
「まあ、意図せず起こってしまったことなんだし、あなたが初めてを大事にしたいっていう気持ちも分かるから、ノーカウントでいいんじゃない? ちょっともったいない気もするけど、確かに気持ちが込もっているかどうかは大切だものね」
「うん……。でも、まさか怪我させちゃってたとは思っていなかったから、悪いことしたなぁ……。エドゥアルト様、正直に言ってくれたらよかったのに」
「そこはエドゥアルト様の男気というか優しさじゃない? 事故のことで落ち込んでいるラウルにこれ以上の精神的負担を負わせまいとしてくれたんじゃないかしら」
だとしたら分かりづらい優しさだ、とラウルは思った。
「でもさ……それってどうなの? 言ってくれなきゃ、分からないよ。今日ティーナがその話をしてくれなかったら、私、多分ずっと知らないままだった。そんなのちっとも嬉しくないよ。相手に怪我を負わせて、なのに私はそれを知らないままのうのうと過ごして、掛けられた気遣いにも気付かないなんて、それじゃ馬鹿みたいじゃん。私はそんなの望んでいない」
「ふふ。ラウルはそういうタイプよね。でも、それがエドゥアルト様なんじゃない? 彼は多分ラウルにこのことを知られるのを望んでいなかったと思うな。私に怪我の理由を話さなかったのは話を大きくしたくなかったこともあるだろうけど、彼のプライド的な部分も大きかったんじゃないかしら。あなたに心配かけたくなかった気持ちと、あなたにそういう行動を取らせてしまった自分を許せない気持ち、それからあなたにはまだ敵わない現実と、そんな自分自身に対する憤り」
「え……?」
ラウルにとってはひどく意外なティーナの見解だった。
剣術や体術全般でラウルに未だ敵わない現実をエドゥアルトが不甲斐なく感じているのは知っている。でも、その他のティーナの言うようなことを果たして彼が考えるだろうかと、ラウルは内心で首を捻った。
あのエドゥアルト様が?
事故の際、こっちの気持ちなどまるで顧みない様子で「あの程度、そう大騒ぎするような年齢でもないだろう?」と傲然と言い放っていたあのエドゥアルト様が?
「……そんなふうに、考えるかなぁ?」
「エドゥアルト様ももう十八歳だもの。男として背伸びしたい時期でもあるだろうし、加えてあの気性でしょ。プライド高いし、絶対に口にはしないと思うけど、自分の浅慮でそういう事態を招いてしまったことは彼の沽券に関わると思うのよね。こんなことが表沙汰になってお気に入りのラウルを手放すような事態は絶対に避けたいところだろうし」
「えええ……でもあの時、私のことは気に入っていると思っていたけど違ったみたいな、むしろお払い箱にすることを匂わせるような発言してたけど……」
懐疑的なラウルにティーナは大いに疑わしげな眼差しを向けた。
「私はそこ、相当に疑問なんだけど―――エドゥアルト様、本当にそんなこと言ったの? そんなケツの穴の小さいこと言うような方だとは思えないんだけれど」
「言った! 言ったもん! 私慌てて謝ったんだから!」
「そーぉ?」
これはラウルが何か勘違いしている可能性大だな、とは思いながらも、ティーナはこの場はこれ以上の言及を避けた。
「まあとりあえず、エドゥアルト様の方から話が出ない以上、怪我の件は聞かなかったことにしてちょうだい。私もお払い箱にされたくはないし」
「うん……分かった」
素直に頷くラウルを見やりながら、ティーナは心の中で主に詫びた。
エドゥアルト様、ごめんなさいね。貴方の意図に反して私、ラウルに怪我のことを話しちゃいました。
だけど後悔はしていないんです。ラウルといる時の貴方はとても自然体で年齢相応の男の子のように見えるから、これからもそんな二人でいてもらう為に、今回のことは話して良かったんじゃないかって勝手に思っちゃっているんです。
立場上難しいんだろうなぁと想像はつきますけど、どうかせめて、彼女の前でくらいは肩肘を張らずにいてほしいと思うんですよねぇ。ラウルはそれを望んでいないし、精神衛生上、ありのままを見せられる相手がいることは、とても大切なことだと思いますから。
―――それに、何となく感じてしまったのよねぇ……女の勘。
ティーナは心の中でそっと呟き、落ち込んでいる様子のラウルを見やった。
もしも私が感じたような小さな変化が貴方達に訪れているのなら、ぜひ間近でその変化を見守っていきたい、そう思ってしまったのは、二人には秘密だ―――。
「んー、このケーキ、美味しーい! 今日来れて良かった!」
「見た目も華やかで可愛いわね。甘みと酸味が絶妙」
ラウルの正面の席で優雅に微笑むティーナは二十代後半の人間の女性だ。褐色がかった長い髪を緩く巻いて背の中程まで流し、薬師の証である白い長衣を少し着崩して、どこかしどけない色気を醸し出している。やや目尻の下がった大きなエメラルドの瞳は長い睫毛に縁取られ、蠱惑的な光を放っていた。
健康美溢れるラウルとは対照的な見た目の女性だが、二人は何となく馬が合い、甘いもの好きという共通点もあって、こうして時折予定を合わせては至福の時間を共有しているのだった。
「あ~……甘いものって、本当に幸せな気持ちにしてくれるよね。仕事が忙しくてもここからまた頑張れるぞ! って元気をもらえるもん。この魅力がどうしてエドゥアルト様とハンスには伝わらないかなぁ」
「好みの問題だからこればっかりはね。あ、そうだ。エドゥアルト様といえば、ちょっと前に結構ひどい怪我してなかった?」
「えっ、怪我? エドゥアルト様が?」
ティーナからもたらされた情報に、そんな心当たりのなかったラウルは驚いて青灰色の瞳を瞬かせた。
「あれ、ラウル知らない? 二~三ヶ月前の話になると思うんだけど」
「知らない。怪我って、どこに?」
「左前腕部。何か強い衝撃を受けたみたいなのよね。折れてはいなかったけどパンパンに腫れあがってて」
「ええ!? ウソ、全然気が付かなかった。私鼻が利くけど、消炎剤使っているような匂いも全くしなかったよ。てか、怪我の原因は!? 強い衝撃って何!?」
勢い込んで尋ねるラウルにティーナは綺麗に整えた細い眉を少し寄せてみせた。
「それがさあ、私も結構しつこく尋ねたんだけど、頑として理由を言わなかったのよ。でもって極力匂いのない薬で治療しろって言うから、私はもしかしたらラウル絡みなんじゃないのかなーと思っていたんだけれど」
窺うように顔を覗き込まれ、話の矛先が自分へ来るとは思っていなかったラウルは仰天した。
「えっ、私!? ないない、全くないよ!」
「違った? じゃあ、単純にあなたに怪我をしたことを知られたくなくてあんなこと言ったのかしら」
「だって、二~三ヶ月前の話なんでしょ? そんな覚え……だいたいそんな怪我してて私に気付かれずに済むなんてこと、有り得る? 護衛役で狼犬族の鼻を持つこの私に!」
亜人は概ね人間よりも優れた嗅覚を持つとされるが、中でも狼犬族の嗅覚は格段に鋭い。
「それはそうなのよねぇ……人間の嗅覚では感じないほぼ無臭の薬とはいえ、あなたが気が付かなかったっていうのは変よね。護衛役のあなたが一定期間エドゥアルト様と必要以上に距離を置いているってこともないと思うし」
小首を傾げるティーナの前で、それまで第三者然としていたラウルの表情が変わった。
唐突に思い出したのだ。意識的にエドゥアルトと距離を置いていた時期があったことを。
―――ホワイトデーの後だ。
とある事故があって、すぐに和解はしたものの、ラウル的にしばらくどうにも気まずい状態が続き、普通に接することが出来なくなってしまって、その間は意識的にエドゥアルトと距離を置くようにしていたのだ。
確か一週間程だったと思う。
もちろん何かあればすぐに駆け付けられる位置にはいたし、彼女が微妙な距離を置いていることにエドゥアルトもハンスも気付いてはいただろうが、彼らからそれについて指摘を受けることはなかった。その間はエドゥアルトに剣の稽古を申し付けられることもなかったから、あちらも気を遣っている……というかやはり気まずいのだろう、というふうにラウルは解釈していたから、それを特別おかしなことだとは思わなかった。
今から二~三ヶ月前の話だ。
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突然思い当たってしまった事案に冷や汗でだくだくになるラウルをティーナはどこか面白そうに見やった。
「あらぁ? 何か心当たりでもあった?」
青ざめて額を押さえているラウルは、そんな彼女の様子に突っ込んでいる余裕などない。
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素敵な笑顔で促すティーナにラウルは言いにくそうに口を開いた。
「じ……実は、ちょっとした事故があって―――。私、とっさに、本気の掌底ぶっかましちゃったの……」
「えっ? エドゥアルト様に?」
さすがに驚いて大きく目を瞠ったティーナは、二度確認をした。
「エドゥアルト様に、ぶっかましちゃったの? あなたの、全力の掌底を?」
「……うん」
ショートボブの髪色と同じ銀色の獣耳をしゅんと伏せてうつむくラウルを見やり、ティーナは吐息をついた。
「……だとしたらエドゥアルト様、よくあれで済んだわね」
「とっさに腕でガードしてた。その時怪我したんだと思う。直後に思いっきりぶっ飛んで地面に転がってたし」
「ちょっと待って、想像出来ない。私の想像の域を超えているわ、その光景」
「ハンスが蒼白になってエドゥアルト様に駆け寄ってた……」
「ハンスもその場にいたの? そりゃ目の前でそんなことがあっちゃそうなるわよ。というか、まさかそんなことがあったなんて……。今ここであなたとこうしてケーキを食べていられることが、スゴーく不思議だわ……」
ティーナはしみじみとそう言った。
どんな理由があれ、皇族にそんな真似をすれば普通はただでは済まない。厳しい沙汰が下りるのが定石だ。
「そりゃエドゥアルト様が理由を言わないわけだわ。いったいどうしてそんなことになっちゃったの」
「あ~、うー……それは……」
ラウルの話をひと通り聞き終えたティーナは、想像の斜め上を行く内容に宝玉のような瞳をキラキラと輝かせた。
「あらあら、うふふ。そうだったのー。災難は災難だったけど、ふふ、何だか甘ーい。せっかくだから開き直ってキスのやり直しをしてもらえば良かったのに」
「は!? いや、キスじゃないから事故だから! 私の中ではノーカウント!」
真っ赤になって全力で否定するラウルをティーナは微笑ましげに見つめた。
「そんなに頑なにならなくても。ファーストキスが皇族となんてむしろ自慢出来るじゃない。なかなかないことよ~」
「いや、ちょこんってなっただけだから! 触れたか触れないかぐらいの微妙なのだから!」
「私のファーストキスは七歳の時、幼なじみの男の子とよ。ちょこんって重なるだけの可愛いものだったわ~。そんなもんよ、ファーストキスなんて」
「そんな可愛らしいのと一緒にしないで~! 気持ちの込もってるちょこんとは違うんだって!」
テーブルに肘をついて頭を抱えるラウルにティーナは整った顔をほころばせた。
ああもう、可愛いわねぇ。この娘は。
「まあ、意図せず起こってしまったことなんだし、あなたが初めてを大事にしたいっていう気持ちも分かるから、ノーカウントでいいんじゃない? ちょっともったいない気もするけど、確かに気持ちが込もっているかどうかは大切だものね」
「うん……。でも、まさか怪我させちゃってたとは思っていなかったから、悪いことしたなぁ……。エドゥアルト様、正直に言ってくれたらよかったのに」
「そこはエドゥアルト様の男気というか優しさじゃない? 事故のことで落ち込んでいるラウルにこれ以上の精神的負担を負わせまいとしてくれたんじゃないかしら」
だとしたら分かりづらい優しさだ、とラウルは思った。
「でもさ……それってどうなの? 言ってくれなきゃ、分からないよ。今日ティーナがその話をしてくれなかったら、私、多分ずっと知らないままだった。そんなのちっとも嬉しくないよ。相手に怪我を負わせて、なのに私はそれを知らないままのうのうと過ごして、掛けられた気遣いにも気付かないなんて、それじゃ馬鹿みたいじゃん。私はそんなの望んでいない」
「ふふ。ラウルはそういうタイプよね。でも、それがエドゥアルト様なんじゃない? 彼は多分ラウルにこのことを知られるのを望んでいなかったと思うな。私に怪我の理由を話さなかったのは話を大きくしたくなかったこともあるだろうけど、彼のプライド的な部分も大きかったんじゃないかしら。あなたに心配かけたくなかった気持ちと、あなたにそういう行動を取らせてしまった自分を許せない気持ち、それからあなたにはまだ敵わない現実と、そんな自分自身に対する憤り」
「え……?」
ラウルにとってはひどく意外なティーナの見解だった。
剣術や体術全般でラウルに未だ敵わない現実をエドゥアルトが不甲斐なく感じているのは知っている。でも、その他のティーナの言うようなことを果たして彼が考えるだろうかと、ラウルは内心で首を捻った。
あのエドゥアルト様が?
事故の際、こっちの気持ちなどまるで顧みない様子で「あの程度、そう大騒ぎするような年齢でもないだろう?」と傲然と言い放っていたあのエドゥアルト様が?
「……そんなふうに、考えるかなぁ?」
「エドゥアルト様ももう十八歳だもの。男として背伸びしたい時期でもあるだろうし、加えてあの気性でしょ。プライド高いし、絶対に口にはしないと思うけど、自分の浅慮でそういう事態を招いてしまったことは彼の沽券に関わると思うのよね。こんなことが表沙汰になってお気に入りのラウルを手放すような事態は絶対に避けたいところだろうし」
「えええ……でもあの時、私のことは気に入っていると思っていたけど違ったみたいな、むしろお払い箱にすることを匂わせるような発言してたけど……」
懐疑的なラウルにティーナは大いに疑わしげな眼差しを向けた。
「私はそこ、相当に疑問なんだけど―――エドゥアルト様、本当にそんなこと言ったの? そんなケツの穴の小さいこと言うような方だとは思えないんだけれど」
「言った! 言ったもん! 私慌てて謝ったんだから!」
「そーぉ?」
これはラウルが何か勘違いしている可能性大だな、とは思いながらも、ティーナはこの場はこれ以上の言及を避けた。
「まあとりあえず、エドゥアルト様の方から話が出ない以上、怪我の件は聞かなかったことにしてちょうだい。私もお払い箱にされたくはないし」
「うん……分かった」
素直に頷くラウルを見やりながら、ティーナは心の中で主に詫びた。
エドゥアルト様、ごめんなさいね。貴方の意図に反して私、ラウルに怪我のことを話しちゃいました。
だけど後悔はしていないんです。ラウルといる時の貴方はとても自然体で年齢相応の男の子のように見えるから、これからもそんな二人でいてもらう為に、今回のことは話して良かったんじゃないかって勝手に思っちゃっているんです。
立場上難しいんだろうなぁと想像はつきますけど、どうかせめて、彼女の前でくらいは肩肘を張らずにいてほしいと思うんですよねぇ。ラウルはそれを望んでいないし、精神衛生上、ありのままを見せられる相手がいることは、とても大切なことだと思いますから。
―――それに、何となく感じてしまったのよねぇ……女の勘。
ティーナは心の中でそっと呟き、落ち込んでいる様子のラウルを見やった。
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