病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

文字の大きさ
39 / 139
本編

二十歳①

しおりを挟む
 それは、いつもと変わらぬ至福の時間となるはずだった。

 種族をたがえる一組の男女の、人目を忍んだ秘密の逢瀬。

 わずかな時間だけ交わし合える熱情は、彼らにとって何にも代えがたいものだった。だが―――。

「―――そこで何をしている!」 

 ささやかな彼らの蜜月は、突然の誰何すいかの声によって打ち破られてしまったのだ―――。







 フラムアーク二十歳の、とある陽春の日のことだった。

「えっ?」

 レムリアが人間の恋人との密会現場を目撃され、兵士に拘束されたという一報を彼から受けた私は、あまりのことに一瞬言葉を失った。

「レムリアが……? そ、それは本当ですか!?」
「本当だ。既に宮廷内でもかなりの噂になっている」
「そんな……そんな、レムリアが拘束されただなんて……」

 サファイアブルーの瞳を彷徨わせる私の脳裏に、最後に会った時の幸せそうなレムリアの姿が思い浮かんだ。

 もうすぐ彼の誕生日なのだと言って、何か手作りの品をプレゼントしたいと張り切っていた。あれがいいかな、これがいいかな、それともやっぱりこれかなぁ―――彼の為に何を贈ろうか、見ているだけでこちらにも浮き立つ心が伝わってくるような、そんな屈託のない笑顔を見せていたのに。

「レ、レムリアはどうなるんでしょう? 彼女は今、どこでどうしているんですか? ひどい目に遭ったりはしていないんでしょうか!?」
「落ち着いて、ユーファ。彼女は今、宮廷の地下牢で恋人とは別の房に入れられ監視されているようだ。種の保存に関わる初めての案件だから、官吏かんりや看守ら刑務官が勝手に動くことはない。皇帝の沙汰が下りるまで滅多な扱いは受けないはずだ」

 その言葉にひとまず安堵しつつ、私はレムリアの現状を思いやって胸を痛めた。そんな私を見やり、フラムアークが静かに尋ねた。

「ユーファは、知っていたの? 彼女が人間の男と恋人関係にあったことを」

 私はきゅっと唇を結んで彼の整った顔を見上げた。

 こんなことになって、こういう形で彼にそれを打ち明けることが申し訳なく、心苦しかった。

「……はい。黙っていて、申し訳ありません」
「……。彼女はそれを、君以外の他の誰かにも話していた?」
「いいえ。私以外には、他の誰にもその話はしていなかったはずです」
「そう。彼女の恋人は、君が彼らの関係を知っていることを知っていたのかな?」
「それは……すみません、分かりません」

 言い淀みうつむく私に、フラムアークは文句を言うでもなく淡々と問い重ねた。

「うん……そうか。ユーファは彼女とはどの程度の仲だったの? 単なるルームメイト? それともそれ以上?」
「えっ?」
「気を悪くしたらごめん。君が彼女とどの程度のことまで話せる間柄だったのか、把握しておきたいんだ」
「私は……レムリアを親友だと思っています。確認したことはありませんが、おそらく彼女もそう思ってくれていると―――ですが、公私の分別はつけています。無用の話はしていません」
「うん、そこは心配していない」

 フラムアークは頷いて、私への信頼を示してくれた。

「……例えば、詮議の場で厳しい追及を受けたとして、彼女は君もこの事実を知っていたことを認めたりはするだろうか?」
「……口が固くて義理人情に厚いです。口頭での追及ならば、絶対に口にしないと思います。ですが……拷問のような手段を用いられるようなことになると、分かりません」

 自分で言った内容に、胸が潰れる思いだった。

「……申し訳ありません! 大切な時期に、こんな形でいらぬ心配を―――万が一、フラムアーク様に迷惑が及ぶような事態になってしまった場合は、どうぞ私を処分して下さい」

 私は平身低頭した。

 でもきっと、その場合はそれでは済まない。責任問題は間違いなくフラムアークまで波及して、彼に大きなダメージを負わせてしまうことになるだろう。私が責任を取って済む話ではないのだ。

 頭では分かっていても、私にはただそうやって詫びることしか出来なかった。

「ユーファ、顔を上げて。前にも言ったけど、オレの野望を達成する為には絶対に君の力が必要なんだ。君とスレンツェ、どちらが欠けてもオレの野望はついえてしまう。君達のどちらかが欠けてしまっては、オレの野望は成立しなくなってしまうんだ」
「しかし、貴方の足枷となってしまうのでは本末転倒です……」

 うなだれる私にフラムアークは力強く言を紡いだ。

「うん。だから、そんなことにはならないように努力するよ。そう取り計らうのがオレの役目だ。レムリアは口が固くて義理堅い人物なんだろう? 彼女が君を親友だと思っていて、口頭での追及に屈しない精神の持ち主なら、いくらでもやりようは出てくる」
「えっ?」
「近々この問題を審議する為の場が開かれるはずだ。オレもその場に列席する資格は持っているから、思わしくない方向へ行かないよう力を尽くす。だから、君が知っている限りのことを話してほしい」

 彼にはあずかり知らぬ事で迷惑をかけることになってしまったのに、フラムアークは私のこともレムリアのことも一切責めなかった。

 ただ現状を見据えて、前向きにそれに対する策を講じようとしてくれている。

 そんな彼の姿勢に、胸が熱くなった。

「はい。私が知っている限りのことを、お話しします」

 私はレムリア達に関することで自分が知っていることを全てフラムアークに話した。

 二人は職場で出会い、次第に互いを意識するようになって、長い片想いの末、昨年から付き合い始めたということ。周囲に気付かれないよう、密会する時間や場所にひどく気を遣っていたこと。二人だけの合図を決めていて、職場では必要以上に話をしないようにしていたこと―――。

「レムリアの職場は宮廷従事者が利用する食堂の調理場で、相手のバルトロはそこの責任者の補佐役だったね。彼女が彼を意識し始めてから付き合うまで四年程、付き合ってからは約一年―――バルトロは現在二十七歳、か」

 長い指を顎にあてがいそう確認する彼に私は頷いて、情報を補足した。

「はい。兎耳族のレムリアの担当は野菜の皮むきやカットといった調理の下準備や使用済みの食器等の洗い物全般になります。バルトロは彼女達の仕事を統括する役目でした」

 基本的に兎耳族に割り振られる仕事は単純で裏方的な作業が多い。調理担当は人間で、兎耳族は決してやらせてもらえないのだと、いつだったかレムリアが愚痴っていたのを覚えている。

「ユーファはバルトロとの面識はあるの?」
「いいえ。レムリアから話を聞いているだけで、実際に会ったことはありません。もしかしたら宮廷内ですれ違っているようなことはあるのかもしれませんが、少なくとも私は彼の顔を知りません」

 そんな話をしていた時、ノックの音と共に席を外していたスレンツェが戻ってきた。

「例の件、審議の日程が決まったぞ」

 彼の口からもたらされたその言葉に、心臓が緊張の音を立てる。

「そうか。いつになった?」
「一週間後だ。皇帝の他に宰相や宮内卿くないきょうといった要職者、それに皇子は全員が参席する運びだそうだ」
「……ずいぶんと迅速な対処だな。分かった」

 一週間後―――知らずごくりと息を飲んだ私を、フラムアークはおもんばかった。

「そんな深刻な顔をしないで、ユーファ」
「でも……」
「今回のことは皇帝が取り決めた種の保存に反しているだけであって、レムリア達の行為は普通に考えたら罪として裁かれるようなことではないはずなんだ。人が人を愛するという、人本来の普遍的な感情に基づいたごく自然な事象なんだからね。それを理由に人が人を裁くのは本来はあってはならないことだと思うし、オレ自身の理念にも反する。
彼らは何も間違ったことをしているわけじゃない。人が人に抱いて当たり前の感情を法で規制しようとする、この国の現在の在り方が間違っているんだ」

 それは私自身もそう捉えていることだ。

 けれどそう捉えることと、それを公に主張するのとではまた事情が変わってくる、とも思う。

 それを公式の場で主張するのは、皇帝の心証を著しく害してしまうことになるのでは?

 次期皇帝の座は現皇帝の裁量で決まると言っていたのに、それでは下手をしたらフラムアークの野望への道が閉ざされてしまうのではないの?

 ―――私の、私達のせいで……。

 言葉に出来ない申し訳なさと責任感とで、胸が押し潰されそうになる。

 そんな私を力づけるように、フラムアークは優しく肩に手を置いた。

「だから、そんな顔しない。君にも彼らにも本来は非のないことなんだ。堂々と前を向いていればいい。やましいことなんて、何もないんだ。少なくともオレはそう考えているんだから」
「フラムアーク様……」
「―――そういうわけでユーファ、お願いがあるんだ。オレのその考えを主張するにあたって、兎耳族の人達に聞き取り調査をしてしてきてもらえないかな?」

 唐突にそう振られて、私はひとつ瞬きをした。

「聞き取り調査、ですか?」
「うん。レムリアの件はほどなく兎耳族の耳にも入るだろう。彼らがそれを聞いて何を思うのか、この問題をどう考えるのか、出来れば全員に確認をしてきてほしい。それと、審議が兎耳族の保護の在り方に及ぶ可能性を考えて、当事者の君達が皇帝の保護下にある今のこの状況をどう捉えているのか、調べてきてほしいんだ。このまま現状維持を望んでいるのか、保護は望むが現状に不満があるのか、またその不満はどういったものなのか、それとも保護などいらないと考えているのか―――百人百様の捉え方があることと思う。それを把握しておきたい」

 それは確かに重要なことだと思えたから、私は即座に頷いた。

「―――はい! お任せ下さい!」
「うん。じゃあ早速頼むよ」
「分かりました。行って参ります!」

 私は勢い込んで一礼するとフラムアークの前から退出し、取るものもとりあえず保護宮への道を急いだ。

 こうなってしまった以上、少しでもフラムアークの負担を減らしたい。そんな罪悪感と使命感とで、胸がいっぱいだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

恋愛
「神に祈るだけで曖昧にしか治らない。そんなものは治療とは言わない」  男尊女卑が強い国で、女であることを隠し、独自の魔法を使いトップクラスの治療師となり治療をしていたクリス。  ある日、新人のルドがやってきて教育係を押し付けられる。ルドは魔法騎士団のエースだが治療魔法が一切使えない。しかも、女性恐怖症。  それでも治療魔法が使えるようになりたいと懇願するルドに根負けしたクリスは特別な治療魔法を教える。  クリスを男だと思い込み、純粋に師匠として慕ってくるルド。  そんなルドに振り回されるクリス。  こんな二人が無自覚両片思いになり、両思いになるまでの話。 ※最初の頃はガチ医療系、徐々に恋愛成分多めになっていきます ※主人公は現代に近い医学知識を使いますが、転生者ではありません ※一部変更&数話追加してます(11/24現在) ※※小説家になろうで完結まで掲載 改稿して投稿していきます

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

処理中です...