病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十歳②

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「……スレンツェ、このタイミングをどう思う」

 ユーファが出ていったドアをしばらく眺めやった後、そう問いかけてきたフラムアークにスレンツェは少し考えてから答えた。

「タイミングとしては悪いな。こちらとしては想定外の事態だ。万全に態勢を整えてから臨みたい核の問題だったのに、まだ何の準備も出来ていない。……誰かが意図的に仕掛けた可能性は?」
「ユーファにも話を聞いたが、状況としては現段階で不自然なところはなかった。くそ……さっきは大見得を切ったが、正直痛いな……時機が早過ぎる。オレとしてはもう数年、時間が欲しかったところだ。入念に根回しをして、盤石な地盤を築いたと言える状態になってから着手したかった」
「では、どうする。ユーファにはああ言ったが今回は見過ごすのか」
「いいや。皇帝はこの国の法であり柱だが、こんな馬鹿げた取り決めはオレの目指す未来には不要のものだ。このまま見過ごせば、将来自分の政策を掲げた時に絶対にそれで足を取られることになる。『では何故、あの時見て見ぬふりを決め込んだのか』とね。そんな皇帝には誰もついてこないだろう」
「それは確かにその通りだ。だが現行、この国はそれで動いている。どうする気だ?」

 冷静に促すスレンツェに、フラムアークは眉根を寄せ、覚悟を述べた。

「思ったよりだいぶ早いタイミングになってしまったが、ぶつかるしかない。審議の流れにもよるが、二人に対する処分を軽微にとどめてもらうよう、進言する」
「要職者達は恐らくそれでは示しがつかないと反発するぞ。お前も考えている通り、場合によっては兎耳族の保護の是非にまで話が及ぶ。どういう意味かは分かるな?」

 フラムアークは厳しい表情で頷いた。

 ユーファをフラムアーク付きの宮廷薬師に任命したのは父である皇帝の采配だ。

 兎耳族の保護の是非にまで話が及び、仮に彼らの保護自体が解かれるような運びになった場合、皇帝の保護が解かれた彼女は宮廷に留まる資格を失くし、兎耳族の一薬師という身となって、この宮廷を去ることになるだろう。

 しかしながらフラムアークが望めば彼女を自分付きの宮廷薬師として再度任命することは可能だろうし、心優しい彼女はきっと、それを断らない。否、断れない。

 だが、彼女がこの十余年、どれほど自由を渇望してきたのか―――どれほど外の世界へ想いを巡らせ、時に望郷の念に駆られながら、幾多の夜を人知れず忍んできたのか―――フラムアークもスレンツェも、よく分かっていた。

 そして自分達がこれから進む道が、いかに険しさを増していくものであるのかも。

 これまでその道にユーファを伴うつもりだったのは、彼女が皇帝の保護の下、宮廷に縛られている身だったからに他ならない。だが、その前提が崩れるとなると、また話は違ってくる。

 皇帝の保護は彼女を宮廷に縛りつける鎖であると同時に、彼女を護る不可侵の盾ともなっていた。その加護が失われるということは、皇帝を目指す道をくフラムアークの傍らにいる彼女に、これから数多あまたの危険が及ぶことを示す。

 ユーファにはああ言ったが、これを機に彼女が晴れて自由の身を手に入れられるのならば、彼女をこれ以上危険な争いに巻き込むべきではないと、彼らはそう理解していた。

 障りのない状態で彼女を解放してやれる分岐点は、おそらくここが最初で最後だ。

 ユーファを手放すことになるのは身を切られるように辛く、心の底から口惜しい。皇帝を目指す為に彼女の力が必要だと言ったのは紛れもない本心で、それを失うことはフラムアークにとってこの上ない痛手だ。

 だが、ユーファの為を思うのなら。

「……分かっている。だが、ここでその理念を貫けないようならオレはそこまでの人間だ。いずれはそうするつもりだったんだ……そこまで話が及んだ暁には、兎耳族の保護に絡む不条理な取り決めを撤廃することを提言する」

 揺るぎない道を進むと決めたフラムアークに、スレンツェはほろ苦く笑んだ。

「……何にしろ、お前にばかり痛手が及ぶな。今回の件、他の皇子達はどう転んでも痛くも痒くもないだろうに」

 今回の件で、事と次第によってはフラムアークは様々なものを失うことになる。だが、他の皇子達は今回の事態がどう転ぼうと、特別失うものもない。高みの見物を決め込んでいればいいのだ。

「誰かの差し金だとしたら相当にいい趣味をしている。恐れ入るよ」

 若干一名、脳裏に浮かんだ顔があったが、憶測の域を出ないので口にはしない。何も言わないがスレンツェもそれを察しているようだった。

「ざっと調べたところ、バルトロは下級貴族の次男で当初は騎士団への配属を希望していたようだが、それが叶わず現在の職場への配置となったらしい。これまで特に問題を起こすようなことはなく、仕事態度は真面目で、周りから恨まれたり不興を買ったりすることもなかったようだ。これからもう少し掘り下げて調べてみるが、怪しい人物が接触していたような形跡は今のところはない」
「そうか。ありがとう、引き続き頼む」

 レムリアがバルトロを意識し始めたのは約四年前、やがてバルトロも彼女を意識するようになり、二人が付き合い始めてからは一年程―――決して短い期間ではなく不自然とも言えないが、偶発的な事故として片付けるには手痛い事態だった。

「先に謝っとくよ、スレンツェ。もしユーファを失うようなことになったら……ごめん」
「お前が謝る道理じゃない。例えそうなったとしても別に死に別れるわけじゃないんだ、全く会えなくなるわけじゃない。それでオレ達の絆が切れるわけでもない」
「うん……そうだね」

 兎耳族の保護の在り方について議論が及ぶことはユーファ自身も想定しているだろうが、それが保護の根底部分を覆す事態に発展する可能性を含んでいるとまでは考えていないだろう。これほど大きな話に繋がる可能性があるとは思っていないに違いない。

 ―――もしもそういうことになってしまったら……驚くだろうな。

 フラムアークはそっと睫毛を伏せた。

 ユーファにはいつか保護という名目の鳥籠から出してやるのだと約束していた。

 議論の流れによっては、自分が想定していたよりもだいぶそれが早まる―――ただそれだけのことと、割り切るしかない。

 例えここでユーファと自分達の道がたがわれたとしても、彼女を自由に出来たという点で、皇帝を目指した自分の夢は道半ばながら、幾ばくか達成出来たことになる。

 計画通りにいく生易しい道ではないことは最初から分かっていたことだ。 理想としては覇権を制し全ての憂いがなくなった時点で着手したかったが―――やはり甘くはなかったと、そう納得して、進んでいくしかない。
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