病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十歳⑥

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 ゴットフリートの失言をフォローする為か、視界の端にフェルナンドが挙手しようとする姿が映る。その機先を制するようにフラムアークは口早に尋ねた。

「彼女は否定しています、何をもってそれが事実だと貴方は言うのですか?」
「っ! それは」

 そこでようやく自分が口を滑らせたと気が付いたゴットフリートは、どうにか表情を崩さないよう努めながら言い繕った。

「それは……とある報告に基づいてだ」
「とある報告……?」

 フラムアークは意味深長にその言葉をなぞらえながらゆっくりと参席者を見渡し、あたかもそれが全員の総意であるような雰囲気を作って、皇太子にその先を促す。すると表情を繕いきれなくなったゴットフリートは苦々しさを滲ませて白状した。

「看守長から内密に伝えられた報告だ」
「看守長から内密に伝えられた報告……? それは、看守長から貴方へ直に伝えられた報告ということですか?」
「……そうだ」
「内密、ということは些事な内容ではありませんよね。その内容は貴方から陛下へ報告はされているのですか?」
「……。陛下にはまだ報告をしていない」

 場がざわつき、参席者達の視線が皇帝と皇太子との間を行き来する。

 無言でこちらを射る父親の視線を直視出来ない様子で、ゴットフリートは釈明の弁を振るった。

「何しろ私がその報告を受けたのがこの審議が始まる少し前だったのだ。事前にお伝えするいとまがなかった」
「ならば今、この場で陛下にそれをお伝えなさっては?」
「は? 馬鹿を言うな。まだ陛下にもお伝えしていない内容を、何故この場で報告せねばならんのだ」
「おかしなことに、貴方が既にその内容を独断でこの審議に用いているからですよ」
「……!」
「真に陛下に上げるべき報告であるならば、おかしいですよね。それは元々、陛下へ上げる予定のない報告だったのでは?」

 片眉を跳ね上げるゴットフリートにフラムアークは毅然と迫った。

「その報告に基づいた内容によって貴方は私の臣下の不当行為を疑い、更にはレムリアの証言が嘘であるとして、彼女に証言の撤回を迫った。これは神聖な議事の場における由々しき事態です。貴方にはその根拠を提示する義務が、我々にはそれを聞くべき権利がある!」
「……ッ!」

 ぎり、と歯噛みし黙する皇太子に、弟達からも声が飛んだ。

「彼の主張はもっともで、これは真っ当な要求だと思うよ。皇太子あにうえは報告の内容を提示するべきだ」
「そうだな。このままでは審議が滞ってしまう」

 そう発言したのはエドゥアルトとフェルナンドだ。ベネディクトとアルフォンソは息をひそめて事の成り行きを見守っている。

「申せ、ゴットフリート」

 弟達に促されながら尚も逃げ道を模索していたゴットフリートは、皇帝グレゴリオのこの一言で膝を折った。

「……看守長より報告があったのだ。レムリアから、ユーファに一連の件を相談していたという証言が取れたと」
「貴方はその報告を鵜呑みにして何の裏取りもせず、この議事の場に持ち込んだのですか」

 フラムアークの追及にゴットフリートは憤怒の形相を向け、反論した。

「看守長だけでなくその証言を耳にした者が他にも何名かいると聞き及んでいる、レムリアが嘘を言っているのだ!」
「つまり貴方は事の真偽をろくに確かめもせず、あくまでも彼女が偽りを述べていると、そうおっしゃるのですね」
「言葉に気を付けろ! 事の真偽は看守長達によって既に確認されている!」
「すなわち、貴方の主張する根拠は彼らの証言のみということですね。よく分かりました。このままではらちが明かないので、当事者であるレムリアにここで今一度問うこととしましょう」

 ゴットフリートとのやりとりが堂々巡りになると参席者達に印象づけた上で、フラムアークはレムリアへの質問に切り替えた。

「聞いてのとおりだ。皇太子殿下は君が偽りを述べていると主張している。彼が受けたという看守長からの報告と、先程の君の証言にどうしてこのような食い違いが出ているのか、

 これはフラムアークからレムリアへ向けたメッセージだった。

 涙で濡れたトルマリンの瞳と、静かな力強さを内包したインペリアルトパーズの瞳が真っ直ぐに交わり、ややしてからレムリアは小さく頷いた。

「……はい」

 覚悟を決めたようにひとつ深呼吸する彼女へ、フラムアークは穏やかな口調で尋ねる。

「先程、君がこの場で証言したことは皇太子殿下が主張するように偽りなのだろうか?」
「いいえ……初めにこの場で誓ったとおり、嘘偽りではありません」

 皇太子の盛大な舌打ちを耳にしながら、フラムアークは質問を続ける。

「では、彼の主張する看守長らの証言が間違っているのだろうか?」
「……いいえ。それも、間違いではありません」

 参席者の間からざわめきが漏れ、「それ見たことか!」とゴットフリートが居丈高いたけだかに胸を張る。

 フラムアークは揺るがず、事務的にレムリアへ問い重ねた。

「ならば君は何故、そのような矛盾した証言を?」
「……強要、されたからです。ユーファが私達の関係を以前から知っていたように認めろと、看守長達に」
「なッ……!? 何を……!」

 物議を醸すレムリアの新たな発言にいきり立つゴットフリートを、隣のフェルナンドが押しとどめた。

「泰然として下さい。まずは彼女の話を全部聞きましょう」
「ぐ……フェルナンド……!」

 もの言いたげにねめつける兄を弟は涼やかな視線で制した。

「レムリア、君は看守長達に強要されて真実とは異なる供述をしたと、そういうことか?」
「はい……そうです」
「具体的に、彼らは君に対してどのような手段で強要それを迫ったのだろうか?」

 フラムアークに問われたレムリアは言いにくそうに口を開いた。

「……。拘留中、私は彼らから何度もそれを認めるよう言われ続け、長時間の尋問を受けましたが、それを拒否してきました。ですが……この場へ召喚される前、汚れた姿で御前に出すわけにはいかないと湯浴みに連れて行かれて、そこで身体を清めている間に、衣服とタオルを隠されてしまったんです」

 レムリアは声を震わせながら、その時の状況を述べた。

「裸で佇む私に、彼らは例の件を認めるように要求してきました。断ると……自分達も衣服を脱ぎ、次々と、浴室に入ってきたんです。は、裸の男の人に囲まれて、なのに、自分の肌を隠すものも、身を守るものも一切なくて……こ、怖くて怖くて……パニックになって……」

 青ざめたレムリアの瞳から、堪えきれない大粒の涙がこぼれ落ちる。

「ふ……不本意ながら、真実とは異なることを、認めざるを得ませんでしたっ……。うっ……も、申し訳、ありません……」
「―――分かった。辛いことを話してくれて、ありがとう」

 嗚咽するレムリアに沈痛な面持ちでそう声をかけたフラムアークは、ゴットフリートへ向ける眼差しに強い怒りを滲ませた。

「これが事実であれば、許しがたい事態だ」
「うっ―――嘘だ! デタラメだ! そのようなこと、少なくとも私は知らん!」
「看守長は直に貴方へ報告をしているのですよね。知らぬ存ぜぬでは通りませんよ」
「だから、私は知らんと言っている! レムリアの虚言だ!」
「このような矛盾極まりない証言をして、彼女にいったい何の得が? そのような妄言がまかり通ると思うのか!」
「知らないものは知らんのだ! これがレムリアの嘘でないと言うのなら、ここへ看守長を召喚して皆で詮議すれば良かろう! 私自身は潔白だ! この私には、いかなる非もない!!」
「この期に及んで、これが看守長の独断で行われたことだとでも主張するおつもりか? 皇帝の庇護下にある兎耳族に狼藉を働くという危険リスクを負ってまで、こんな証言を取るメリットが一看守長にあると、本気でそうお考えなのか!?」

 フラムアークにそう迫られて初めて、ゴットフリートはに気付いたようだった。

 ハッ、と黄玉色の目を瞠った皇太子に、第四皇子はその事実を突きつける。

「お分かりか? レムリアの証言が事実ならば、今この場で審議されている兎耳族の種の保存、ひいては保護の問題に於いて裁かれることになりかねない立場に今、ご自身が置かれているのだと!」
「……! ぐっ……ぐぬうぅぅぅッ……!」

 顔を真っ赤にしたゴットフリートの口から盛大に漏れた憤怒のうめきに、勝負あった、とエドゥアルトは椅子の背にもたれた。

 熱くなるとすぐに周りが見えなくなり、計画の詰めが甘いのは昔から変わらない皇太子の短所だ。

 しかし、誰かにそれとなく唆されたとしても、今回のやりようはお粗末極まりなかった。

 そんなゴットフリートの傍らで顔色ひとつ変えずに挙手するフェルナンドを見やり、この展開は思惑通りといったところなんだろうな、とエドゥアルトは考えを巡らせる。

 これで皇太子は次期皇帝候補から完全に失墜だ。これがなくともとっくの昔に候補から消え失せてはいるだろうが、とどめの一撃といったところか。
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