病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十歳⑨

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 その夜はフラムアークの要望で、彼の部屋へ食事を運んでもらい三人で遅い夕食を囲むことになった。

 普段私とスレンツェは宮廷従事者用の食堂でそれぞれ食事を取っており、フラムアークは皇族用の食堂で一人で食事を済ませることが多い。

 誰かの誕生日など、特別な時はこうして三人で食事をすることもあったけれど、年に数回程度なので、こうやってみんなで顔を合わせて夕食を取るのは久々のことだった。

「やっぱり皆で囲む食卓はいいな。普段は何とも味気ないんだ。任務で外へ出てる時はスレンツェと一緒だからいいけれど、皇宮ここのだだっ広い食堂で自分以外誰もいない長テーブルで食事をしている時のあの空虚感といったら……」
「分かります、私も普段一人で食事を取ることが多いですから。誰かと一緒だと、同じ内容でも全然違って感じられますよね。去年アズールへ行った時、大勢で賑やかに食事が出来たのは楽しい思い出です」
「皇帝の庇護が解かれれば、これからはそういう機会も増えるだろうな。フラムアークの遠方の任務にユーファも同行出来るようになる」
「そうか……そうよね」

 そんな会話を交わしながら私達は食事を楽しみ、少々のお酒を共にしながら、今日の審議にまつわる話をフラムアークから聞いた。

 大帝国で成人と認められる十八歳を過ぎてからフラムアークは少しずつ色々な種類のアルコールを試し始め、この頃には大体何を飲んでも体調には差支えがないことが分かっていた。決して強いわけではないけれど、たしなむ程度なら問題なく飲めると言える。

 スレンツェはアルコールに強い体質で、飲んでも顔や態度にあまり変化が出ないタイプだった。自分の限界をキチンと把握していて、コントロールしながら飲める大人なタイプだ。

 ちなみに、この中で一番の酒豪は私だった。肝機能が優れているらしく、生まれてこの方、どんなにお酒を飲んでも酔っ払ったことがない。ふわふわ楽しい気持ちになるだけで、身体しんたいに支障をきたしたことがないのだ。

「ユーファは相変わらず水みたいに酒を飲むね。あんまりスイスイいくからアルコールが入ってないんじゃないかって疑いたくなるよ」
「こう見えて少しご機嫌にはなっているんですよ。身体もほんのり温かくなっていますし」
「見た目からは全く分からないのが恐ろしいな……」

 ぼそりと呟くスレンツェに私はじろりと視線をくれた。

「そういうスレンツェだって」

 そんな私達をほろ酔い加減のフラムアークが取り成した。

「二人とも酒に強くて何よりだ。もしオレが酔い潰れてもスレンツェが、スレンツェに万が一のことがあってもユーファがどうにかしてくれる。オレは気負わずゆっくりと酒が楽しめて、いい身分でいられるというわけだ」

 それから一刻ほど経過すると、その言葉を体現するかのように、フラムアークはテーブルの上に投げ出した自身の腕に頭を乗せるようにして寝落ちしてしまっていた。

 酔い潰れるような量は飲んでいなかったはずだけれど、今日一日様々な緊張に晒され続けた彼の身体はここで限界を迎えてしまったらしい。

 私達は頬をほんのり染めた無防備なフラムアークの寝姿に柔らかく瞳を細めた。

「色々な意味で気が緩んだんだろうな」

 起こすことを諦めたスレンツェがそう言ってフラムアークの肩を担ぎ、隣の寝室へと連れて行く。スレンツェが彼の世話をしている間に私は食器類をワゴンに片付けて廊下へと出しておいた。

 テーブルを拭いていると、寝室から戻ってきたスレンツェが後ろ首に手を当てて、肩が凝ったような仕草を見せた。

「デカくなって、着替えさせるのもひと苦労だ」
「ふふ。子どもの頃とは勝手が違うわよね」

 微笑む私にスレンツェはひとつ息をついて、何かと多忙なフラムアークを思いやった。

「明日は特に急ぎの仕事は入っていなかったな。午前中はゆっくり休ませておくか」
「そうね、それがいいと思う。ブランチは消化のいいものにしてもらって、充分に英気を養ってから午後の業務に取り組んでもらいましょう。厨房に連絡をお願い出来る?」
「ああ。ワゴンを下げがてら伝えておく」
「じゃあお願い。私は水差しを枕元に置いたら、ひと通り体調をチェックしてから下がるわ」
「分かった」
「お疲れ様、おやすみなさい」
「ああ、お疲れ。おやすみ」

 頷いて私の前を通り過ぎかけたスレンツェは、そこで足を止め私を振り返った。

「ユーファ」
「何?」
「……今日は悪かったな。オレもフラムアークと全く同じ考えだったんだ。自分のエゴを押し付けて、それがお前の為になるんだと自分に言い聞かせていた。お前の生き方を決めるのはお前自身なのに、自分の都合でそれをないがしろにしてしまっていた。すまなかった……」

 神妙な面持ちでそう謝罪するスレンツェに、私はもっともらしく眉を寄せてみせた。

「本当よ。何の前触れもなく突然あんなことを言いだされて、私がどれだけ驚いてどれだけ悲しい気持ちになったか……。情けないけど私はあなた達みたいに物事を深く先読みすることが出来ないし、お世辞にも機知に富んでいるとは言えないわ。けれど、私なりに自分に出来ることであなた達をサポートしていきたいと思っているの。
その……それこそ、あなたが前に言ってくれたみたいに、精神的な部分での支えというか……そういう部分で貢献していけたらと……」

 後半は尻すぼみになってしまった私の言い分にスレンツェは同調してくれた。

「そうだな。フラムアークが……オレ達がお前に求めているものは正にそれだ」
「だったらもう二度とあんなふうに、私の知らないところで私を切り捨てるような真似はしないで」
「切り捨てるというのとは違う。身勝手なやり方だったが、オレもあいつもお前を守りたかったんだ」
「私からすれば同じことよ。笑顔で突然手を離されて、一人放り出されてしまう感覚よ」
「……反省している。二度としない」

 唇を結んでそう誓うスレンツェに、私はいかめしい顔を作って念押しした。

「約束よ?」
「ああ。こちらから手放すような真似はしない」
「私は離れないわよ、絶対に」

 彼の言い方に納得出来なくてそう息巻くと、スレンツェは苦笑した。

「言葉のあやだ。手放せないさ、もう―――オレも、フラムアークも」

 伸ばした指先でそっと私の頬に触れて、彼はもの言いたげな表情を見せた。ドキリとする私に対し、しばらく無言でこちらを見つめた彼は、やがて何も告げぬまま、離した指と共にそれをしまいこんだ。

「明日からまた宜しく頼む」

 そう言い置いて背を翻すスレンツェの後ろ姿を見送り、私は動悸の治まらぬ胸を意識しながら、頬に残る彼の余韻をそっと指でなぞったのだった。
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