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挿話 フラムアーク二十一歳
真珠色の月
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人生とは、つくづく予測がつかないものだ。
旧アズール王国の中堅貴族の出身で、反帝国組織に身を置いていたこの自分がまさか、帝国の皇子の従者となり、かつての敵国の中枢である宮廷の片隅に居室を与えられる日が来ようとは―――。
思わぬ流れで帝国の第四皇子フラムアークに仕えることとなったエレオラは、不可思議な現実を噛みしめながら、まだ馴染み切れない自身の居室を眺めやった。
新参者のエレオラが困ることのないよう、彼女の部屋はスレンツェの居室の隣をあてがわれており、この壁を隔てた先に彼がいるという事実が、彼女には未だ信じ難い。
祖国の王位継承者だった男性。
祖国再興の指導者として立つことを、多くの同胞達から望まれた男性―――。
縁あって、どちらの時も偶然言葉を交わす機会には恵まれたものの、おいそれと関わることなど出来はしない、遠い遠い存在の人だった。
その彼が今は、壁一枚を隔てた隣の部屋にいる。
同僚として日常的に接し、職務に関する指導を受けたり、連れ立って任務に赴いたり、時には一緒に食事休憩を取ったり、他愛のない雑談をすることもある。
嘘のような現実に、頭の理解は追いついていても、心の方、感覚的な部分がなかなか追いついていかなかった。
社交界デビューした舞踏会の夜、有力貴族の子息達から強引な誘いを受けて困っていたところを助けてもらって以来、エレオラにとってスレンツェは憧れであり、畏敬の対象であり、戦争で全てを失くしてからは、心の拠りどころとなり、常にその安否を憂えてきたかけがえのない存在でもあった。信仰の対象に近い存在であったと言えるかもしれない。
そのスレンツェが身近な存在になったことはエレオラにとって青天の霹靂で、彼女はそんな現状に少なからぬ戸惑いを覚えていたのだ。
しっかりしなければ―――ともするとそわそわしそうになる自身の心をエレオラは叱咤する。
浮かれているわけにはいかないのだ、自分はスレンツェの補佐をする為にここにいるのであり、自分達の思い描く未来を目指す為に、地に足を着けて進んでいかなければならないのだから。あくまでアズールの民の一人としての自覚を持ち、分をわきまえることを忘れてはならない。
出過ぎないよう努めようと日々自分を制していたそんな折、フラムアークが時間を調整して四人そろっての外出が出来る運びとなり、以前話題に出ていたエレオラの外出着を買いに行こう、という流れになった時、それまでその話を単なる社交辞令だと思っていたエレオラは驚いて辞退を申し出た。
「私はこれで充分ですから」
彼女が着用している紺色の側用人用の平服は機能的で動きやすく、充分上等な布地で仕立てられている。
それでなくとも自分の身ひとつでフラムアークの元に来たエレオラは、衣類はもちろん、身の回りの品、その他諸々にいたるまで全てフラムアーク経由で拠出してもらっているという経緯があり、そんな事情もあって、彼女としては彼の厚意をそのまま受けるわけにはいかなかったのだ。
これ以上甘えるわけには、と固辞するエレオラに対し、フラムアークはどこか困ったように笑ってみせた。
「そんなに深く構えないでほしいな。これはもうオレのところの恒例行事のようなものなんだ。今スレンツェとユーファが着ているのも同じ経緯で買ったものだし、君だけを特別扱いするわけじゃないから、気楽に受け取ってもらってかまわないんだよ」
「そうなのですか?」
エレオラは戸惑いつつ、改めてスレンツェとユーファの装いに目をやった。
スレンツェは深くて渋い青色を基調とした、袖口や襟元など所々に紫色の装飾があしらわれた上衣に黒のパンツを合わせたスタイルで、洗練された装いが彼の精悍な容貌を際立てている。ユーファは橙色に近い黄色のミモレ丈のワンピース姿で、柔らかで上品な可愛らし過ぎないデザインが彼女の魅力を引き立てていた。
「素敵ですね……お二人とも、よくお似合いです」
思わずそうこぼしたエレオラにフラムアークは「でしょ?」と微笑みかけた。
「そんなわけでぜひ、エレオラの分も見立てさせてほしいんだけどな」
「ですが……」
「何かの時にこういう服が必要になることもあるかもしれないし、備えあれば憂いなし、そう考えてくれると嬉しいんだけど」
「……。分かりました。そこまで仰って下さるなら」
フラムアークの粘りにエレオラが微苦笑して折れると、その様子を見守っていたユーファから嬉しそうな声が上がった。
「素敵なものが見つかるといいわね! エレオラはスラっとしていてスタイルもいいから、何を着せても似合いそう! 楽しみだわ」
「そ、そうでしょうか?」
着せ替え人形にされてしまいそうな予感にたじろぐエレオラとは対照的に、楽しい予感しかないらしいユーファはにこにこしながら、エレオラに着せたい服のイメージを膨らませた。
「エレガントなものもクールなものも颯爽と着こなせそうよね。大人っぽい色が似合いそうなイメージだけど、エレオラは好きな色とかある?」
「特にこだわりはありませんが……」
そんな二人の会話に横合いからフラムアークが加わった。
「そうなんだ? そうしたら選択肢も広がっていいよね。オレのイメージとしては深い青や赤、それに紫系、あと上品な感じのピンクも似合いそうかなぁって思うけど」
「あっ、それ分かります!」
エレオラを挟んで盛り上がるフラムアークとユーファを眺めやりながら傍観を決め込んでいるスレンツェに、フラムアークがそれとなく声をかけた。
「スレンツェのイメージは? エレオラにはどんな色が合うと思う?」
「オレの意見など別に……」
「まあそう言わないで。こういうのってみんなでワイワイ言ってる過程が楽しかったりもするからさ」
スレンツェはチラとエレオラに視線をやった。彼女は少し緊張した面持ちで彼の出方を窺っているように見えた。
「……。そうだな……」
スレンツェは少し思案してからこう答えた。
「言うなれば真珠色……だろうか」
「! 真珠色!?」
そこが出るとは思わなかったのか、目を瞠るフラムアークにスレンツェはひとつ頷いて続けた。
「それに淡い青や黄色も似合いそうなイメージがある」
「パステルカラーね。確かにそういう淡い色合いも似合いそうよね」
ユーファが相槌を打つ横で、それを聞いたフラムアークは何気ない感想を口にした。
「へえ……スレンツェの中で、エレオラは清らかで優しいイメージなんだね」
彼的にはエレオラは控え目だがきびきびとして仕事の出来る年上の女性、というイメージがあり、自分とは異なるスレンツェの見解が単純に新鮮だったのだが、そんな彼の反応にスレンツェは少し不思議そうな顔をしてこう返した。
「? 実際そうだろう? その中にも凛とした佇まいを合わせ持っているというか……」
「―――!?」
その瞬間、エレオラは自分の顔から高温の蒸気が勢いよく立ち昇るような錯覚を覚えた。
分かっている、スレンツェに他意はない。そんなことは重々承知している。
彼はただ純粋に自分が感じたままのエレオラの印象を述べているだけに過ぎないのだが、そうと分かっていてもそのコメントは破壊力があり過ぎた。
まさかそんなふうに思ってもらえているなんて、夢にも思っていなかった。面映ゆい反面、嬉しくて、嬉し過ぎて、でも少女のように手放しで喜ぶわけにもいかなくて、大人の女性としてどの程度の喜びを表すのが妥当なのか、どのように立ち居振る舞うのが正解なのか、沸騰した頭でぐるぐると考えてみるが、どうにもまとまりがつかなくて困り果てる。
ああ、どうしよう。いったいどう対応するのが正解なの!?
本人達にその自覚は乏しかったが、フラムアークとスレンツェは良くも悪くも正直で、老若男女問わずぽうっとさせてしまう無自覚天然キラーの一面を併せ持っていた。
それを自身の経験から学んでいるユーファは、その一撃を受けて密かに懊悩するエレオラを気遣わしげに見やった。
エレオラはどうにか平静を保とうと苦慮しているものの、努力に表情筋が付いてきておらず、真っ赤になったその表情はぶれて定まらなくなっている。
スレンツェがお世辞ではなく素で言っているのが分かるからこそ反応に困っているのがありありと見て取れて、そんな彼女に少々同情する半面、普段しっかりしているイメージの強いエレオラのその様子を、ユーファは可愛らしく、好ましく感じた。
うん……エレオラ、分かる、分かるわその気持ち。慣れるまで大変だと思うけど、どうか頑張ってね。
―――その後、街へ出て件の服飾店にて様々な衣装を試着した末、エレオラはその中から一着を選ぶことになるのだが、彼女が勇気を振り絞って選んだのは、光沢のある白地を基調に、淡い青色と黄色の上品な刺繍が施されたロングワンピースだった。
スレンツェが彼女に似合いそうだと言った要素が全部入っている。
これを選ぶのはエレオラ的にもかなり勇気が要ったが、それ以上にスレンツェがわずかでも思案して挙げてくれた色であること、それに自分に対してそういうイメージを持ってくれていたということが嬉しくて、ためらう自分に「もう二度とはない機会だから」と言い聞かせてこれに決めた。
「……良く似合っている」
黒い切れ長の双眸をこちらに向けて、静かな口調でスレンツェにそう告げられた時、胸を真っ直ぐに貫いた衝撃に、エレオラは改めて、スレンツェに対する自分の気持ちが単なる崇敬ではなく、一線を超えたものであることを自覚した。
ずっと、見て見ぬふりをしてきた。
そしてこれからも、見て見ぬふりを続けることに変わりはない。
いかに身近に感じられるようになったとはいえ、やはり彼は自分の手が届くような存在ではなく、想いを寄せる相手が別にいることも知っている。
けれど、今この瞬間だけ―――今この瞬間だけ、自分の気持ちに素直になって、胸に溢れるこの喜びを露わにしてもいいだろうか。
「本当ですか? そう言っていただけて嬉しいです……!」
ゆっくりとほころんで開いた、大輪の花が鮮やかに咲いたようなエレオラの笑顔にスレンツェは小さく息を飲み、フラムアークとユーファは思わず見とれて溜め息をこぼした。
「……エレオラ、何だかスゴく綺麗じゃない?」
「本当ですね。とても素敵……」
そんな彼らの前ですぐに臣下の顔へと立ち戻ったエレオラは、いつもの調子でふふ、と微笑んでみせた。
「ありがとうございます。そんなに褒めらると照れてしまいますね、何分慣れていないものですから」
―――胸に秘めたこの想いをスレンツェに伝えることは、きっと永遠にない。
けれど、あのような境遇を巡ってきた末に今こうしてフラムアークに召し抱えられ、スレンツェの傍にいられる自分はひどく幸運でこの上なく恵まれているのだ―――心からそう思った。
これ以上の幸運はない、そう思わねば罰が当たる―――今はただこの巡り合わせに感謝して、誠心誠意仕えていこう。
自分達の目指す未来、そこへ繋がる道を信じて―――願わくば、その傍らでずっと彼を支え続けていける、そうあれる存在になれますよう―――。
夜空に浮かぶ白い月の色にも似たワンピースにその想いを重ねて、エレオラはスレンツェへの思慕をそっと胸の奥にしまい込んだ。
私にとって貴方は、永遠の太陽。その光を浴び続ける月のような存在であることが、私の望み。
決して表に出ることのない、消えることのない、伝えることのない、貴方への恋心―――この想いこそが私を私たらしめている要素であり、私自身を形作っている根源にあるものなのだ―――。
旧アズール王国の中堅貴族の出身で、反帝国組織に身を置いていたこの自分がまさか、帝国の皇子の従者となり、かつての敵国の中枢である宮廷の片隅に居室を与えられる日が来ようとは―――。
思わぬ流れで帝国の第四皇子フラムアークに仕えることとなったエレオラは、不可思議な現実を噛みしめながら、まだ馴染み切れない自身の居室を眺めやった。
新参者のエレオラが困ることのないよう、彼女の部屋はスレンツェの居室の隣をあてがわれており、この壁を隔てた先に彼がいるという事実が、彼女には未だ信じ難い。
祖国の王位継承者だった男性。
祖国再興の指導者として立つことを、多くの同胞達から望まれた男性―――。
縁あって、どちらの時も偶然言葉を交わす機会には恵まれたものの、おいそれと関わることなど出来はしない、遠い遠い存在の人だった。
その彼が今は、壁一枚を隔てた隣の部屋にいる。
同僚として日常的に接し、職務に関する指導を受けたり、連れ立って任務に赴いたり、時には一緒に食事休憩を取ったり、他愛のない雑談をすることもある。
嘘のような現実に、頭の理解は追いついていても、心の方、感覚的な部分がなかなか追いついていかなかった。
社交界デビューした舞踏会の夜、有力貴族の子息達から強引な誘いを受けて困っていたところを助けてもらって以来、エレオラにとってスレンツェは憧れであり、畏敬の対象であり、戦争で全てを失くしてからは、心の拠りどころとなり、常にその安否を憂えてきたかけがえのない存在でもあった。信仰の対象に近い存在であったと言えるかもしれない。
そのスレンツェが身近な存在になったことはエレオラにとって青天の霹靂で、彼女はそんな現状に少なからぬ戸惑いを覚えていたのだ。
しっかりしなければ―――ともするとそわそわしそうになる自身の心をエレオラは叱咤する。
浮かれているわけにはいかないのだ、自分はスレンツェの補佐をする為にここにいるのであり、自分達の思い描く未来を目指す為に、地に足を着けて進んでいかなければならないのだから。あくまでアズールの民の一人としての自覚を持ち、分をわきまえることを忘れてはならない。
出過ぎないよう努めようと日々自分を制していたそんな折、フラムアークが時間を調整して四人そろっての外出が出来る運びとなり、以前話題に出ていたエレオラの外出着を買いに行こう、という流れになった時、それまでその話を単なる社交辞令だと思っていたエレオラは驚いて辞退を申し出た。
「私はこれで充分ですから」
彼女が着用している紺色の側用人用の平服は機能的で動きやすく、充分上等な布地で仕立てられている。
それでなくとも自分の身ひとつでフラムアークの元に来たエレオラは、衣類はもちろん、身の回りの品、その他諸々にいたるまで全てフラムアーク経由で拠出してもらっているという経緯があり、そんな事情もあって、彼女としては彼の厚意をそのまま受けるわけにはいかなかったのだ。
これ以上甘えるわけには、と固辞するエレオラに対し、フラムアークはどこか困ったように笑ってみせた。
「そんなに深く構えないでほしいな。これはもうオレのところの恒例行事のようなものなんだ。今スレンツェとユーファが着ているのも同じ経緯で買ったものだし、君だけを特別扱いするわけじゃないから、気楽に受け取ってもらってかまわないんだよ」
「そうなのですか?」
エレオラは戸惑いつつ、改めてスレンツェとユーファの装いに目をやった。
スレンツェは深くて渋い青色を基調とした、袖口や襟元など所々に紫色の装飾があしらわれた上衣に黒のパンツを合わせたスタイルで、洗練された装いが彼の精悍な容貌を際立てている。ユーファは橙色に近い黄色のミモレ丈のワンピース姿で、柔らかで上品な可愛らし過ぎないデザインが彼女の魅力を引き立てていた。
「素敵ですね……お二人とも、よくお似合いです」
思わずそうこぼしたエレオラにフラムアークは「でしょ?」と微笑みかけた。
「そんなわけでぜひ、エレオラの分も見立てさせてほしいんだけどな」
「ですが……」
「何かの時にこういう服が必要になることもあるかもしれないし、備えあれば憂いなし、そう考えてくれると嬉しいんだけど」
「……。分かりました。そこまで仰って下さるなら」
フラムアークの粘りにエレオラが微苦笑して折れると、その様子を見守っていたユーファから嬉しそうな声が上がった。
「素敵なものが見つかるといいわね! エレオラはスラっとしていてスタイルもいいから、何を着せても似合いそう! 楽しみだわ」
「そ、そうでしょうか?」
着せ替え人形にされてしまいそうな予感にたじろぐエレオラとは対照的に、楽しい予感しかないらしいユーファはにこにこしながら、エレオラに着せたい服のイメージを膨らませた。
「エレガントなものもクールなものも颯爽と着こなせそうよね。大人っぽい色が似合いそうなイメージだけど、エレオラは好きな色とかある?」
「特にこだわりはありませんが……」
そんな二人の会話に横合いからフラムアークが加わった。
「そうなんだ? そうしたら選択肢も広がっていいよね。オレのイメージとしては深い青や赤、それに紫系、あと上品な感じのピンクも似合いそうかなぁって思うけど」
「あっ、それ分かります!」
エレオラを挟んで盛り上がるフラムアークとユーファを眺めやりながら傍観を決め込んでいるスレンツェに、フラムアークがそれとなく声をかけた。
「スレンツェのイメージは? エレオラにはどんな色が合うと思う?」
「オレの意見など別に……」
「まあそう言わないで。こういうのってみんなでワイワイ言ってる過程が楽しかったりもするからさ」
スレンツェはチラとエレオラに視線をやった。彼女は少し緊張した面持ちで彼の出方を窺っているように見えた。
「……。そうだな……」
スレンツェは少し思案してからこう答えた。
「言うなれば真珠色……だろうか」
「! 真珠色!?」
そこが出るとは思わなかったのか、目を瞠るフラムアークにスレンツェはひとつ頷いて続けた。
「それに淡い青や黄色も似合いそうなイメージがある」
「パステルカラーね。確かにそういう淡い色合いも似合いそうよね」
ユーファが相槌を打つ横で、それを聞いたフラムアークは何気ない感想を口にした。
「へえ……スレンツェの中で、エレオラは清らかで優しいイメージなんだね」
彼的にはエレオラは控え目だがきびきびとして仕事の出来る年上の女性、というイメージがあり、自分とは異なるスレンツェの見解が単純に新鮮だったのだが、そんな彼の反応にスレンツェは少し不思議そうな顔をしてこう返した。
「? 実際そうだろう? その中にも凛とした佇まいを合わせ持っているというか……」
「―――!?」
その瞬間、エレオラは自分の顔から高温の蒸気が勢いよく立ち昇るような錯覚を覚えた。
分かっている、スレンツェに他意はない。そんなことは重々承知している。
彼はただ純粋に自分が感じたままのエレオラの印象を述べているだけに過ぎないのだが、そうと分かっていてもそのコメントは破壊力があり過ぎた。
まさかそんなふうに思ってもらえているなんて、夢にも思っていなかった。面映ゆい反面、嬉しくて、嬉し過ぎて、でも少女のように手放しで喜ぶわけにもいかなくて、大人の女性としてどの程度の喜びを表すのが妥当なのか、どのように立ち居振る舞うのが正解なのか、沸騰した頭でぐるぐると考えてみるが、どうにもまとまりがつかなくて困り果てる。
ああ、どうしよう。いったいどう対応するのが正解なの!?
本人達にその自覚は乏しかったが、フラムアークとスレンツェは良くも悪くも正直で、老若男女問わずぽうっとさせてしまう無自覚天然キラーの一面を併せ持っていた。
それを自身の経験から学んでいるユーファは、その一撃を受けて密かに懊悩するエレオラを気遣わしげに見やった。
エレオラはどうにか平静を保とうと苦慮しているものの、努力に表情筋が付いてきておらず、真っ赤になったその表情はぶれて定まらなくなっている。
スレンツェがお世辞ではなく素で言っているのが分かるからこそ反応に困っているのがありありと見て取れて、そんな彼女に少々同情する半面、普段しっかりしているイメージの強いエレオラのその様子を、ユーファは可愛らしく、好ましく感じた。
うん……エレオラ、分かる、分かるわその気持ち。慣れるまで大変だと思うけど、どうか頑張ってね。
―――その後、街へ出て件の服飾店にて様々な衣装を試着した末、エレオラはその中から一着を選ぶことになるのだが、彼女が勇気を振り絞って選んだのは、光沢のある白地を基調に、淡い青色と黄色の上品な刺繍が施されたロングワンピースだった。
スレンツェが彼女に似合いそうだと言った要素が全部入っている。
これを選ぶのはエレオラ的にもかなり勇気が要ったが、それ以上にスレンツェがわずかでも思案して挙げてくれた色であること、それに自分に対してそういうイメージを持ってくれていたということが嬉しくて、ためらう自分に「もう二度とはない機会だから」と言い聞かせてこれに決めた。
「……良く似合っている」
黒い切れ長の双眸をこちらに向けて、静かな口調でスレンツェにそう告げられた時、胸を真っ直ぐに貫いた衝撃に、エレオラは改めて、スレンツェに対する自分の気持ちが単なる崇敬ではなく、一線を超えたものであることを自覚した。
ずっと、見て見ぬふりをしてきた。
そしてこれからも、見て見ぬふりを続けることに変わりはない。
いかに身近に感じられるようになったとはいえ、やはり彼は自分の手が届くような存在ではなく、想いを寄せる相手が別にいることも知っている。
けれど、今この瞬間だけ―――今この瞬間だけ、自分の気持ちに素直になって、胸に溢れるこの喜びを露わにしてもいいだろうか。
「本当ですか? そう言っていただけて嬉しいです……!」
ゆっくりとほころんで開いた、大輪の花が鮮やかに咲いたようなエレオラの笑顔にスレンツェは小さく息を飲み、フラムアークとユーファは思わず見とれて溜め息をこぼした。
「……エレオラ、何だかスゴく綺麗じゃない?」
「本当ですね。とても素敵……」
そんな彼らの前ですぐに臣下の顔へと立ち戻ったエレオラは、いつもの調子でふふ、と微笑んでみせた。
「ありがとうございます。そんなに褒めらると照れてしまいますね、何分慣れていないものですから」
―――胸に秘めたこの想いをスレンツェに伝えることは、きっと永遠にない。
けれど、あのような境遇を巡ってきた末に今こうしてフラムアークに召し抱えられ、スレンツェの傍にいられる自分はひどく幸運でこの上なく恵まれているのだ―――心からそう思った。
これ以上の幸運はない、そう思わねば罰が当たる―――今はただこの巡り合わせに感謝して、誠心誠意仕えていこう。
自分達の目指す未来、そこへ繋がる道を信じて―――願わくば、その傍らでずっと彼を支え続けていける、そうあれる存在になれますよう―――。
夜空に浮かぶ白い月の色にも似たワンピースにその想いを重ねて、エレオラはスレンツェへの思慕をそっと胸の奥にしまい込んだ。
私にとって貴方は、永遠の太陽。その光を浴び続ける月のような存在であることが、私の望み。
決して表に出ることのない、消えることのない、伝えることのない、貴方への恋心―――この想いこそが私を私たらしめている要素であり、私自身を形作っている根源にあるものなのだ―――。
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