病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十二歳⑧

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「ユーファが……!?」

 その報せを耳にした時、第十三地区駐屯所の一室で昨夜の事後処理の指揮に当たっていたフラムアークは、息の根が止まるほどの衝撃を受け、絶句した。

 居合わせたスレンツェとエレオラも色を失くし、宮廷からの急使を見つめている。

「詳しい状況は調査中ですが、未明に伝令の兵士を装った何者かが保護宮のユーファ殿の元を訪れ、此度こたびのフラムアーク様の暗殺未遂事件と被疑者の死亡を伝えた模様です。その際、そこに居合わせた被疑者の恋人レムリアが被疑者の死を知ってしまい、ショックから発作的に部屋を飛び出した彼女を追って出たユーファ殿が旧地区の廃材置き場にて崖から飛び降り自殺を図ろうとした彼女を止めようとした際、誤って崖下へ転落したという顛末てんまつのようでして―――現在兵を動員して崖周辺の捜索に当たっていますが、強い雨が降り出したこともあり、今のところユーファ殿の発見には至っておりません。現場は切り立った深い崖となっておりまして、その、発見されたとしても、生存している可能性は限りなく低いかと―――」

 終盤言葉を選びながらの報告となった使者の声は、耳の奥で大きくなっていく心臓の音に邪魔されて、よく聞き取ることが出来なかった。

 ユーファ―――……。

 全身の血が凍りついていくかのような錯覚に囚われながら、フラムアークは自身から感情を切り離すように努め、表面上はあくまで冷静であるように振る舞った。

「―――……そうか。その伝令の兵士に扮した賊の行方は? 目撃情報はあるのか?」
「衛兵達による目撃情報はなく、その後の足跡そくせきも現時点では不明です。時間帯が時間帯ですので、他の兎耳族や宮廷勤めの者達による目撃情報も今のところはなく―――現状は被疑者の恋人、レムリアによる証言のみです」
「レムリアは、無事なんだな?」
「はい。彼女が衛兵に事の次第を伝え、助けを求めたことで此度の件が発覚しました」
「彼女に証言を聞くことは可能だろうか?」
「フラムアーク様の求めであれば、可能かと。一時はひどく取り乱し、精神的に不安定だったようですが……」

 ああいう理由で恋人が死に、目の前で自分をかばおうとした親友が崖下へ転落したとあっては、無理もないだろう。

 今頃はきっと罪の意識に打ち震え、地獄のような精神状態にある。

「発作的にいつまた自殺を図らないとも限らない。彼女は唯一の目撃者でもあるわけだから、絶対にそういうことにならないよう、くれぐれも監視の目を怠らぬようにと責任者に伝えてくれ」
「かしこまりました」

 急使の退出後、緩慢な動作で額に手を当てがったフラムアークは、動悸の治まらない胸を意識しながら、ともすると思考が停止しそうになる頭を意志の力で働かせた。

 厳しい警備体制の敷かれている宮廷内へ外部から潜入し、数いる衛兵の目を全てかいくぐってユーファの元へたどり着くなど、そうそう出来ることではない。あまつさえ目的を達成して、誰の目に止まることも怪しまれることもなく宮廷を後にすることなど―――。

 普通に考えたら、不可能だ。

 賊は宮廷内から現れて宮廷内に消えた―――そう考えるのが自然だ。

 フラムアークが本当の伝令を宮廷へ送ったのは今朝方である。にもかかわらず偽物は半日近くも前にその情報を宮廷へと持ち込んでいた。つまり、暗殺未遂の事後直後から敵は次の一手に動き出していたことになる。

 おそらく、暗殺未遂事件自体がフラムアークを足止めする為の陽動だった。バルトロの背後にいた人物の真の狙いは、最初からユーファだったのだ!

「クソッ!」

 フラムアークはやり場のない憤りを拳に乗せて、壁に叩きつけた。別室にいる兵士達がすくみ上がるような音が上がり、陥没した壁から破片がパラパラと床に落ちる。

「落ち着け、フラムアーク。気持ちは分かるが、冷静さを失うな。それこそ向こうの思う壺だ」

 スレンツェがそう言って拳を壁に叩きつけままの彼の肩に手を置いた。振り返ったフラムアークはそんな彼のもう一方の手が色が白くなるほど握りしめられているのを見取り、奥歯を噛みしめる。

「スレンツェ……」

 スレンツェとて同じ気持ちだ。分かっている。

 分かっているのだ。今、こんなふうに嘆いている場合ではないということも。

 静かに歩み寄ったエレオラが赤くなったフラムアークの拳を取って、労わるようにその状態を確かめた。

「折れたりひびが入ったりはしていないようです。大切な御身です、ご自愛下さい」
「……すまない、そうだな。ユーファを助けに行かなければならないのに、自分で自分を痛めつけて、無意味な怪我を負っている場合じゃないよな。こんなことをしたって何の解決にもならないのに」

 苦い光を瞳に湛えて反省の弁を述べたフラムアークは、一度瞼を閉じ、自らを落ち着けるように深呼吸した。次に目を開けた時、彼の橙味を帯びたインペリアルトパーズの瞳にはいつもの輝きが戻ってきていた。

「宮廷へ戻ろう。ユーファを助けに行かなければ―――レムリアから直接話を聞き、賊に関する情報を精査して必ず全容を明らかにする!」

 今はあえてユーファの安否に触れることは避けた。必ず生きていると、そう信じて行動する。

 そうでなければ膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

 スレンツェとエレオラと顔を見合わせて頷き合い、己の心を奮い立たせて、フラムアークは急ぎ出立の準備を整えた。衣服の上から胸元の香袋を握りしめて、強く、強く念じる。

 ―――どうか、無事でいてくれ。

 どこにいても、必ず見つけ出してみせるから。だからどうか、それまで絶対に生きて待っていてくれ。

 ユーファ……!

 彼女の無事を切に願いながら、フラムアーク達は祈るような気持ちで駐屯所を後にしたのだ―――。
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