病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋

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本編

二十二歳㉒

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「エレオラー、夕飯食べ損ねてない? 夜食におにぎり握ってもらったんだけど、どう?」

 独立遊隊が建てた天幕内で負傷者の様子をひと通り見て回っていたエレオラは引き揚げしな、ラウルにそう声をかけられて足を止めた。

「ラウルさん。ありがとうございます、いただきます」

 ここには帰還手続きがまだ取れずにいる軽傷の被害者や先の戦闘で負傷した独立遊隊の兵がおり、エレオラは看護要員としてその手伝いに来ていたのだが、現場はなかなかに忙しく、昼も夕も片手間に詰め込むような食事しか出来ていなかったので、ありがたい申し出だった。

 とは言ってもエレオラはおにぎりひとつもらえれば充分だったのだが、大皿に大量のおにぎりを乗せたラウルは笑顔で「はい!」と彼女に大きなおにぎりを三つも渡すと、個数変更を申し出るいとまも与えず小走りで次の場所へと走り去ってしまったのだ。

「あ……」

 取り残されたエレオラはホカホカと温かいおにぎりに視線を落として頭を悩ませた。

 これはさすがに食べきれないわ……どうしよう? 他にお腹が空いていそうな人がいたらお裾分けしたいけれど……。

 エレオラはきょろりと辺りを見渡した。周囲にいるのは一日の仕事を終えて何人かで談笑している独立遊隊の面々で、お裾分けを申し出るには数が足りない。

 個数を考えると一人か二人でいる人物が望ましかったが、見渡す範囲にあいにくと適当な相手が見当たらなかった。

 篝火やカンテラが彩る夜の闇と橙色が入り混じった道を歩きながらお裾分け相手を探していたエレオラは、灯りの届かない広場の片隅に佇んでいるスレンツェの姿に気が付いた。

 腕を組み、防護柵に背もたれるようにして夜空を眺めているスレンツェは、どことなく元気がないように見えた。

「スレンツェ様」

 声をかけて小走りで駆け寄ると、こちらに視線を向けたスレンツェはゆっくりともたれていた背を起こした。

「エレオラ。どうした?」
「あの……これ、ラウルさんから思いがけずたくさんいただいたんです。私一人では食べきれないので、良かったら召し上がりませんか?」

 エレオラが抱える大きなおにぎりに目をやったスレンツェは納得の表情で頷いた。

「……そうだな。もらおうか」
「はい。宜しければお二つどうぞ。私はひとつで充分ですので」
「じゃあ、遠慮なく」

 その場でおにぎりを口に運ぶスレンツェの傍らでエレオラもおにぎりにパクついた。塩の効いたまだ温かい握り飯が口の中でホロりとほどけて、米の優しい甘みが口中に広がっていくと、ホッと幸せな気持ちになった。

「……温かいな」

 どこかしみじみとしたスレンツェの口調に、エレオラは先程感じた彼の様子がやはり気のせいではなかったと確信しながら口を開いた。

「出来立てみたいですよ。ラウルさんが頼んで握ってもらったみたいです。こんな大皿に、私じゃ持ちきれないくらいのおにぎりをいっぱい乗せてました」
「ラウルらしいな。……食事を取り損ねていたから丁度良かった」
「そうだったんですね。……。何か、問題でもありましたか?」

 さり気なく尋ねるエレオラにスレンツェは小さくかぶりを振った。

「いや―――」

 それきりスレンツェは沈黙すると、夜空を仰いで黙々とおにぎりを食べ進めた。エレオラも彼にならって、吸い込まれそうな星空の瞬きを見上げながらおにぎりをほおばる。

 しばし無言の時が流れたが、辺りを包む静寂は不思議と重いものでも、気まずいものでもなかった。

 個数の違いはあったが先に食べ終えたのはスレンツェの方で、彼は夜空を見上げたまま、独り言のようにポツリと呟いた。

「―――……ある人からとても嬉しい言葉をもらったんだ」

 そんな彼の横顔を見やりながら、エレオラは最後のおにぎりを飲み込みつつ言葉の続きを待った。

「……とても嬉しい言葉だったが、それはオレが欲しかったものとは似て非なるものだった―――。とても嬉しかったしありがたかったが、反面、行き場のない感情が込み上げてきて、たまらなく苦しくなった。その相手に非はないんだ。誰が悪いわけでもない、どうしようもないことなんだと頭では理解していても、気持ちが付いていかなくて―――情けないが、ここで少し落ち込んでいた」

 切れ長の瞳に苦し気な光を滲ませて、スレンツェは自嘲気味にそう言った。

「心とは、ままならないものだな……」

 エレオラには彼がそう語るところにひとつ心当たりがあった。

 それは、ひと足先にユーファを助けに向かったフラムアークの元へエレオラが遅れて駆け付けた時のことだった。

 倒れ込む寸前のユーファをフラムアークが抱え込むようにして支えていたのだが、エレオラの目にはその時の二人の距離が異様に近かったように見えたのだ。

 その近さに一瞬驚いたが、戸惑っている場合ではなかったので、すぐさま気を失ったユーファに駆け寄り応急処置を施した。

 処置後、ユーファをフラムアークが抱き上げて運んだのだが、その時の彼の表情が、眼差しが、一挙一動が、臣下に対するものとは明らかに違って感じられたのだ。

 思いがけもしなかったその光景に、エレオラは大きな衝撃を受けた。

 彼女自身はこれまでスレンツェとユーファが互いに惹かれ合っているものと思っており、そちらの組み合わせは考えてもみなかったからだ。

 あんなフラムアークは初めて見た。むしろ、あれが本来の姿なのだとしたら、今までよく隠してきたものだとさえ思った。

 フラムアーク様とユーファさんがそういう関係にあるのだとしたら―――アデリーネ様は、カムフラージュ?

 だから、以前宮廷へ来た時もあまりお部屋で過ごされずに外へ出て、お二人でいる姿を周囲に印象づけていた―――?

 それを踏まえて思い返すと、あの時のスレンツェの口ぶりは、二人の仲が偽装であることを知った上でのものだったのではないかと思えた。

 スレンツェ様は、全部知っていた?

 全部知っていながら―――ユーファさんを想っていた? ずっと―――……。

 だとしたら―――いったい、どれほど辛かったことだろう。

 これまでのスレンツェの心情をおもんばかって胸を痛めながら、エレオラはそんな自分の勝手な解釈を戒めた。

 ―――いいえ、ダメね。全ては私の勝手な憶測に過ぎないもの。

 実情を知りもせず、勝手な憶測で同情を押し付けるのは失礼だ。

 例え報われないと、届かないと分かっていても、その人を想う気持ちを簡単に変えることなど出来はしない。それが恋で、その想いにどう向き合うかはその人次第だ。

 人の数だけ想いの形はあって、自分のように報われないと分かっていても傍にい続けることを選ぶ者もいる―――エレオラ自身はそうあることを望んでいるし、それを他人にとやかく言われたくはない。

 一人ひとり尺度が違って、無数にある想いの形。それに正解も不正解もないと思う。

 けれどやっぱり、時にはつまずくこともあるし、どうしようもないやりきれなさに襲われることも、晴れない悲嘆に暮れることもあるのだ。

「そうですね……いくつになっても心とは、ままならないものですね」

 スレンツェの言葉に心から同調しながら、エレオラは自身の思うところを伝えた。

「だから、時には心の赴くままに嘆いても悲しんでもいいんだと思います。むしろ、そうしてあげる必要があるのかもしれません。吐き出すことで少しでも心が楽になれば、理性とのバランスも取れてくると思うんです。感情って、そういうものじゃないですか」

 以前スレンツェに外出用の服を見立ててもらった時は、勇気を出して素直に嬉しいという気持ちを表現した。ずっと自分の内にあった彼への想いを認めて、わずかでもそれを形にしたことで、無意識下でわだかまっていたものが解けて、心のバランスが取りやすくなったような気がする。

「たとえありがたいものであったとしても、欲しいものとは違うものをもらっても心から喜べないのは当たり前なんですから、もっとご自分を甘やかしてあげて下さい。スレンツェ様はご自分に対して厳し過ぎるきらいがありますから、そういう気分の時くらい、大いに甘やかしてあげていいと思いますよ」

 心にわだかまる後ろ向きな感情を処理しきれずにいたスレンツェは、それが人としてごく自然なものだと肯定されて、重苦しい胸の内がわずかながら軽くなっていくのを感じた。

「……。確かに……そういうものなのかもしれないな……。だが、そんなふうに言ってもらえるとは思わなかった。自分を大いに甘やかす、か……なるほど、確かにオレは苦手かもしれないな」
「そう思います」

 間髪入れず肯定されて、スレンツェは苦笑した。

「心に留めておくよ。ありがとう……お前はいつもオレに新しい視点をくれるな」
「そう……でしょうか?」
「ああ。おかげで少し楽になった」

 その言葉通り、沈んでいたスレンツェの表情は少しだけ軽やかになったように見えた。そんな彼につられるようにして、エレオラの顔にも穏やかなほころびが広がる。

「お役に立てたなら良かったです」

 二人の頭上に広がる星の海は、先程よりその輝きを幾分増しているように見えた。
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