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しおりを挟むその日は、アドニスがどうしても散歩に行きたいとせがんできた。家遊びばかりを好み、家の外に出たがらない子なので、珍しいこともあるのだと思いつつ承諾する。
「風邪を引くと大変ですから、温かくしていきましょうね」
「うん」
エントランスでアドニスにアウターを着せながら微笑みかける。マフラーを巻いてやると、彼は眉を寄せながら身じろいだ。
「チクチクしますか?」
「う、うん。痒くてちょっと苦手かも」
スフィミアは自分が使っている高級な獣毛素材のマフラーを外して、アドニスのものと交換した。スフィミアの肌も敏感なので、一般的な繊維より細く、しなやかや肌触りのものを使っている。
「これならどうですか? 痒くないでしょう?」
「うん。ふわふわしてる」
マフラーに頬を擦り寄せて、滑らかな触り心地を堪能するアドニス。どうやら気に入ってくれたみたいだ。
「ふふ、私のお気に入りなんです。よかったらアドニス様にあげますよ」
「いいの……?」
「はい!」
「ありがとう、スフィミア」
彼はマフラーを撫でながら、「スフィミアの匂いがする」と頬を緩めた。
玄関を出ると、冷たい風が肌に触れた。向寒のみぎり。寒さが身体の芯まで染みていく。
アドニスは白い息を吐きながらスフィミアの手を引き、どこかへ連れて行こうとしている。公爵邸はかなり敷地が広く、隅々まで庭師の手入れが行き届いていて、飽きさせない工夫が凝らしてある。何か面白いものでも見つけたのだろうか。
アドニスの小さな手に引かれながら、おもむろに屋敷の方を振り返った。ちょうど、執務室の窓に目が留まる。
(本来の旦那様にお会いできないまま、とうとう冬になってしまったわね。お手紙だけだと物足りなさを感じるようになった……)
公爵邸に嫁いで来たのが夏の終わりだったので、あっという間にひとつの季節を通り過ぎてしまった。最初のころは、ハネスに会えなくとも平気だったのに、だんだんと切ない気持ちを抱くようになった。
「スフィミア、どうかした?」
つい立ち止まって思いに耽っていたら、アドニスが心配そうに顔色を伺ってきた。アドニスはハネスの幼少の姿だ。たまにハネスの面影を探してしまうけれど、ハネスとは全く別の存在だと考えている。
(旦那様の手は、きっと私よりも大きいのでしょう)
アドニスの小さな手を握りながらそんなことを思う。
「なんでもないです。さ、行きましょうか」
「うん」
二人は歩みを再開した。しばらく歩いて、連れられたのは湖だった。湖の水面はさざ波を打ち、青々とした空を映している。雪が降るくらい寒くなったら水面も凍るようになるだろう。
「あそこを見て」
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