【完結】旦那様に隠し子がいるようです。でも可愛いから全然OK!

曽根原ツタ

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 彼が指差した方向を目で追うと、湖のほとりにスイセンが。ラッパの形に似た花が凛と咲いている。

「わ……綺麗。あれを私に見せようと?」

 アドニスは照れくさそうにこくんと頷いた。

(か、可愛い~~!)

 なんだこの可愛い生き物は。無敵だ。生態系の頂点に立てる気がする。スフィミアが内心で悶えていると、彼は琥珀色の瞳でこちらを見つめて言った。

「高潔で凛としているところが、スフィミアに似ていると思ったんだ。スフィミアはその……すごく可愛くて綺麗だから」
「ギャフッ」
「ぎゃふ……?」

 ずきゅんと胸を撃ち抜かれる感覚に、スフィミアは胸を押さえて顔をしかめた。

「アドニス様はお上手ですね」
「お、おべっかとかじゃないよ!」
「ふふ、どうもありがとう」
「本当なのに……」

 全然間に受けていないスフィミアを見て、アドニスは不服そうに口を尖らせた。
 スフィミアよりアドニスの方がずっと可愛いと思う。

 風に揺られるスイセンを眺めていたら、アドニスのマフラーが風に飛ばされていった。

「スフィミアがくれたマフラーが……!」

 慌ててその後ろを追いかけていくアドニス。湖の水際は傾斜になっていて、非常に滑りやすい。――待って、と手を伸ばすが時はすでに遅く。湖に舞っていくマフラーを掴み損ねて体勢を崩したアドニスが、ばしゃんと水の中に落ちた。

「アドニス様……!」

 水面に顔を出し、ばたばたと暴れているアドニス。公爵邸の庭園の湖は深い。大人でも足が全然着かないほど。どうしてもっとちゃんと見ていなかったのだろう。一瞬の後悔のあとにアウターや防寒具を脱ぎ捨てて、薄いシャツのまま湖に入った。

(冷たい……。こんなに水温が低いと、アドニス様が凍えてしまうわ)

 身体中の細胞が凍ってしまいそうなほど水温が低い。深い水の中を泳ぎ、アドニスを後ろから抱き包んだ。水をいっぱい飲んで動揺している彼は、スフィミアの腕の中で暴れている。なんとか水上まで連れて行こうとした刹那。右足に鋭い痛みが走る。

(どうしよう……っ。足、つって……)

 その拍子に思い切り水を飲んでしまい、一気に苦しくなる。足の痛みのせいで上手く泳ぐことができず、ついにはアドニスのことを手放してしまった。

 意識が朦朧としてきて、どんどん沈んでいく。目線の先にいるアドニスを見ながら、ハネスの姿を思い浮かべた。このままでは、幼児化したままハネスまで死なせてしまう。――まだ、本当の姿の彼に会えていないのに。そんな考えが頭をよぎる。

(私、アドニス様のことも、ハネス様のことも大好きなんだ……)

 まだ会えていないけれど、ハネスのことが大好きだ。アドニスを通して、いつもハネスのことを想っていたのだと自覚する。

 呪いを克服するために協力するどころか、まだなんの力にもなれていない。親切にしてもらうばかりで、ハネスになんの恩返しもできていないのに。このままお別れなんて嫌だ。自分のせいで死なせてしまうなんて嫌だ。

(嫌、旦那様……っ、お願い、元の姿に戻って……)

 アドニスに手を伸ばしたそのとき。大きな腕に引き寄せられ、横抱きにされる。そのままどんどん湖面に上がっていく。

 腕に触れる節のある手。よく覚えている。風邪を引いて寝込んだ日に頬を撫でてくれたあの手だ。薄く目を開き、自分を抱えて泳ぐその人を見た。長いまつ毛が縁取る琥珀色の瞳は、大人になってもアドニスと同じだ。

(このお方が……私の旦那様……)

 スフィミアはそのまま、意識を手放した。
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