10 / 23
10
しおりを挟む彼が指差した方向を目で追うと、湖のほとりにスイセンが。ラッパの形に似た花が凛と咲いている。
「わ……綺麗。あれを私に見せようと?」
アドニスは照れくさそうにこくんと頷いた。
(か、可愛い~~!)
なんだこの可愛い生き物は。無敵だ。生態系の頂点に立てる気がする。スフィミアが内心で悶えていると、彼は琥珀色の瞳でこちらを見つめて言った。
「高潔で凛としているところが、スフィミアに似ていると思ったんだ。スフィミアはその……すごく可愛くて綺麗だから」
「ギャフッ」
「ぎゃふ……?」
ずきゅんと胸を撃ち抜かれる感覚に、スフィミアは胸を押さえて顔をしかめた。
「アドニス様はお上手ですね」
「お、おべっかとかじゃないよ!」
「ふふ、どうもありがとう」
「本当なのに……」
全然間に受けていないスフィミアを見て、アドニスは不服そうに口を尖らせた。
スフィミアよりアドニスの方がずっと可愛いと思う。
風に揺られるスイセンを眺めていたら、アドニスのマフラーが風に飛ばされていった。
「スフィミアがくれたマフラーが……!」
慌ててその後ろを追いかけていくアドニス。湖の水際は傾斜になっていて、非常に滑りやすい。――待って、と手を伸ばすが時はすでに遅く。湖に舞っていくマフラーを掴み損ねて体勢を崩したアドニスが、ばしゃんと水の中に落ちた。
「アドニス様……!」
水面に顔を出し、ばたばたと暴れているアドニス。公爵邸の庭園の湖は深い。大人でも足が全然着かないほど。どうしてもっとちゃんと見ていなかったのだろう。一瞬の後悔のあとにアウターや防寒具を脱ぎ捨てて、薄いシャツのまま湖に入った。
(冷たい……。こんなに水温が低いと、アドニス様が凍えてしまうわ)
身体中の細胞が凍ってしまいそうなほど水温が低い。深い水の中を泳ぎ、アドニスを後ろから抱き包んだ。水をいっぱい飲んで動揺している彼は、スフィミアの腕の中で暴れている。なんとか水上まで連れて行こうとした刹那。右足に鋭い痛みが走る。
(どうしよう……っ。足、つって……)
その拍子に思い切り水を飲んでしまい、一気に苦しくなる。足の痛みのせいで上手く泳ぐことができず、ついにはアドニスのことを手放してしまった。
意識が朦朧としてきて、どんどん沈んでいく。目線の先にいるアドニスを見ながら、ハネスの姿を思い浮かべた。このままでは、幼児化したままハネスまで死なせてしまう。――まだ、本当の姿の彼に会えていないのに。そんな考えが頭をよぎる。
(私、アドニス様のことも、ハネス様のことも大好きなんだ……)
まだ会えていないけれど、ハネスのことが大好きだ。アドニスを通して、いつもハネスのことを想っていたのだと自覚する。
呪いを克服するために協力するどころか、まだなんの力にもなれていない。親切にしてもらうばかりで、ハネスになんの恩返しもできていないのに。このままお別れなんて嫌だ。自分のせいで死なせてしまうなんて嫌だ。
(嫌、旦那様……っ、お願い、元の姿に戻って……)
アドニスに手を伸ばしたそのとき。大きな腕に引き寄せられ、横抱きにされる。そのままどんどん湖面に上がっていく。
腕に触れる節のある手。よく覚えている。風邪を引いて寝込んだ日に頬を撫でてくれたあの手だ。薄く目を開き、自分を抱えて泳ぐその人を見た。長いまつ毛が縁取る琥珀色の瞳は、大人になってもアドニスと同じだ。
(このお方が……私の旦那様……)
スフィミアはそのまま、意識を手放した。
326
あなたにおすすめの小説
病弱な私と意地悪なお姉様のお見合い顛末
黒木メイ
恋愛
幼い頃から病弱だったミルカ。外出もまともにできず、家の中に引きこもってばかり。それでもミルカは幸せだった。家族が、使用人たちがいつもミルカの側にいてくれたから。ミルカを愛してくれたから。それだけで十分――なわけないでしょう。お姉様はずるい。健康な体を持っているだけではなく、自由に外出できるんだから。その上、意地悪。だから、奪ったのよ。ずるいお姉様から全てを。当然でしょう。私は『特別な存在』で、『幸せが約束されたお姫様』なんだから。両親からの愛も、次期当主の地位も、王子様も全て私のもの。お姉様の見合い相手が私に夢中になるのも仕方ないことなの。
※設定はふわふわ。
※予告なく修正、加筆する場合があります。
※いずれ他サイトにも転載予定。
※『病弱な妹と私のお見合い顛末』のミルカ(妹)視点です。
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
妹の身代わりの花嫁は公爵様に溺愛される。
光子
恋愛
お母様が亡くなってからの私、《セルフィ=ローズリカ》の人生は、最低なものだった。
お父様も、後妻としてやってきたお義母様も義妹も、私を家族として扱わず、家族の邪魔者だと邪険に扱った。
本邸から離れた場所に建てられた陳腐な小さな小屋、一日一食だけ運ばれる質素な食事、使用人すらも着ないようなつぎはぎだらけのボロボロの服。
ローズリカ子爵家の娘とは思えない扱い。
「お義姉様って、誰からも愛されないのね、可哀想」
義妹である《リシャル》の言葉は、正しかった。
「冷酷非情、血の公爵様――――お義姉様にピッタリの婚約者様ね」
家同士が決めた、愛のない結婚。
貴族令嬢として産まれた以上、愛のない結婚をすることも覚悟はしていた。どんな相手が婚約者でも構わない、どうせ、ここにいても、嫁いでも、酷い扱いをされるのは変わらない。
だけど、私はもう、貴女達を家族とは思えなくなった。
「お前の存在価値など、可愛い妹の身代わりの花嫁になるくらいしか無いだろう! そのために家族の邪魔者であるお前を、この家に置いてやっているんだ!」
お父様の娘はリシャルだけなの? 私は? 私も、お父様の娘では無いの? 私はただリシャルの身代わりの花嫁として、お父様の娘でいたの?
そんなの嫌、それなら私ももう、貴方達を家族と思わない、家族をやめる!
リシャルの身代わりの花嫁になるなんて、嫌! 死んでも嫌!
私はこのまま、お父様達の望み通り義妹の身代わりの花嫁になって、不幸になるしかない。そう思うと、絶望だった。
「――俺の婚約者に随分、酷い扱いをしているようだな、ローズリカ子爵」
でも何故か、冷酷非情、血の公爵と呼ばれる《アクト=インテレクト》様、今まで一度も顔も見に来たことがない婚約者様は、私を救いに来てくれた。
「どうぞ、俺の婚約者である立場を有効活用して下さい。セルフィは俺の、未来のインテレクト公爵夫人なのですから」
この日から、私の立場は全く違うものになった。
私は、アクト様の婚約者――――妹の身代わりの花嫁は、婚約者様に溺愛される。
不定期更新。
この作品は私の考えた世界の話です。魔法あり。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
ヒロインが私の婚約者を攻略しようと狙ってきますが、彼は私を溺愛しているためフラグをことごとく叩き破ります
奏音 美都
恋愛
ナルノニア公爵の爵士であるライアン様は、幼い頃に契りを交わした私のご婚約者です。整った容姿で、利発で、勇ましくありながらもお優しいライアン様を、私はご婚約者として紹介されたその日から好きになり、ずっとお慕いし、彼の妻として恥ずかしくないよう精進してまいりました。
そんなライアン様に大切にされ、お隣を歩き、会話を交わす幸せに満ちた日々。
それが、転入生の登場により、嵐の予感がしたのでした。
姉妹同然に育った幼馴染に裏切られて悪役令嬢にされた私、地方領主の嫁からやり直します
しろいるか
恋愛
第一王子との婚約が決まり、王室で暮らしていた私。でも、幼馴染で姉妹同然に育ってきた使用人に裏切られ、私は王子から婚約解消を叩きつけられ、王室からも追い出されてしまった。
失意のうち、私は遠い縁戚の地方領主に引き取られる。
そこで知らされたのは、裏切った使用人についての真実だった……!
悪役令嬢にされた少女が挑む、やり直しストーリー。
厄介払いされてしまいました
たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。
十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。
しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる