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一章
〈4〉小公爵様、取引しましょう(4)
しおりを挟む「ロベリア様……! 今日もお昼、ご一緒してもよろしいですか……?」
鈴を転がすような愛らしい声でそう言い、駆け寄ってくる可憐な少女――ナターシャ。ここ数日で、ロベリアと彼女はすっかり仲良くなり、彼女も好意を持って声をかけてくれるようになった。
「ええ、勿論!」
ロベリアが微笑むと、彼女は満面の喜色を湛える。素直な反応が、たまらないほどいじらしい。
『――大した身分でもないくせに、皇太子と侯爵令息に取り入る図々しい女』などと噂されるナターシャだが、そのような打算や強かさは微塵も感じない。全くの潔白である。
「ねえナターシャ。あなたに紹介したい人たちがいるのだけれど、良かったら会ってくれないかしら?」
「……私に紹介、ですか……?」
「ええ。私の友人なの。きっとあなたにも良くしてくれるわ」
「ロベリア様のご友人でしたら、きっととても素晴らしい方々なのでしょうね。でも……私では、皆さんの気分を悪くしてしまうかもしれません」
「そういう人たちではないわ。あなたの気が乗らないなら無理にとは言わないけれど」
「いえ……! ぜひ、お会いしたいです。楽しみにしています……!」
目をきらきらと輝かせた彼女を見て、ロベリアは安堵した。
このままナターシャを孤立状態にさせておく訳にはいかない。ロベリアとしては、自分以外にも友人ができたら心強いと考えていた。
◇◇◇
数日後のとある休日。
アヴリーヌ公爵邸で、お茶会が開かれた。勿論その目的は、ナターシャを友人たちに紹介するため。これを機に、彼女の学園内での名誉を挽回していけたらそれに超したことはないが、彼女を悪意から守ってやる友人は一人でも多い方がいいだろう。
アプリコットジャムで艶出しされた苺のタルトに、口溶けなめらかなガトーショコラ、粉糖をまぶしたバスクチーズケーキ。それから、野菜たっぷりのキッシュと、サンドイッチ――。
三段のティースタンドには、お菓子と軽食が盛り付けられている。アヴリーヌ家のシェフが用意したアフタヌーンティーセットだ。
一同でテーブルを囲い、ナターシャを中心とした会話に花を咲かせる。
「ナターシャ様って、本当に綺麗な顔をしてるな! 人形みたいだ!」
「え、えっと……ありがとう、ございます……」
ナターシャの顔を食い入るように観察している彼女は、シュベット・ハリス。彼女は女性の中では珍しい、皇立学園の剣術学部所属で優秀な騎士の卵だ。明るく快活で、ざっくばらんな性格をしている。
「こらシュベット! あんた顔が近いのよ。ナターシャさんが困ってるじゃない。あんたにはパーソナルスペースってもんがないの?」
「わ、これは失敬! ウチったらつい気が回らなくて……」
無遠慮にナターシャの顔を覗き込んでいたシュベットを引き剥がしてたしなめたのは、タイス・ブライスラーだ。侯爵家の令嬢で、姉御気質。人情に厚いが、ロベリアよりも気が強く怒らせたら怖いタイプだ。
「悪いわねナターシャさん。嫌だったらあんたもはっきり言っていいのよ?」
「い、いえ……っ。私、こういう賑やかな場には不慣れで緊張してしまって。でも、皆さんが親切にしてくださるので、とっても楽しいです……!」
ナターシャの花のような笑顔に、一同は和やかな気分になった。――しかし、メンバーの一人で、商業会社の社長令嬢リリアナ・フィギスのひと言で場の空気が凍りつく。
「こんなにも愛らしくて、素敵なお人柄なのですから、ユーリ様や皇太子殿下に慕われるのも納得ですね」
「…………」
ナターシャ・エヴァンズといえば、かの二人の寵愛を受けていることで、恐ろしく令嬢たちから嫌悪されている。ナターシャ本人も自覚しており、そう易々と触れていい話題ではないことは確かだ。しかし、リリアナはそんな暗黙の了解などつゆ知らず。彼女はいつもおっとりしてマイペース。そして少々空気が読めないところがある。
(悪気がないのは分かってるけど、リリアナ。それはタブーよ。ほら、ナターシャの顔がめちゃくちゃ引きつってるじゃない)
侯爵令嬢ポリーナ・エーメリーが、ひっそりと耳打ちする。ポリーナはロベリアの友人たちの中では最も気配り上手で、相手の感情の機微に聡い。
「リ、リリアナちゃんってば、その話をするのはちょっと無神経だよ」
ポリーナの苦言に、リリアナは慌てて弁解した。
「ご、ごめんなさい……! 悪気はなかったのです。どうかあしからず……!」
他方、ナターシャは苦笑を浮かべながら首を横に振った。
「いいえ、どうかお気になさらないでください。私が学園の皆様にどう思われているかは、自覚しているんです。……そのせいで、マティアス殿下にも、ユリちゃん――えっと、ユーリ様は幼馴染なんですけど、彼にも迷惑をかけてばかりで……。私が立ち回るのが下手なせいで、申し訳ないなと思ってるんです」
ナターシャに責めるべき点はない。彼女が嫌われ者になっているのは、小説のストーリーの上で必要な過程だからだ。ナターシャの疎まれ方は、普通ではない。物語では必要な要素であったとしても、現実に生きている彼女には、あまりに過酷な状況だろう。ロベリアは小さく息を吐いた。
「あなたは、自分に恥じることをしていないなら胸を張って堂々としていなさい。学園にいる限りは、私が必ず力になるわ。……シュベットにタイス、リリアナ、ポリーナ。あなたたちも、ナターシャのこと気にかけていてほしいの。私からのお願いよ」
「合点承知! いいよ、ウチらに任せな」
調子良く即答したシュベットに続き、他の三人も頷いた。ナターシャは感激し、また瞳を潤ませている。ロベリアの友人たちは、とても良心的な人物だ。ロベリアもまた彼女たちに、心からの感謝を抱いた。
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