【完結】小公爵様、死亡フラグが立っています。

曽根原ツタ

文字の大きさ
11 / 51
一章

〈11〉私は決して怪しい者ではございません(5)

しおりを挟む
 
 ナターシャの無事と事の仔細を報告すべく、生徒会室へ戻る。すると、大きな扉にもたれかかりながらユーリが待っていた。

「ほら、あなたの大事な大事なナターシャはちゃーんとお連れしたわよ」
「ご苦労さま」

 ユーリは扉を開き、ナターシャとロベリアを中へと促した。ナターシャが生徒会室へ入るやいなや、王太子の熱い抱擁が彼女を待ち受けていた。

「マティアス様……っ」
「――ナターシャ」

(……!?!?)

 ロベリアは、突如目の前で繰り広げられる劇的なラブシーンに唖然とした。マティアスは人目もはばからず、ナターシャの頬を確かめるように撫でている。
 生徒会室の他の役員らは、二人の様子に全く見向きもしない。ユーリは、やれやれといった風に首を横に振っている。――恐らく、これは珍しい光景ではないのだろう。

(えー……。これじゃ、目をつけられても文句言えないじゃない。……このバカップル)

 ロベリアは呆れ混じりの半眼を向けた。

「すまないが、俺は彼女を停車場まで送ってくる」
「はいはい、お好きにどうぞ」
「ああ」

 ユーリは寄り添い合う二人を手で追い払った。

 窓の外に視線をやると、日が沈みはじめており、生徒会の生徒たちも帰りの支度を整えていた。ユーリは、ソファの背もたれにかけていた制服の上着を手に取ってこちらに言った。

「君。ちょっと僕に付き合って」


 ◇◇◇


 ユーリに連れられて、ロベリアは校舎の屋上へと来た。春の終わりの夜は、まだ肌寒い。
 彼と並んでレンガ造りの床に腰を下ろすと、彼はロベリアの背に自分の上着を掛けた。

(……こういうところは、さり気ないのね)

 ユーリは、屋上からの景色を眺めながらおもむろに話し出した。

「君は、大人しそうに見えて結構度胸があるんだね。……不覚にも、ちょっと格好いいと思ったよ。……ありがとう、ナターシャを助けてやってくれて」
「ふふ、どういたしまして。あなたって、あの子の母親みたいね」

 ユーリの柔らかな黒髪が、夜の風に吹かれてなびいている。ロベリアかぼんやりとその怜悧な横顔を見ていると、彼が続けた。

「……君の目には、僕が困っているように見えたのかい?」
「…………」

 それはきっと、ロベリアが無茶な取引を持ちかけて、ナターシャへの執着を手放した方がいいとほのめかした件についてだろう。あのときロベリアは、『困っている人は助けるのが信条』だと彼に語った。

「困っている……というより、ユーリ様の生き方は、とても窮屈に見えるわ」

 ユーリがナターシャにこだわっているのは、彼の不幸な境遇が背景にある。彼は、ローズブレイド公爵家の正妻の子ではなく、公爵と妾の間で出来た婚外子だった。ユーリの実母は幼い頃に亡くなり、屋敷では正妻と父と共に暮らしていた。

 父親との関係は希薄、義母からは妾の子として虐げられていた。ユーリは幼い頃から愛情に飢え、孤独を抱いて育った。――そんなとき、唯一ユーリに手放しで優しさを向けたのが――ナターシャだったのだ。

 ユーリは、自分に愛情を持ってくれるのは、ナターシャだけだと思い込んでいる。幼少から精神の奥深いところに刷り込まれた意識というのは、そう簡単に覆るものではない。

「窮屈……か。確かにそうかもしれない」

 ユーリが、自分の深い愛情をひた隠しにし、幼馴染としてナターシャの傍らにい続けた日々の苦悩や葛藤。ロベリアは小説を読み、彼の心理をよく知っている。

「ユーリ様は、疑い深くて、人を信頼することを恐れていらっしゃるでしょう。……けれどね、周りを見渡せば、優しい人は案外沢山いるものだと思うわ」

 ユーリはこちらを振り向いた。

「君は不思議だ……。心の全てを見透かされているような、そんな感覚がする。僕は他人に踏み込まれることが何より嫌いなのに、なぜか君のことは嫌じゃない。……どうしてかな」
「…………」
「僕も他人の感情の機微に敏感な方なんだ。君は……悪い人ではないような気がする。君のことは、少し信じてみてもいいかなって思ったんだ」
「それは……光栄ですわ」

 ロベリアはやけに気恥しさを覚え、そっと目を逸らした。すると、その様子を見た彼が小さく微笑む。その表情は、いつも彼が顔に貼り付けている嘘くさい笑顔ではなく、ちゃんと感情が伴っていて――人間らしい笑顔だった。

「僕のナターシャへの気持ちは、独りよがりなものだ。僕自身が一番よく分かっている。……でも、理屈ではどうにもならないのが感情だ」
「大丈夫。ユーリ様ならきっと、良い方へ進んでいけるわ」  

 ユーリの人間不信は深刻だった。家庭環境が特に大きく影響しているが、とにかくナターシャ以外の人間を極端に拒んで寄せ付けない。ユーリを気遣う友人も過去にはいたが、裏切りを恐れて彼らのことを自分から突き放してきた。人を試すような態度も、軽薄な言動も、多くが人への不信感から来ている。

(一筋縄ではいかないかもしれない。……でも、人間はいくらでも変われるものだわ)

 空を見上げると、暗闇の中に満天の星が広がっている。空気が澄んでいて、星々が近くに感じられる。ロベリアは、春の終わりの夜空に思いを馳せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

最初から勘違いだった~愛人管理か離縁のはずが、なぜか公爵に溺愛されまして~

猪本夜
恋愛
前世で兄のストーカーに殺されてしまったアリス。 現世でも兄のいいように扱われ、兄の指示で愛人がいるという公爵に嫁ぐことに。 現世で死にかけたことで、前世の記憶を思い出したアリスは、 嫁ぎ先の公爵家で、美味しいものを食し、モフモフを愛で、 足技を磨きながら、意外と幸せな日々を楽しむ。 愛人のいる公爵とは、いずれは愛人管理、もしくは離縁が待っている。 できれば離縁は免れたいために、公爵とは友達夫婦を目指していたのだが、 ある日から愛人がいるはずの公爵がなぜか甘くなっていき――。 この公爵の溺愛は止まりません。 最初から勘違いばかりだった、こじれた夫婦が、本当の夫婦になるまで。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

処理中です...