隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
1 / 38

一、婚約者との語らい

しおりを挟む
 

  

  

「フィロメナ。俺はこの度、魔法騎士の特別訓練を受けられることになった」 

 婚約者であるベルトラン・カルビノ公爵子息がそう言った時、ロブレス侯爵家長女のフィロメナは、まったく違うこと・・今日履いている自分の靴の事を考えていた。 

 

 やっぱり、靴は鹿革が最高よね。 

 きちんとなめすと、それはもう、履き心地が違うわ。 

 

「魔法騎士の、特別訓練ですか?」 

 それでも、そんなことは日常茶飯事のフィロメナは、思考を切り替え返事をする。 

「ああ」 

 今ふたりが歩いているのは、フィロメナの生家であるロブレス侯爵家自慢の庭園。 

 季節も春を迎え、よく手入れをされた美しい花々が色とりどりに咲き乱れているのだが、ふたりは、それらを見ても何を語ることなく、立ち止まることもなく、ただひたすらに歩いていた。 

 しかも、並んで歩くのではなく、前後で。 

 そんなふたりに漸く最初の会話が生じたのは、広い庭園の中央付近にある大きな池にかかる橋へと、到達しようかという頃だった。 

 しかも、会話と言っていいのか、というほどに短いそれを、しかしフィロメナは当然と受け止める。 

 

 相変わらず、私と話をするのは嫌そうね。 

 それもそうか。 

 私は隠れ蓑の婚約者で、本命はマリルー王女殿下なんだから。 

 魔法騎士の特別訓練も、恋しい彼女のため、か。 

 

 魔法騎士の特別訓練とは、その名の通り特別なもので、魔法騎士であれば誰でも受けられるというものではなく、魔法騎士としての経験と実績、加えて人品じんぴんも求められるため、試験を受けるだけでも大変に狭き門となっており、その資格を得たというだけでとても名誉なことだということは、フィロメナでも知っている。 

 しかしそれ故に、内容は秘匿されている厳しい特別訓練を無事修了できれば伯爵の地位を得ることが出来るという、ベルトランのように、公爵家の生まれとはいえ、三男で家を継げない貴族子息が得ることの出来る、最高の出世道ともなっていた。 

 

 そうよね。  

 マリルー王女殿下に相応しい立場、ほしいわよね。 

 

 ベルトランは既に、自身で騎士爵の地位を得ているが、王女が降嫁するには爵位が足りない。 

 通常であれば伯爵でも難しいだろうが、生家が公爵家ということ、何より魔法騎士の特別訓練を修了したという実績があれば、認められないということは無いのだろうとフィロメナは考える。 

 

 でもだからこそ、魔法騎士の特別訓練は非常に厳しいと聞くわ。 

 それこそ、やっと得た資格なのに、修了まで耐え切れずに途中離脱する方の方が多いって。 

 でもきっと、ベルトラン様なら、やり遂げるのでしょうね。 

 マリルー王女殿下のために。 

 

 どれほど厳しくとも、己の信念、真に欲するもののために成し遂げるのだろうと、フィロメナはベルトランの広い背を見つめた。 

「ベルトラン様が、特別訓練を望んでいらっしゃるとは知りませんでしたが。おめでとうございます」 

「ありがとう。目標としていても、受けられるかどうかは分からないからな。もし叶わない時は恥だと思って言わなかった。だが、こうして受けられることになったからには、無事、遊撃の地位を得ると約束する」 

 『特別訓練を受けたいと思っていたなんて、知りませんでした。初耳です』という、少々の嫌味を込めて言ったフィロメナに、ベルトランは少し照れたような、淡い笑みを浮かべて言う。 

 

 なっ。 

 そ、そんな風に言われると、私の心が狭いみたいじゃない。 

 しかもそんな、照れたみたいな顔。 

 不覚にも『ちょっと可愛い』とか思っちゃった気持ちを返して!  

 

「えと・・あの・・・え?遊撃の地位、ですか?伯爵位ではなく?」 

 初めて見るベルトランの表情に、ひとりおろおろしてしまったフィロメナは、漸く聞きなれない言葉を言われたことに気付き、聞き返す。 

「伯爵位も貰えるが、遊撃の立場も得ることが出来る。つまり、自由に動くことが出来るというわけだ」 

「そうなのですね・・・遊撃」 

 自由に動くことが出来ると言われても、普通の魔法騎士と何が違うのか、今一つ理解できていないフィロメナだが、それをベルトランが目指しているということだけは、よく分かった。 

 

 きっと、ご自分の立場をもっと高める、ということよね。 

 ベルトラン様の想い人は、マリルー王女殿下なのだもの。 

 その立場を得ていた方が、より相応しい地位を得られるということなら、納得だわ。 

 

「ああ・・・それで」 

 『王女殿下に相応しい立場を得るって大変なのね』と、フィロメナがひとりで納得していると、ベルトランが、ちらりとフィロメナに振り向き、何かを言いかけるも、続きを音にすることなく再び歩き出す。 

「ベルトラン様?」 

「これは、言い難い、というか。言いたくも無いのだが・・・」 

 

 え!? 

 何ですか!? 

 こっちに背中むけて、ぼそぼそ言っても聞こえませんが! 

 

「わたくしに、お話しなさる必要のある事柄でしたら、お願いします」 

 何やらぶつぶつ言っているベルトランに内心で苛々と怒りまくりながらも、表面は淑女としての笑みを張り付けて言ったフィロメナに、ベルトランが小さく息を吐いた。 

「申し訳ないが、訓練期間は、自由に外出も出来ない」 

 『すまない』と重ねて言うベルトランに、フィロメナは小さく首を横に振る。 

「お謝りになることなんて、ありませんわ。つまり、こうして我が家をお訪ねくださることも難しいということですわよね?」 

「そうだ」 

「因みに、わたくしの方からお会いしに行くことは可能ですか?」 

 これまで、幾度か魔法騎士の詰め所へ差し入れをしたことのあるフィロメナが問えば、ベルトランが厳めしい顔つきになった。 

「面会や娯楽は、全面禁止されている」 

「そうなのですね。ご家族でも?」 

「例外は無い」 

「まあ」 

 訓練中は、家族を始め誰に会うことも禁止されていると聞き、フィロメナは、驚愕して目を見開いてしまう。 

 

 厳しいというのは、そういう面も含めてなのね。 

 家族や友人にも会えないなんて、精神的にとても厳しい環境だもの。 

 それに娯楽も無しだなんて。 

 癒しは何処に? 

  

「一年だ」 

「はい」 

「一年で、遊撃の地位を得てみせる」 

 堂々と言い切るベルトランに、フィロメナは微笑みを浮かべた。 

「ベルトラン様なら、きっとやり遂げると信じております」 

「ありがとう。期待を裏切らないと、約束する。だから・・いや、何でもない」 

  

 ふむふむ。 

 で、その一年が終わったら婚約解消かしらね。 

  

 何かを言いかけてやめたベルトランに、フィロメナはきたる一年後を思う。 

 カルビノ公爵家の三男であるベルトランとロブレス侯爵家の長女、とはいえ家を継ぐ兄のいるフィロメナの婚約が何故成立したのか。 

 それはもう、政略というひと言に尽きるということを、フィロメナは良く知っている。 

 何故ならベルトランは、マリルー王女殿下と幼い頃から交流があり恋仲だ、ということを、フィロメナは、マリルー本人から聞かされたのだから。 

『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』 

 そう言ってにっこり笑ったマリルーは、可愛くも相容れない性質だったとフィロメナは回想する。 

 尤も、ひとの趣味など色々なので、ベルトランがマリルーに惹かれていようとも趣味が悪いなどと断じるつもりはない。 

 ただ、巻き込まないで欲しかったとは思う。 

  

 でも、格好いいとも思うのよね。  

  

 望めば恐らく、生家のカルビノ公爵家が持つ伯爵位を得ることも可能だったろうに、家の力に頼ることなく日々研鑽を重ねるベルトランは、凛として清しいとフィロメナは感じている。 

 銀の髪に紫の瞳という貴公子らしい容姿に加え、長身で鍛えた体躯を持つベルトランは、令嬢たちにとても人気があり、魔法騎士としての評価も高い。 

 

 でも、それだけじゃないのよね。 

 

 確かにそれもベルトランの魅力ではあるが、真の魅力は他にあると、フィロメナは凛と佇むベルトランを見つめた。 

 

 信念があること。 

 それを貫く、強い意志があること。 

 

 羨ましくない、なんて言ったら、嘘よね。 

 

 その信念をもってベルトランが得ようとしているのは、マリルー王女に相応しい地位。 

 それほどの想いを、ベルトランから捧げられるマリルー王女を思い、令嬢除けの隠れ蓑婚約者にすぎないフィロメナは、小さくため息を吐いた。 

 
~・~・~・~・~・~・
ありがとうございます。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね

さこの
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。 私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。 全17話です。 執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ​ ̇ ) ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+* 2021/10/04

幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!

ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。 同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。 そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。 あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。 「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」 その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。 そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。 正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。

〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした

ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。 自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。 そんなある日、彼女は見てしまう。 婚約者に詰め寄る聖女の姿を。 「いつになったら婚約破棄するの!?」 「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」 なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。 それを目撃したリンシアは、決意する。 「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」 もう泣いていた過去の自分はいない。 前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。 ☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m ☆10万文字前後完結予定です

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

処理中です...