29 / 38
二十九、登城
しおりを挟む「カルビノ公爵夫妻、ロブレス侯爵夫妻。そしてロブレス侯爵令嬢、よく参られた。そして、このように人目を忍ぶように登城させて、すまない」
フィロメナと両親が、カルビノ公爵夫妻と共に登城し、密かに案内された部屋へ入ってすぐ、王太子セリオと第一王女ロレンサ、そして第二王女メラニアが揃って姿を現し、王太子セリオが代表して謝罪の言葉を口にした。
「王太子殿下。謝罪は不要に願います。私共も、殿下方にお考えがあることは承知しておりますゆえ」
それに対しカルビノ公爵が即座にそう答え、フィロメナの父であるロブレス侯爵も続いて頭を下げる。
「実は、カルビノ公爵には既に内情を説明しているが、この度ベルトランが特別訓練を修了したことを受けて、父が彼を、マリルーの騎士として発表すると言い出した」
王太子セリオのその言葉に、ロブレス侯爵が、不快そうに眉を顰める。
「それは。しかし、ベルトラン殿は、我が娘フィロメナと正式に婚約していますれば、不可能なことかと」
国王が、王女の騎士として発表する。
それは即ち、その騎士がただひとり、その王女の騎士となること、ひいては婿となることを意味する。
しかしベルトランは既にフィロメナと正式に婚約しているゆえに、そのような事態は起こり得ない。
もし、王女と騎士が互いに望むような事態となっても、まずは婚約者の家に話を通し、穏便に婚約を解消して、その後にと、慎重に事を運ぶことが必須であり、国王と言えど、それらすべての手順を飛ばすような勝手なことをすれば、貴族を愚弄したと、糾弾されることは免れない。
「そうなのだが。父はその辺り、どうとでもなると思っている節がある・・ああ、カルビノ公爵夫妻も、ロブレス侯爵夫妻も、ここでは何を発言しても不敬に問わないと約束する。もちろん、ロブレス侯爵令嬢もだ」
貴族同士の約束、しかも王家も認めた婚約をどうとでもなると考えている。
そう聞いたロブレス侯爵の目に怒りが宿るのを見た王太子セリオは、先回りをしてその発言の自由を認めた。
「ありがとうございます。では陛下は、我ら貴族の意向など、どうでもいいとお考えでいるということでしょうか」
「有体に言えば、その通りだ。一国の王とも思えぬ愚考だがな」
ため息と共に言う王太子セリオは、実の親であるがゆえに庇うということもなく、むしろ一番の被害者では思うほど、疲れた表情を浮かべる。
ここまでの色々な遣り取りで、王太子セリオの、表には決して出さない真の表情というものを見るようになったロブレス侯爵は、父親のような心持ちにもなって、王太子セリオの責任ではないと改めて思った。
親のやらかしを子が償うとは、何とも理不尽だとも。
「あの。ベルトラン様は、今どこにいらっしゃるのでしょうか?特別訓練の期間は終了したと、伺ったのですが。もしや、マリルー王女殿下のもとに、いらっしゃる、のですか?」
登城すれば、その姿を見られるかもしれない、少なくとも、何があったかの情報はすぐに得られると思っていたフィロメナは、姿を見せないベルトランが、マリルー王女の騎士に望まれたと聞いて、気が気ではない。
「っ!ベルトランがマリルー王女の所になんて、そんなことは絶対にないわ!」
フィロメナのその言葉に、カルビノ公爵夫人がすぐさま反応し、フィロメナの前まで素早く移動すると、しっかりとその手を握った。
「フィロメナ!ベルトランは、貴女しか見えていないの!色々、馬鹿な息子だけど、それだけは信じてあげて!」
「カルビノ公爵夫人」
叫ぶように言い、握ったフィロメナの手を幾度も上下に振るカルビノ公爵夫人の必死な目を、フィロメナはじっと見つめ返す。
「カルビノ公爵夫人の言葉は本当よ、フィロメナ。ベルトランは、不器用だし要領も悪いし、色々間も悪いけど。その実貴女のことしか見えていないし、誠実ではあるから、信じてあげて」
ロレンサ王女の言葉に、フィロメナは、思い切ったようにその問いを口にした。
「それなら・・ベルトラン様は。では、あの。今、どちらに?」
ベルトラン本人が望まなくとも、国王とマリルー王女は、ベルトランを婿にするつもりでいる。
そして、ベルトランは、ここに来ない。
それがもし、ベルトラン本人の意思で来ないのではなく、来られないのだとしたら。
そこから導かれる嫌な予感に、フィロメナは身を震わせた。
「ベルトランは今、国王の手の者により、騎士を収監するための塔に監禁されている」
「っ!」
王太子セリオの言葉に息を呑んだフィロメナは、嫌な予感が当たってしまったと、青くなって首を横に振る。
「そんな・・そんな場所にベルトラン様が」
「ああ、大丈夫よフィロメナ。ベルトランなら、本当はすぐに出て来られるような設備だし、そもそも、ベルトランを捕らえた相手はベルトランより何もかもずっと劣る男で、本来なら、何があってもベルトランが捕まるような相手じゃないから」
心配は無用と、さばさばと言うメラニア王女に、けれどフィロメナは首を傾げた。
「ええと。でも、ベルトラン様は、そこに収容されてしまったのですよね?つまりは、相手の方の実力はベルトラン様に劣るとも、すぐ出てこられるとも、陛下のご命令であるゆえに、従っているということではないのですか?」
「ベルトランが大人しくしているのは、父上の命ゆえではないな。私の指示ではあるが」
王太子セリオがそう言った時、ロブレス侯爵が何かに気付いたように口を開く。
「もしやそこに、我が娘が絡んで来るのでしょうか」
きらりと光ったその瞳を、王太子セリオがゆっくりと見返す。
「ロブレス侯爵。何か、気になることでもあったか?」
「この数日、娘の近辺で不可思議なことが相次ぎました」
王太子セリオに、真顔で答えたロブレス侯爵の言葉に、娘であり、話の本人であるフィロメナは、驚き、目を見開いた。
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。
778
あなたにおすすめの小説
邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです
ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね
さこの
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。
私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。
全17話です。
執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ ̇ )
ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*
2021/10/04
幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!
ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。
同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。
そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。
あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。
「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」
その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。
そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。
正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。
〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした
ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。
自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。
そんなある日、彼女は見てしまう。
婚約者に詰め寄る聖女の姿を。
「いつになったら婚約破棄するの!?」
「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」
なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。
それを目撃したリンシアは、決意する。
「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」
もう泣いていた過去の自分はいない。
前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。
☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m
☆10万文字前後完結予定です
真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる