王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)

文字の大きさ
28 / 32

二十七、複雑な嫉妬

しおりを挟む
 

 

 

「俺の魂が孔雀のぬいぐるみと融合する、か。そうなると、俺はこの体に永遠に戻れないということだな」 

 バルケリー伯爵邸に戻ったエヴァリストは、ピエレットに抱かれた状態で己が体を見つめ、小さく呟いた。 

「エヴァ様!そのように弱気になられないでくださいませ。きっと、エヴァ様は元のお体にお戻りになられます」 

「しかし、ルシールの言うことも一理あるだろう」 

 孔雀のぬいぐるみを新たな体としてエヴァリストの魂が定着、融合したのなら、そういったことも有り得るとエヴァリストは続ける。 

「たとえそうだとしても、わたくしはずっとエヴァ様のお傍におります。どこにでもお供しますので!どうぞ、わたくしを手足としてお使いください」 

「・・・・・ああ、ごめんレッティ。冗談だった」 

「え?」 

「だから、その。俺の魂が孔雀のぬいぐるみと融合して、という話だ。確かに、状況だけを見ればそういう可能性もあるのだろうが、あの女が言っていただろう?ペンダントがあれば、俺は元の体に戻れる、と」 

 エヴァリストに言われ、ピエレットは、ぴきぴきと音がしそうな動きでエヴァリストの体と、孔雀のぬいぐるみを見た。 

「そういえば、そうでしたね」 

「まあ、ルシールはあの話を聞いていないからな。可能性として、言ったのだろうが。否定することもでないし、確定したことでもないからな。一瞬、どきりとはした」 

 

 つまり、エヴァ様は、あのお話を聞いた時は一瞬驚いたけれど、ペンダントの件を思い出して冷静になった、ということですわね。 

 ええと。 

 ルシール王女殿下は、そもそもペンダントのお話を知らないので仕方ないとして。 

 私は? 

 

「わたくし、ペンダントの件も知っていましたのに、考えがそこまで及びませんでした。浅慮ですね」 

 ずううん、と落ち込んだピエレットに、エヴァリストが焦ったような声をあげる。 

「レッティ!すまない。俺が元に戻れなかったら、と言った時のレッティの言葉が嬉しくて、調子に乗ってしまった」 

「エヴァ様」 

「そもそも、俺がそんな風に言ったら、レッティはどうするかと思っただけなんだ。本当にすまない」 

 軽い気持ちで傷つけてしまった、とエヴァリストに謝罪され、ピエレットは首を横に振った。 

「大丈夫です。でもちょっと悔しかったので、何かの折にお返しします」 

「え」 

「ふふ。冗談、ですよ」 

 軽く孔雀のぬいぐるみの頭をつつき、ピエレットがくすりと笑う。 

「レッティ」 

「それにしても。こうして見ると、エヴァ様って本当にきれいなお顔立ちをされていますね」 

「そうか?」 

 自分の顔になど然程興味はない、とエヴァリストは素っ気ない。 

「そうですよ。まつ毛も長いですし、お鼻の形も見事です。それに、唇も赤くて。あ、そうだ。以前、侍女が眠っている方のお話をしてくれたのです」 

「眠っている方の話?それで、話が成立するのか?寝ているだけなのだろう?」 

 どういうことだ、というエヴァリスト・・孔雀のぬいぐるみに笑いかけて、ピエレットは眠るエヴァリストの襟元を優しく叩いた。 

「眠りについた理由が、なんでも、どなたかの嫉妬で呪いを受けたから、だそうなのですが、その方には、相愛の許嫁がいらして。許嫁の姫君は、毎日その方を見舞ったそうです。そして、ある日」 

「ある日?」 

「いつまでも目覚めないその方の唇に、目覚めてくださいと呟きながら、指をそっと当てたのですって。そうしたら、瞼が震えて。あとすこし、と思った姫君は、そのまま唇を重ねたそうです」 

「っ!」 

「触れるだけの口づけをして離れた時、ぱっちりと開いた彼の方と視線が合って。恥ずかしくも幸せな気持ちになった、と聞きました」 

 眠るエヴァリストを優しく見つめて言うピエレットに、しかし孔雀のぬいぐるみに仮住まいのエヴァリストは、発火しそうなほどの羞恥、衝撃を受けた。 

『レッティが俺の唇に指で触れて、そして』 

「でも、エヴァ様の場合、必要なのはあのペンダントであって、わたくしではないのが残念です」 

「残念・・そうだな」 

『俺も、とても残念だレッティ。いやしかし、レッティには俺から口づけするのが理想だから、いいのか』 

 少々複雑な思いがするエヴァリストに、ピエレットが明るい声を出す。 

「ですが、ペンダントは何とかしてこちらへお借りいただけると、デュルフェ公爵夫妻もお約束してくださいましたし、一安心ですね」 

「ああ。そして、そのペンダントで、俺を戻すのは、レッティ、君がやってくれ」 

 エヴァリストの言葉に、ピエレットは不安そうに瞳を寄せた。 

「わたくしに、あのペンダントが扱えるでしょうか」 

「あの女に扱えたのだ。問題ないだろう。俺は、レッティがいい」 

 目覚めると確信していても、もしものことがある。 

 その時に、ピエレットの手によってそうなったというのなら、諦められるとエヴァリストは言い切った。 

「分かりました。わたくしも、エヴァ様をこの手で目覚めに導きたいです」 

「頼むな、レッティ」 

「はい。エヴァ様」 

 そう言って、ピエレットは孔雀のぬいぐるみの頭を撫で、次いで眠るエヴァリストの前髪をそっと払う。 

『ああ。早く戻りたい』 

 ピエレットの手が優しく自分の体に触れるのを見つめ、エヴァリストは何とも言えない気持ちが込み上げるのを感じていた。 

 


~・~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、ありがとうございます。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

その愛情の行方は

ミカン♬
恋愛
セアラには6歳年上の婚約者エリアスがいる。幼い自分には全く興味のない婚約者と親しくなりたいセアラはエリアスが唯一興味を示した〈騎士〉の話題作りの為に剣の訓練を始めた。 従兄のアヴェルはそんなセアラをいつも見守り応援してくれる優しい幼馴染。 エリアスとの仲も順調で16歳になれば婚姻出来ると待ちわびるセアラだが、エリアスがユリエラ王女の護衛騎士になってしまってからは不穏な噂に晒され、婚約の解消も囁かれだした。 そしてついに大好きなエリアス様と婚約解消⁈  どうやら夜会でセアラは王太子殿下に見初められてしまったようだ。 セアラ、エリアス、アヴェルの愛情の行方を追っていきます。 後半に残酷な殺害の場面もあるので苦手な方はご注意ください。 ふんわり設定でサクっと終わります。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。なろう様他サイトにも投稿。 2024/06/08後日談を追加。

貴方は私の

豆狸
恋愛
一枚だけの便せんにはたった一言──貴方は私の初恋でした。

婚約破棄は踊り続ける

お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。 「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

冷たい婚約者が「愛されたい」と言ってから優しい。

狼狼3
恋愛
「愛されたい。」 誰も居ない自室で、そう私は呟いた。

幼馴染と結婚したけれど幸せじゃありません。逃げてもいいですか?

恋愛
 私の夫オーウェンは勇者。  おとぎ話のような話だけれど、この世界にある日突然魔王が現れた。  予言者のお告げにより勇者として、パン屋の息子オーウェンが魔王討伐の旅に出た。  幾多の苦難を乗り越え、魔王討伐を果たした勇者オーウェンは生まれ育った国へ帰ってきて、幼馴染の私と結婚をした。  それは夢のようなハッピーエンド。  世間の人たちから見れば、私は幸せな花嫁だった。  けれど、私は幸せだと思えず、結婚生活の中で孤独を募らせていって……? ※ゆるゆる設定のご都合主義です。  

処理中です...