王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)

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二十九、根性とは

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『何を物騒な物を、と思うかもしれないが、ピエレットの身を護る物だと思って受け取ってほしい』 

 婚約して直ぐ、エヴァリストはそう言って一振りの短剣をピエレットに贈ってくれた。 

『はい、ありがとうございます・・・とても、美しい短剣ですね』 

 短剣など持つのは初めてのピエレットは、その短剣の性能を考えるよりも、まずその美しさに、うっとりとなった。 

 銀を基調としたそれには、煌めく宝石が幾つもちりばめられていて、宝物ほうもつとしての価値も高いと見えるが、それよりも、使われている宝石の色がエヴァリスト色なのが、ピエレットには嬉しい。 

『ピエレットを護る剣だからな。外見も充分に吟味した。あ、もちろん切れ味は最高なので、扱いには気を付けてくれ。君が怪我などしては、本末転倒もいいところだ』 

 短剣というよりは、装飾品のひとつと、普段は思っていていいと言って、エヴァリストは闊達な笑みを浮かべた。 

 

 

「・・・エヴァ様。わたくし、上手に扱えるでしょうか」 

 ピエレットは、贈られた短剣をいつも大切に、手近に置く様にしている。 

 それは、万が一の時の護身用であったのだが、今は、その意味合いが少し変わったとピエレットは感じていた。 

 この短剣は、ピエレットの身を護るだけでなく、その心を護る役目も果たすのだと。 

「このままエヴァリスト様がお目覚めにならない時は、婚約を解消しようと、デュルフェ公爵閣下がおっしゃっていました。公爵夫人も同じお考えのようで、他の縁談を紹介すると。でも、わたくしは嫌なのです。エヴァ様以外の方に嫁ぐなど、考えたくもありません」 

 だから、もしもの時には、とピエレットは短剣を引き抜き、その抜き身の刀身を見つめた。 

「それにしても、どのように扱ったらよいのでしょうか。相手を威嚇する、ですとか、縄を切る、なんて練習はいたしましたが、自分に刃を向ける訓練はしておりません」 

 呟きつつ、困ったように短剣を見つめるピエレットが、とりあえずというように刃を自分へと向ける。 

『うわああ!やめろ!ピエレット!傷が付いたらどうするつもりだ!今すぐ、その短剣を下ろせ!仕舞え!』 

 無邪気といっても差し支えない表情で、自分へと短剣の先端を向けるピエレットに、エヴァリストが叫びをあげるも、それは音にならない。 

『レッティ!ピエレット!落ち着け!ああ、違う!そんな持ち方をすれば、手首を痛める!頼むから短剣から手を放せ!そんな訓練不要だ!』 

 気持ちとしては暴れまわり、ピエレットを押さえつける勢いで叫び続けた甲斐があったか、ピエレットが喉元へ当てていた短剣を、ゆっくりと自分から遠ざけた。 

『ああ、そうだ。ゆっくりでいい。ゆっくり下ろして・・・はあ。取り敢えず、難は去ったか・・・・・ん?俺、今、レッティが見えている?』 

 落ち着いてみれば、自身の叫びは音になっておらず、体も動かせていないものの、視覚は回復している。 

『少し、ぼんやりとはしているが・・・どういうことだ?この角度から言うと、俺の体からレッティを見ている、で間違いないようだが。俺の瞼が開いているのなら、レッティがそう言うだろうし・・・・ん。開いている様子は、無いな』 

 自分を見つめるピエレットを見上げる自分、というのは認識できるし、そのピエレットが見えてもいる。 

 しかし、ピエレットの様子から、自分の瞼が開いたという事は考えられない。 

『俺は一体、どういう状態なんだ?』 

 自分の魂、精神は無事、体に戻ったようだが、とエヴァリストは自分を覗き込むピエレットを見つめて考えた。 

『もしや、根性で何とかしようとして、視覚だけ戻ったのか?何か、情けなくないか?俺』 

 しかも、瞼が開かない状態では、外部に訴えることも難しい。 

『それにしてもレッティ、本当に可愛いな。特に目が、いや、唇や鼻も・・・それに。俺以外には嫁ぎたくない、なんて。本当に、可愛い。ああ。触れられないのが辛い。あの頬を指でつついたら、きっと可愛い反応をしてくれるのに・・・レッティ』 

 届かないと分かっていながらその名を呼び、エヴァリストは、その頬にそっと指を伸ばした。 



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