31 / 32
三十、幕引き
しおりを挟む『ああ・・・レッティ。可愛い。それに頬、やはり凄く柔らかくて・・・ん?』
「え、エヴァ様!?」
『あ』
自分の指がピエレットの頬に触れているのを見て、感じたエヴァリストは、そのままぴたりと固まった。
「誰か!お医者様を呼んで!エヴァ様が!」
そして響く、ピエレットの叫び声。
「エヴァ様。エヴァ様、分かりますか?ピエレットです!エヴァ様!」
「ああ・・・分かるよ、レッティ」
開いた瞼が、はっきりとピエレットの姿を捉え、エヴァリストは、その頬に伝う涙をそっと指で拭った。
「エヴァ様」
「泣かせて・・待たせて、ごめん。レッティ」
「エヴァ様・・おかえりなさいませ」
「・・・初めてお目にかかります。ノレ伯爵家が嫡男、アルバンと申します」
エヴァリストが目覚めて数日たったある日。
その日、ピエレットとエヴァリストは、以前ふたりでお茶をした、騎士団と王城の境にあるあの庭園で、ルシール王女と共にお茶を楽しんでいた。
「レッティ。アルバンは、騎士としても優秀なんだ。それで、俺が幾度か面倒をみてやった、というわけだ」
「そうなのですね。エヴァ様も、騎士としても有能でいらっしゃいますものね」
ルシール王女に招かれた茶会に、何故アルバンが同席しているのか分からないまま、ピエレットは淑女の微笑みでそう答える。
「いや、そういう意味ではなくて。俺は、ふたりの逢引の手助けをしてやった、と言っているんだ」
「逢引・・ですか?」
きょとんとするピエレットに、エヴァリストがにやりと笑みを浮かべた。
「そうだ。アルバンこそが、ルシールが密かに想いを交わす相手、だからな」
「あ」
エヴァリストの言葉に、ピエレットは、この方が、と思わず目を見開く。
「驚いたでしょう?名ばかりとはいえ、婚約者のいた身で」
その驚きをそう捉え、眉を寄せて言うルシールに、ピエレットは大きく首を横に振った。
「いいえ、そこはまったく。ルシール王女殿下。改めまして、隣国の第三王子と縁が切れましたこと、お喜び申し上げます」
婚約破棄をしてめでたいというのも可笑しいが、この場合はそれ以外の何物でもない、とこの国は今、ルシール王女の婚約破棄に沸いていた。
「ありがとう。でも、そこは、ということは、何か他に、気がかりなことでもあるの?」
「いえ、それは」
「ルシール。レッティはな。ルシールの密かに想う相手が俺だと思っていたんだ。そして、俺も本当に想っているのはルシールだと」
「まあ。どうしてそんな誤解を?」
そちらの方が驚きだと、思わず手にしていたカップを戻したルシールに、アルバンも同意だと頷く。
「デュルフェ公爵令息が、ご婚約者を溺愛していることは、騎士団でも、貴族の間でも有名です。殊に、ルシール殿下の好みをつぶさに伝える様子に、ご令嬢たちも諦めたという話をよく聞きます」
「あのね、アルバン。ピエレットは、そのことも知らなかったの。でもまさか、そんな誤解をしていたなんて」
片手を頬に当てて言うルシールに、ピエレットは大きく頭を下げた。
「既に誤解は解けているとはいえ・・申し訳ありません。ルシール王女殿下」
「謝らなくていいわ。頭をあげてちょうだい。でもそれなら、邪魔なわたくしを隣国へ送ってしまえばいい、とは考えなかったの?」
バルゲリー伯爵家からの情報、証拠が無ければ、隣国第三王子との婚約破棄は成らなかったと言うルシールに、ピエレットは、恥ずかしさに頬が染まるのを感じる。
「お恥ずかしながら、ルシール王女殿下のお幸せと、エヴァリスト様のお幸せを願いながらも、婚約を解消とされるのは辛いと思っておりました」
そのピエレットの言葉に、エヴァリストが比喩でなく飛び上がった。
「は!?婚約解消!?」
「だ、だって、ルシール王女殿下が自由になられれば、エヴァ様も耐えることなく、と思ったのです」
「思うな!そんなこと。いいか、二度と婚約解消だの破棄だの言うなよ!?そんなこと言ったら、監禁するからな!?」
物騒な言葉を吐きながら、エヴァリストはピエレットの目を覗き込み、手をぎゅっと握った。
そんな必死な様子のエヴァリストを見慣れないアルバンは、微笑ましくふたりを見つめ、口を開く。
「時にデュルフェ公爵令息。お体の方は、もう完全によろしいのですか?可笑しな道具を使われて、長く意識が戻らなかったと聞いていますが」
「あ、ああ。体調は問題ない。騎士団の方へも、近く顔を出す」
意識が戻ってからも、暫くは療養を余儀なくされ、筋肉もすっかり落ちてしまった、と嘆くエヴァリストに、ピエレットがそっと寄り添う。
「急ぐのは、駄目でございますよ?エヴァ様」
「分かっている」
「本当でしょうか。『もう大丈夫だ』と、幾度ベッドを抜け出そうとなされたことか」
それはもう心配し、苦労しました、ときろりと睨むピエレットに、エヴァリストは降参だと両手を挙げた。
「本当に大丈夫だ。無茶はしない」
「でも、無理はなさる、と」
確信をもって、ため息と共に言い切ったピエレットに、ルシールが心底おかしそうな笑い声をあげる。
「ふふ。エヴァリスト、一本取られたわね」
「本当に、お似合いのおふたりです」
微笑むルシール王女を支えるように、アルバンが微笑み返す。
そんなふたりの様子に、ピエレットは心があたたかくなるのを感じた。
本当に仲がおよろしいのね。
おふたりのご婚約の発表が、楽しみだわ。
ノレ家の爵位は伯爵だが、その資産が潤沢であることは知られているし、何よりノレ家が手掛けた印刷業は、この国の発展に多いに貢献した。
そのことを思えば、ノレ家を侯爵とし、ルシール王女を降嫁させるに何の問題もないだろう。
「レッティ?どうした?」
「とっても、幸せだと思いまして」
大好きなエヴァリストの傍に居られること、見つめ合えること、こうして手を繋げること。
真っすぐにエヴァリストの瞳を見つめ、ピエレットは、そのすべてに感謝した。
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。
177
あなたにおすすめの小説
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
王太子殿下の小夜曲
緑谷めい
恋愛
私は侯爵家令嬢フローラ・クライン。私が初めてバルド王太子殿下とお会いしたのは、殿下も私も共に10歳だった春のこと。私は知らないうちに王太子殿下の婚約者候補になっていた。けれど婚約者候補は私を含めて4人。その中には私の憧れの公爵家令嬢マーガレット様もいらっしゃった。これはもう出来レースだわ。王太子殿下の婚約者は完璧令嬢マーガレット様で決まりでしょ! 自分はただの数合わせだと確信した私は、とてもお気楽にバルド王太子殿下との顔合わせに招かれた王宮へ向かったのだが、そこで待ち受けていたのは……!? フローラの明日はどっちだ!?
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
幼馴染と結婚したけれど幸せじゃありません。逃げてもいいですか?
鍋
恋愛
私の夫オーウェンは勇者。
おとぎ話のような話だけれど、この世界にある日突然魔王が現れた。
予言者のお告げにより勇者として、パン屋の息子オーウェンが魔王討伐の旅に出た。
幾多の苦難を乗り越え、魔王討伐を果たした勇者オーウェンは生まれ育った国へ帰ってきて、幼馴染の私と結婚をした。
それは夢のようなハッピーエンド。
世間の人たちから見れば、私は幸せな花嫁だった。
けれど、私は幸せだと思えず、結婚生活の中で孤独を募らせていって……?
※ゆるゆる設定のご都合主義です。
その愛情の行方は
ミカン♬
恋愛
セアラには6歳年上の婚約者エリアスがいる。幼い自分には全く興味のない婚約者と親しくなりたいセアラはエリアスが唯一興味を示した〈騎士〉の話題作りの為に剣の訓練を始めた。
従兄のアヴェルはそんなセアラをいつも見守り応援してくれる優しい幼馴染。
エリアスとの仲も順調で16歳になれば婚姻出来ると待ちわびるセアラだが、エリアスがユリエラ王女の護衛騎士になってしまってからは不穏な噂に晒され、婚約の解消も囁かれだした。
そしてついに大好きなエリアス様と婚約解消⁈
どうやら夜会でセアラは王太子殿下に見初められてしまったようだ。
セアラ、エリアス、アヴェルの愛情の行方を追っていきます。
後半に残酷な殺害の場面もあるので苦手な方はご注意ください。
ふんわり設定でサクっと終わります。ヒマつぶしに読んで頂けると嬉しいです。なろう様他サイトにも投稿。
2024/06/08後日談を追加。
婚約破棄は踊り続ける
お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。
「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる