王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)

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王子妃候補 アリス・ハッカー 1

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「アリスは可愛くて優しいからな。初対面の侍女にだって優しく接してくれるだろう」 

 侍女のお仕着せに身を包み、すっかり赤い髪の美少女と化したシリルは、そう呟きながらワゴンを押し、アリスの部屋を目指す。 

 今日から、自分はセシルと名乗って侍女として働く。 

 それが判っていても、シリルに悲壮感も緊張感も無いのは、アリスという少女がふんわりとした甘え上手で、周囲に可愛がられている印象が強いからだった。 

 そのアリスの部屋ならば、やわらかな空間が広がっているに違いない。 

 王城の侍女としてのふるまいは、付け焼刃とはいえ母王妃付きの侍女に教えて貰ったのだから万全だ、とシリルは、揚々とアリスの部屋の扉をノックした。 

「お茶をお持ちしまし・・・ぶはっ!」 

 扉を開き、ワゴンを押して部屋に入るや否や顔に何かがぶつかって、シリルは咄嗟に手で払う。 

「王城の侍女が淹れたお茶なんか飲むわけないでしょ!」 

 そして聞こえた声に顔をあげれば、そこには激昂し、自分に侮蔑の瞳を向けるアリスがソファでふんぞり返っていた。 

  

 あ、アリス? 

 

 いつだって可愛らしい、お人形のような格好で、愛くるしい笑顔を振りまいているアリスと同一人物と思えず、シリルはまじまじとそのくるくると巻かれたミルクティ色の髪と、ぱっちりとしたこげ茶の瞳を見つめてしまった。 

「なに、じろじろ見てんのよ。あんたの淹れたお茶なんかいらない、って言ってんのよ。さっさと失せな」 

「ですが、それでは仕事が」 

  

 何を言う!? 

 僕と飲むお茶が一番おいしい、流石王城ね、あ王子が一緒だからなのかな、なんて潤んだ瞳で見上げて来ていたじゃないか! 

 あのお茶だって、王城の侍女が淹れたものだろうが! 

 それに、失せな、ってなんだ。 

 お前、本当にあのアリスか!? 

 

 思いつつも、シリルは何とか侍女としての立場を保つ。 

「何よ、あたしに逆らおうってんの!?」 

 ぼすっ! 

 するとアリスは、手近のクッションを掴むなり思い切りシリルへと投げつけた。 

 それはシリルに当たることなくワゴンに命中し、シリルは慌てて茶器やお湯の入ったポットを押さえる。 

 そして、ぽとりと落ちたクッションの傍に、もうひとつクッションが落ちているのを見て、先ほど自分に投げつけられたのもクッションだったのだと知る。 

「何してんの。さっさと下がんなさいよ」 

  

 アリスって癇癪もちなんだろうか。 

 

 遠い目で考えていると、アリスはそう言って犬を追い払うかのように、しっしっ、と手を振った。 

「こちらのお部屋に詰めるのが、本日のわたくしの仕事ですので」 

 掃除や食事の用意をするメイドとは違い、侍女は主の傍近くで仕える。 

 今日の自分の持ち場はここなのだ、と言い切ってシリルはクッションを拾い、元の場所へと戻した。 

「あんたなんかいらない」 

「王妃陛下の御命令です」 

「ちっ・・・あのばばあ。余計なことを」 

 アリスの本性は、もう見えてしまった気がするが、まさかこんな短時間で帰るわけにもいかない、とシリルが王妃の命令だと言えば、あからさまにアリスが不機嫌になる。 

 

 い・・今、ちっ、って舌打ち、したよな。 

 それに、母上のことを、ばばあ、って。 

 あの、アリスが。 

 

『王子ぃ、わたし、王妃様がしていたネックレスが欲しい』 

『あれは、代々の王妃が受け継いで来たものだ。いくらアリスのお願いでも、それはきけないかな』 

『じゃあぁ、いつか、欲しい、な?』 

『アリス、それって』 

『だってぇ、王子はいつか、王様になる、でしょ?』 

 セシルの腕に縋りついて上目遣いで見つめて来るアリスは本当に可愛くて、腕にあたる柔らかな感触がアリスの胸の豊満さを物語っていて、セシルは己の衝動を強く感じるも何とか堪えた。 

 

 そんなアリスとの遣り取りを思い出しつつ、シリルはワゴンを押して部屋の隅に立つ。 

「あたしの視界に入らないようにしてよね」 

 爪を仕切りにいじりながらアリスが言い、セシルは黙って顔をうつむけた。 

  

 しかし、こうしていても結構部屋の中の様子って判るものなんだな。 

 

 顔はうつむけたまま、シリルは瞳だけを動かしてアリスの動向を見つめる。 

 セシルがシリルであるなどと知らないアリスは、ソファに寝っ転がり、自邸から連れて来た侍女に爪の手入れをさせている。 

「ちょっと、まだなの?あんたって、ほんととろいんだから」 

「申し訳ありません」 

「あやまりゃすむとか思うなっての」 

 ばこっ 

 言うなり、アリスはテーブルに置いてあったシガレットケースで侍女の頭を殴った。 

 その容赦ない力に侍女がよろけ、髪が乱れる。 

「見苦しい。さっさと直して来な」 

 そして、その侍女が一礼してアリスの前から辞すと、今度は別の侍女に髪を梳かさせ始める。 

「いった!何すんのよ!」 

 それは、シリルの目には、ブラシの動きが少し鈍かったかな、くらいの動きで、アリスのようにくるくるとした髪であれば、当然起こり得る現象だと思われるも、アリスはそれが許せなかったらしい。 

「そこに立って!っっ!立てって言ってんのよ!早くしな!」 

 一体何が始まるのか、と怒り狂うアリスを見ていたシリルは、その行動にぎょっとした。 

 アリスが持ちだしたもの。 

 それは、よく撓る鞭だった。 

「あんたはっ!侍女のくせにっ!」 

 言いつつ、振るわれる鞭。 

 侍女は、両手でお仕着せを強く掴み、懸命に悲鳴を堪えながら痛みに耐えている。 

 そのお仕着せが裂け、皮膚に血がにじむ頃、アリスは漸く鞭を放した。 

「疲れさせんじゃないよ、この愚図」 

 そして、何事も無かったかのようにソファに座ると、また別の侍女に何かを持ってくるよう指示を出す。 

 鞭打たれた侍女が他の侍女に添われて退室し、部屋のなかは何事も無かったかのように平静を保っているのがシリルには不思議だった。 

 この短時間で、侍女が殴られ鞭打たれ。 

 それなのに、少しの動揺も見られない部屋。 

 それはつまり、これが日常であることを示していて、シリルはぞっとした。 




 
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