2 / 26
王子妃候補 アリス・ハッカー 1
しおりを挟む「アリスは可愛くて優しいからな。初対面の侍女にだって優しく接してくれるだろう」
侍女のお仕着せに身を包み、すっかり赤い髪の美少女と化したシリルは、そう呟きながらワゴンを押し、アリスの部屋を目指す。
今日から、自分はセシルと名乗って侍女として働く。
それが判っていても、シリルに悲壮感も緊張感も無いのは、アリスという少女がふんわりとした甘え上手で、周囲に可愛がられている印象が強いからだった。
そのアリスの部屋ならば、やわらかな空間が広がっているに違いない。
王城の侍女としてのふるまいは、付け焼刃とはいえ母王妃付きの侍女に教えて貰ったのだから万全だ、とシリルは、揚々とアリスの部屋の扉をノックした。
「お茶をお持ちしまし・・・ぶはっ!」
扉を開き、ワゴンを押して部屋に入るや否や顔に何かがぶつかって、シリルは咄嗟に手で払う。
「王城の侍女が淹れたお茶なんか飲むわけないでしょ!」
そして聞こえた声に顔をあげれば、そこには激昂し、自分に侮蔑の瞳を向けるアリスがソファでふんぞり返っていた。
あ、アリス?
いつだって可愛らしい、お人形のような格好で、愛くるしい笑顔を振りまいているアリスと同一人物と思えず、シリルはまじまじとそのくるくると巻かれたミルクティ色の髪と、ぱっちりとしたこげ茶の瞳を見つめてしまった。
「なに、じろじろ見てんのよ。あんたの淹れたお茶なんかいらない、って言ってんのよ。さっさと失せな」
「ですが、それでは仕事が」
何を言う!?
僕と飲むお茶が一番おいしい、流石王城ね、あ王子が一緒だからなのかな、なんて潤んだ瞳で見上げて来ていたじゃないか!
あのお茶だって、王城の侍女が淹れたものだろうが!
それに、失せな、ってなんだ。
お前、本当にあのアリスか!?
思いつつも、シリルは何とか侍女としての立場を保つ。
「何よ、あたしに逆らおうってんの!?」
ぼすっ!
するとアリスは、手近のクッションを掴むなり思い切りシリルへと投げつけた。
それはシリルに当たることなくワゴンに命中し、シリルは慌てて茶器やお湯の入ったポットを押さえる。
そして、ぽとりと落ちたクッションの傍に、もうひとつクッションが落ちているのを見て、先ほど自分に投げつけられたのもクッションだったのだと知る。
「何してんの。さっさと下がんなさいよ」
アリスって癇癪もちなんだろうか。
遠い目で考えていると、アリスはそう言って犬を追い払うかのように、しっしっ、と手を振った。
「こちらのお部屋に詰めるのが、本日のわたくしの仕事ですので」
掃除や食事の用意をするメイドとは違い、侍女は主の傍近くで仕える。
今日の自分の持ち場はここなのだ、と言い切ってシリルはクッションを拾い、元の場所へと戻した。
「あんたなんかいらない」
「王妃陛下の御命令です」
「ちっ・・・あのばばあ。余計なことを」
アリスの本性は、もう見えてしまった気がするが、まさかこんな短時間で帰るわけにもいかない、とシリルが王妃の命令だと言えば、あからさまにアリスが不機嫌になる。
い・・今、ちっ、って舌打ち、したよな。
それに、母上のことを、ばばあ、って。
あの、アリスが。
『王子ぃ、わたし、王妃様がしていたネックレスが欲しい』
『あれは、代々の王妃が受け継いで来たものだ。いくらアリスのお願いでも、それはきけないかな』
『じゃあぁ、いつか、欲しい、な?』
『アリス、それって』
『だってぇ、王子はいつか、王様になる、でしょ?』
セシルの腕に縋りついて上目遣いで見つめて来るアリスは本当に可愛くて、腕にあたる柔らかな感触がアリスの胸の豊満さを物語っていて、セシルは己の衝動を強く感じるも何とか堪えた。
そんなアリスとの遣り取りを思い出しつつ、シリルはワゴンを押して部屋の隅に立つ。
「あたしの視界に入らないようにしてよね」
爪を仕切りにいじりながらアリスが言い、セシルは黙って顔をうつむけた。
しかし、こうしていても結構部屋の中の様子って判るものなんだな。
顔はうつむけたまま、シリルは瞳だけを動かしてアリスの動向を見つめる。
セシルがシリルであるなどと知らないアリスは、ソファに寝っ転がり、自邸から連れて来た侍女に爪の手入れをさせている。
「ちょっと、まだなの?あんたって、ほんととろいんだから」
「申し訳ありません」
「あやまりゃすむとか思うなっての」
ばこっ
言うなり、アリスはテーブルに置いてあったシガレットケースで侍女の頭を殴った。
その容赦ない力に侍女がよろけ、髪が乱れる。
「見苦しい。さっさと直して来な」
そして、その侍女が一礼してアリスの前から辞すと、今度は別の侍女に髪を梳かさせ始める。
「いった!何すんのよ!」
それは、シリルの目には、ブラシの動きが少し鈍かったかな、くらいの動きで、アリスのようにくるくるとした髪であれば、当然起こり得る現象だと思われるも、アリスはそれが許せなかったらしい。
「そこに立って!っっ!立てって言ってんのよ!早くしな!」
一体何が始まるのか、と怒り狂うアリスを見ていたシリルは、その行動にぎょっとした。
アリスが持ちだしたもの。
それは、よく撓る鞭だった。
「あんたはっ!侍女のくせにっ!」
言いつつ、振るわれる鞭。
侍女は、両手でお仕着せを強く掴み、懸命に悲鳴を堪えながら痛みに耐えている。
そのお仕着せが裂け、皮膚に血がにじむ頃、アリスは漸く鞭を放した。
「疲れさせんじゃないよ、この愚図」
そして、何事も無かったかのようにソファに座ると、また別の侍女に何かを持ってくるよう指示を出す。
鞭打たれた侍女が他の侍女に添われて退室し、部屋のなかは何事も無かったかのように平静を保っているのがシリルには不思議だった。
この短時間で、侍女が殴られ鞭打たれ。
それなのに、少しの動揺も見られない部屋。
それはつまり、これが日常であることを示していて、シリルはぞっとした。
56
あなたにおすすめの小説
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
【完結】髪は女の命と言いますが、それよりも大事なものがある〜年下天才魔法使いの愛には応えられません〜
大森 樹
恋愛
髪は女の命。しかし、レベッカの髪は切ったら二度と伸びない。
みんなには秘密だが、レベッカの髪には魔法が宿っている。長い髪を切って、昔助けた男の子レオンが天才魔法使いとなって目の前に現れた。
「あなたを愛しています!絶対に絶対に幸せにするので、俺と結婚してください!よろしくお願いします!!」
婚約破棄されてから、一人で生きていくために真面目に魔法省の事務員として働いていたレベッカ。天才魔法使いとして入団してきた新人レオンに急に告白されるが、それを拒否する。しかし彼は全く諦める気配はない。
「レベッカさん!レベッカさん!」とまとわりつくレオンを迷惑に思いながらも、ストレートに愛を伝えてくる彼に次第に心惹かれていく…….。しかし、レベッカはレオンの気持ちに答えられないある理由があった。
年上訳あり真面目ヒロイン×年下可愛い系一途なヒーローの年の差ラブストーリーです。
【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
秋月一花
恋愛
旅芸人のひとりとして踊り子をしながら各地を巡っていたアナベルは、十五年前に一度だけ会ったことのあるレアルテキ王国の国王、エルヴィスに偶然出会う。
「君の力を借りたい」
あまりにも真剣なその表情に、アナベルは詳しい話を聞くことにした。
そして、その内容を聞いて彼女はエルヴィスに協力することを約束する。
こうして踊り子のアナベルは、エルヴィスの寵姫として王宮へ入ることになった。
目的はたったひとつ。
――王妃イレインから、すべてを奪うこと。
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
結婚した次の日に同盟国の人質にされました!
だるま
恋愛
公爵令嬢のジル・フォン・シュタウフェンベルクは自国の大公と結婚式を上げ、正妃として迎えられる。
しかしその結婚は罠で、式の次の日に同盟国に人質として差し出される事になってしまった。
ジルを追い払った後、女遊びを楽しむ大公の様子を伝え聞き、屈辱に耐える彼女の身にさらなる災厄が降りかかる。
同盟国ブラウベルクが、大公との離縁と、サイコパス気味のブラウベルク皇子との再婚を求めてきたのだ。
ジルは拒絶しつつも、彼がただの性格地雷ではないと気づき、交流を深めていく。
小説家になろう実績
2019/3/17 異世界恋愛 日間ランキング6位になりました。
2019/3/17 総合 日間ランキング26位になりました。皆様本当にありがとうございます。
本作の無断転載・加工は固く禁じております。
Reproduction is prohibited.
禁止私自轉載、加工
복제 금지.
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
悪役令嬢の面の皮~目が覚めたらケモ耳旦那さまに股がっていた件
豆丸
恋愛
仲良しな家族にうんざりしていた湯浅風花。ある夜、夢の中で紫髪、つり目のキツメ美人さんと体を交換することに。
そして、目を醒ますと着衣のまま、美麗ケモ耳男に股がっていました。
え?繋がってる?どーゆーこと?子供もいるの?
でも、旦那様格好いいし一目惚れしちゃた!役得かも。うそ、私、悪役令嬢でしかも断罪後で旦那様にも嫌われてるの?
よし!嫌われてるのなら、押して押して押し倒して好きにさせてみせる!!
閨から始まる拗らせ公爵の初恋
ボンボンP
恋愛
私、セシル・ルース・アロウイ伯爵令嬢は19歳で嫁ぐことになった。
何と相手は12歳年上の公爵様で再々婚の相手として⋯
明日は結婚式なんだけど…夢の中で前世の私を見てしまった。
目が覚めても夢の中の前世は私の記憶としてしっかり残っていた。
流行りの転生というものなのか?
でも私は乙女ゲームもライトノベルもほぼ接してこなかったのに!
*マークは性表現があります
■マークは20年程前の過去話です
side storyは本編 ■話の続きです。公爵家の話になります。
誤字が多くて、少し気になる箇所もあり現在少しずつ直しています。2025/7
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる