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王子妃候補 アリス・ハッカー 2
しおりを挟むん?
あれは、宝飾品か?
アリスに何か指示された侍女が持って来たのは、なかなかの大きさの宝石箱と思われるもの。
そこから、アリスは次々と品物を取り出して行く。
「ああ、ほんっと。高位貴族っつっても渋るよね。もっと金払いのいい男、いないかなあ」
取り出された品は、品もよく上質な物だと遠目でも判るのに、アリスには不満らしいことがシリルには不思議だった。
いい品じゃないか。
あれなんて、細工が本当に見事で・・・って、ちょっと待て。
高位貴族なのに渋る、ということは、あれはすべて贈らせた、ということか?
自身、アリスに強請られるまま、かなりの装飾品を贈った、と思い返すシリルの前で、その大きな宝石箱のなかから、もうひとつ緻密な模様が彫られた箱が取り出された。
あれは、僕が贈った宝石箱。
覚えのあるそれをシリルが見つめていると、アリスは侮蔑の表情でそこからひとつの首飾りを抓み上げる。
「でも、最大のけちは王子よね。もっといいもん寄こせっつのよ。こーんなちっこい宝石なんて、あたしが着けるに値しないっての」
それは、小粒ではあるけれど最良とされる宝石をあしらった逸品。
シリルは、それを贈った時のアリスを思い出した。
『王子ぃ!すっごく嬉しい!一生、大事にするね!』
そう言い、大切そうに両手で持って頬ずりさえした。
その品を、アリスは今ひゅんひゅんと指先で振り回している。
僕が贈ったものは、回収しよう。
シリルは、アリスを冷静に見つめ、そう決意した。
「そこの壁!ちょっと来なさい」
暫く、すべて贈られたものであろう宝飾類を貶していたアリスは、それにも飽きたように再びソファに寝っ転がり、その体勢のままシリルを手招きした。
「はい」
それは、犬猫を手招くかの如くであったが、今のシリルに拒む権利は無い。
仕方なく、しずしずと傍に行けば、前触れも無く、ばちっ、っとケーキナイフで叩かれた。
「遅い!」
「・・・申し訳ありません」
何だよ!
部屋の中で走れとでもいうのか!?
思いつつも頭を下げれば、アリスがテーブルの上のカップに向けて顎をしゃくった。
「お茶、淹れるのが仕事なんだっけ。やらせてあげるわ。ああ、あたしの家が用意したもので、ね」
にんまりとアリスが笑った時、別の侍女の顔に緊張が奔ったような気がしたシリルだけれど、お茶を淹れろと言うのなら淹れるしかない。
「はい」
そう言って、シリルは殊更丁寧に茶器を扱う。
もしかしたら、わざと壊れるよう仕向けて、僕に罰を与えるつもりなのかも知れない。
ここまでのアリスの行動から考えれば、充分に有り得る、とシリルは慎重にお茶を淹れていく。
「失礼いたします」
シリルが慎重に行動したお蔭か、隙を見いだせなかったらしいアリスから妨害が入ることもなく、シリルは無事にお茶を淹れ終え、アリスの前に丁重にカップを置いた。
「ふっ」
瞬間、アリスが満足そうな笑みを零す。
何だ?
この、獲物を捕えた、みたいな目は。
思えば、王子としてアリスの前に居る時も同じような瞳を見たことがある、とシリルは思うも、その時の自分はアリスを信じ切っていたので、こんな風に思ったことは無かった。
獲物。
王子としての自分も、アリスにとっては獲物でしかないのだと実感して、シリルは背筋が寒くなる。
ばしゃっ
「あつっ!」
うつむいたまま、考えごとをしていたシリルは、いきなり顔に熱さを感じ、咄嗟に目を瞑った。
「まっずい!」
アリスが、カップのお茶を自分に掛けたのだ、とシリルが理解するのと、アリスに思い切り突き飛ばされるのは同時で、不意を打たれたシリルは大きくよろけ、部屋の中央まで移動してしまう。
顔にかかったお茶を拭うことも出来ず、ぽたぽたと落ちるお茶が気持ち悪い。
けれど、シリルへの罰はそれだけでは済まなかった。
「役立たずのあんたにも、仕事をあげるから感謝しな」
その仕事って、お前の癇癪受け止めることかよ!
思っても、今のシリルには言い返すことも出来ない。
アリスは、嬉々として手元で幾度も鞭を振るい、そのうなりをシリルに聞かせた。
「怖い?怖いって言ってもやめたげないけど」
やるなら、さっさとやれよ!
鞭で打たれたことなどないが、きっとかなり痛いのだろう。
けれど、さっさと終わって欲しいとシリルは思うも、やめるという選択肢など存在しないだろうアリスは、シリルの恐怖を最大引き出そうとしている。
悪趣味だな!
父王や母王妃に、愚かだ愚かだと言われているシリルにも判る。
アリスが王子である自分に見せていたのは、偽り、表層のものに過ぎなかったのだ、と。
なので、今なら理解できる。
こうして、侍女として接近させることで、母王妃はシリルにアリスの本質を知らしめようとしたのだ、と。
だがしかし、ひとつシリルには不満があった。
今、この状況に陥ったのは、侍女として接近したため。
母上!
もっと違う方法で知らしめて欲しかったです!
その方法については考えも付かないが、シリルは鞭打たれる瞬間を待ちながら、母王妃に心のなかで訴え続けた。
ひゅんっ
そうして、鞭が一際大きな唸りをあげ、終にその時は来た。
っ!
力いっぱいシリルへと振り下ろされる鞭。
その風を切る音に、シリルは、ぎゅ、と目を瞑り身体に力を込めた。
しかし。
あれ?
痛くない。
鞭は、確実に身体に当たっている。
その感触はあるのに、痛みは無い。
何か、魔法か?
母王妃が、痛みを感じない魔法もかけてくれたのか、とシリルは、今度は母王妃に感謝する。
母上、ありがとうございます!
その間にも、シリルへと鞭を振り下ろし続けるアリスは、その目を輝かせ、嬉々として力ない獲物をいたぶっている。
そして、やがて鞭の音が止んだ。
「ふふっ。ぼろぼろの血塗れで、いい気味」
鞭打ちの痛みを回避でき、ほっとしていたシリルは、そう言ったアリスに再び突き飛ばされた。
「これに懲りたら、二度と来んな」
「・・・・・失礼、いたします」
血塗れ、なのか。
まあ、あれだけ打たれりゃ当たり前か。
服も、かなり裂けているみたいな感覚があるしな。
それで王城の廊下、歩いていいものなのか?
ってか、魔法が切れたら痛くなるんだろうか。
首を捻り、痛みを感じるようになるのは嫌だ、と思いつつ、シリルはアリスの部屋を辞した。
「大丈夫か?」
丁寧に扉を閉め、歩き出そうとしたシリルは、そこで待機している護衛騎士にそう声を掛けられ、驚きつつも頭を下げる。
「はい。なんとか」
「痛むだろう。こんなことしか、出来ないが」
そう言って、護衛騎士は大きな布をシリルに掛けてくれた。
「ありがとう・・ございます」
これで、血塗れ服裂け状態を晒したまま王城を歩かなくてよくなった、とシリルは心からほっとした。
「気にしなくていい。君は、王城の侍女だろう?この部屋のご令嬢のお邸の侍女達によれば、鞭打ちなんて日常茶飯事なんだそうだ。何を言われたかは知らないが、気を落とさず、頑張れよ」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
この護衛騎士、憶えておこう。
そう心に留め、シリルはゆっくりと歩き出した。
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