王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)

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王子妃候補 ミュリエル・ドリューウェット 3

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 それにしても、ミュリエル絵を描くの上手いな。 

 それに、文章も的確に短くまとめているし。  

 あれなら、僕も飽きることなく文章読めそう。 

 

 などとシリルが思っていると、夢中でペンを走らせていたミュリエルが顔をあげた。 

「絵を描くのがとてもお上手なのですね。それに文章も短く的確にまとめられていて、凄いです」 

 ついうっかり、王子である立場と同じように声をかけてしまい、シリルはしまったと口を噤む。 

 言葉こそ違うが、完全に上からの評価をしてしまいシリルは焦るも、やはりミュリエルが叱ることは無かった。 

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ。わたくしね、これをもっと広めて、子ども達にも動物のことを知ってほしいと思っているの」 

「子ども達に、ですか?」 

「ええ、そう。こうして絵があって、簡単にした文章なら子どもでも興味を持ってくれるかもしれないでしょう?」 

 

 ぐふっ。 

 

 今、正に簡潔かつ簡単な言葉で書かれた文章なら飽きずに読める、と自分が思ったシリルは衝撃に膝を突きそうになる。 

 

 僕は、子ども並ということか! 

 

「この世には、人間以外にもたくさんの生き物がいるわ。たくさんの動物や植物、それに魔獣も」 

「魔獣」 

 声を落として言ったシリルに、ミュリエルもまた真剣な瞳になった。 

「そうよ、魔獣。恐ろしく人を襲うけれど、確かにこの世に存在しているもの。でもね、きちんとその生態を把握していれば、そうそう襲われることも無いとわたくしは思っているの」 

「生態を?魔獣の?」 

 そのような考えは聞いたこともしたこともないシリルは、不思議な思いでミュリエルを見る。 

「そうよ。動物にだって人を襲ったり、繁殖期や子育ての時期は気性が荒くなったりするものがいるでしょう?でもそれは、人間を食物、敵と認識しているが故の行動だし、こちらも彼等を食肉として狩ることがあるのだから、と共存することが当たり前とされている。でも、魔獣は違う。魔獣は、わたくし達とは根本的に違う生き物だと、殺して当たり前だという認識がとても強い」 

「それは。それこそ、当たり前なのでは?」 

 

 何言ってるんだ、ミュリエル。 

 

 その思いで、けれどミュリエルの瞳に見える何かを知りたくて、シリルはミュリエルの次の言葉を待つ。 

「そうね、当たり前だわ。確かに魔獣は危険で恐ろしい生き物だから。でもそれは、彼等がとても強いから、ということでもあるでしょう?」 

 シリルは、ミュリエルの言葉に無言で頷いた。 

 魔獣の強さは動物の比ではない。 

 一般市民など到底敵うものではないし、魔獣が出現すれば小さな町の自警団では手を焼くほど。 

 だから、魔獣が出現したとなれば、騎士団が派遣される騒ぎとなる。 

「それでもね。魔獣は、人間が何もしなければ生息域から出て来ることは稀なのよ」 

「は?それって、どういう?・・・っ、失礼いたしました」 

 それはもう完全に侍女の立場を越えた発言。  

 シリルは青くなるも、ミュリエルの言葉が意外だったのも真実。 

「大丈夫よ、気にしないでセシル。あのね。魔獣の生息域は、人間が普段入る森よりずっと奥深い所なの。そして、そこで動物を狩って生きている。けれど、同じように動物を狩っていて森の奥深くに迷い込んでしまった人間が居たら」 

「魔獣は、獲物として人間を見る」 

 シリルの言葉に、ミュリエルが大きく頷いた。 

「動物も魔獣も人間も。基本は同じ生き物なのよ」 

「で、でも・・・じゃなかった・・いえ・・これだ!・・・んんっ。いえ。ですが、魔獣が危険なことに変わりはないのではないでしょうか。もし魔獣がいなければ、人間はもっと奥まで森に入って行ける、ということにも」 

 シリルは、セシルとして話ししていることを忘れそうになりながら、何とか言葉を絞り出す。 

「そうね。でも魔獣がいなければ、森の生態系は一気に崩れてしまうわ。魔獣は、大型の肉食動物を狩るから」 

 そう言って、ミュリエルは押し黙ってシリルを見た。 

「生態系が崩れる・・・魔獣が居なくなれば、魔獣が狩っていた大型の肉食動物が増えて、その分小動物が狩られるから減って、人間が得られる食肉も減る・・・」 

「そう。下手をすれば、動物が絶滅してしまうことだってあるかもしれない。だから、魔獣が居なくなって一件落着、とはならないと思うの」 

「ミュリエ・・・ドリューウェット公爵令嬢は、どうするのが良いとお考えですか?」 

 またもシリルとして話ししているつもりになってしまい、シリルは慌てて訂正する。 

「ミュリエル、と呼んで構わないわよ。そうね。まずは、魔獣の生態域を知って、そこに近づかないようにすることは、自分の命を護るうえで有効だと思うの。それから、無闇に森の動物を狩ったり、植物を採取するのもよくないわ。きちんと数や量を決めておかないと森そのものが枯れてしまう」 

「ですが、それで生計を立てている者も多いでしょう」 

 実際にはそう上手くいかない、とシリルが言えば、ミュリエルが身を乗り出した。 

 シリルと話すときには、そんな素振りも見せたことのないミュリエルの行動だったが、シリルも既にミュリエルとの話に夢中になっていて、気づくことは無い。 

「そこなのです。わたくし達は、領民が安心して暮らしていくための努力をしなければなりません。そしてそれは、今現在だけではなく、この先ずっと続いて行く安寧であることが望ましい。それで、わたくし共では畜産や植林にも力を入れています」 

「畜産、植林」 

 聞き慣れない言葉に、シリルは呆然とミュリエルを見返した。 

「ええ、そう。自然に生息している動物を狩るだけではなく、自分達で生育するの。木も、伐採してそのままにしておくのではなく、新しく若木を植えていくのよ。そうそう。今ね、魔獣も家畜化できないか、研究中なの」 

 茶目っ気たっぷりに言ったミュリエルに、シリルは大きく息を吐き、そこで自分がすっかり夢中になってミュリエルと話ししていた事実に驚愕した。 

  

 すっげ、楽しかったんだけど。 

  

 ミュリエルが話ししていたのは、ドリューウェット公爵領のことだろう。 

 恐らく王家に報告もあがっているだろうに、さぼり魔のシリルはその全貌を知らない。 

 

 ほんっと、僕は馬鹿だ。 

  

 落ち込みながらも、シリルはもっと知りたいと願う。 

 叶うなら、シリルとしてミュリエルと話をして、彼女の考えをもっと聞きたい。 

 そして、この国の更なる幸福と発展のための政策を考えていきたい。 

「ごめんなさいね。セシルと話ししていると楽しくて。夢中になってしまったわ」 

 恥ずかしそうに言うミュリエルも可愛い、今度絶対茶会に誘う、と決意しつつシリルは頭を下げた。 

「こちらこそ、不敬な真似を申し訳ありません」 

「構わないわ。こういう話をするときは、より多くの人の意見を聞くことも大切だもの」 

 

 ああ、もうほんっと。 

 ミュリエル、妃に大決定! 

 迷惑かもだけど! 

 僕も頑張るから! 

 

 ミュリエルならば、国を思う王妃になってくれるだろう、と、シリルはその決意を新たにする。 

 そうして、それからも楽しそうに図鑑を見、模写するミュリエルを見つめて午前を過ごし、昼食の給仕をした後、シリル自身の休み時間を与えられて驚きつつ、一日を有意義にミュリエルの傍で過ごしたシリルは、アリスやドロシアの所で過ごした日とは比べ物にならないくらい、しっかりとした足取りで母王妃の元へと向かった。 

  

 
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