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王子宮での会談
しおりを挟む「もうすぐここに、ミュリエルが来る」
自分に与えられている王子宮のサロンで、シリルは縋りつくようにミュリエルから貰ったサシェを強く握り締めてしまってから慌てて整え、とてつもなく優しい瞳で手のなかのそれを見つめた。
しかし、初めてこの王子宮に令嬢を招き入れる緊張で静かに座っていることも出来ず、シリルは意味もなく窓際に寄ったり、きれいに生けられた花を見つめたりと落ち着かない。
本当なら、自分でミュリエルを迎えに行きたいところだったが、それは流石に早いと母王妃に止められた。
この王子宮に、シリルが自らエスコートして令嬢を招き入れるという、その意味。
以前は軽く考えていたその深い意味を、シリルは今しみじみと噛み締めている。
初めてがミュリエルで、本当に良かった。
王子宮に招き入れられる令嬢は、特別な存在。
もちろん、シリルもそのことを知っていたが、過去アリスに強請られるまま深く考えもせずに 招き入れようとしたことがある。
『畏れながら、こちらは特別な宮でございます。殿下、お独り身のうちは、ご自重なされませ』
その時、この王子宮を纏めている侍従長は、そう言って丁寧に腰を折った。
その時は、何を煩いことを、と苛立つ思いがしたものだけれど、今思えば感謝しかない、とシリルは、自分が不機嫌になり八つ当たりされるのも厭わずに苦言を呈してくれた侍従長に頭が下がる思いがする。
彼が止めてくれなければ、あの時点で王子妃はアリス一択になってしまった可能性だってあった。
アリスの父であるハッカー伯爵は権力に貪欲で、何としてでもアリスを王子妃にしようと画策している。
もしも王子宮にアリスが招かれたなどという事実が出来てしまえば、そこで既成事実が発生したかのような発言をされ、責任を、と言われたとしても潔白を証明することは難しかっただろう。
本当に、僕は愚かだったな。
思いつつ、シリルは完璧に用意されたテーブルを見つめる。
そこには、選び抜かれた茶器と、令嬢が好みそうな美しく美味しそうな色とりどりの菓子が並び、品よく飾られた緑や花がそれらを引き立てて、王子宮に努める使用人達の心づくしを感じさせる。
『ミュリエル。ドリューウェット公爵令嬢を、明日、王子宮に招きたい』
王妃と三人の妃候補との茶会を終え、自分の宮に戻ったシリルが緊張気味にそう言ったとき、侍従長は嬉しそうに目を細めた。
『畏まりました。ご準備は、どちらにいたしましょう。庭園に面したテラスにしますか?それとも、殿下の自室になさいますか?』
アリスの時とは比べ物にもならないくらい柔和に言われ、驚きの余りシリルは固まってしまい、そんな表情は幼い頃と同じだと侍従長に微笑まれてしまった。
『いきなり僕の部屋では、ミュリエルが怯えてしまうかも知れない。だが、少々込み入った話をしたいから、テラスではなく、サロンにしてくれ』
『畏まりました』
その時の、本当に嬉しそうな侍従長の笑みを思い返し、シリルは、ふっ、と息を吐いた。
「苦労、かけたんだろうな」
シリルは、子どもの頃から傍で仕えてくれている侍従長を思い、苦い笑みを零す。
思えば、幼い頃から努力することが嫌いで、勉強も剣術も投げ出しがち、魔力量は豊富なのに、研鑽しないためこちらも無力。
優秀な両陛下の一人息子なのに、と言われて来た我が身を振り返るなかでも、侍従長や、この王子宮に勤める侍女達に侮蔑の瞳を向けられたことは無い。
けれどあの頃のシリルは、ただ甘えさせてくれない、厳しいことを言うこの宮の使用人が苦手だった。
ただシリルに同調してくれる人間を傍に置きたいと思っていた。
「そうならなくて、本当に良かった」
そんなシリルの怠惰を苦く思っていた両親は、シリルに甘く擦り寄ろうとする貴族を許さず、側近も甘い汁を吸おうとする貴族の子息は徹底的に排斥された。
自分の思い通りの人事にならなかったことで、シリルは蔑ろにされている、と憤慨したものだが。
「今となっては、全部、感謝だ」
結果、シリルの側近は口煩くも有能な者ばかり、王子の恩恵にあやかって私腹を肥やそうとした貴族は皆放逐されて憂いも無い、という状態になった。
「僕の周りは、本当に優秀だ」
このうえ、ミュリエルを王子妃に迎えると発表すれば、シリルが王太子として立つことに懸念を示す者はいなくなるだろう。
しかし、それはひとえに周りが優秀であるから、だ。
「僕も、必要と言われる存在になりたい」
周りが優秀だから王太子は無能な傀儡でも構わない、と言われるようなことだけは避けたい、とシリルは考え、少し前の自分の考えとの余りの違いに苦い笑みを浮かべる。
「永続的な国民の平和と幸福」
ミュリエルとならば、それを理想とした政務を行って行ける。
そう確信するシリルは、改めてミュリエルと正面から話をする決意をした。
「まずは、騙し討ちのように侍女となって部屋に侵入したことを謝って、それから・・・」
シリルが、緊張の余り忘れないように、と今日の段取りを復唱し始めたその時、扉が控え目に叩かれ、侍従長に案内されて来たミュリエルが姿を見せた。
「良く来てくれた。遠慮なく入って」
凛と背筋を伸ばしシリルがミュリエルにソファを薦めれば、侍従長は嬉しそうな笑みを湛えたまま隅に控える。
「本日は、お招きくださいましてありがとうございます。王子殿下」
きれいな一礼と共に席に着いたミュリエルは、今日も冴えないドレスにひっつめ仕様だけれど、既にしてその素顔を知っているからなのか、そうしていても可愛いと思えるから不思議だと呑気に思いつつ、シリルは正面に座るミュリエルを見つめた。
「今日、こちらに来てもらったのは、大事な話があるからなんだ」
そう口を開いたシリルは、ミュリエルの瞳が何かを精査するかのような輝きを持っているのに気が付き、首を傾げる。
「ミュリエル。何か、不思議なこと、不可解なことでもあるのか?不敬だなどと言わないから、何でも言ってみるといい」
何といっても、こちらは侍女セシルとして傍に居たことを告白するのだから、先に細かい憂いは無くしておこう、とシリルはミュリエルに発言を促した。
「・・・畏れながら、殿下。昨日のお茶会、そして今日。殿下は、本物の殿下でいらっしゃいますか?」
惑いつつも、はっきりとそう言葉にしたミュリエルは、真偽を確かめるかのように、その美しく澄んだ水色の瞳で真っ直ぐにシリルを見つめる。
ええ!?
そっち!?
今の僕が偽物じゃないか、って。
ええええええ!!
思いもしなかったミュリエルの指摘に目を見開き、思わず自分を指さしたシリルは、暫しそのまま停止した。
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