王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)

文字の大きさ
16 / 26

国王と王妃と王子の会話

しおりを挟む
 

 

 

「本当に、心底びびりよねえ」 

 国王、王妃両陛下と、妃候補三人、そして王子であるシリルと共に過ごす晩餐を前に、王妃は揶揄いの瞳でシリルを見た。 

「好きな女性に告白をして、その答えを待つ身なのだ。それは、緊張もするだろう。まあ、自信がない、ということだろうな。そうからこうてやるな」 

 最愛の妻である王妃の盛装の美しさに目を細めながら、父である王も、シリルの味方なのか、揶揄っているだけなのか、それとも自分の時はすぐに了承してもらえた、という自慢なのか判らないことを言う。 

「何とでも言ってください」 

 しかし今のシリルに、両親の揶揄いに答える余裕は無い。 

 先日、初めて王子宮にミュリエルを招き求婚の言葉を口にしたシリルは、けれど両親の言葉通り、気弱にもその返事は保留とさせてもらった。 

 ミュリエルに保留、と言われたのではない。 

 シリルが、その場で聞くことに耐え切れず、今日の晩餐会で告げてくれるよう願ったのだ。 

『ご、ごめんミュリエル。今、返事を聞くのは怖いから、晩餐会の時、もしも了承だったら、変装無しで来て、欲しい。それを合図に、その。断るなら、いつも通りの変装をして、ってことで』 

 我ながら情けないと思いつつ、かなりしどろもどろになりながら、シリルはミュリエルにそう提案した。 

 ミュリエルは、戸惑いつつもそれを了承してくれて。 

 両親も呆れながら、その報告に頷いてくれた。 

 なので迎えた今日という晩餐会。 

 シリルにとっては、世紀の一瞬である訳、なの、だが。 

「ねえ、シリル。晩餐会に変装しないで来てくれたら了承、というのは一見ロマンティックでもあるけれど。ドリューウェット公爵令嬢は、そもそも貴方との婚姻を望んでいなかったのよ?万が一、その考えを覆したとしても、変装しない晩餐会用のドレスや宝飾を持って来ていると思う?」 

「あ」 

 母王妃の言葉に、シリルは固まった。 

 自室に居る時は、妖精天使のままの装いのミュリエルだが、そのドレスや宝飾はあくまでも普段使いのもの。 

 王城での晩餐会、しかも国王も王妃も同席の場で盛装しないのは不敬にあたってしまう。 

 ミュリエルとて公爵令嬢、最終選考に両陛下との晩餐会がある、という時点で王城で行われる晩餐会に相応しい格のドレスや宝飾を用意しているだろう。 

 しかしそれは、変装用のものであって、シリルが望むような妖精天使仕様ではないはず。 

 

 あああああ! 

 僕の莫迦! 

 そうだ。 

 晩餐会用の、変装じゃないドレスや宝飾をミュリエルが用意している筈ないんだ。 

 公爵家から持って来させるにしても、時間が無かっただろうし。 

 

 王城での晩餐会ともなれば一日がかりで支度をする令嬢も少なくない。 

 つまり、ミュリエルも昨日の今日ではどうすることも出来なかっただろうということで。 

 漸くそのことに思い至ったシリルは、がっくりと肩を落とした。 

  

 本当に僕って、抜けている。 

 

 自分の犯した失敗に気づいて、シリルはその場に膝を突きたくなるも、あるひとつの事実に気づいて体勢を立て直した。 

「と、いうことは。もしミュリエルが冴えない装いでも、断りの意味だということにはならない、のか?いや、眼鏡を外すとか、髪を下ろすとかだけでも意思表示って判断するのか?」 

 この場合、どの程度のことが了承の意になるのか、本気で悩むシリルを、国王と王妃は生温かい目で見つめる。 

「本当に貴方って穴だらけよねえ。まあ、わたくしに感謝することね」 

 そして告げられた王妃からの言葉に、シリルは首を傾げた。 

「母上?それは、どういう?」 

「王妃よ。今日は本当に楽しそうであったな」 

「ええ、とっても。選び甲斐も、飾り甲斐もすっごくあって本当に楽しかったわ」 

 ふふふ、と心底楽し気に笑う王妃の肩を優しく撫でる国王、といういつもの事ながら甘い両親の遣り取りを見ながら、シリルは疑問を口にする。 

「あの。父上、母上。一体、何のお話ですか?」 

「わたくしね。今日は、ドリューウェット公爵令嬢をわたくしの宮にお招きしていたのよ」 

 今日の母王妃の予定は何だったか、と思いながらシリルが言えば、母王妃が予想外の答えを満面の笑みで告げた。 

「え?ミュリエルを王妃宮に、ですか?」 

 仲の良い両親は、ほぼ王城にある夫妻の部屋で生活しているが、王妃が茶会の主催をしたり、小規模な晩餐をしたりするときに使われている王妃宮は、当然王妃の許可が無ければ入ることのできない特別な空間。 

 国王である父さえ、夫婦喧嘩の際、王妃宮に引きこもってしまった妻に会うため、了承を願っていたことをシリルは知っている。 

 そして、貴族の間では王妃宮に招かれた者は長期に渡って自慢をするということも。 

 その王妃宮にミュリエルを招いた、と当たり前のことのように告げた母王妃をシリルは憮然と見つめてしまった。 

「お茶会でもなさったのですか?」 

 今日、シリルは政務で忙しい一日を、というより、その前段階である政務を行うための知識を得るために懸命なる一日を過ごした。 

 当然、ミュリエルに会いたい、という願いなど叶うこともなく、ひたすらに頑張ったのだ。 

 それは、過去の自分がしてきたことの当然の報いであると承知はしているが、それでも尚、ずるい、僕もミュリエルと会いたかった、という気持ちが強くわく。 

「まったく、貴方というひとは。感謝して、と言ったでしょう?貴方の為に、わたくしもミュリエルも、今日という日を使ったのよ」 

 ぷっくりと膨れたシリルの頬を楽しそうにつつきながら、王妃はそう言って笑った。 

「僕のため、ですか?」 

 

 え? 

 ていうか今、母上、ミュリエル、って言ったよな? 

 ずっと、ドリューウェット公爵令嬢、って言っていたのに。 

 今日一日で、それだけ仲良くなった、ってことか? 

 ・・・・・やっぱり、ずるくないか? 

 

 楽しそうに幾度も頬をつつく母王妃の指を避け、シリルがむくれつつ言えば、父王が笑顔で頷く。 

「ああ。娘が出来たようで楽しかった、と言っていたぞ・・・ん?大分、固くなったな」 

「父上まで!もう、やめてください」 

 母王妃と反対の頬をつつき始めた父王を突き飛ばす勢いでシリルが藻掻くも、盛装を乱すわけにもいかず半端な抵抗しか出来ない。 

「かっわいいわよ、ミュリエル」 

「王妃、それを言ってしまっては答えになるだろう」 

 つんつんつんつん息子の頬をつつきながら会話をする両親、というのはどうなのだろう、と思いつつ、シリルはもしも自分に子どもが生まれたら、その子を挟んで、こうしてミュリエルとつつき合う日が来るのだろうか、などと想像してしまう。 

 

 いや、その前にミュリエルの頬をつついたら、凄く柔らかいんだろうな。 

『やめてください、殿下』 

『んー。だって、ミュリエルの頬、気持ちいいから』 

 なんて、ミュリエルの膝枕で会話して。 

 場所は。 

 そうだな、自室もいいけど庭園もいい。 

 敷物を用意して、飲み物や軽食を並べて、青空の下、ふたりで穏やかな時間を過ごす。 

 鳥の鳴き声なんかも聞こえて。 

『殿下。あの小鳥の声、とてもきれいですね』 

『ミュリエルの声の方が、ずっときれいだよ』 

 時には、虹も見えたりして・・・・・。 

  

  

 想像は自由に広がり、シリルは、それだけで幸せな気持ちになる。 

「陛下。わたくし達の息子の意識が、どこか遠くへ旅立ってしまいましたわ」 

「まだ時間に余裕もあるし、幸せそうだからいいだろう。最近、急にいい目をするようになったしな。漸くだが、これからが楽しみだ。それに、ドリューウェット公爵令嬢なら、内でも外でもしっかりシリルを支えてくれるだろう」 

 満足そうに言う、夫である国王に頷いた王妃はしかし、自分の懸念を口にした。 

「ええ。ですが、わたくし達は万々歳でも、ドリューウェット公爵家はそうは思わないでしょう。ミュリエル本人は、シリルのことを見直し始めているようですけれど」 

「そうだな。まあ、シリルは苦戦するだろうから、援護射撃はしてやろう」 

 臣下として頼りになるドリューウェット公爵家は自分に忠誠を誓ってくれているが、王子シリルへの評価は地下階層を進化させ続けていることを国王は身に染みて知っている、というより、常日頃から言われ続けている。 

 しかしそれでも、シリルがしっかりとした王子としての意識を持ち努力をすれば、認めてくれる一族だということも分かっている。 

「まずは、今日の晩餐会、ね」 

「そして、婚約者の発表、か。ハッカー伯爵が煩いだろうな」 

「暴れたりして」 

「そうしたら、楽だな。父親もろとも排斥できる」 

 なかなか物騒な事を言いながら、そろそろ、と、ふたりはシリルの意識を現実へと戻した。 

  

  

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

【完結】髪は女の命と言いますが、それよりも大事なものがある〜年下天才魔法使いの愛には応えられません〜

大森 樹
恋愛
髪は女の命。しかし、レベッカの髪は切ったら二度と伸びない。 みんなには秘密だが、レベッカの髪には魔法が宿っている。長い髪を切って、昔助けた男の子レオンが天才魔法使いとなって目の前に現れた。 「あなたを愛しています!絶対に絶対に幸せにするので、俺と結婚してください!よろしくお願いします!!」 婚約破棄されてから、一人で生きていくために真面目に魔法省の事務員として働いていたレベッカ。天才魔法使いとして入団してきた新人レオンに急に告白されるが、それを拒否する。しかし彼は全く諦める気配はない。 「レベッカさん!レベッカさん!」とまとわりつくレオンを迷惑に思いながらも、ストレートに愛を伝えてくる彼に次第に心惹かれていく…….。しかし、レベッカはレオンの気持ちに答えられないある理由があった。 年上訳あり真面目ヒロイン×年下可愛い系一途なヒーローの年の差ラブストーリーです。

【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。

秋月一花
恋愛
 旅芸人のひとりとして踊り子をしながら各地を巡っていたアナベルは、十五年前に一度だけ会ったことのあるレアルテキ王国の国王、エルヴィスに偶然出会う。 「君の力を借りたい」  あまりにも真剣なその表情に、アナベルは詳しい話を聞くことにした。  そして、その内容を聞いて彼女はエルヴィスに協力することを約束する。  こうして踊り子のアナベルは、エルヴィスの寵姫として王宮へ入ることになった。  目的はたったひとつ。  ――王妃イレインから、すべてを奪うこと。

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

結婚した次の日に同盟国の人質にされました!

だるま 
恋愛
公爵令嬢のジル・フォン・シュタウフェンベルクは自国の大公と結婚式を上げ、正妃として迎えられる。 しかしその結婚は罠で、式の次の日に同盟国に人質として差し出される事になってしまった。 ジルを追い払った後、女遊びを楽しむ大公の様子を伝え聞き、屈辱に耐える彼女の身にさらなる災厄が降りかかる。 同盟国ブラウベルクが、大公との離縁と、サイコパス気味のブラウベルク皇子との再婚を求めてきたのだ。 ジルは拒絶しつつも、彼がただの性格地雷ではないと気づき、交流を深めていく。 小説家になろう実績 2019/3/17 異世界恋愛 日間ランキング6位になりました。 2019/3/17 総合     日間ランキング26位になりました。皆様本当にありがとうございます。 本作の無断転載・加工は固く禁じております。 Reproduction is prohibited. 禁止私自轉載、加工 복제 금지.

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

悪役令嬢の面の皮~目が覚めたらケモ耳旦那さまに股がっていた件

豆丸
恋愛
 仲良しな家族にうんざりしていた湯浅風花。ある夜、夢の中で紫髪、つり目のキツメ美人さんと体を交換することに。   そして、目を醒ますと着衣のまま、美麗ケモ耳男に股がっていました。   え?繋がってる?どーゆーこと?子供もいるの?   でも、旦那様格好いいし一目惚れしちゃた!役得かも。うそ、私、悪役令嬢でしかも断罪後で旦那様にも嫌われてるの?   よし!嫌われてるのなら、押して押して押し倒して好きにさせてみせる!!

閨から始まる拗らせ公爵の初恋

ボンボンP
恋愛
私、セシル・ルース・アロウイ伯爵令嬢は19歳で嫁ぐことになった。 何と相手は12歳年上の公爵様で再々婚の相手として⋯ 明日は結婚式なんだけど…夢の中で前世の私を見てしまった。 目が覚めても夢の中の前世は私の記憶としてしっかり残っていた。 流行りの転生というものなのか? でも私は乙女ゲームもライトノベルもほぼ接してこなかったのに! *マークは性表現があります ■マークは20年程前の過去話です side storyは本編 ■話の続きです。公爵家の話になります。 誤字が多くて、少し気になる箇所もあり現在少しずつ直しています。2025/7

処理中です...