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王子と公爵の攻防
しおりを挟む「殿下は、ハッカー伯爵令嬢を妃にお望みなのだと思っておりました」
シリルが、ミュリエルを妃に迎えたい、と意思表示し、両親である国王と王妃もそれを認めた。
そして、妃選びの最終選考、と銘打った王城での行事も、その予定のすべてを終えた。
となれば、国の要職に就いている面々に妃決定の承認を得る、つまりはシリルとミュリエルの婚約を正式なものとするため、王城での議会が開かれることとなる。
その前に、と、シリルはドリューウェット公爵夫妻とミュリエルを自分の元へと招いた。
それはもちろん、ミュリエルとの結婚をドリューウェット公爵家に認めてもらうため、なのだが。
「わたくしもです、殿下。むしろ何故、今ここに至って急に我が娘をご所望なのでしょう?」
ドリューウェット公爵もその夫人も、シリルの心変わりを胡散臭く思っていることを隠しもしない。
「しかし、ミュリエルも私の妃候補だったのだ。であれば、選ぶことに何の疑問がある?」
先に、何を言っても不敬とはとらない、というシリルの言質を取った完全臨戦態勢のふたりに対し、シリルも必死に対抗するも、過去の行いが行いだけに立場の弱さは如何ともしがたい。
しかも、シリルは自分の失態が招いた窮状なのだから、信頼も自分で勝ち取りたい、と両親に宣言してしまったため、現在ふたりは面白そうな目でシリルとドリューウェット公爵夫妻の遣り取りを見守るばかり。
「突然そう仰るようになられたのは、我が娘の本来の姿をご覧になったから、ですか?」
「それもあることは否めない。だが、私はミュリエルと話すことによって自分に足りない様々なものに気づくことが出来た。確かに、これまでの私を知る公爵夫妻にとって、私にミュリエルを嫁がせるというのは不安要素しかないだろう。しかし、これから真摯に変わって行くことを誓う。そのためにも、ミュリエルに傍に居て欲しいのだ」
「他の者を傍に置くため、我が娘を利用しようとお考えなのでは?」
アリスは、お世辞にも賢いとは言えない。
故に、ミュリエルの優秀さを買ったのではないか、つまり、本命はアリスで、ミュリエルはアリスの不足分を満たす存在として傍に置きたいのではないか、とドリューウェット公爵に言われ、シリルは激昂した。
「そのようなことは絶対に無い!私が傍にと望むのは、ミュリエルだけだ!」
「しかし殿下は、我が娘のことを”瓶底眼鏡の冴えないひっつめ”と仰っていたではありませんか。もしや我らが知らぬとでも?」
「瓶底眼鏡の冴えないひっつめ」
「ミュリエル!違うんだ!いや、言っていたことは違わないけど・・・ああ!ごめん!」
公爵!
ミュリエルの前でなんてことを言うんだ!!!
ていうか、なんで知っているんだよ!
シリルが、過去にミュリエルを面白おかしく揶揄い言った言葉を何故か知っていたドリューウェット公爵の暴露により、知らなかったらしいミュリエルの耳にも入ってしまった。
この場に在りながら、自分の両親とシリルの攻防を静かに見守っていたミュリエルが、シリルを真っ直ぐに見てその言葉を反復し、シリルは焦りの余りミュリエルへと駆け寄ってしまう。
そんなシリルの焦りなど知らぬ様子で、ミュリエルは真顔で言った。
「いえ。冴えない、やら、瓶底眼鏡、やらと周りに言われているのは知っておりましたが。”瓶底眼鏡の冴えないひっつめ”とは、すべてを網羅した言葉ですね」
特に嫌がるでも怒るでもなく、しみじみとしているミュリエルに、シリルは思い切り突っ込まずにはいられない。
「そこ、感心するところと違うからね!そういうぼけた感じも可愛いけども!」
「わたくし、ぼけではありませんわ」
いやもう!
ほんとに可愛いから!
ぼけ、と言われたことが不満らしいミュリエルは、ぷくっ、と頬を膨らませた瞬間、この場が何処だったかと思い出したらしく、即座に令嬢仕様の表情に戻したのが可愛くて、シリルは思わずその頬に触れようとして。
「殿下。何をなさろうと?」
いつのまにか傍に来ていたドリューウェット公爵に、その手を阻まれた。
「い、いや、ちょっと」
「ちょっと?」
「はい!ミュリエル可愛いなと思って頬に触ろうとしました!すみませんごめんなさい!」
そして、ドリューウェット公爵の余りの迫力に、一息に言い切り勢いよく頭を下げたシリルの、その頭をドリューウェット公爵はそっとあげさせる。
「殿下。そう簡単に家臣に頭を下げてはなりません」
「公爵・・・」
そういえば、公爵はいつも。
努力が足りない、やれば出来るのにやろうとしないのは一番の罪だ、と、ことあるごとにシリルに口煩く言って来たドリューウェット公爵だが、他の貴族のように蔑んだ目でシリルを見たことは無い。
まあ、呆れた目、は、いつも向けられていたけど。
「家臣であれど義父ですから、問題は無いかと」
「誰が義父ですか」
「ドリューウェット公爵です。私は、過去の自分と決別し、この国の発展に尽力すると誓います。けれどそれはひとりで成し得るものではありません。公爵はじめ、多くの助力を仰いではじめて成し得るものです。そして私は、ミュリエルに、誰より近くに居て欲しいと望みます。ドリューウェット公爵。ご息女との婚姻を、お認めください」
瞳を真っ直ぐに見つめ、真摯な態度で言い切ったシリルを見つめ返し、ドリューウェット公爵は、ふう、と息を吐き出した。
「ミュリエルは、殿下のお気持ちをどう捉える?」
「はい。わたくしも、殿下から望まれるとは思ってもいませんでしたが、今回、王城に滞在させていただいている間、多くの時間を殿下と共有する機会を得まして、今まで存じ上げていた殿下とは違う面をたくさん拝見することが出来ました」
おお、ミュリエル!
「ですが、不安、でもあります。殿下の今のお気持ちが、長く続くものなのかどうか」
ああ、ミュリエル!
そうだよね、今までの僕を知っていたら当然の不安だよね、それ!
ミュリエルの言葉に、内心で忙しなく同意し答えながら、シリルはミュリエルへと目を向ける。
表向きは、凛と落ち着いて。
「ミュリエルの不安は尤もだと思う。しかしこればかりは、信じて、傍で見守って欲しいとしか言い様がない」
「では。一年経ってもその意志、態度に変わりが無い場合、娘との婚約を認める、ということでよろしいでしょうか」
ドリューウェット公爵の案に、公爵夫人もそれがいいと頷くが、シリルは黙っていられない。
よろしくないです、全然!
いや、結婚認めてくれる、っていうんだから前進したけど!
一年後に婚約、じゃ、遅いです!
婚約は今すぐを希望します!
そんな喰いつきっぷりを隠す王子仕様で、シリルはこほんと咳払いした。
「しかし、既に最終選考の日程を終えてしまっている今、この後議会を招集して婚約者の発表、という図式は変えられない。一年も待つことは不可能だ」
そして、頭をフル回転させた結果、正当な意見を持ち出すことに成功し、シリルはほっと息を吐くも。
「では。一年議会を続ければいい」
ドリューウェット公爵に、さらりととんでもないことを言われ、シリルは動揺した。
ええ!
何を言い出すんだよ!
そんなことできるわけ・・・え?もしかしてできたりするのか?
そんな風にシリルがぐるぐると考えていると、非常に楽し気な父国王と視線が合う。
「公爵。愚息は、冗談なのか否か測りかねているようだ」
そして、それまでも瞳は雄弁に語りつつ、何とか沈黙を保っていた国王がゆっくりと口を開いた。
くつくつと笑いながらのその言葉に、シリルはドリューウェット公爵の言葉が冗談だったのだと知り、信じられない思いで、その胆力の籠った面差しを見つめてしまう。
「殿下、そのような事は出来ませんよ。他にも審議することはたくさんあるのです。既に意見が固まっている殿下の婚姻に関して、それほど時間をかければ余計な争いを生んでしまうでしょう」
「議会での反対意見は公爵のみ、だからな」
苦虫を噛み潰したような表情になったドリューウェット公爵と、対照的に楽しそうな笑みを零す国王。
そのふたりを交互に見つめ、シリルは交わされる言葉の意味を探る。
つまり、なんだ。
議会は僕の結婚について、既に答えを出していて、それに対し反対しているのはドリューウェット公爵のみ。
議会での話は知らないけど、父上も母上も僕の婚約者はミュリエルしかいない、と思っていたみたいだし、宮でもそんな風だった。
そういえば、前にも父上と母上が言っていたな。
僕が愚かな真似をしなければ、候補から選ぶ、なんてことしなくて済んだのに、と。
ということはつまり。
僕の婚約者は、始めからミュリエルしか有り得なかった、ということか。
しかも、僕自身こんなにもミュリエルに惹かれているから、そこら辺も問題がないわけで。
自分の愚かさが、余計な手間をかけさせてしまった、と改めて認識したシリルは、自分が思う以上に周りに迷惑をかけたのだとしみじみと実感した。
「殿下のお気持ちを大事に、と私は言っていただけです」
「ならば、ミュリエルをシリルの妃としてくれ。それは、我と王妃、そしてこの国の希望でもあるのだ」
嘆願とも言える国王の言葉に、ドリューウェット公爵は、その瞳を真っ直ぐにシリルへと向けた。
「殿下が、娘を慈しみ、幸せにしてくれるのなら」
その、親としてのミュリエルへの情、臣下としてのシリルへの思いの籠った瞳を、シリルもまた、真摯な気持ちを籠めて見返す。
「公爵。これまでの愚かな行いを許してほしいとは言わない。その代わり、この先は必ずミュリエルを大切に愛し、共に国を盛り立てていくことを、ここに誓う」
そして、願わくばいつの日か、ミュリエルも心から僕を想ってくれるように、頼れる存在として振る舞って行く。
胸に手を当て、王子として誓いを立てるシリルを、ドリューウェット公爵は暫くじっと見つめ。
「判りました。婚約を認めましょう。ただし!もし王子殿下がまた愚かな行動に出るようなことがあれば、即、破棄できる確約をいただきたい」
重々しい態度で、その言葉を口にした。
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