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結末 ドロシア・アップルトン
しおりを挟むああ。
あの父上の素晴らしい笑顔が分からないんだな。
ハッカー伯爵とアリスが、国王から、貴族籍返上の手続きは抜かりなくしておく、ハッカー家の後のことも領地のことも案ずることのないようにしよう、との確約を貰い嬉しそうに退出していくのを、シリルは微妙な気持ちで見つめていた。
恐らく父王は、元よりハッカー伯爵に問題あり、だと認識していたのだろう。
それが、今回の妃選びと共に一息に片付いて満足であることこの上なく見える。
後で説明してもらわないと、だな。
哀しいかな、自分は未だそこまでの認識がない、とシリルが思っていると。
「ドロシア!?未だ退出の許可は下りていないぞ」
「放して。簒奪者の分際でわたくしに触らないで」
争うような声が聞こえそちらを見れば、ドロシアが突然歩き出し、その動きをアップルトン侯爵が必死に止めている所だった。
しかし、義理の娘とはいえ女性に触れるのを戸惑っている様子が見え、アップルトン侯爵夫人が代わりにドロシアの腕を取ろうとすれば、ドロシアが物凄い目でアップルトン侯爵夫人を睨む。
ええと、ここ王城で、両陛下も未だ居るんだが。
それに、簒奪者、って。
「ドロシア嬢。未だ話は終わっていないから、退出は待ってもらえるかな」
呆れつつも窘めるようにシリルが言えば、ドロシアが厳しい顔のままシリルへと向き直った。
「お話、とは何でしょうか。王子妃も決定し、莫迦な伯爵親子も自ら進んで追放されていった。これ以上、何の茶番があると?」
ちゃ、茶番て。
まあ、確かにアリスのことはそう言えなくもないけど、でも。
「あら。貴女にはとても大切なお話があるのよ。貴女の罪について、ね」
シリルが、悶々と考えていると、王妃が軽やかな笑顔を見せながらそう言った。
「罪、ですか?」
「ええ。貴女が王子妃候補の立場を利用して犯した、罪のことよ」
「身に覚えがありません」
「あら、そう?ではセシルという侍女に覚えは?金髪碧眼の娘なのだけれど、貴女がお部屋でしていたこと、わたくしはきちんと聞いていてよ」
にっこりと微笑み言う王妃に、ドロシアは怯むことなく言葉を繋ぐ。
「それはつまり、秘密裡に探らせ報告を受けた、ということですか。そんな侍女の証言など、わたくしが事実ではない、と言えば何の証拠にもならないのではありませんか?それとも、王族の権限で周りを囲い込みますか?何より、そのような間諜を放つなど。恥ずかしいとお思いにならないのですか?」
「ドロシア!王妃陛下に向かい不敬だぞ!陛下、申し訳ありません」
ドロシアの発言に謝罪し、アップルトン侯爵はドロシアにも頭を下げさせようとして、その手を払われる。
「では、その侍女をここへ呼びましょうか」
「ですから、呼んだところで・・・・え?」
母上、いきなりはどうかと思います・・・。
アップルトン侯爵に、気にしないように、と片手を挙げ、王妃はそのままの流れでシリルに魔法をかけた。
ああ。
ミュリエルが驚いている。
金髪碧眼美少女になったシリルは、ミュリエルの前でまたも違う系統の女性にされたことを嘆きつつも肚を括り、ドロシアへと向き直る。
「僕が見たこと、君にされたこと。忘れたとは言わせないよ」
シリルがきつい瞳で睨み据えれば、ドロシアは、ぎりり、と悔し気に奥歯を噛み締めた。
「王子自身が間諜とは。王族も地に落ちたものね」
「「ドロシア!!」」
シリルを睨み返し言うドロシアに、アップルトン侯爵夫妻は慌ててその口を塞ごうとするも、ドロシアはふたりの手を振り払い、挑戦的な目を向ける。
「触らないでよ。簒奪者が」
「またか。先ほども言っていたが、簒奪者、とは聞き捨てならぬな、アップルトン侯爵令嬢。そこに居るふたりは、我が父が国王時代にアップルトン侯爵の正式な後継と認め、爵位を継いだ後も我が国に貢献してくれているのだ。それに、そなたの事も生まれた時より気にかけ、実の両親亡き後は養子として教育してくれた義理の両親でもある。それに対し、感謝の念は無いのか?」
「あるわけありません。子どもの頃から、侯爵家に連なる貴族令嬢なのだから、と偉そうに作法を厳しくしつけられて、勉強もさせられて。そもそも、わたくしの方が正式な侯爵家の後継なのに、身分も弁えずこの人達はわたくしに指導しようとしてきました。両親が死んで、なりたくもないのに養子にされて侯爵令嬢となったら、今度は王家にいつ使うかも分からない言語や地理、他国の歴史まで勉強させられそうになって。まあ、王城へ来るようになって素敵な殿方とはたくさん出会えましたし、その方たちがくだらない勉学の場から連れ出してくれましたけれど」
国王の静かな声にもドロシアの怒りは収まることを知らず、強い口調のまました返答に、シリルは仰け反るほど驚いた。
凄い。
王子妃教育さぼっていました宣言したうえに、素敵な殿方とたくさん出会えた、って。
それって。
「王子の妃候補なのよ?様々なことを学ぶのは当たり前でしょう。それに、あくまで候補だったから、適正を見るための初歩的なことしかやっていないわ。それなのに、学ぶ為に訪れていた王城で、貴女は王子以外の男性との逢瀬を楽しんでいたのね。それは、不貞よ」
「不貞、とは失礼ではありませんか」
「ドロシア・・・っ」
平然と王妃に言い返すドロシアを諫めようとするアップルトン侯爵夫妻を、ラフォレ公爵が目で止めた。
最早、ドロシアの不貞は明るみに出ており、今日ここで処罰を言い渡されることは決定している。
近衛の副団長にまで色目使っていた、っていうんだもんなあ。
シリルは、自ら指揮を執り調査した結果を思い出し、遠い目になった。
「学ぶこともせず、遊興にばかりふけっていた、ということか。アップルトン侯爵令嬢。其方は、妃の役目を果たすつもりがない、ということで相違ないか?」
「何を仰るのです、陛下。より優秀な種を残すことこそ、妃の役割と心得ます」
え?
何かな、それ。
つまりは、あれか。
王子である僕が優秀じゃないから、他の優秀な種を残す、ってことか。
いや、いつから主軸がお前になった。
「王家の血を引かない者を、王族として残されても困ります。貴女が関係を持った数多の人間については、既に調べがついています。関係した近衛騎士及び侍従は、全員解雇しました」
「横暴です!」
「正当な処置だよ、ドロシア嬢。それに。王族の種の優劣を、君に心配される謂れは無い」
「なによ。自分の代で王家が滅びそうな王子のくせに」
王子であるシリルの言葉にも暴言を吐くドロシアに、アップルトン侯爵夫妻は青を通り越して真っ白な顔色になりながら何とかドロシアを止めようとするも、ドロシアの勢いは止まらない。
まして、ラフォレ公爵も国王も王妃も、アップルトン侯爵夫妻はドロシアと引き離す方向で考えているため、この場でドロシアを制することのないよう、無言のまま圧をかけ続けている。
そのためアップルトン侯爵夫妻は、その心情とは裏腹に、ただひたすらに成り行きを見守っていることしか出来ない。
「まあ。確かに僕は愚鈍だけれど、ミュリエルが優秀だから大丈夫だよ。心配ありがとう、ドロシア嬢」
「っ!」
ええっ!?
ミュリエル何その反応!
凄く可愛いんですけど!
ドロシアに対し睥睨するように言ったシリルの言葉に、より強く反応したのはミュリエルで。
その恥じらう姿にシリルは我を忘れて駆け寄りそうになり、ミュリエルの両隣にいるドリューウェット公爵夫妻の冷酷な笑みに何とか足を止めた。
怖いです、義父上、義母上。
その氷点下の笑み、凄いです!
「不敬な発言は控えよ。アップルトン侯爵令嬢は、王族への不敬と不貞の心根を正すべく、貴族籍剥奪のうえ修道院にての修行を命じる。アップルトン侯爵家は、今後一切、元アップルトン侯爵令嬢への接触、援助、更には修道院への寄付等で彼女の便宜を図ることを禁ずる。もしこれを破った場合には、侯爵家取り潰しとするから心するように」
「はっ。陛下のお心遣いに感謝いたします」
ドロシアの罪を連帯責任としなかった国王に感謝の意を述べ、アップルトン侯爵夫妻は両陛下の前で跪いた。
「何故、わたくしが修道院になど」
義理の両親が跪いたにも関わらず、自分は悠然と立ったままのドロシアは、不満そうに言いながらも大してダメージを受けた様子はない。
なんだ?
修道院なら、罪として軽い、って認識なのか?
思い、シリルは首を傾げた。
ドロシアなら、修道院と聞いた瞬間に、これまでして来た生活が出来なくなると騒ぐと思っていただけに、拍子抜けの思いがする。
「言ったであろう。不敬と不貞の心根を正せ、と。女子ばかりの厳しい修養のなかで、自分を見つめ直すがいい」
「女子ばかり・・・それって、男性はいないということ!?」
そして、ドロシアがあげた絶望の叫びに、シリルは漸く納得した。
ああ、なるほど。
修道院によっては、修道士も修道女も居るもんな。
でも、不貞の心根を正すのに、そういう修道院選ぶわけないだろ。
呆れ過ぎて言葉も無い、とシリルはため息を吐いて小さく首を横に振る。
「ちょっと!あんたたちも跪いていないで何とか言ってよ!」
今になってアップルトン侯爵夫妻に助けを求めるも、今後ドロシアに関われば侯爵家取り潰しとなる彼等に、できることはもう何も無い。
例え案じ続けた養女でも、他の家族や親族、寄子や多くの使用人、領民のことを考えれば当然のことだが、それをドロシアは理解できない様子で、理不尽だ、助けもしない人でなし、と叫び続ける。
「案じなくとも、即刻出立の準備は出来ている。連れて行け」
国王の命令で、騎士がドロシアを連れ退室して行く。
その騎士達は、当然のようにドロシアの顔見知りではない。
「不貞がなによ!周りに大勢侍らせたのが羨ましいの!?いいからみんなを返してよ!」
みんな、か。
まさか、近衛の副団長まで誘惑していたとは思わなかったよな。
近衛騎士団を調査し始めてすぐ、シリルは複数の騎士がドロシアに過剰接触を試みられて職務に支障が出る、という訴えをあげていることを知った。
そして、その訴えを受け、各部隊の隊長が組織上部へ報告をあげていることも。
それなのに、騎士団長の元へ届く前に、それは何処かで握り潰されていた。
何処か。
それが副団長だとは、と、調査結果を見た時シリルは意外すぎて言葉も無かった。
しかし、シリルが呼び出しを掛け直接話を聞いた隊長たちは、少しも驚いた風がないどころか、納得の表情でさえあった。
あの副団長なら十二分に有り得る、ということらしいが、報告をあげていたにも関わらず対応が遅れたのは、副団長の不正に気づかなかった自分のせいである、と騎士団長がシリルと部下たちに頭を下げ、免職を願い出た時には明らかに慌てた様子で、シリルに対し、騎士団長がいなければ団は纏まらない、騎士団長はこのひとしか有り得ない、と懸命に擁護した。
結果、近衛騎士団とシリルとの間で綿密に連絡を取り合うことを決め、団長はじめ近衛騎士団は改めて王族にその忠誠を誓った。
これで、風通しも良くなるだろう。
これからは、自分もしっかり関わって行こう、と、シリルは、忠誠を誓う騎士達が誤った道に進まないよう自分も努力することを誓った。
そして、ドロシアと関係していた副団長を含む騎士全員が解雇となったのと時期を同じくして、並行して調査していた王城の使用人でドロシアと関係していた者も、同じく全員解雇となった。
しかし、まめというか、何というか。
聞けば、ドロシアは王城へ来る度、新しい相手を欲して声を掛けていたらしい。
なかには、執拗に迫られた、と苦い顔で証言する者もいたほどで、その熱心さを他に向けていたら、とシリルは思わないでもなかったが、ともかくもこれで一安心、と大きく息を吐き、肩の力を抜いた。
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