王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)

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結末

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「ミュリエル。緊張している?」 

 無事に婚約の儀を終えたシリルとミュリエルは今、大勢の貴族を招いての披露パーティに臨むため、入場する扉の前で待機している。 

 盛装したミュリエルは妖精天使仕様、そんな彼女に並ぶシリルも、以前より見目だけは超一流の王子、と言われて来ただけある盛装姿で、ふたり揃った姿は人形より美しい、と使用人一同、感涙に目を潤ませたほど。 

「はい・・・恥ずかしながら」 

 王家に生まれたシリルはもちろん、公爵家という貴族の最上位の家に生まれたミュリエルも、人前に出ることには慣れている。 

 それでも自分が主役のひとりであり、しかも王子との婚約披露ともなれば勝手が違う。 

 大勢の貴族が、王子妃として相応しいのか試す事は必至だと理解しているミュリエルは、その緊張を押さえるように小さく深呼吸して、今更緊張するなんておかしいですよね、と笑った。 

「ちっともおかしくないよ。僕だって緊張しているんだから」 

「え?」 

「こんなに綺麗で可愛いミュリエルをエスコートして、しかも自分の婚約者だって発表するんだ。凄く嬉しくて楽しみでもあるけれど、君に相応しくない、って言われそうだなって」 

 くすくすと笑いながらも、シリルのその心配は深刻なもの。 

「でも、もしミュリエルが他の奴の方がいい、って言っても、もう聞いてあげられないから」 

 なので、本心からそんなことを言ってしまい、ミュリエルに、手袋の上から手の甲を、きゅ、と抓られた。 

「言いません。そんなこと」 

 信じてくれないのですか、と拗ねたように言うミュリエルが可愛くて、シリルはここが会場入りするための扉の前だと言うことを忘れかけ、抱き締めそうになって、傍に控える侍従長と侍女長に笑顔で阻まれた。 

 

 こ、怖いから! 

  

 特に侍女長からの圧が凄かったのは、心血注いで完璧に仕上げたミュリエルの装いを乱すつもりなのか、そんなことは許さない、という侍女一同の怨念、もとい熱い気持ちを代弁していたからか。 

 ともかく、何とか堪えたシリルは、ミュリエルを抱き締めるべく持ち上げ行き場を失った手を、美麗且つ複雑に結い上げられたミュリエルの頭の上方で、ぽんぽん、と動かした。 

  

 名付けて、触らずぽんぽん。 

 うん、これはこれでいいかも。 

  

「殿下?」 

 楽しくなって繰り返していると、ミュリエルが小首を傾げてシリルを呼ぶ。 

「うん。ねえ、ミュリエル。シリル、って呼んで」 

「え?」 

「もう正式に婚約したんだから、いいよね?」 

 シリルとミュリエルが交わした婚約の誓約書。 

 その喜びと共に、そこにしっかりはっきり記載されていた<王子シリルに不貞もしくはそれに準ずる行為が認められた場合、即刻この婚約を破棄する>の一文を思い出し、シリルは自分への信頼の無さを改めて痛感した。 

 

 ほんとに書いてあるんだもんな。 

 

 あの場で、ドリューウェット公爵は確かにそう言っていたけれど、それは言葉のみ、もしくは別紙で交わされるものだとシリルは思っていた。 

 しかし、まさかの婚約の誓約書。 

 本来であれば、婚約の事実とふたりの名、そして両家当主の承認の署名が記載されているだけの筈のそこに、堂々とその文言はあった。 

 そして、両家の親が先に確認したはずのそこにそれがあった、ということは、シリルの両親であるところの国王と王妃も承認している、ということで。 

 

 ああ。 

 僕の信用の無さよ。 

 

 そんなものが無くともミュリエルを生涯大切にし、共に協力し合って生きて行くものを、と思うも、今の自分の言葉の重みなど、塵芥に等しいのかも知れない、とシリルはため息を吐きそうになる。 

「殿下?どうかなさいましたか?」 

 ため息など吐いたからだろう。 

 シリルと呼んで欲しい、と言われ恥じらっていたミュリエルが、不思議そうな顔になってシリルを見あげた。 

「ああ。婚約の誓約書の文言を思い出していたんだ」 

 今後はどんな小さなことも秘密にするつもりのないシリルが、恥ずかしながら己の信用の無さを憂いていた、と言えばミュリエルも深刻な顔で頷く。 

「わたくしも驚きました。まさか、婚約の誓約書本紙に書いてあるとは思わず」 

「まあ、でも。これから証明していくしかないよね。だからね、ミュリエル。手始めに僕の名を呼んで」 

「・・・・・それ。だからで繋げるのはどうかと思いますが」 

「流石にばれるか・・・判った。正直に言う。僕が呼んで欲しいだけ」 

 にこにことシリルがあっさり認めれば、ミュリエルは目を見開いて赤くなった。 

「ね、早く。会場入りする前に、初めて、を僕にくれないか?」 

 初めては囁きがいい、とシリルはミュリエルの口元に耳を寄せ。 

「シリル殿下」 

「殿下、は無しで」 

「・・・・・シリル様」 

 その微かな声に、シリルは満足そうに頷いた。 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、ミュリエルを見て驚いていたね」 

 ふたりでファーストダンスを踊り、そのまま三曲続けて踊ったシリルとミュリエルは、大勢からの祝福の言葉に応え続け、笑み続け、漸く一段落ついた所でバルコニーに出た。 

「そうですね。ずっとあの姿でいましたから。と言っても、少々印象の強い眼鏡をかけて、冴えない髪型と装いをしていただけなのですが。まさか、本物か、と言われるとは思いませんでした」 

 言いながら楽し気にくすくすと笑うミュリエルに、シリルは不服を唱える。 

「だけ、じゃないよ。本当に別人なんだから」 

 しかし、ミュリエルのことを冴えない令嬢だと思っていたのは自分だけではない、と確認でき、シリルは安心してもいた。 

 シリルが、ミュリエルを伴い入場したときの騒めき。 

 シリルは、その波のように広がった動揺を、一生忘れないだろうと思う。 

 そして、ふたりの婚約が発表され、共に壇にあがった時の、周りの視線。 

 特に、貴族令息たちの衝撃と羨望、そして後悔の眼差しは忘れ難かった、とシリルは回想する。 

 一歩間違えれば、自分も同じ立場だったと思えば、優越に浸ることなど出来ず、シリルはひたすら自分の幸運、両親の判断に感謝した。 

「でもあの。シリル様を見つめるご令嬢方の視線も熱くて」 

「他の令嬢?ミュリエルが一等可愛くて賢いんだから、何も問題ないだろう?それより子息達だよ。僕のミュリエルに対してあの大胆不敵さ。僕は危うく、寄るな触るな近づくな、と叫びそうになったよ」 

 令嬢達の熱い視線にシリルがどう反応するのか心配になった、と言葉にできずにミュリエルが視線を落とすも、自分の心配の方が大きいうえ、他の令嬢など目に入らないシリルは、そんなことに気づかない。 

「僕のミュリエル・・・」 

 そして、当然のように言われた言葉にミュリエルは頬を染める。 

「そうだよ。僕のミュリエルだ。それなのに、自分の方が僕より有能だとか何とか。本人がそこにいるのに言い切るとか。一応僕、王子なんだけどな、って思ったよ」 

「ですが、それを大事にして咎めることなく爽やかに躱していらして・・・その、素敵、でした」 

「そ、そう?ミュリエルにそう言ってもらえると嬉しいな」 

 

 ミュリエル!? 

 真っ赤になって僕を褒めるとか、素敵とか! 

 さっきは、僕のミュリエル、にも可愛い反応していたよね。 

 ああ、舞い上がってしまうよ。 

 

 何とか冷静に答えながら、シリルは心のなかで飛翔した。 

 何なら、これから朝までダンスを踊り続けることだって出来そうだと思う。 

「そういえば、ハッカー元伯爵は既に国を出られたとか」 

 おずおずと言葉にしたミュリエルに、シリルは静かに頷いた。 

「ああ。親子揃って出国したと報告があがっているよ。心配?」 

 そういえば、婚約式、そしてこの婚約披露パーティのため、ミュリエルとゆっくりこのような話をする機会もなかった、とシリルが思いつつ答えれば、ミュリエルが戸惑うように視線を彷徨わせる。 

「あの折、アリス様のお相手は他国で探す、と元伯爵は仰っていらして。それはつまり、他国で縁づく先をお探しになる、ということだと思うのですけれど」 

「うん。そういうことだと思うよ。彼は、アリスを他国の貴族に嫁がせるつもりなんだろう」 

 ミュリエルが言いたいことが判りながら、シリルは事実だけを口にする。 

「ですが、その。ハッカー元伯爵は、既に爵位を返上されてしまいました。それでも、他国の貴族に嫁げるでしょうか」 

「無理だろうね」 

 そして、あっさりと言ったシリルに、ミュリエルもさもありなんと頷いた。 

「ですよね・・・あの時、教えて差し上げた方がよろしいのでは、とも思ったのですけれど、そのことに気づいていない筈も無い皆様が黙っていらして。何か、お考えがあるご様子でしたので」 

  

 

 凄いなミュリエル! 

 あの時既にそこまで考えが回っていたのか! 

 まあ僕は、思わぬ方向に話が進んで驚いていただけだけど! 

 

「言わないでくれてありがとう。ハッカー元伯爵は、自領の経営が杜撰でね。作物の出来が悪くても税を下げることはしないのに、少しでも収穫高が上がると法外に増税をして、しかもそれを自分達の贅沢に使って当たり前だと思っていたんだ。領民からの嘆願書も多数あがっていて、ハッカー元伯爵の側近でさえ、伯爵のやり方には不満を持っていたらしいからね。今回の判断は、領の皆の幸福に繋がるんだ」 

「まあ、そうだったのですね。良かったです。余計な口を挟まずに。それにしても、シリル様は凄いですね。極自然にお話の流れを作られて、ご自分が道化役になってまで領のことをお考えになる。そんなシリル様の隣に立つに相応しくあれるよう、わたくしも、精進いたしますね」 

 

 え? 

 ええと、何か誤解があるような。 

 

 ミュリエルは、しきりに感心しているけれど、ハッカー伯爵領の実情など、シリルは知りもしなかった。 

 ただ、アリスの嫁ぎ先を王族以外で考えさせる、それだけのつもりだったのだが。 

「シリル様は、本当に凄いのですね。やると決められたら、短期間で驚くほど頼もしくなられて」 

 しかし、素直にそう言うには、ミュリエルの瞳が輝き過ぎていて。 

「いや。まだまだだから。ミュリエル。これからも、見捨てず頼む」 

 シリルは、本気で、真摯に、ミュリエルに頭を下げた。 

 

 
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