【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

文字の大きさ
69 / 104
第一章

68話:キス目撃

しおりを挟む
 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 会社の最寄り駅からオフィスまでを、いつもより少し早歩きで歩く。

 彼に話しかけようと予定しているのは昼休みだ。だから、早く出勤したって何も意味はない。けれど、気持ちが急いでしまって悠長に移動していられなかった。

 ただ、会社のビルが見えてきた途端、少しだけスピードダウンする。恐怖がないわけじゃないからだ。

 もし、なにも勘違いではなくて、神永一織が久遠を死ぬほど恨んでいたら?

 そんな不安が頭をもたげてくる。けれど、その想定を準備していないと、無防備な状態で刺されてしまうことになるだろう。だから、ある程度ネガティブな考えを用意しておくことは必要だった。

「よ」

 決意をこめてビルを見上げていると、不意に声をかけられた。

「霧島さん……」

 振り向くと、そこにいたのは、トラックの準備をしている霧島だった。

「おはようございます……。どうしてこんな朝から?早いですね」

 久遠の到着時間すら普段より少し早いくらいなのに、霧島がこの時間にトラックを準備しているのは異常だった。

 久遠が驚いた顔を見て、霧島はにやりと口角を上げる。

「びっくりしたろー。今日は特別。朝からコーヒー販売だけでもしないかって、管理会社に言われてさ」

 トラックの壁には、普段の料理の写真は取り払われていて、シンプルなコーヒーのイラストだけが貼られていた。

「でもまじ今日だけ。俺朝からこんな店出せない」

 そう言ってあくびを噛み殺している霧島は、とても眠たそうで、よく見ると毛先が跳ねていた。彼が朝弱いタイプなのは納得だ。

「久遠こそどしたの。立ち止まってビル睨んでたけど」

「あっ、あの!そう、実は、実は神永さんのことで、 えっと、手紙があって」

 意味のわからない滑り出しになってしまった。しかし今朝の手紙のことを、霧島に伝えたくってしょうがない。

「高校の時の人が好きだって書いてあって、 神永さんが。わからないんですけど、その……やっぱり霧島さんにアドバイスいただいたみたいに、 ちゃんと話してみようと思っていて」

 全く意味が分からない。我ながら焦りすぎた。

 これじゃだめだ。深呼吸して改めて説明し直そうと思ったが、霧島は久遠の肩をぽんと叩いた。

「偉い。頑張れ」

 それだけだった。

 霧島からしたら、久遠の言っていることはほとんどわけが分からなかっただろう。そんな中できっと、神永と話してみることにしたという中核だけ抽出し、久遠の宣言を受け取ってくれたのだ。

 久遠の胸の奥で何かがポッと灯った気がした。久遠の短所を見つけてくれて伝えてくれたのも、今日こうして踏み出す勇気をくれるのも、紛れもなく霧島で、それが嬉しかった。

「とか言って、もしかしたら今日は話せる時間がないかもしれないですし、分かんないんですけど……」

 ここまで応援してもらって、今日何も実行できなかったら霧島に合わせる顔がなくなってしまうので、保険をかけてしまう。すると、霧島は快活に笑った。

「どう転んだっていんだよ。とりあえず、踏み出してみるって決めたのが偉いっつってんの」

 久遠が微笑んで頷くと、トラックの前に人影が現れた。この時間からコーヒーを販売していることに気づいて、来店したみたいだ。
 霧島もそれに気がつき、久遠に向かって「じゃあな」と軽く手を振る。久遠も小さく手を挙げ、霧島の背中を見送りながら、胸の奥で小さく気合を入れる。

 ――行こう。

 そうして久遠は、オフィスに向かって足を踏み出した。

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 10階に到着しても、フロアにはまだほとんどひとけがなく、静かだった。久遠のパンプスの音だけが響く。

 いつもは誰より早く出勤しているチーム長も、まださすがに着いてはいないだろう。実際、神永チームのエリアには誰もいなかった。

 久遠が、神永と向き合う日を今日とすることにここまで熱意を持っているのには、理由があった。霧島からの指摘が背中を押してくれた勢いを絶やす前に、というのもある。けれどそれだけではなくて、今日を逃すと、しばらく神永に会えなくなるという事情があった。

 神永は、明日火曜日から出張に出てしまう。オフィスで会えるのは、今週は今日が最後なのだ。

 そのスケジュールを、オフィスまで歩いている時に思い出した。俄然、今日でなければならなくなった。

 ――あれ。

 神永のデスクをよく見ると、人影はないものの、カバンが置かれていた。こんなに早い時間から、既に出社はしているらしい。

 席を外して、今どこに行っているのだろう。いつ現れてもおかしくないのだと思うと緊張してしまう。

 デスクで鉢合わせて2人きりになる時間があるのは避けたかった。久遠もバッグを下ろして再び部屋を出て、お手洗いに向かう。

 けれど、途中で足を止めた。

 廊下の先に、そこにいるはずのない人間が見えたような気がしたのだ。ピンクブラウンの髪の毛が、普段あまり使われていない会議室に消えていくのが見えたような気がした。

 そちらへ引き寄せられるように、久遠はつい方向転換してしまう。

 ――まさか、まさかね。このフロアにありすさんがいるわけない……。

 髪色や巻き方が似ていただけだ。受付嬢の人が、ネクサイユの中にいることは有り得ない。――誰かが呼んだということでもなければ。

 胸の奥に、嫌な予感が広がる。

 誰もいないオフィスでは、ささいな靴音さえ響く。久遠はそっと歩いて会議室の前まで行き、ドアの隙間から中を覗き見た。

 そして、確証してしまう。

 やっぱり、そこにいたのは、ありすと神永だった。

 低く抑えた声で話していて、何を話しているかまでは分からなかった。けれど、声を抑えている分距離が近く、遠目で見ても親密な空気が漂っているのがわかる。

 久遠の心臓が早鐘を打ち始める。

 やっぱり……。

 神永の表情はどこか真剣で、ありすは時折、彼の腕にそっと触れる。

 見てはいけないものを見ている感覚だけがはっきりあるのに、久遠は目を奪われたように視線を逸らすことができない。見れば見るほど傷つくのに、見ないではいられない。

 次の瞬間、2人の距離が、一気に縮まった。

 ――え?

 部屋の外から見ている外野の久遠からも、はっきり分かった。2人の唇が重なったのだ。

 膝が震え出す。

 音が消えたみたいに、世界が遠のく。視界に額縁がついたみたいに、自分を遠くから見ているような離人感に陥った。
 頭の中が、真っ白になる。さっきまであったはずの決意も、勇気も、一瞬で離れていった。

 視界が滲む前に、久遠は踵を返した。

 ここにいたらだめだ。これ以上見たら、立っていられない。今日の勤務なんて、もっと不可能だ。

 自分の頭や体がまだ使い物になるうちに、事件現場から離れないといけなかった。

 足早にその場を離れながら、背後でドアが開く音がした気がした。
 けれど、振り返らなかった。振り返ったら、決定的に壊れてしまいそうだったから。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

藍生蕗
恋愛
大学二年生、二十歳の千田 史織は内気な性格を直したくて京都へと一人旅を決行。そこで見舞われたアクシデントで出会った男性に感銘を受け、改めて変わりたいと奮起する。 それから四年後、従姉のお見合い相手に探りを入れて欲しいと頼まれて再び京都へ。 訳あり跡取り息子と、少し惚けた箱入り娘のすれ違い恋物語

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜

yuzu
恋愛
 人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて…… 「オレを好きになるまで離してやんない。」

処理中です...