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第二章
78話:2人で迎える初めての朝②
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「あの」
久遠が声を絞り出す。胸の奥で渦巻く不安と決意が喉を締めつける。
「ずっと……謝りたくて」
神永は黙って久遠を見つめている。真っ直ぐな眼差しに促されるように、続きを口にした。
「高2の時、あの教室で、一織くんを傷つけるようなこと言っちゃって。あの時私……」
3月のあの日。久遠が友だちとだべっていた教室と、廊下からそれを聞いていた一織の構図を思い出す。
「寂しくて。今って付き合ってるって言えるのかな?って、ずっと怖くて。でも、捨てられたなんて思いたくなくて、つい、友だちの前で強がっちゃって」
目を伏せた。
8年間悔いていたことを、本人に言葉にして伝える。目の前の彼なら許してくれるだなんて絶対に甘えたくなかった。情けない見栄っ張りで、あの時の神永一織を誰よりも傷つけた人間として、責めてほしいくらいだ。だから、この期に及んで少し、言うのが怖い。
「一織くんのこと大好きだったのに、見栄張って、あんなのを聞かせてしまって……。しかも、一織くんが大変だった時期に。本当にごめんなさい」
神永の顔を見上げる。
本来なら、こんな格好で、ベッドの上で伝えるべきことではないのかもしれない。けれど、今は一糸まとわぬ姿であるため体を起こすことはできず、それでも早く、この気持ちを伝えたかった。やっと、2人で過去を扱える時が来たから。
返ってきた神永からの反応は、予想していないものだった。神永の眉が跳ね上がる。
「え、じゃあ、『最近は好きじゃない』ってあれ、あの時の久遠の気持ちじゃないの?」
意外そうな顔を互いに見合わせる。
「ちっ、違います。そっか、え、そこからすれ違ってるのか」
まさか、あれが強がりだと悟られていなかっただなんて。久遠はなぜか、その可能性を少しも考えていなかった。自分が一織のことが大好きなのが当たり前すぎて、それが一織の中の当たり前にもなっているとばかり思い込んでしまっていた。
言葉の通りに受け取っていた一織は、どれだけ傷ついただろう。その傷が、今日までそのままになっていたことを心苦しく思う。
「私は、一織くんのことが大好きで、でもあの時期、付き合ってるのかどうかわからないくらいの仲になっちゃってたから、同情モードの友達の前で思ってもないこと言っちゃって。自分が可哀想な側じゃないってことにしたくて、あんなこと」
自分が傷つくくらいなら、相手を傷つける。その場しのぎの傲慢な振る舞いが8年間の罪悪感に繋がると知っていたら、あんなくだらない弁明はしなかっただろう。保身のための愚挙が、一番愛おしい人との繋がりを断ち切り、結果的には自分をも切り裂いた。
「まさか一織くんがあの日学校来てるなんて思ってなくて。あんな強がりを陰で言うなんて性格悪いとこ見られて、もう嫌われたなって、すっかり……」
「いや強がりだなんて思わなかった。……ていうか、気づいてあげられてなかった」
神永の声には自嘲が混じっていた。
「俺、普通に、飽きられて当然だと思ってたからあの時は。全国優勝逃して、しっかり食らって彼女に顔合わせられなくなってるなんてダサすぎて。未熟で、久遠に寂しい思いさせてたから……愛想尽かされて当然だって思ってた」
彼は苦笑しながら自分の額を指でこすった。
「あの日はそう、大学の合格報告に行ってたんだ。職員室行った帰りに、いい加減久遠と向き合いたいと思ってダメ元で久遠の教室寄ったんだった。……まさかほんとにいるとは思ってなかったけど」
そこまで言って、「タイミングいいんだか悪いんだか分かんないね」と優艶な目で久遠の方を見るが、久遠は上手く反応することができない。
「俺はむしろ罪悪感を感じてた。だから久遠に、何だよって怒りを感じたり憎んだりしたことなんて、一回もないよ」
久遠の目が丸くなる。8年来の仮想敵が幻のように消えてゆく衝撃に思考が追いつかない。
「え…?」
だって、そんなわけない。だって、だって――。
久遠は混乱しながら布団を握りしめる。
「や、でも、違う、だって……来なかったじゃないですか」
「来なかった?」
「あの、私があんなこと言っちゃった後、一織くん呼び出した時。やっぱり行かないって一織くんから伝えられて、いや、そりゃそうだよなって私――」
そうだ。あの発言のあと、久遠は『ごめんなさい。話がしたいです』と連絡した。すると、一織もはじめは承諾してくれたのだけれど、結局断られてしまったのだった。あの時の彼は、久遠からの謝罪を受けたくないと思うほど、久遠に腹を立てていたはずなのだ。
「え?俺は行ったよ。久遠が来なかったんだよね?」
「え?」
久遠は首を傷めそうになるほど勢いよく神永を見上げた。神永もきょとんとした表情で、腕の中の久遠を見つめている。
「俺あの日、夜まで待ってたよ。事故に遭ったのかなとか心配してた……んだけど……?」
久遠が知らないエピソードが舞い込んできて、処理が追い付かない。
久遠は布団で胸元を庇いつつ、がばっと上体を起こした。
「え!?違う違う、だって、一織くんが伝言で、『やっぱり行けない』『話すことは無いと思う』って……」
「そんなこと言ってないよ俺。誰?そんなこと伝えたの」
本当に思い当たることがないらしく、眉を顰めた。
何か2人の関係の水面下に、2人が把握していない重大なことが潜んでいるみたいだ。少し不穏な空気が流れる。
しばらくお互い唖然として見つめ合っていたが、彼が言った。
「……とりあえず、着替えて朝ごはんにする?」
たしかに、一度着替えてちゃんと話をした方がよさそうだ。
久遠が頷くと、神永が布団を剥いでベッドから降りようとした。そのしなやかで筋肉質な背中を見ていると、ふと、忘れかけていた大事な話を思い出した。
「あ」
「どした?」
久遠が声を漏らすと神永はすぐに振り向いてくれて、「体痛い?」と久遠を心配そうに見る。
「あ、全然、そうじゃなくて……一個、聞きたいことあるんですけど」
久遠はベッドに腰かけたまま、覚悟を宿した眼差しで神永を見据えた。
「一織くんって、ありすさんと付き合ってますか」
久遠が声を絞り出す。胸の奥で渦巻く不安と決意が喉を締めつける。
「ずっと……謝りたくて」
神永は黙って久遠を見つめている。真っ直ぐな眼差しに促されるように、続きを口にした。
「高2の時、あの教室で、一織くんを傷つけるようなこと言っちゃって。あの時私……」
3月のあの日。久遠が友だちとだべっていた教室と、廊下からそれを聞いていた一織の構図を思い出す。
「寂しくて。今って付き合ってるって言えるのかな?って、ずっと怖くて。でも、捨てられたなんて思いたくなくて、つい、友だちの前で強がっちゃって」
目を伏せた。
8年間悔いていたことを、本人に言葉にして伝える。目の前の彼なら許してくれるだなんて絶対に甘えたくなかった。情けない見栄っ張りで、あの時の神永一織を誰よりも傷つけた人間として、責めてほしいくらいだ。だから、この期に及んで少し、言うのが怖い。
「一織くんのこと大好きだったのに、見栄張って、あんなのを聞かせてしまって……。しかも、一織くんが大変だった時期に。本当にごめんなさい」
神永の顔を見上げる。
本来なら、こんな格好で、ベッドの上で伝えるべきことではないのかもしれない。けれど、今は一糸まとわぬ姿であるため体を起こすことはできず、それでも早く、この気持ちを伝えたかった。やっと、2人で過去を扱える時が来たから。
返ってきた神永からの反応は、予想していないものだった。神永の眉が跳ね上がる。
「え、じゃあ、『最近は好きじゃない』ってあれ、あの時の久遠の気持ちじゃないの?」
意外そうな顔を互いに見合わせる。
「ちっ、違います。そっか、え、そこからすれ違ってるのか」
まさか、あれが強がりだと悟られていなかっただなんて。久遠はなぜか、その可能性を少しも考えていなかった。自分が一織のことが大好きなのが当たり前すぎて、それが一織の中の当たり前にもなっているとばかり思い込んでしまっていた。
言葉の通りに受け取っていた一織は、どれだけ傷ついただろう。その傷が、今日までそのままになっていたことを心苦しく思う。
「私は、一織くんのことが大好きで、でもあの時期、付き合ってるのかどうかわからないくらいの仲になっちゃってたから、同情モードの友達の前で思ってもないこと言っちゃって。自分が可哀想な側じゃないってことにしたくて、あんなこと」
自分が傷つくくらいなら、相手を傷つける。その場しのぎの傲慢な振る舞いが8年間の罪悪感に繋がると知っていたら、あんなくだらない弁明はしなかっただろう。保身のための愚挙が、一番愛おしい人との繋がりを断ち切り、結果的には自分をも切り裂いた。
「まさか一織くんがあの日学校来てるなんて思ってなくて。あんな強がりを陰で言うなんて性格悪いとこ見られて、もう嫌われたなって、すっかり……」
「いや強がりだなんて思わなかった。……ていうか、気づいてあげられてなかった」
神永の声には自嘲が混じっていた。
「俺、普通に、飽きられて当然だと思ってたからあの時は。全国優勝逃して、しっかり食らって彼女に顔合わせられなくなってるなんてダサすぎて。未熟で、久遠に寂しい思いさせてたから……愛想尽かされて当然だって思ってた」
彼は苦笑しながら自分の額を指でこすった。
「あの日はそう、大学の合格報告に行ってたんだ。職員室行った帰りに、いい加減久遠と向き合いたいと思ってダメ元で久遠の教室寄ったんだった。……まさかほんとにいるとは思ってなかったけど」
そこまで言って、「タイミングいいんだか悪いんだか分かんないね」と優艶な目で久遠の方を見るが、久遠は上手く反応することができない。
「俺はむしろ罪悪感を感じてた。だから久遠に、何だよって怒りを感じたり憎んだりしたことなんて、一回もないよ」
久遠の目が丸くなる。8年来の仮想敵が幻のように消えてゆく衝撃に思考が追いつかない。
「え…?」
だって、そんなわけない。だって、だって――。
久遠は混乱しながら布団を握りしめる。
「や、でも、違う、だって……来なかったじゃないですか」
「来なかった?」
「あの、私があんなこと言っちゃった後、一織くん呼び出した時。やっぱり行かないって一織くんから伝えられて、いや、そりゃそうだよなって私――」
そうだ。あの発言のあと、久遠は『ごめんなさい。話がしたいです』と連絡した。すると、一織もはじめは承諾してくれたのだけれど、結局断られてしまったのだった。あの時の彼は、久遠からの謝罪を受けたくないと思うほど、久遠に腹を立てていたはずなのだ。
「え?俺は行ったよ。久遠が来なかったんだよね?」
「え?」
久遠は首を傷めそうになるほど勢いよく神永を見上げた。神永もきょとんとした表情で、腕の中の久遠を見つめている。
「俺あの日、夜まで待ってたよ。事故に遭ったのかなとか心配してた……んだけど……?」
久遠が知らないエピソードが舞い込んできて、処理が追い付かない。
久遠は布団で胸元を庇いつつ、がばっと上体を起こした。
「え!?違う違う、だって、一織くんが伝言で、『やっぱり行けない』『話すことは無いと思う』って……」
「そんなこと言ってないよ俺。誰?そんなこと伝えたの」
本当に思い当たることがないらしく、眉を顰めた。
何か2人の関係の水面下に、2人が把握していない重大なことが潜んでいるみたいだ。少し不穏な空気が流れる。
しばらくお互い唖然として見つめ合っていたが、彼が言った。
「……とりあえず、着替えて朝ごはんにする?」
たしかに、一度着替えてちゃんと話をした方がよさそうだ。
久遠が頷くと、神永が布団を剥いでベッドから降りようとした。そのしなやかで筋肉質な背中を見ていると、ふと、忘れかけていた大事な話を思い出した。
「あ」
「どした?」
久遠が声を漏らすと神永はすぐに振り向いてくれて、「体痛い?」と久遠を心配そうに見る。
「あ、全然、そうじゃなくて……一個、聞きたいことあるんですけど」
久遠はベッドに腰かけたまま、覚悟を宿した眼差しで神永を見据えた。
「一織くんって、ありすさんと付き合ってますか」
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