繰り返しのその先は

みなせ

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第4話 第三王子 1

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 彼女の事が好きだった。
 初めて彼女を見た時から。


 自分に婚約者がいると知ったのは、十二歳の時だった。
 生まれた時から決まっていた婚約者だ。
 そう聞かされた時は、多少反発もあった。
 愛する人くらい自分で選びたかった。
 だけど、初めて彼女に会った日、彼女がゆっくり頭を上げ目が合った瞬間から、私の心は彼女一色になってしまった。

 この人と、いつまでも一緒に、そう自然と思えたのだ。

 それが変わったのはいつだったのだろう?
 お互いに少しずつ大人になり、お互い新しい友人が出来て、視野が広がったからだったろうか。
 学園に入り、彼女といる時間が少なくなったからだろうか。
 毎日のように会っていたのに、それが週に一度になり、月に一度になり。
 学園でもすれ違いが続き、それが当たり前になっていった。
 学園を卒業すれば、いつも一緒にいられるようになる……
 そう思って、しばしの寂しさを受け入れ、男友達と一緒にさまざまな事に挑戦するようになった。
 友人を通して紹介される、彼女以外の女性たち。
 年の近い女性は彼女しか知らなかった私にとって、彼女とはいろいろな意味で違う女性たちはとても興味深かった。
 もちろん彼女を一番好きだという事は変わりない。
 彼女たちは私に市井の考え方を教えてくれる教師であり、大切な国民でしかなかった。
 そんな私の耳に、その女学生の名が聞こえてきたのは学園を卒業する年だった。
 女は、病のために学園生活は難しいと言われていたが、運よく薬が出来て完治し、最終学年だけだが通う事になったのだという。
 女を見た友人たちが口をそろえて、まるで妖精のように儚い美しさだと言うものだから、言葉の危うさに気が付きながらも好奇心に負け会う事にしてしまった。
 友人たちに紹介された女は、確かに繊細な美しさを持っていた。
 穏やかな表情に、柔らかな笑い声。
 外に出る事が嬉しいと、自らを語るその姿に目を奪われた。
 気取らない会話は楽しく、マナーにとらわれない触れ合いも、ほのかな喜びを与えてくれた。
 とにかく何もかもが初めての感覚をもたらす女だった。
 友人たちと同じように、私もすぐに女の虜になった。
 女をもっと知りたくて、女の側に居たくてどうしようもなかった。
 そんな私に、彼女が苦言をし始めたのはいつだったろうか。
 私たちのところを訪れては、この状況は良くないと告げる。
 声を荒げるわけでも、手を出すでもない。
 淡々と、教師のように、ただ良くないというのだ。
 彼女の言う事が正しいと、
 自分が悪いのだと、
 彼女を蔑ろにしていると…分かっていた。
 だからこそむきになって、男たちは女を“友人だ”と言ったのだろう。
 友人たちが女をかばうと、女は、
「私が悪いの……」
 と言って涙を流し、そうなれば男たちはさらに彼女を責めた。
 彼女は淑女の表情で、だけどその瞳には隠しようもない嫉妬の炎を宿して、私を睨んでいた。
 私は、その瞳を見るのが、楽しかった。
 彼女が私を好きだという……その証を感じられる事が。
 だから私は、彼女が身分を笠に着て女を苛めている噂があると聞かされても、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばし、声高に言った。
 
 女は、私たちの友人であり、それ以上の事はなにもない、と。
 彼女を取り巻く男たちは、皆それに倣った。
 その時の私は、気がつかなかった。
 それがどんな結果をもたらすのかを。
 噂はやがて、私と女が運命の恋人同士であると、彼女が私と女を引き裂く悪女であると変わっていった。
 私は、そこで初めて否定した。
 そんな筈はないのだ。
 私の運命は彼女なのだから。
 何があっても、彼女は私の婚約者。
 あと少しで、彼女のすべては私のものになるのは変わりない。
 変わるはずがない。
 だが、転がり始めた噂は、もう誰にも止められなかった。
 学園から、子を通して親たち―――社交界へと広がっていた。
 男たちは女を未来の王妃と担ぎ上げ、彼女を悪とし彼女を断罪した。
 どんなに声を上げても、もう誰も私の声を聞いてくれなかった。
 何度も、何度も、声が枯れるほど言葉にし、ようやく父が――――国王が腰を上げた。
 女の素性が明らかになり、ようやく私は彼女の元へと走ったが、すでに彼女の姿は家に無く、その行方は誰にもわからなかった。




 そして、卒業パーティーから一週間後、私は永遠に、彼女を失ったのだ。


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