その令嬢、危険にて

ペン銀太郎

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第一部:5-2章:避暑地における休息的アレコレ(後編)

54話:魔人

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シュヒ―ヴルはネルカの懐に潜り込むと、五打の掌底を繰り出す。彼女はそれを鎌の柄で防ぐが、一撃一撃が重いため体が徐々に後退していき、最後の一打によってガードを弾かれてしまう。

懐が空いてしまった隙を潰したのはトーハだった。
曲剣を閃かせるとシュヒ―ヴルの背後から斬りかかるが、裏拳を食らい距離を離されてしまう。そして、次に襲い掛かる三つの直剣を叩き落とすことに成功するが、四振り目を頬に掠らせてしまう。

「浮く剣かぁ、面白い!」

ネルカとの相性が悪かっただけで、本来の浮遊剣は脅威。
格上の相手すら殺す可能性を秘めているのが黒魔法の強み。

シュヒ―ヴルはニタリと笑って頬の血を拭うと、魔物特有の回復能力によって傷を塞ぐ。そんな中、斬りかかるエルスターに対して、楽しみを薄められた不快感に彼は苛立ちの声を上げる。

「雑魚は引っ込んでろぉ! てめぇじゃ、そこの黒魔法二人に並ぶことすらおこがましいんだよぉ!」

剣を掴むと折り曲げ、それを適当に捨てるとエルスターの頬顔面に拳を当てる。彼はコマのように回転しながら数メートル飛ばされると、地面に倒れて動かなくなってしまう。

「エルッ!」

見たネルカは相手を殺すことしか思考することができなくなり、それまで以上の速度を以てしてシュヒ―ヴルへと襲いかかる。この速度に付いていけれないトーハは、なるべく挟むよう挟むようにとする立ち回りを強要されていた。

「速い! 速いねぇ! これは奥の手…使うかぁ。」

さすがに厳しいと判断したシュヒ―ヴルは、物理戦闘ではこの二人に勝てないと判断。自身の魔魂に意識を集中させて魔法を発動させると、口の中からオレンジ色の粉を空中に散布させた。

咄嗟にネルカは黒衣の要領で布型の黒魔法を生成すると、オレンジ色の粉を覆うように被せる。しかし、対するシュヒ―ヴルはそんなこと無意味とばかりにほくそ笑んでいるだけだった。



次の瞬間――黒魔法の布が膨らんだ。



「くっ!?」

爆炎土龍ウィ・ルエ・シェテン――それが彼が食った魔物。
この国どころかこの大陸では見ることのない魔物である。

名前の通りに爆炎を発生させる竜。
かつては炎魔法を扱う魔物だと信じられていたが、研究を重ねた結果に風魔法をメインとして、炎魔法を補助として使用していることが判明した魔物だ。

体内で爆発する物質を生成し、それを魔力の粒に付着させる。この魔力の粒には大気中に含まれる空気の種類を分別・収集・階層分けする風魔法が込められており、これによって小規模の炎魔法を何十何百倍にも大きくすることができる。


特徴は二つ――

まず、風魔法で集められた高い密度の空気が熱と共に膨張する。
つまり、メインは燃やすことではなく、衝撃波。

次に、魔力が関与するのは空気操作と火種の部分のみ。
つまり、黒魔法で爆発後を防ぐことはできない。


黒魔法の布がその衝撃に耐えきれず千切れ、消しきれなかった衝撃波が周囲に拡散される。ネルカがエルスターを、トーハがセグを抱きかかえたものの、それぞれは吹き飛ばされてしまう。

「この魔法を使わされたのは何年ぶりだぁ? 思ったよりは規模が低くなっちまったぜぇ。それにあの黒魔法の布…咄嗟と考えればいい判断だったんじゃねぇのか?」

本来だったら爆発に指向性を持たせられたのだが、黒魔法で覆われたことによってシュヒ―ヴルにも多少の損害は出ているようであった。右目付近の鱗と皮膚がはだけており、筋肉が露呈してしまっている。ジュクジュクと音を立てながら再生がなされようとしていた。

爆発による土煙と草木への引火による灰が視界を塞ぐ中、シュヒ―ヴルは堂々と歩きながらネルカたちを探す。そして、視界の端に映る黒い影にキッチリと反応し、鎌の柄の部分を掴んで受け止める。

「あ? 軽いなぁ。さすがに消耗でもしたかぁ?」

しかし、受け止めて数秒でその体は霧散する。
黒魔法によって作られた人形であると気付いたころにはもう、死角となっている人形の裏側から現れたエルスターに肉薄されていた。

「なんだてめぇか、なら怖くねぇな。」

「……。」

エルスターは右手に隠していた――握り固めただけの土をシュヒ―ヴルの口の中へと叩き入れる。そして、待機状態にさせていた魔法を発動させると、口の中の土を媒介にして土を生成する。

「ぐるぉ…ほが!?」

シュヒ―ヴルの後頭部から土の棘が突き出る。
しかし、それでも彼は魔人ゆえの生命力をもってして、右手でエルスターの首を掴む。余った左手で土の棘を引き抜くと、さすがに致命傷に限りなく近い損傷に顔をしかめる。

「やるじゃねぇか、雑魚評価は訂正しといてやるよぉ。」

その首を圧し折らんとばかりに力を入れようとした彼だったが、急に力が抜けたかのような――否、感覚そのものがない。腕を切断されたのだ。
地面の中に埋まり隠れていたネルカとトーハの二人が――片や右手だけを黒衣操作して――片や自身を浮遊剣で突き刺すことで――限界を強引に突破して出現していた。

「イカレ野郎どもがぁ! キヒヒヒ! たまんねぇなぁ!」

シュヒ―ヴルは再び魔法を発動させるための準備を始める。
三人は明らかに息も絶え絶えのギリギリ状態、たった数秒に賭けて起死回生の一手を繰り出しているにすぎない。さすがに二度目を耐えることはできないだろう。

だが――

「あぁ?」

散らした粉に纏わりつくように、どこからか黒い霧が現れたのであった。
それは騎士団を大いに困らせた黒魔法の霧。
覆うだけだったネルカの黒魔法布とは違って、隙間の隙間まで黒魔法で詰められている状態だ。つまり、今回こそは確実に爆炎を不発状態へとさせることができていた。

そして、森の方から先端を球体にした黒魔法の鎖が伸びてきており、シュヒ―ヴルは弾こうと左手を振り払うが、その感触は予想と違ってグニャリと柔らかく、そしてくっつく。

「これは……リオールドとリディアか。」

そこから、鎖の上を走ってロルディンが接近する。彼は左手に力が入っていないようだが、その意志と残る右手だけは未だ健在のようであった。

それを見たシュヒ―ヴルは腰を捻って、鎖を大きく振り回す。
森の奥で鎖の主であるリオールドが木々に叩きつけられながらも、ロルディンは暴れる鎖の上を速度を落とすことなく走っていた。そして、飛んできたトーハの直剣を掴むと、跳躍して鎖の先にいる敵の胸に突き刺す。

「ネルカちゃん!」

もう動けないネルカに代わり、エルスターが大鎌を投げる。

受け取ったロルディンは振りかぶって―――


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