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第一部:8章:武闘大会
79話:大会初日
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この都市の遥か昔にはコロシアムが存在していた。
現在はもうその用途として使われてはいないが、先人が残した結界魔法は未だ健在ということもあり、騎士の対戦訓練の際に使われることが多い。そして、学園の武闘大会もまたこちらのコロシアムで開催されるのであった。
武闘大会の観戦は学園生徒優先であるが、余った席に関しては平民貴族問わず参加できるようにされている。販売チケット制であり競争率も激しいため見やすい席には自然と貴族や商人が集まるのだが、それでも一般市民がこういった行事に参加できることは非常に珍しい。
会場周辺では商魂たくましい者たちが屋台を開いており、もはや一種のお祭り状態と化していた。武闘大会は確かに騎士科のチェックとしての用途もあるが、このように商いを賑わせることも目的の一つとしている。
「師匠の雄姿! この目に収めてみます!」
「うんうん、ネルちゃん、頑張ってねぇ。」
いつのまにか用意されていた騎士科制服を着たネルカは、親友の応援を背中に受けて選手用エリアの方へと歩き出す。きっと別れたあとの二人は屋台巡りをするのだろう、そう思うとネルカは後ろ髪を引かれる思いだった。
「あ~あ、私もみんなと屋台を回っ――ん?」
そして、施設に近づいてきた頃、ネルカはふと立ち止まる。
彼女は徐々に人が増え始めた会場で、特に理由もないけれど一人の少女に目を向けたのだ。フランと同い年ぐらいの少女はトタトタと走っているが、どこかの貴族なのだろうと思わせる気品があり、その後ろでは慌てた様子の侍女と護衛が追いかけていた。
「あら…。」
観察していると彼女はどうして少女のことが気になったか理解した。少女はどこかの国のファッションなのか、靴が紐で固定させる類の物であり、そのうちの一本がほどけていたからだ。
赤の他人でも子供の危機は、なんだか背中がムズムズするものだ。
案の定と言うべきか少女は靴紐を反対の足で踏んでしまい、追いついた者たちが必死に手を伸ばすも虚しく、その小さな体は地面へと倒れようとしてしまう。しかし、寸でのところでネルカによって抱きかかえられた。
「怪我はないかしら?」
「う、うん…ッ! ありがとー! えいゆーのおねえさん!」
「でも、大人とはぐれたらダメよ。ほら…お付きの方々に謝りなさい。」
「うぅ…リゼ、ひとりではしって、ごめんなさい…」
すると従者と思わしき人たちは謝罪の姿に慌てふためき、逆に自身たちの警備が甘かったのだと謝っていた。そして、しばらくして落ち着いたのを見ると、ネルカは再びコロシアムの方へと歩き出そうとした。
しかし、誰かが後ろ裾を掴んで引き留めた。
それはリゼと名乗る少女だった。
「おねえさんは、きょう、たたかうの?」
「えぇ、その予定よ。」
「リゼね! おーえんするから! がんばって!」
ネルカは柔らかい表情で、少女の頭を撫でたのであった。
― ― ― ― ― ―
その後、コロシアムに入っていったネルカは、選手待機室へと向かった。中に入った彼女の姿に、選手と思わしき者たちはギョッと驚いていた。どうしてここにいるんだといったような雰囲気に、ネルカは自身が参加することは知られていないのかと疑問に思った。
しかし、壁に掛けられた紙を見て、理由はすぐに知ることになる。
「ちょっとなんでよ! 私の名前が無いじゃないの!」
既にトーナメント表は組まれているが、そのどこにもネルカの名前はなかった。しかしながら、彼女が服と参加証を支給されたことも事実である。何か手違いがあったのではと思った彼女は、運営に文句を言おうと部屋から出た。
親友の応援も、少女の応援も、無意味なモノにはしたくなかった。
「おい! テメェ、どういうことだッ!」
彼女が部屋を出たところ、偶然にもバッタリ出会ったのはウェイグだった。見るからに分かるほど怒っているようで、理由も大会表に書かれていないことについてなのは明白だが、そうは言われてもネルカだってどういうことなのか分からない。
「あら…。大会のことかしら。私だって分からないのよ。」
「チッ…どうせ嘘吐いてんだろ! この俺にビビッて出ねぇんだろ!」
「あなたみたいな格下に、ビビるわけないじゃない…。」
「あ゛ぁ゛!? テメェ…ッ! もう一回言ってみろッ!」
ついに怒りを爆発させたウェイグは剣に手を掛けた。
対して、ネルカは相手の首を掴もうと動く。
しかし、両者は介入してきた第三者によって止められることになった。
「双方それまでですぞ。」
止めた者は騎士団第二部隊副隊長のベルナンドだった。
ネルカの方はすぐに手を降ろして一歩引いたのだが、ウェイグは掴まれた腕を振り払おうとしつつ、相手がベルナンドであることを知ると動きを止めて睨みつけた。
「ベルナンドのジジイ…この女が試合に出てねぇってのはどういうことだ。」
「相変わらずの傲慢さですな。強さだけなら隊長・副隊長になれるような者を、学生の大会に出させるわけにはいかないですからなぁ。さすがに出来レースもいいとこになりますぞ。」
「あ? 出来レースだと…? この俺がいるのにか!」
「もう、会話が進まないからあなたは黙っていなさい。…それで? 出れないのに、どうしてこんな格好をさせられたのかしら?」
「おや? もう一枚の紙は見ていませんかな?」
彼は自身の懐に手を入れると、そこから折りたたまれた一枚の紙を取り出した。そして、二人に見せつけるように紙を広げ、書かれた内容を見たネルカは眉をしかめた。
【世紀のエキシビションマッチ!
死神令嬢ネルカ・コールマン VS ???
対戦相手は……当日にご期待ッ!】
ジッと紙を見てワナワナと震えるウェイグを横に、ネルカは困惑の表情でベルナンドと紙で視線を行き来していた。そして、ようやく絞り出した声は「何よ…コレ…。」というものだった。
「確かに試合には出せない…しかしまぁ、国王陛下が『どうしてもネルカ嬢の戦いをこの目で見たい』とおっしゃりましてな。無理矢理にスケジュールに捻じ込んだのですぞ。」
「あのぉ…私、死神と呼ばれて…。」
「あぁ、それは我ら騎士団の中で話し合ったのだ。いやぁ、他人のあだ名を決めるなど面白おかしく好き勝手…おっと失礼…なかなかないのでな。そりゃあ盛り上がりましたぞ。結局はシンプルなものになってしまったが、うむ、これ以上にしっくりくる言葉もないですなぁ。ハハハハ!」
笑うベルナンド、動かないウェイグ、遠い目をするネルカ。
三人はしばらくの間、待機室ドア前を占拠し人を困らせたのであった。
現在はもうその用途として使われてはいないが、先人が残した結界魔法は未だ健在ということもあり、騎士の対戦訓練の際に使われることが多い。そして、学園の武闘大会もまたこちらのコロシアムで開催されるのであった。
武闘大会の観戦は学園生徒優先であるが、余った席に関しては平民貴族問わず参加できるようにされている。販売チケット制であり競争率も激しいため見やすい席には自然と貴族や商人が集まるのだが、それでも一般市民がこういった行事に参加できることは非常に珍しい。
会場周辺では商魂たくましい者たちが屋台を開いており、もはや一種のお祭り状態と化していた。武闘大会は確かに騎士科のチェックとしての用途もあるが、このように商いを賑わせることも目的の一つとしている。
「師匠の雄姿! この目に収めてみます!」
「うんうん、ネルちゃん、頑張ってねぇ。」
いつのまにか用意されていた騎士科制服を着たネルカは、親友の応援を背中に受けて選手用エリアの方へと歩き出す。きっと別れたあとの二人は屋台巡りをするのだろう、そう思うとネルカは後ろ髪を引かれる思いだった。
「あ~あ、私もみんなと屋台を回っ――ん?」
そして、施設に近づいてきた頃、ネルカはふと立ち止まる。
彼女は徐々に人が増え始めた会場で、特に理由もないけれど一人の少女に目を向けたのだ。フランと同い年ぐらいの少女はトタトタと走っているが、どこかの貴族なのだろうと思わせる気品があり、その後ろでは慌てた様子の侍女と護衛が追いかけていた。
「あら…。」
観察していると彼女はどうして少女のことが気になったか理解した。少女はどこかの国のファッションなのか、靴が紐で固定させる類の物であり、そのうちの一本がほどけていたからだ。
赤の他人でも子供の危機は、なんだか背中がムズムズするものだ。
案の定と言うべきか少女は靴紐を反対の足で踏んでしまい、追いついた者たちが必死に手を伸ばすも虚しく、その小さな体は地面へと倒れようとしてしまう。しかし、寸でのところでネルカによって抱きかかえられた。
「怪我はないかしら?」
「う、うん…ッ! ありがとー! えいゆーのおねえさん!」
「でも、大人とはぐれたらダメよ。ほら…お付きの方々に謝りなさい。」
「うぅ…リゼ、ひとりではしって、ごめんなさい…」
すると従者と思わしき人たちは謝罪の姿に慌てふためき、逆に自身たちの警備が甘かったのだと謝っていた。そして、しばらくして落ち着いたのを見ると、ネルカは再びコロシアムの方へと歩き出そうとした。
しかし、誰かが後ろ裾を掴んで引き留めた。
それはリゼと名乗る少女だった。
「おねえさんは、きょう、たたかうの?」
「えぇ、その予定よ。」
「リゼね! おーえんするから! がんばって!」
ネルカは柔らかい表情で、少女の頭を撫でたのであった。
― ― ― ― ― ―
その後、コロシアムに入っていったネルカは、選手待機室へと向かった。中に入った彼女の姿に、選手と思わしき者たちはギョッと驚いていた。どうしてここにいるんだといったような雰囲気に、ネルカは自身が参加することは知られていないのかと疑問に思った。
しかし、壁に掛けられた紙を見て、理由はすぐに知ることになる。
「ちょっとなんでよ! 私の名前が無いじゃないの!」
既にトーナメント表は組まれているが、そのどこにもネルカの名前はなかった。しかしながら、彼女が服と参加証を支給されたことも事実である。何か手違いがあったのではと思った彼女は、運営に文句を言おうと部屋から出た。
親友の応援も、少女の応援も、無意味なモノにはしたくなかった。
「おい! テメェ、どういうことだッ!」
彼女が部屋を出たところ、偶然にもバッタリ出会ったのはウェイグだった。見るからに分かるほど怒っているようで、理由も大会表に書かれていないことについてなのは明白だが、そうは言われてもネルカだってどういうことなのか分からない。
「あら…。大会のことかしら。私だって分からないのよ。」
「チッ…どうせ嘘吐いてんだろ! この俺にビビッて出ねぇんだろ!」
「あなたみたいな格下に、ビビるわけないじゃない…。」
「あ゛ぁ゛!? テメェ…ッ! もう一回言ってみろッ!」
ついに怒りを爆発させたウェイグは剣に手を掛けた。
対して、ネルカは相手の首を掴もうと動く。
しかし、両者は介入してきた第三者によって止められることになった。
「双方それまでですぞ。」
止めた者は騎士団第二部隊副隊長のベルナンドだった。
ネルカの方はすぐに手を降ろして一歩引いたのだが、ウェイグは掴まれた腕を振り払おうとしつつ、相手がベルナンドであることを知ると動きを止めて睨みつけた。
「ベルナンドのジジイ…この女が試合に出てねぇってのはどういうことだ。」
「相変わらずの傲慢さですな。強さだけなら隊長・副隊長になれるような者を、学生の大会に出させるわけにはいかないですからなぁ。さすがに出来レースもいいとこになりますぞ。」
「あ? 出来レースだと…? この俺がいるのにか!」
「もう、会話が進まないからあなたは黙っていなさい。…それで? 出れないのに、どうしてこんな格好をさせられたのかしら?」
「おや? もう一枚の紙は見ていませんかな?」
彼は自身の懐に手を入れると、そこから折りたたまれた一枚の紙を取り出した。そして、二人に見せつけるように紙を広げ、書かれた内容を見たネルカは眉をしかめた。
【世紀のエキシビションマッチ!
死神令嬢ネルカ・コールマン VS ???
対戦相手は……当日にご期待ッ!】
ジッと紙を見てワナワナと震えるウェイグを横に、ネルカは困惑の表情でベルナンドと紙で視線を行き来していた。そして、ようやく絞り出した声は「何よ…コレ…。」というものだった。
「確かに試合には出せない…しかしまぁ、国王陛下が『どうしてもネルカ嬢の戦いをこの目で見たい』とおっしゃりましてな。無理矢理にスケジュールに捻じ込んだのですぞ。」
「あのぉ…私、死神と呼ばれて…。」
「あぁ、それは我ら騎士団の中で話し合ったのだ。いやぁ、他人のあだ名を決めるなど面白おかしく好き勝手…おっと失礼…なかなかないのでな。そりゃあ盛り上がりましたぞ。結局はシンプルなものになってしまったが、うむ、これ以上にしっくりくる言葉もないですなぁ。ハハハハ!」
笑うベルナンド、動かないウェイグ、遠い目をするネルカ。
三人はしばらくの間、待機室ドア前を占拠し人を困らせたのであった。
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