5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏

文字の大きさ
10 / 68
第一章

7時間前のキス

しおりを挟む
 7時間前。
 私は夫となる人に初めてキスをされた。

 思えば、第一王子ウィリアムが私の初の婚約者だったけれども、彼は私の唇に触れたことはなかった。私を殺そうとした(未遂に終わった。なぜなら私は不死鳥のように死神と契約して時間を生き戻って人生の選択肢を変えたから)公爵家の次男も、私の体に触れようとはした(服の上から触った)けれども、唇には触れなかった。

 異性に唇を奪われたのは、私の夫となるラファエルが初めてだ。私の花嫁衣装を見た彼は、部屋に入ってくるなり、私の目の前にかかったヴェールをそっとあげて、私のむき出しの肩に手を添えた。そしてそっと口付けをしたのだ。

 暖炉がはぜる音がしていた。部屋は暖かく、侍女が3名とお針子が4人いた。私は衣装合わせをしていて、豊満な胸の割りには腰が細いので彼女たちがせっせと私の体に合うように花嫁衣装を少しずつ直していくのを待っているところだった。

 ラファエルは花婿の衣装を着ていた。部屋に入ってくるなり、凛々しい顔立ちを一際輝かせて大股で私の方に歩いてくると、お針子たちがサッと後ろに下がったのと同時に私の肩を両手で抱きしめて、私の姿をじっくりと眺めた。

 次の瞬間にはヴェールが挙げられて、そのまま私は温かい彼の唇を自分の唇に感じて、驚きのあまりに身動きが取れなかった。

 あぁっ

「妻よ、なんて美しいんだ」

 彼はかすれた声でそうつぶやくと、顔を頬を赤く染めて「すまない。衝動を抑えられなかった」と謝った。

「えっ……あなたは私の夫になる人ですから、問題ありません」

 私は動揺を抑えきれないままに答えた。私の全身に広がったのは知らない感覚だった。拒絶する感じは全くなかった。未知の感覚で、胸の奥がうずくような今まで知らなかった感覚だ。

 その後、サッとラファエルは部屋を出ていって、胸の動揺を抑えきれない私が部屋に残された。お針子たちと侍女は再び黙々と準備を再開した。明日の朝には本番なのだ。彼女たちも自分たちの使命を果たすために黙々と働いてくれ、私もじっと体の動きを止めて彼女たちが仕事を早く仕上げられるように協力した。


 宮殿での午後はこのように過ぎて行き、夕食の時間がやってきた。ここで初めて私は陛下に久しぶりにお会いした。

「やあ、ロザーラ!結婚おめでとう。君と可愛い甥のために城を上げて準備に取り掛かっているのだが、持参金となる馬や羊の大半はコンラート地方の近くで調達することにしたよ。長旅では家畜が台無しになってしまうからな。金も分けて運ぶ。なーに、心配するな。私の力で全てうまく運ぶように所持万端抜かりなく計算して届けよう」

 陛下は私を見るなり大袈裟に両手を広げ、私を迎え入れ、抱きしめながらそう囁いてくれた。

 陛下の瞳はイタズラっぽく輝き、口元は喜ばしい慶事を前に嬉しくてたまらないと言った様子で口角が上がっていた。上機嫌でありながらも私のことを案じていることも伝わってきた。

「大切な甥なんだ。君が結婚を承諾してくれて本当にありがたい。感謝している。君がこの結婚の意味を理解するのは何年もかかるだろうが、悪いようには決してしない」

 陛下は率直な言葉で私にそっとささやいた。

「陛下。勿体無いお言葉です。この国ではもはや結婚は無理だと思っていた私ですのに、そんな私のために準備も何から何までしてくださり、本当に感謝しております。大切なお方の妻に私を選んでいただきまして、畏れ多いですわ。私はリシェール伯を幸せにできるように精進いたします」

 私は陛下だけに聞こえる声でささやいた。

「よしっ大丈夫だなっ!さすが私が見込んだけでのことはある」

 陛下はそこだけ大きな声で言うと、満面の笑みを浮かべて私の背中にそっと手を回して、私の席までエスコートしてくださった。

「其方は娘のようなものだから」

 陛下はそう言うと、そばに控えて立っていたラファエルの方を見てうなずいた。

「明日は晴れると聞いたぞ。良い結婚式になるだろう」

「はい、陛下」
「ありがとうございます。陛下」

 私とラファエルは並んで立って陛下にうなずいた。

 思うに、この時、陛下の胸に去来していたのは自分が亡き後の大国ジークベインリードハルトの皇帝となった、自分が可愛がっていた甥っ子の姿とその皇帝の妻となった私の姿だったのかもしれない。私たち二人なら、陛下の亡き後も陛下の国をとても大切に扱ってくれると陛下は予想していたのだと思う。その陛下の結婚戦略は当たっていたのだけれども、この時は誰もまだその未来を知らない。

 第一王子ウィリアムと第二王子ケネスもにこやかにラファエルと私を祝福してくれた。

「ロザーラ嬢にはラファエルの方がピッタリだよ、ねえ兄上」
「うるさいなっ、ケネス。僕の傷心を弄ぶな。僕はもうラファエルとロザーラを心から祝福しているんだからっ!」

 ニヤニヤと兄を揶揄うケネスと、ムキになるウィリアムの様子に陛下も朗らかに笑っていた。早くに亡くなった王妃様を私は存じ上げない。二人の王子の行く末を案じながら亡くなったと聞いたけれども、二人の王子は陛下とはとても仲が良かった。

「明日、ウィリアムの想い人も祝いにやってくるしな」
「えっ?」

 私は陛下の何気ない言葉にハッとして聞き返したのだけれども、陛下にウィンクされて黙った。当のウィリアムは顔を真っ赤にしていながらも、どこか嬉しそうだった。

 私は明日になれば、第一王子ウィリアムの結婚相手に紹介されるのだと考えて、明日が少しだけ楽しみになった。自分の急な結婚式は楽しいというより怖さの方が優る状況で、はらはらするようなドキドキが止まらなかったから。

 食事の席は賑やかだった。従兄弟同士のラファエルと王子たちは十年来の仲の良さで、そこに陛下も加わり、実に和やかだった。

 私もいつの間にか笑みが増えて、明日の結婚式への怖さが薄れていくようだった。



 そして今、私は明日に備えて早めに就寝しようと用意された暖かいベッドの中に入っていたけれども、よく眠れなかった。暖炉の火で温められた石のかいろを使って、侍女がベッドを十分に温めてくれていたのだけれども、私が緊張しているせいでなかなか寝付けない。7時間前のキスが頭をよぎってしまって落ち着かない。

 ――明日は夫と一緒の寝室に眠るのよね……?夫婦だからそうなのでしょうけれども。

 心の準備は全くできていなかった。婚約期間もない。知り合っていきなりの結婚だ。


 ――例えば私が洗濯女だったとしましょう。

 私は架空の設定で、彼の姿を遠くから眺めるだけの女性になったつもりで彼の姿を心に描いてみた。

 ――私が洗濯女ならば、彼に恋をするかしら?

 私は心の中に彼の凛々しい顔と、私をジェラールから救ってくれた時の毅然とした行動力を思い出し、「守る」と言って手に口付けをしてくれた時のこと、花嫁衣装の私に口付けをしてくれた時のことを思い出した。
 
 ――恋のときめきはきっと生まれるわっ……彼は魅力的だもの。

 私はそこまで考えて、花嫁ではなく彼の洗濯女だったらという設定で彼を見つめた場合は、間違いなく彼に憧れて恋焦がれるだろうと断定した。
 
 ――ならば、私が侍女だったらどうでしょう。

 私はもう一度侍女の立場から彼の姿を心の中で考え直した。

 眠りにつく寸前、私は、洗濯、冒険、恋のときめき、恋のぎこちなさ、恋のすれ違いを想像して、私の夫となるリシェール伯爵ラファエル・ジークベインリードとの結婚に前向きになっていた。

 大陸を横断する旅に彼と共に出かけるのだ。冒険の旅を想像して、辛さや不安よりもワクワクを胸に眠りについたのだ。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

グリモワールの塔の公爵様【18歳Ver】

屋月 トム伽
恋愛
18歳になり、結婚が近いと思われたプリムローズは、久しぶりに王都の邸にいる婚約者に会いに行っていた。 だけど、義姉クレアと婚約者ジャンのベッドインを目撃してしまい、婚約破棄されてしまったプリムローズ。 プレスコット伯爵家から追い出すための名目で、金持ちの子爵様に売られるも同然の後妻に入ることになったプリムローズ。 そんなある日、夜会で出会ったクライド・レイヴンクロフト次期公爵様から結婚をもうしこまれる。 しかし、クライドにはすでに親の決めた婚約者がおり、第2夫人でいいなら……と、言われる。 後妻に入るよりは、第2夫人のほうがマシかもとか思っていると、約束だ、と頬にキスをされた。 「必ず迎え入れる」と約束をしたのだ。 でも、クライドとのデートの日にプリムローズは来なかった。 約束をすっぽかされたと思ったクライドは、その日から一向にプリムローズと会うことはなかった。 時折出す手紙のやり取り。プリムローズがどうしたいのかわからないクライドは困惑していた。 そして、プレスコット家での現状を知り、クライドはプリムローズをプレスコット伯爵邸から連れ出し、グリモワールの塔に連れて行き……。 最初は、形だけの結婚のつもりかと思っていたのに、公爵様はひどく甘く、独占欲の固まりだった。 ※以前投稿してました作品を【18歳Ver】に書き直したものです。

処理中です...